「桜は、死んだけど、まだ近くにいるんです」今現在、この部屋にも彼女は居て、自分たちの話を聞いている。「思い残しがあって、向こうにいけないみたいなんです」
 スマートフォンを座卓の上に置いた。リンクのトップ画面を立ち上げる。
「これ、メッセージが送れて連絡がとれるアプリなんですけど……鞍馬は知ってるよな」
「リンクだろ」首を傾げていた彼は、「もしかして、ここに?」と訝しむ。
 頷き、文也は桜のアイコンに触れた。たちまち、これまでの会話がずらりと表示される。
「桜が亡くなってからの、桜とのやり取りです。俺とだけ連絡が取れるって、連絡してくれてるんです」
 見慣れない画面を目にする重三に、「チャットだよ。なんていうか、手間のかからないメールみたいな。打ち込んだ文字がすぐに表示されて……」虎太郎は戸惑いながら説明する。「オレら、みんなこれ使って連絡してるんだ」
「つまり、何が言いたいんだ」
「桜ちゃんは、恐らく思い残しがあって向こうにいけなくて、それでリンクを通してフミに連絡してるんです。だから僕らは、桜ちゃんの思い残しを探してて。きっとその原因がタイムカプセルだって答えに行きついたんです。この間、ムギを探しに来たのも、桜ちゃんの思い残しを探してのことだったんです」
 到底信じられない話に、虎太郎も目をぱちくりさせ、重三も腕を組んで考え込んでいる。
「そういえば、昼休みに、天方さんが本当に死んだかって、オレに確かめたことあったよな。もしかして、あの時も」
「そうだよ。あの前の日にメッセージが来て、最初、俺の頭がおかしくなったのかと思って確かめたんだ。でも、どうやらそうじゃないらしい」
「僕も、フミから相談されて、最初は半信半疑だったけど。どうやら桜ちゃんは、本当にいるみたいなんだ」
 三人の会話を聞いていた老人は、しばらくして口を開いた。
「おまえら、わしをおちょくってるのか」
「そんなわけない、です」声を大きくしかけて、文也は慌ててそれを諫める。「桜は、今も近くにいるんです」
 虎太郎がそれを聞いて部屋の中を見渡す。目に見えない天方桜を探しているようだ。
 その時、機械は新しいメッセージを受信した。
 saku:私、見えないけどここにいます。
 桜からだ。そのあり得ない現象をいち早く理解し、虎太郎は目を見張る。「え、これ、今来たの」
 saku:みんなには迷惑かけてるけど、でも、まだここにいるんです。
 文也は唇を噛む。どうしたら信じてもらえるのか。それで頭がいっぱいになる。
「ここに居るって、じゃあ、声も聞こえてるってこと」
「聞こえてるよ、桜には」
「それなら、今、ムギは何してるかわかる?」
 四人は庭に視線をやった。ムギは地面に寝そべり、後足で耳の後ろをかいている。
 saku:耳をかいてる。痒いのかな。
 見事に言い当てた桜の言葉に、虎太郎は唖然と口を開いた。「マジか……」と呟く。これで少しは信じてもらえただろうかと、文也は正面の老人を窺う。
「おまえたちはまともな高校生だと思っとったけどな」
「信じてください、いたずらなんかじゃないんです」
「死んだ人間と話ができるわけないだろう」
「俺だって、最初はそう思った。けど現に、桜とはこうして話ができて……!」
 文也は身を乗り出すが、重三はなかなか信じるそぶりを見せない。ともすれば、自分は騙されているのだと疑い、苛立つ表情さえ見せる。
「心残りを見つけないと、いつまでも桜はこのままなんです。桜は、生まれ変わってまた俺たちに会いたいって言ってるのに」
「こんな仕掛けを作って、わざわざ騙しに来るぐらいなら、ちゃんと勉強せえ」
「騙す気なんて、あるわけない!」
 何を言っても信じてもらえず、悔しくて、文也は黙り込んだ。桜の未練を探せない、それだけではなく、桜自身を否定されている気がして、悔しい。
「……爺ちゃん」
 ぽつりと、虎太郎が呟いた。
「オレ、文也は騙してなんかないと思うよ」
 指先で画面をつつき、会話をすっとスクロールさせる。
「文也さ、この女の子のこと、すごく大事にしてたんだ。病気がちだからっていつも心配して、そばにいて、気にかけてたんだ。そんな幼馴染が亡くなって、その子をダシにして他人を騙そうとなんてするわけないよ」
 虎太郎の思わぬ助け船に、文也ははっとする。彼は画面に表れる二人の会話を指でなぞる。
「こんな風にオレたちを騙して得することなんかないし。第一、見ただろ、ムギのことを言い当てたの。あんなの出来っこないって」
「虎太郎、おまえ信じるのか」
「信じざるを得ないってば」彼は苦笑いする。「オレもさ、ここまで仲良しの幼馴染とか欲しかったよ」
 虎太郎が口を閉ざすと、室内はしんと静まり返った。うるさいはずの蝉の鳴き声も、今はどこか遠くに聞こえる。
「……仕方ないな」腕を組む老人は呻いた。「確かに、わしらを騙して得することはないな」
「嘘、ついててごめんなさい。どうしたら信じてもらえるかわからなくて」
 文也と颯介は今一度頭を下げる。そんな二人を見て、次に画面に目をやり、重三はしみじみと言った。
「今は、死者ともこんな繋がり方があるんだな」
 孫である虎太郎のおかげだろう。心底とはいえずとも、一応は信じてもらえたようだ。強張っていた肩の力がようやく抜ける。
 タイムカプセルの場所は、大体の位置取りはつかめた。しかし、あと一歩が届かない。廃屋のあった場所にほど近い、西に斜面を見るイチョウの木の下。無数にあるその中からどうやって見つければいいのか。
 そのあと一歩を見つける協力は惜しまないと、重三は言った。ただ、その手がかりは自分たちで見つけろと。まさに願ったりだと、文也は勇んで頷いた。
 時刻が午後の三時を迎え、二人は家を後にした。互いの住む街まで、片道三時間はかかる。あまり長居をすると、すっかり日が暮れてしまう。
「ありがとな、説得してくれて」
 駅まで送ると共に家を出た虎太郎に、文也は礼を言う。彼が居てくれなければ、きっと話は何も進まなかっただろう。この旅が無駄足になっていた可能性もある。
「気にすんなよ。正直オレもビビったけどさ。やっぱり年取ると、人間、頭が固くなるんだ」虎太郎は指先で自分のこめかみをつついた。
「じゃあ、気を付けて。お爺さんとムギにもよろしく」
 駅で颯介が手を振り、文也も右手を上げる。「またなー」と手を振り返し、虎太郎は帰っていった。