【2】八十六日前

 頭はそんなに悪くないと思う。実際、成績はいい方だ。
 別段自慢できるようなことじゃない。単に友達がいないと時間を持て余すので、宿題や予習をしているうちに成績が伸びただけの話だ。
 それにこんなのは、表面的な賢さの指標でしかない。
 人間関係を円滑に進める能力であったりとか、日常生活で問題を発見して自分で解決策を練る能力だとか、そういう実用的な頭の良さとは直結しないのだから。
 ただ、頭を使うのは嫌いじゃないし、苦手でもない。
「さ、着いたよ真崎君。ここが私の家」
「……なるほど」
 つまり現在、なぜか四季宮さんの家に招かれて、玄関に足を踏み入れようとしている状況をうまく処理できていないのは、僕の頭の良し悪しとは一切関係のない話しなのだ。
 以上証明終了。QED。
 ……いや、分かってる。
 こんな余談に意味はない。なんなら筋だって通っていない。。
 だけど女の子の家に遊びに来た経験なんてない僕にとって、今の状況は少々刺激的過ぎるので、現実逃避の一つもしたくなるのだった。
「さ、どうぞ。上がって上がってー」
 四季宮さんの家は大変立派だった。それもそのはず。彼女の家は医者の家系で、代を経るにつれてどんどんと裕福になっていっているらしかった。
 庶民代表のような僕としては、足を踏み入れるだけでも恐れ多い。
「どうしたのー? 早く入りなよー」
 四季宮さんの声に背中を押されるように、そろりそろりとスリッパをはく。ふわふわのスリッパからは床の感触が伝わってこなくて、雲を踏んでいるみたいで落ち着かない。
 四季宮さんの後をおっかなびっくりついていきながら、さっきから微塵も働いていない頭に喝をいれて、必死で今の状況を整理する。
 そもそもの発端は、昨日の夜、彼女から届いたメッセージだった。
『みーつっけた! これ真崎君のアカウントだよね?』
 それが彼女の初めてのメッセだった。どうやら四季宮さんは、クラスのメッセージグループから、わざわざ僕のアカウントを見つけてきたらしい。
 だけど残念ながら昨日の僕はひどく疲弊していて、早々に泥のように眠っていたので、彼女のメッセージに気付くことができなかった。
 結果、
『あ、あれ? 間違ってる? おーい、真崎くーん!』『ち、違う人だったらどうしよう……』『いやでも、藤堂真崎って書いてあるし、絶対合ってるよね? もーしもーし』
 と、彼女をやきもきさせることとなった。
 翌日、いつもより少し早く目が覚めた僕はあわてて返事を打った。
『すみません、寝てました』
 本当のことなのに、どこか嘘っぽく思えるのはなんでなのだろう……? 
 首をかしげながら返信をすると、すぐに既読がついて、ほどなくして彼女からのメッセが届いた。
『おはよー。今日さ、うちに来てくれる?』
 いくつか会話をすっ飛ばしたんじゃないかってくらいの話題の変わりように、僕はしばし画面とにらめっこ。そして十分くらい頭を悩ませて、震える指で返事をした。
『なんでですか?』
『いいからいいから。十二時に駅前集合ね。あ、何か予定あった?』
『予定はないですけど……』
『じゃあ、決定ね! 待ってるから!』
 待ってるから、と言われてしまうと、行かなければ申し訳ない気持ちになる。
 僕はそそくさと着替えたのち、最寄りの駅に向かい……そのまま彼女の家まで連れてこられた、というわけだ。
 ……うん。やっぱりいくら考えても、家に呼ばれた理由が分からない。
 昨日のことについて色々話したいなら、ファミレスやカフェで十分じゃないか。
「あら、お友達? 珍しいわね、茜が家に連れてくるなんて」
 物思いにふけっていた僕は、おっとり上品とした声音で現実に引き戻された。
「うん、同級生の藤堂真崎君。真崎君、こちら私のお母さん」
「初めまして、茜がいつもお世話になっております」
「い、いえ……こちらこそ。あ、初めまして……藤堂真崎です……。あのこれ、お口に合うか分かりませんが……」
 たどたどしく挨拶をして、紙袋を渡す。
