雅弘がケーキの側に赤いリボンが結んである包丁を置いた。俊はそのどこにでもある家庭的な包丁を見て、また笑っていた。

「手作りって感じていいですね、これ。ぬくもりがある」

 俊は美緒の手を引いてケーキに近づく。二人で包丁を持とうとしたとき、桃子が「あ!」と声を上げた。

「せっかくだし、ケーキの前でみんなで写真撮りたい!」

 美緒と俊は顔を見合わせて頷いた。表情が分からなくても、触れ合っていれば相手が何を考えているのか伝わってくるような気がする。俊は包丁を少し離れた場所に置き、みんなに「じゃあ、写真撮りましょう」と呼びかけた。わっと、まるで二人を押しつぶすように近づいて来る。

「もっとぎゅっとした方がいいかも。端の人見切れちゃうよー」

 インカメラモードにしたスマホを持つ桃子が呼び掛けると、さらにみんなは肩を寄せ合う。ぴったりとくっついているせいか、どこからか笑い声が漏れて、それは全員を包み込んだ。美緒も思わず口角をあげてしまう。

「あ、みんないい顔! はい、撮りまーす!」

 桃子の呼びかけと同時に、何度もシャッターの音が響いていった。美緒は、自分が笑っている時に他の誰かも笑っていることに喜びを覚えていた。きっと今の写真は、みんなはちきれんばかりの笑顔を見せているに違いない。俊と二人でケーキ入刀をしている時にも、シャッター音に混じる楽しそうな声が聞こえてくる。

「はい、これは二人で食べてね」

 ケーキを切り分ける由梨が、美緒と俊、それぞれのさらに砂糖菓子とチョコレートを置いていく。

「半分にしようか、美緒」
「うんっ」

 俊はチョコレートを割って、美緒の皿に新婦の砂糖菓子と一緒に乗せてくれる。一緒に包丁を握ってケーキを切った時よりも美緒は嬉しさを感じていた。一緒に一つの物を分け合うことに、家族になったんだという実感がこみ上げてくる。

「あれ? 凪ちゃん、面接まで体絞るって言ってなかった? そんなにケーキ食べて大丈夫?」
「今日はチートデーにしたからいいの」

 二人のイヤリングについている滴型のガラスが、外から差し込む光を反射してキラキラと輝いている。桃子が凪の言葉を聞いて「都合いいなぁ~」なんて笑っている声が聞こえてきた。

「あ、京平君。この前送ってくれたお菓子、美味しかったよ、ありがとう」
「出張のやつですね! 俊とこのおばさんの好みだろうなって思ったんですよ、良かったです! 俊にも旅行気分味合わせてやらないと、勉強ばっかりだし」

 京平はケーキを頬張りながら、俊の母とずっと楽しそうに話をしていて、俊の父はそれに耳を傾けている。

「はい、マンゴーあげる」
「え? いいの? ありがとう」
「私のもあげようか? 竹田さん」
「鈴奈ちゃんもいいの? 嬉しい~」
「うん、マンゴー苦手だから」

 由梨と鈴奈はケーキの乗った、雅弘の好物のマンゴーを彼のお皿に乗せていた。美緒にはみんなの表情は分からないけれど、笑顔であることが伝わってきた。

「おいしい! ほら、美緒も早く食べなよ」

 もちろん、隣にいる俊も。美緒は大きく頷いて、ケーキを食べた。クリームの甘さと果物の酸味が混じり合う、それを美緒は『幸せの味』だと思うことにした。見渡せば、それぞれが楽しそうに笑い声をあげている姿が目に飛び込んでくる。今日、自分たちを祝いに来てくれた優しさがその声と一緒になって、美緒の体中に染み渡っていうような気がした。美緒は小さな声で「ありがとう」と呟いた。この場に来てくれたこと、今まで自分の事を見守って来てくれたこと、その全てがありがたかった。

「ん? 美緒、今なんか言った?」

 俊は美緒にそう尋ねる。美緒はその想いは胸に秘めておこうと思って、首を横に振った。

 生きよう。美緒は強くそう思った。ここにいるみんなに恩返しするに、一分一秒、一日も長く生きていこう。ずっとみんなと一緒に、俊と共にいられるために、自分はこれからも生きていかなきゃいけない。その固い決意を胸に秘めて、もう一口ケーキを食べた。

 ケーキは、また新しい幸せの味に変わっていた。




***END***