【3】七十六日前

 疑問には思っていた。
 彼女の自遊病について知っている僕が、プールに同伴するのは理解できるとして。
 ならば四季宮さんは、自身の傷痕を、多くの人でにぎわうプールで晒せるのだろうかと。
 彼女の身体についた数多くの傷痕を見たばかりの僕としては「気にせず入ったらいいと思うよ」なんて無責任なセリフを吐くことはできない。程度の差はあれ、ネガティブな注目の浴び方をしてしまうのは間違いないだろう。
 だからこそ僕が、四季宮さんはどうやってプールで遊ぶつもりなのだろうかと、頭をひねっていたわけなのだけど。
「まさか、こうくるとはなあ……」
 一足先にプールサイドについた僕は、誰もいないプールを眺めながらつぶやいた。
 誰もいない。
 今までも、そしてこれからも、今日、このプールには誰も来ない。
 なぜなら貸し切りだから。
 ……いやあ、力技だなあ。お金持ちって言うのはこんなことまでできるんだなあ。
 四季宮さん曰く「お母さんにお願いしたらあっさりOKしてもらえた!」とのことなのだけど、お願いの規模が大きすぎて言葉が出なかった。
 改めてプールを眺める。
 都内にある娯楽施設で、二十五メートルプールと飛び込み台、ジャグジー、それに小さなウォータースライダーなんかもついている。二人で過ごすには十分すぎるくらいに豪華だった。
 季節は十月、プールのハイシーズンはとうの昔に終わっているけれど、温水プールなので遊ぶのに支障はなさそうだった。
「真崎君、おっまたせー!」
 更衣室の出口の方から四季宮さんの声がした。
 僕は返事をしようと振り向いて――そして速攻で目をそらした。
「遅くなってごめんね。着替えるのに手間取っちゃってさー」
「いえ気にしないでください大丈夫なので」
「ありがと。ところでどう? 水着、似合ってるかな?」
 もう一度ちらりと見て……やっぱり視線を逸らす。
 先週のファッションショーの一件で、彼女の肌を見るのはだいぶ慣れたと思ったのだけど、どうやら甘かったらしい。
 まず、ビキニだ。それはもう、どうしようもなくビキニだ。
 この時点で目に見える肌色の割合が多すぎてアウト。おまけになんていうか……とても大きい。あれか、着やせするタイプってやつか。ふ、ふーん、あれってほんとに世の中に存在する概念だったんだ。とにかく見た目が暴力的過ぎてツーアウト。
 薄い水色を基調とし、濃い青色の花柄がついたビキニは、四季宮さんに大層似合ってはいたわけだけど、まじまじと視界に入れられるほど、僕はまだ女性の身体に慣れていないらしかった。というわけでスリーアウトチェンジ。何がチェンジするのかは不明だ。たぶん、僕の理性が予備の物に切り替わるんだと思う。
「ふっふっふー。そういう反応をするときは合格のサインだって、私この前学んだもんねー」
「だったら聞かないでください……」
「えー。だって折角なら、声に出して言って欲しいんだもん」
 無茶を言わないで欲しい。
「で、そういう真崎君は……」
 僕の周りをぐるっと一周し、四季宮さんは笑った。
「もうちょっと鍛えた方がいいね」
「余計なお世話です」
 と、その時。
 目の奥で線香花火が散った。
 視界はセピア色に染まり、六十秒先の四季宮さんの姿が映り込む。
 四季宮さんはぴょんぴょんとその場で跳ねたかと思うと、そのまま駆け出し、足から思いっきりプールへと飛び込んでいく。
 たった数秒、それだけの光景。
 なんてくだらない幻視だと、思わず苦笑いがこぼれる。
 もちろん、こういう未来ばかりの方が、平和でいいんだけど。
 依然とことこと僕の周りをうろついている四季宮さんは、ついさっき視た幻視の通り、今にもプールの中に駆け出して行ってしまいそうだった。
「四季宮さん」
「ん?」
「準備体操はしっかりしましょう、危ないので」
 だから僕がそう釘をさすと、四季宮さんはちょっとばつの悪そうな顔をして、
「……視たんだ」
「お察しの通りです」
 僕は肩をすくめた。

