土曜日、文也は颯介と駅で待ち合わせた。普段遊ぶときの待ち合わせより少し早かったが、杉ヶ裏までは距離がある。朝の九時には電車に乗った。
「悪いな。休みなのに」
「だから気にするなってば。桜ちゃんのためだよ」
ボックス席の文也の横で、「でも」と颯介は腕を組む。「名字しかわからなくて、探せるかな」
「引っ越してたらどうしようもねえけど。桜が住んでた家から、町役場に行く途中らしいんだ。その道をたどって探すしかない」
どうにもふんわりとした情報だが、これ以上は調べようがなかった。不安はあるが、あとは実際に歩いて探すしかない。
現状を文也から電話で聞くと、颯介は自分も一緒に探すと言ってくれた。一人より二人の方が、きっと視界も広がる。いや、桜もいるから三人だ。また三人で行動できることが、文也にはむしょうに嬉しい。
「フミと桜ちゃんの故郷か」
「そうなるな。桜は小二で引っ越したけど」椅子の肘掛けに肘をつく。「なんもない、ただの田舎だよ」
「それでも、二人には思い出がたくさんあるだろ」
颯介の言葉に、少しだけ考える。「……そうだな」やがて文也は頷いた。
杉ヶ裏ですごした十年間。その記憶のほとんどに、桜がいる。覚えていないほど幼い頃から一緒に遊び、学校に通った。夏休みも冬休みも、毎日飽きずに駆け回った。病気がちな桜はしばしば体調を崩したが、そんな日は担任から預かったプリントを手に見舞いに行った。ひと学年ひとクラスしかない学校でも、常にそばに居た。数えきれない思い出が溢れてくる。桜はそこで八歳まで過ごし、文也は十歳で引っ越した。そして二人は、転入先の小学校は違えど、同じ中学校に入学することになったのだ。
「だいぶ離れてたのに、再会するなんてすごいな。フミは親の転勤だったんだろ」
「うん。まあ、あれだよ。運命ってやつ」文也は当然の顔をする。これを奇跡だの運命だのと言わずして何と言おう。
「運命とか言ってるけど、桜ちゃん」
颯介が苦笑すると、文也のポケットから短い電子音が鳴った。
saku:運命じゃなくて偶然。
桜は今、二人の正面の席に座っているらしい。へそを曲げかけた文也だが、颯介が笑い、桜も笑っているのを想像すると、自然と頬が緩むのを感じるのだった。
電車を降り、バスに乗り、再び電車に乗る。杉ヶ裏駅で下りた乗客は、文也と颯介だけだった。時刻は既に十二時を回っていた。
木造の古い駅舎の売店で昼食代わりのパンを買い、外のベンチで食べる。中身の多いクリームパンは柔らかくて美味しい。周囲では蝉が大合唱し、青空にはむくむくと入道雲が広がる、まさに夏の気候。それでも日陰に居ればときおり涼しい風を感じられ、耐えられないほどではない。
まずは桜が住んでいた家を目指して歩く。山に囲まれた小さな町に高い建物はなく、民家や背の低いアパートが建つ中に、畑や水田が点在していた。町並みは静かで、人影は少ない。狭く緩やかな坂道を歩きながら、街中育ちの颯介は興味深そうにあちこちを見渡していた。
「確か、あの郵便局を右に曲がるんだ」
駅から二十分ほど歩き、文也は道の先を指さす。赤いポストを備えた、小ぢんまりとした郵便局。それは二人が幼い頃と変わりのない建物だった。
ポストの前を右に曲がり、細い道に入り、少しして文也は立ち止まる。その横で颯介も足を止めて見上げる。
「ここが、桜ちゃんが住んでたところ?」
「うん。間違いない」
古い二階建ての、桜が住んでいた家。門から中が覗けるが、今や人が住んでいる気配はなかった。庭には草がぼうぼうと生い茂り、家は扉も窓もきっちり閉め切っている。壁には蜘蛛が巣を張り、表札は外されたままだ。
「ここだよな、桜」
問いかけ、文也はスマートフォンに目をやる。晴天の真下、照度を目一杯上げた画面に返事がくる。
saku:ここだよ、懐かしいなあ。
saku:人が住まないと、こんなに荒れちゃうんだね。
桜も、感慨深く自分の住んでいた家の様子を窺っているようだ。あの頃はまさか、八年も経ってから幽霊の桜と共に再訪することになるだなんて、夢にも思わなかった。
saku:中、やっぱり誰もいないみたいだね。
文也と颯介は、流石に敷地に入るのはためらわれたが、桜は窓から部屋の中を覗いているらしい。自分の住んでいた家が廃れているのを見るのは、どんな気分なんだろう。
