17歳の真人の日記

小学生の頃から、私の変態ぶりをみて楽しんでいるやつがいる。
親友の真偽。
僕の夢を楽しみにしてる気のいい友だちだ。
この頃になると、ドバイと日本の行き来をする生活になっていた。
AIと教育のあり方について、人生の大半を注ごうと思っていた。
AI評価による採点は、競争学歴主義からの脱却に繋がり、学歴精神主義に入ろうとしていた。
ぼくは、その方面から人類のトータルの向上の可能性を考えたわけだ。
もちろん、友達の真偽は賛成してくれた。
僕には、心を読めることと記憶力がいい良いことの他に、人の見ている景色を自分に投影できる。
僕は、彼の中の青春をみた。
しかし、投影はプライベートのことだ。自由に干渉されることを許せる人はすくない。
投影してしまった結果、友を失うことになった。
許容してくれる友と共に、歩もうと思っていたができなかった。
友達との日記を書こう。
ここに真偽の青春の未来日記を書く。

【真偽の青春】
夢を見ていた。
ぼくは、真人の「できると思うことはできる」の信念の夢を見ていた。
ぼくにはできない。
教育のシステムを丸ごと変えるなんて僕にはできない。
どれだけのバッシングを受け、両親も巻き込む可能性がある。
それに、最近できた彼女と結婚して幸せな家庭を築きたい。
彼女をそんなリスキーなことを背負わすことはできない。
自分には、自分の人生がある。
友の真人も分かってくれるだろう。
考えてみると、あいつとの関係はいつもオレが聞き手に回るばかりだった。
なんでもできるあいつと違っておれは、いつも2番手。
2番手で頑張ってくれていることを分かってくれるのが彼女だった。
彼のサポートをするのが、自分の役目だと思ったときもあった。
しかし、それは自分の夢じゃない。
自分の夢は、彼女と幸せな家庭を築くことなんだ。
あの彼女の滑らかさ。
美しい心。
好きなんだ。
大好きなんだ。
いまもこうして、彼女を思うと、こんなにも胸がいっぱいになる。
彼女の為なら、家庭の為なら何だっておれはできる。
出世もしてお金に困らないようにしてやり、いくらでも働ける。
自分を犠牲にして、命だって捧げられる。
膵臓だってあげることができる。
この高鳴る鼓動に嘘はない。
これこそが真実の愛だ。
僕の愛で、家族を守ってやる。
世界を守ってやる。
「ぼくと、結婚してください」

真偽の青春の投影は終わった。


とても、とても幸せそうだった。
私は、目を閉じた。
子どもたちがスクスク育ち、育児の忙しさはあるが妻と上手くやっていくだろう。
小さい頃の一家団欒で笑顔で過ごした自分を思い出す。
不服はない。
いや、不服がないと自分に言いくるめているだけか。
自分は、恋愛に逃れ、結婚をしただけではないか。
そんなことを考えていた。
20歳を超えてから彼にこう言っていた。
「女に筒を抜かせるのは、馬鹿のやることだ。プラトンもエロスでエゴとし、釈迦も色としエゴとした。イザナギとイザナミは国造りに失敗している。織姫も彦星も関係は絶たれている。だから、エロスは馬鹿なのだ。筒を抜かすくらいなら自殺したほうがマシだ」と毎度議論していた。
そんな僕の意見を彼は、聞いてくれていた。
私は、わからなくなった。
「できると思えることはできる」
私は、真偽がエロスに取り憑かれ化身にみえた。
いままで味わったことのない感情だ。裏切られたと思ったのだ。