 家に呼ばれて以来、僕は四季宮さんとコミュニケーションを取るのに支障がないくらいには会話ができるようになっていた。あの時、四季宮さんの家でファッションショーをしたことが、僕にも良い影響を与えているようだ。
 そんなちょっとした変化もあって、僕は自分の幻視について、ここ数日で四季宮さんに説明が終わっていた。
『えー、なにそれ超便利! うらやましー』
 というのが、彼女の第一声。
 僕は散々「そんな便利なものじゃない」「ちょっと邪魔なくらいだ」と口を酸っぱくして言ったのだけど、
『でも、ないよりはあった方が絶対いいでしょ?』
『なかったらなかったで、別に困らないです』
『むー。真崎君の幻視がなかったら、私は頭血まみれだったんですけどー?』
『それは……まあ、タイミングが良かったというか、悪かったというか……』
『ふーん?』
 のぞき込むように僕の顔を見る四季宮さんから、逃れるように顔を背ける。
『と、とにかく……僕の幻視はそんな感じです』
『うん、よく分かったよ。話してくれて、ありがとね』
『いえ。僕も四季宮さんの話、聞きましたし……』
『あはは、そうだね。なんか、こうやって二人で特別な秘密を共有できるのって、ちょっと素敵だね』

「えいっ!」
 物思いにふけっていた僕は、大量の水を顔に浴びて、現実に引き戻された。
「あはは! みずびたしー! そりゃそりゃぁ!」
「ちょ、やめ……っぷは」
「真崎君もやり返してよー。これじゃ、私がいじめてるみたいじゃん」
「いや、それは……」
 言い返そうとした時、ぱちりと線香花火が散って、また幻視の光景が映る。
 四季宮さんが飛びかかってきて、僕を水の中に押し倒す。ただそれだけの短い光景。
 これもまた平和で、肩の力が抜けるような幻視だった。
 今日はやけに幻視の頻度が高い。いつもは一日に一回くらいなんだけど……。
 ともあれ、相手の行動が分かったのなら、対処も簡単だ。
「今、なにか言いかけた?」
「いえ。女性に水をかける行為には、ちょっと抵抗があるなあと」
「ふーん。紳士なんだ」
「そういうわけじゃないですけど」
 にんまりと四季宮さんが笑った。
 ……来たか。
「そーゆー甘っちょろい考え方の子は――」
 ざばっと水を切って、四季宮さんが動いた。
 瞬間、僕は半歩身を引いて、
「戦場では生きていけないんだよ!」
 体をくるりと反転させた。
 目の前で四季宮さんの身体が思いっきり水の中に突っ込んでいく。
 一体いつからここは戦場になったんだか……。
 数秒後、浮かび上がってきた四季宮さんは、濡れた髪をかき上げながら言う。
「幻視はずるいよー!」
「……僕の意思ではどうしようもないので、ずるくはないかと」
 その仕草がやけに色っぽく感じられて。
 僕はまた、目線をそらした。