「悪いな。休みなのに」
「だから気にするなってば。桜ちゃんのためだよ」
ボックス席の文也の横で、「でも」と颯介は腕を組む。「名字しかわからなくて、探せるかな」
「引っ越してたらどうしようもねえけど。桜が住んでた家から、町役場に行く途中らしいんだ。その道をたどって探すしかない」
どうにもふんわりとした情報だが、これ以上は調べようがなかった。不安はあるが、あとは実際に歩いて探すしかない。
現状を文也から電話で聞くと、颯介は自分も一緒に探すと言ってくれた。一人より二人の方が、きっと視界も広がる。いや、桜もいるから三人だ。また三人で行動できることが、文也にはむしょうに嬉しい。
「フミと桜ちゃんの故郷か」
「そうなるな。桜は小二で引っ越したけど」椅子の肘掛けに肘をつく。「なんもない、ただの田舎だよ」
「それでも、二人には思い出がたくさんあるだろ」
颯介の言葉に、少しだけ考える。「……そうだな」やがて文也は頷いた。
杉ヶ裏ですごした十年間。その記憶のほとんどに、桜がいる。覚えていないほど幼い頃から一緒に遊び、学校に通った。夏休みも冬休みも、毎日飽きずに駆け回った。病気がちな桜はしばしば体調を崩したが、そんな日は担任から預かったプリントを手に見舞いに行った。ひと学年ひとクラスしかない学校でも、常にそばに居た。数えきれない思い出が溢れてくる。桜はそこで八歳まで過ごし、文也は十歳で引っ越した。そして二人は、転入先の小学校は違えど、同じ中学校に入学することになったのだ。
「だいぶ離れてたのに、再会するなんてすごいな。フミは親の転勤だったんだろ」
「うん。まあ、あれだよ。運命ってやつ」文也は当然の顔をする。これを奇跡だの運命だのと言わずして何と言おう。
「運命とか言ってるけど、桜ちゃん」
颯介が苦笑すると、文也のポケットから短い電子音が鳴った。
saku:運命じゃなくて偶然。
桜は今、二人の正面の席に座っているらしい。へそを曲げかけた文也だが、颯介が笑い、桜も笑っているのを想像すると、自然と頬が緩むのを感じるのだった。
電車を降り、バスに乗り、再び電車に乗る。杉ヶ裏駅で下りた乗客は、文也と颯介だけだった。時刻は既に十二時を回っていた。
木造の古い駅舎の売店で昼食代わりのパンを買い、外のベンチで食べる。中身の多いクリームパンは柔らかくて美味しい。周囲では蝉が大合唱し、青空にはむくむくと入道雲が広がる、まさに夏の気候。それでも日陰に居ればときおり涼しい風を感じられ、耐えられないほどではない。
まずは桜が住んでいた家を目指して歩く。山に囲まれた小さな町に高い建物はなく、民家や背の低いアパートが建つ中に、畑や水田が点在していた。町並みは静かで、人影は少ない。狭く緩やかな坂道を歩きながら、街中育ちの颯介は興味深そうにあちこちを見渡していた。
「確か、あの郵便局を右に曲がるんだ」
駅から二十分ほど歩き、文也は道の先を指さす。赤いポストを備えた、小ぢんまりとした郵便局。それは二人が幼い頃と変わりのない建物だった。
ポストの前を右に曲がり、細い道に入り、少しして文也は立ち止まる。その横で颯介も足を止めて見上げる。
「ここが、桜ちゃんが住んでたところ?」
「うん。間違いない」
古い二階建ての、桜が住んでいた家。門から中が覗けるが、今や人が住んでいる気配はなかった。庭には草がぼうぼうと生い茂り、家は扉も窓もきっちり閉め切っている。壁には蜘蛛が巣を張り、表札は外されたままだ。
「ここだよな、桜」
問いかけ、文也はスマートフォンに目をやる。晴天の真下、照度を目一杯上げた画面に返事がくる。
saku:ここだよ、懐かしいなあ。
saku:人が住まないと、こんなに荒れちゃうんだね。
桜も、感慨深く自分の住んでいた家の様子を窺っているようだ。あの頃はまさか、八年も経ってから幽霊の桜と共に再訪することになるだなんて、夢にも思わなかった。
saku:中、やっぱり誰もいないみたいだね。
文也と颯介は、流石に敷地に入るのはためらわれたが、桜は窓から部屋の中を覗いているらしい。自分の住んでいた家が廃れているのを見るのは、どんな気分なんだろう。