電車を降り、それぞれの街へ乗り継ごうと別れかけた時、颯介が言った。
「他に、一緒に遊んでた友だちとかいないのか」
 文也は首をひねる。当時の友人は無数にいたが、今も連絡を取り合っている者はいない。
「何人かいたけど、今も繋がってるやつはいない」
「フミは友達付き合い良くないからな」
「そういうの今はいいだろ」
「はいはい」
 笑って、少々疲れていた二人は、そこで別れた。それぞれの路線のホームに向かい、家路につく。
 うっかり寝過ごしそうになりながら、当時の記憶を探る。あの頃は、近所の子どもたちとは誰彼構わず一緒に遊んでいた。苗字も思い出せない、あだ名しか記憶にない者もいる。よく遊べていたな、と今となっては感心する。
 しかし、あのタイムカプセルは桜と二人きりのものだ。そしてあの木の思い出も、自分たちだけのもの。特に親しい誰かがいただろうか。
 saku:ゆーちゃん、とみくん、ひろくん、なおちゃん。
  電車を下りてマンションへ歩く道すがら、桜は覚えている限りの名前をあげていく。まだ陽の残る道で、文也もかつての友人たちを思い出す。
「懐かしいな。みんなどこ行ったか全然わかんねえけど」
 saku:そうだねー。スマホとか持ってなかったから、しょうがないかもね。
 毎日飽きもせず、野山を駆けまわり、小川で魚を追いかけた日々。一緒に遊んだ幼い友人たちは、今も元気にしているだろうか。
 saku:特に仲良しだったのは……誰だろう。
「なんだっけ、名前思い出せないけど……双子がいた気がする」
 saku:そういえばそうだね! 双子の姉妹でしょ。
 そうだそうだと、見えない桜が隣で手を打つ。桜は文也が、文也は桜が一番の友だちだったが、二番目によく遊んだ相手は二人で一組だった。
 saku:夏澄(かすみ)ちゃんと葉澄(はすみ)ちゃん、じゃなかったっけ。
「あー、確かそうだった気がする。ちょっと年下だよな」
 苗字は思い出せないが、年下の双子の姉妹。特に彼女たちとはよく一緒に遊んでいた。だるまさんが転んだをしたのは、あのイチョウの木の下ではなかったか。
 saku:あの子たちも小さかったから、覚えてないかもしれないけど……。
「まず、連絡できるかだよな」
 当時の子どもたちの連絡先を、自分たちは何一つ知らない。それでも文也は家路を急いだ。

 家に帰りつき、母親との食卓に着く。普段はさっさと食べて引っ込むのが常だったが、肉じゃがの芋を崩しながら、文也は切り出した。頼るとしたら、当時から大人で、自分たちの動向を知っていた母親だ。
「杉ヶ裏でさ、よく遊んでた子いたじゃん」
「桜ちゃん? あんた毎日遊んでたよね」
「違うって。桜じゃねえよ」
 そんなことよりもニュース番組に釘付けになっている母親の興味を、文也はなんとか逸らす。
「だから、他の子のことだって」
「桜ちゃんじゃないって、誰のことよ」
「双子がいたじゃんか、姉妹の」
「ああ、(いずみ)姉妹ね」
 あっさりとその苗字が出てくる。やはり母親に聞くのは正解だった。
「泉だったっけ」
「そうよ。双子なんて珍しいし、そもそも双子っていったら、あの子たちしかいなかったから」
「その子らさ、今なにしてんだろ」
「どうかしらね。元気にしてるとは思うけどね」
 母の興味は、なかなか取り分けられない春雨に移行する。それを横目に見ながら、更に問いかける。「もう連絡とか取ってないの」
「あそこに住んでた時は、仲良くしてたけどねえ。うちが転勤になってから、もう年賀状もやり取りしてないから」
「いつまで年賀状送ってた?」
「さあ、覚えてないわよ」
 そこでやっと、母は息子の話に興味を移した。「どうしたの、急にそんなこと言いだして。気になることでもあるの」
「まあ、気になるっていうか……」こんな時、颯介だったら上手に話を誤魔化しつつ、情報を探ることが出来るのかもしれない。頭の片隅で思う。「なんとなく、思い出して」
「引っ越して三年目までぐらいだったかしら。住所が変わってないから、それまでは杉ヶ裏に住んでたはずだけど。それ以降はさっぱり」
 三年か。それなら、後の三年で引っ越しをした可能性もある。しかし苗字がわかっただけでも十分な収穫だ。
「文也、あの子たちに嫉妬して大変だったのよ」
「嫉妬ってなにが」
 サラダの春雨をすする息子を見て、母は笑う。
「双子ちゃんと桜ちゃんが仲良くしてるから、さくちゃんをとられちゃうって。もともとあんたのものでもないのに、さくちゃんがはなれちゃうって言ってたのよ。覚えてないの」
「覚えてねえよ」
「泣きながら帰ってきて何ごとかと思ったら、そんなことなんだから。もう将来が怖くって」
「だから知らねえってば」
 母親という存在は、余計な一言を言わなければ気が済まないのだろうか。憮然とする文也は、白飯をかき込んだ。