「ねえねえ、真崎君」
 どこから持ってきたのか、やたらと大きなゴムボートを浮かべ、その上に寝そべりながら、四季宮さんが問うた。
「真崎君はさ、幻視があんまり好きじゃないの?」
「突然どうしたんですか?」
「いいからいいから」
 まあ……隠すようなことでもないか。
 少し考えた後、ゆっくりとゴムボートを引っ張りながら答える。
「そうですね。幻視のお陰で得したと思ったことがないので」
「なんの前触れもなく視えちゃうから?」
「まぁ、急に視えるとびっくりしますし」
「自分で視たいタイミングを選べないから?」
「せめて僕の意思でコントロールできればいいんですけどね」
 同じような内容の話を、ついこの間もしたばかりだ。
 いったいどうしたのだろうと訝しんでいると、
「……ほんとに?」
「え?」
 思わず振り返ると、四季宮さんの澄んだ瞳と目が合った。
「得したと思ったことがない、だけ? 本当は、あったんじゃないの? 幻視を持っていて、損したと思ったことが」
 思ったよりも近い距離に四季宮さんの顔があって、僕はたまらず視線を外そうとした。
 なのに。
 なぜか目を、そらせない。
「……どうしてそう思うんですか」
「これは私の持論なんだけどね」
 四季宮さんは、言う。
「人が何かを嫌いになる原因は、その何かを持っていて得をしなかった、からじゃなくて……損をしたから、だと思うんだよ」
「損をしたから……」
「うん。得をしなかっただけなら、ただ無関心になるだけだもん」
「それはそうかもしれませんけど……。だからってどうして、僕が幻視を嫌いだってことになるんですか?」
「だって、嫌いじゃなかったら」
 ちゃんぷんちゃぷんと、水が跳ねる音がした。
 それと同じくらいの音量で、四季宮さんはそっと、言葉を置くように言う。
「幻視について私に話すとき、あんなにつらそうな顔、しないんじゃないかな」
「……」
 僕は。
 僕はどんな顔をして、彼女に語っていたのだろうか。
 幻視。
 物心ついたころから僕に宿っていた、不可解な能力。
 かつての僕は、それを万能な能力だと思っていて。
 誰かを助けるために使えるのだと、信じて疑わなくて。
 浅はかで。
 軽率で。
 向こう見ずで。
 愚の骨頂で。
 そうして生まれた、心の傷。トラウマ。
「ね。よかったら話してよ」
 僕は――
「私ね。君のこと、もっと知りたいんだ」
 彼女の優しい声音に導かれるように、過去を語った。

 ※

 未来が視えると知った時。
 そしてその未来を、自分の手で変えられると知った時。
 僕はまだまだ幼くて。
 だから愚かにも、目に映る全ての人を守れるに違いないと、そんな風に思ってしまった。
 自分は「特別」なのだと錯覚してしまった。
 小学校高学年の時だった。
 幻視の力で助けた友達に、僕は「自分は未来が視えるのだ」と得意げに触れ回った。
 その頃にはもう、自分の幻視が、他の誰も持っていない特別な能力であることは分かっていたし、幻視を使えば誰かを危機から救えることだって知っていた。
 サッカーボールが飛んできそうなとき、曲がり角で衝突しそうなとき、トラックに轢かれそうなとき。僕はそれらを全て回避させてきた。
 だけど、六十秒先の未来に起こる危機を回避した場合、当事者はその事実に気付かないこともあって、僕は次第にそれを不満に思うようになっていた。
 僕が助けたという事実を知って欲しかった。
 特別な自分を、ほめて欲しかった。
 だからあの時、
「僕は未来が視えるからね」
 そんな風に得意げにうそぶいて、つかの間の優越感に浸っていたのだと思う。
 
 それから程なくして、僕の目の前で同級生の女の子がバイクに跳ねられた。幸いにも命に別状はなかったものの、同級生たちの中にはある疑念が生まれた。
「どうしてあいつは、あの子のことは助けなかったのだろう?」
 それはある種、当然の疑問と言えた。
 投げられた小石が静かな水面を揺らすように、疑念は次第に、不信感へと姿を変えていく。
 ある人は助けられ、ある人は助けられなかった。
 ある人は傷つき、ある人は傷つかなかった。
 不信感はやがて、一つの結論を導き出す。
 すなわち――僕が、救う相手を選り好んでいるのではないか、と。

 僕の幻視はランダムで起こる。
 いつ、どこで、誰の未来が見えるのか。そこに僕の意思は介在せず、危機の度合いも緊急性すらも加味されず、ただなんの法則性もなく唐突に目の奥で線香花火が弾け、視界をセピア色に染め上げる。
 僕は救う相手を選んでいるのではなくて、救える人だけを救っていた。
 だけど、いくらそう説明したところで伝わるはずもなかった。
 一つの結論は小石となり、また水面に投げ入れられて、新たな波紋を生む。
 ゆらゆらと揺れる水面はクラスメイトの隙間を縫うように、嫌悪感となって伝播していく。
「助ける相手を選ぶなんて最低」「あの子、大けがしたんだって。かわいそう」「あれでしょ? 助けてほしかったら自分と仲良くしろってことでしょ」「勝手だよね」「偉そうだよね」「わたし、あの子のこと前からちょっと嫌いだったんだよね」「わかるわー」「鼻につくよな」「助けてやったぜ、みたいな顔してるもんな」「何様のつもりだよ」「ヒーロー気取りなんだろ。子供なんだよ」「ちょっと未来が視えるからって調子に乗りやがって」「いやいや、っていうか前から気になってたんだけどさ」

