フェンスを越えるのは事前の予想よりもはるかに簡単だった。
 白濁した幅の狭い排水路にそってほぼ真西に20分ほど歩いた時点で、水路を遮る形でオフシルバーの外周フェンスが現れた。高さは目測で6メートル。しかしその素材はそれほど強度のないスチールワイヤー。ところどころ錆も浮いており、雨風の中で劣化を繰り返して今ここにあることは一目みてわかった。
 持参した市販の中型ワイヤーカッターで、タカキがフェンスの格子をカットしていく。パチン、パチンという小気味よい切断音。まもなくフェンスの一角がガシャンと音をたてて前方に倒れた。
「よし。イージーだな。じゃ、抜けるぜ。」
 タカキが最初にフェンスの破れを軽々とくぐり、ハルオミとシロヤナギがすぐ後につづいた。
「どうした?」
 サキが来ないので、フェンスの向こうの少し先からタカキが怪訝そうにこちらを見ている。
「う、うん。なんでもない。」
 サキは答えて、一歩、破れたフェンスに向けて足を踏み出した。
 とても簡単に破れた外周フェンスだったが、そのフェンスの作るはっきりとしたラインは、この世界のこちらとあちらを区切るとても意味のある大きな境界である、と。そういう厳粛な気持ちが自然とサキの心に湧いてきた。ここの線を越えると、わたしたちはもう、わたしたちが知っているいつもの世界には、もうたぶん、戻ることはできないのだ。もうわたしたちは、二度と――

 ひそかに逡巡しながらも、結局はそのラインをくぐり抜けたサキ。足を止めてふりかえると、廃棄物の処分サイトが、フェンスがつくる荒いメタルの格子の向こう側で、静かに早朝の気配を溜めていた。
 見た目の距離はまだとても近い。けれど、でも、そうだ。やっぱりもうそこには戻れないのだ。自分はもう、境界の外にいる。なにかがここで、変わりはじめた。そしてその変化はもうけっして後戻りのきかない、不可逆なものだ。サキの心がかすかに震えた。
 その震えをあえて振り払うように、サキは処分サイトの側から視線を切り、これから進む新たな世界の方に目をむけた。
 視界の先に広がる荒涼とした早朝の草原はあまりにも広大だ。サキには、それがいまリアルに自分がこれから向き合う世界であることがまだ少し信じられない。そして少し先の草丈の低い荒れ地のただ中で、3人の仲間が、サキが来るのを待っていた。