「あいつ、本当に未来なんて視えてるわけ?」

 春には黒板消しを投げつけられた。
 夏には池に突き落とされた。
 秋には教科書とノートを引き裂かれ。
 真冬にホースで水を浴びせられた。
 未来が視えるなら回避できるはずだと、それができないならお前はただのインチキ野郎だと。
 そんな風に言われて、そして僕は、そのうちの多くを回避することができなかった。
 クラスメイトは言う。
「やっぱり嘘だったんだな」「俺たちの気を引きたかっただけなんだろ」「ヒーローごっこは幼稚園で卒業しておけよ」「痛々しすぎて見てらんないよ」
 罵詈雑言は嘲笑を伴って、僕の鼓膜を震わせる。
 冷たかったり、尖っていたり、よそよそしかったり、べたついていたり。様々な、本当に様々な不快な笑い声は、べっとりと僕の耳の中に貼り付いて、時折思い出したようにぐちゃりと反響する。
 いくら耳をふさいでも聞こえ続ける不協和音に苛まれながら、僕は気付く。
 こんな能力に意味はない。
 自分の意思で制御できない幻視なんて、役には立たない。
「特別」とは普通ではないということだ、多くの人に理解されないということだ。
 特別は僕を孤独にして、僕にトラウマを植え付けた。
 だったらこんな能力のことは二度と表に出すまいと。
 誰のことも表立っては助けまいと、そう深く心に誓って。
 僕はそれ以来、幻視の話を一切しなくなった。

 ※

「それ以来、自分の主張とか、考えとか、そういう一切合切を伝えるのが怖くなってしまって……僕は何も喋れなくなってしまったんです」
 あの痛みを忘れたかった。もう二度と味わいたくなかった。
 だから僕は、人との関わりを避けるようになった。
 会話はなるべく短く済むように、そもそも会話なんてしなくても良いように。
 存在感を希釈して希釈して、なるたけ自分という存在をひた隠しにした。
 そうすることで、なんとか自分と言う個を確立することが出来る気がした。
 たくさんの壁を作って、自分の心を覆い隠した今の在り方は、当然好きではない。
 だから――
「だから僕は、幻視は嫌いなんです」
 こんな能力、無ければよかったのに。
 心から、そう思う。
 僕の話を聞き終わってからしばらくして、四季宮さんが口を開いた。
「私はね、真崎君」
 ゴムボートの上で、二人、向き合っていた。
 すりガラスの向こう側から差し込む日の光が、水面で網色に揺れている。
「特別って、素敵なことだって思うんだ」
 僕は思わず、彼女の体に目を向けた。
 白い肌の上に浮かんだ、多種多様な傷跡。
 特別で異端な、自遊病という病気によってむしばまれた彼女の体を。
「だって、君の幻視がなかったら、私達はこうして出会ってないんだから」
「それは……」
「だからさ。君はもっと、その幻視のことを好きになってあげなくちゃ」
「好きに、なる……?」
「そうだよ。だってそれは、君にだけ宿った、君だけのスペシャルなんだから」
 それは。
 とてもとても、前向きな意見だった。
 僕の中に凝り固まった、風化したヘドロみたいな固定観念の前に、温かい光を灯しながら降りて来た彼女の言葉に、ただただ面食らう。
 だって――そうだろう?
「じゃあ四季宮さんは……自分の自遊病のことを、どう思ってるんですか?」
 不躾な質問であることは分かっていた。だけど、聞かずにはいられなかった。
 僕以上に深刻な、ともすれば命に関わるような「特別」を抱いてる彼女が、そんな明るくて前向きな姿勢でいられることが、信じられなかった。
 僕の問いかけに、四季宮さんは二、三度目をしばたたかせた。
 そして、あっけらかんと答える。
「んー、嫌いではないかな」
 嘘を言っているようにも、虚勢を張っているようにも、見えなかった。
「……四季宮さんは強いんですね」
「強くは、ないよ」
 四季宮さんのしなやかな足が、プール水を蹴り上げた。
「ただ、もうかれこれ二年の付き合いになるからね。慣れちゃったんじゃないかな」
 ちゃぷん。
 水の跳ねる音が、辺りに響いた。

 ※

 プールからの帰り道、塩素の匂いが抜けきっていない僕たちは、橋の上をゆっくりと歩いていた。夏至を過ぎたとはいえ、日はまだ長い。強烈な橙色を放つ太陽は、街の陰影を色濃く浮かび上がらせている。
「はー、遊んだ遊んだ! 真崎君も、楽しかった?」
「はい」
 と、僕は頷く。友達とプールに行くなんてイベント、いつ以来だろうか。四季宮さんと理由は違うけれど、楽しめたのは確かだった。
 それはよかった、と四季宮さんは笑って、僕の一歩前を歩き出す。
 その後姿を眺めながら、思う。
 四季宮さんの望み通り、プールに行った。その前には彼女の家に行って、ファッションショーのようなこともした。
 これで彼女のお願いは、十二分に果たされたはずだから。
 きっともう、僕と彼女の関係は終わり……なのだろう。
 彼女との関係が、これで終わりかと思うと少し物寂しくはある。だけどそもそもの発端が、棚から牡丹餅、ヒョウタンから駒、偶然の上に幸運を塗り重ねたようなラッキーイベントから始まったのだから、贅沢を言ってはいけない。
 せめてこの鮮やかな夕焼けと、塩素の香りと、彼女の華奢な後姿だけは心にとどめておこう。
 そう思った矢先、
「じゃ、今度は何して遊ぼっか?」
 四季宮さんは、くるりと僕の方に向き合って言った。
 僕はたっぷりと数拍置いて、同じ言葉を繰り返す。
「……今度?」
「うん、今度」
「……これで終わりじゃないんですか?」
「何言ってるの? そんなわけないじゃん」
 四季宮さんは、聞き分けの悪い子供を諭すような口調で続ける。
「私、最初にお願いしたでしょ? 私といっぱい遊んで欲しいの、って」
「確かに言ってましたけど……」
「まだ二回しか、遊んでないよ? いっぱいには、程遠いよね?」
「で、でも、もうファッションショーもしましたし、プールは行きましたし、肌を見せる系の遊びは大体やったんじゃないですか?」
「えー。真崎君ってば、発想がひんこーん」
 綺麗な右手を僕の目の前にずいっと出して、一本ずつ曲げていく。
「まずはカラオケだね」
「……カラオケって肌、見せますか?」
「暑くなったらカーディガン脱ぎたいもん」
 なるほど、そういうのもあるのか……。
「あとあれ、スポッチとボーリングもしたいなー」
「そ、それも肌は見せませんよね?」
「私の話、聞いてた? 暑くなったらカーディガン脱ぎたいんだよ?」
 いや、聞いてはいましたけども。
「バッティングセンターとかも行きたいなー。あとは激辛ラーメン食べに行きたいし、岩盤浴にも行ってみたいし、あとは……またプールにも来たいなー」
「また、ですか?」
「うん。だって――」
 によっと笑って指を曲げる。
「私まだ、たくさん水着持ってるし」
 ……分かってるんだ、からかわれてるのは。
 だけど残念なことに、数年間女子とまともに会話もしてこなかった僕は、それを軽く受け流せるだけの度量は持ち合わせていない。
「真崎君、顔真っ赤だよ?」
「ゆ、夕日のせいじゃないですかね……」
「苦しいねえ」
 分かってるよ、そんなことは……! 心の中では強くツッコみを入れるのだけど、その言葉が口から出ることは決してなくて。結局、彼女に流されるままに、この状況を受け入れようとしている自分がいる。
「と、いうわけでさ、真崎君」
 右手をすっと降ろして、僕に差し出す。
 まるで、握手を求めているみたいだった。
「これからも、よろしくね?」
 彼女の目を直視できない。
 きっとこれも、四季宮さんを背後から照らす、やけに眩しい夕日のせいだ。
 そんな風に言い訳しながら、僕は彼女の手を握り返した。