 待ち合わせ場所に行く前に買った菓子折りだった。しかし、こんな豪勢なお家だったら、もっと高価なものを用意するべきだったのかもしれない。
「わ! それお土産だったんだー。真崎君、律儀だねー」
「まあ、ご丁寧にすみません。茜、お友達が来るなら、事前に言ってちょうだい?」
「大丈夫だよ、部屋で遊ぶだけだから。行こ、真崎君?」
「そういうわけには……ってこら、茜! ……もう、すみません、落ち着きのない子で」
 小走りに部屋に駆けて行った四季宮さんをとがめるように、お母さんが頭を下げた。
「こ、こちらこそ突然お邪魔してすみません……」
「いえいえ。来ていただけるのは、とっても嬉しいんです。あの子、家にお友達を呼ぶことがあまりなかったので」
 そうなのか。この大きさだったら、たくさん友達を呼んでも余裕で入りそうなものだけど。もしかしたら、あまり豪勢な家をひけらかしたくなくて、控えていたのだろうか。四季宮さんなら、それもあり得そうな話だ。
「それじゃあ、ごゆっくり……いたっ」
 がさりと紙袋が落ちる音がした。
 見るとお母さんは、包帯の巻かれた手を抑えて顔をしかめていた。 
「あの……大丈夫ですか?」
「え、ええ、すみません。少し傷が痛んで……」
 右手の包帯は手首まで巻かれていた。
 骨折ではなさそうだけど……火傷、とかだろうか?
「袋、持ちますよ」
「あら、優しいんですね。でも大丈夫、ありがとうございます」
 やんわりとそう言って、四季宮さんのお母さんは控えめに笑った。美人な人だなと思った。
 目じりと口元に、四季宮さんの面影がある。お母さん似、なんだな。
「……? 私の顔に、何か……?」
 思わずじっと見つめてしまっていたらしい。
 僕は慌てて視線を外し、
「こ、これはですね! その、やましい気持ちがあったわけではなくてですね、その……」
「ま、さ、き、くん?」
 どう言い訳をしたものかとあわてていると、後ろから声が聞こえた。
 いつの間に戻ってきていたのか、四季宮さんが両手を腰に当てて立っていた。
「私の部屋の場所、分かんないでしょ? 早くおいでよ」
「す、すみません。すぐ行きます」
 待たされてご立腹のようだった。形のいい唇をつんと尖らせて、不機嫌さを主張している。
 慌てて彼女の後を追いかけていると、四季宮さんが背中越しに僕に問うた。
「真崎君って、年上が好きなの?」
「へ?」
「だって……」
 ちらっとこちらを見る。
 不服そうに、唇を尖らせていた。
「お母さんに鼻の下伸ばしてたから」
「の、伸ばしてません!」

 四季宮さんの部屋は、広かった。
 僕の部屋の二倍くらいあるんじゃないだろうか。ベッドに勉強机、タンスに本棚、ソファーやクッション。それらが全部収まっても、まだスペースにかなりの余裕がある。
「てきとーに座って?」
 と言われたので、床の端っこに座ろうとしたら怒られた。僕のにおいとか付いたら悪いし、あんまりクッションとかソファーとかには、座りたくないんだけど……。
「さて。どうして今日、急に真崎君をお家に呼んだかと言いますと」
 ようやく本題か、と。僕はカーペットの上で姿勢を正す。
 自遊病の話か、幻視についてか、あるいはその両方か。
 長い話になるかもしれない。
 そう、心構えをしていると、
「ファッションショーをしたいと思って」
「…………ふぁっしょん?」
「ショー」
 大真面目な顔で頷きながら四季宮さんが受ける。
 いや、そういうことじゃなくて。
「な、なにゆえ……?」
 びっくりしすぎて古の武士みたいな口調になってしまった。
「先日お話した通りにござる」
 乗らなくていいです。
「は、話って?」
「え? 一緒に遊んでくれるって約束だったでしょ?」
 それはそうなんだけど。
 四季宮さんは続ける。
「私さ、いっつもカーディガン着てるでしょ? もう真崎君は気づいてると思うけど、これ、傷を隠すためなんだ」
 僕は頷く。手首の手錠の痕。そして恐らく、その他にもついているであろう無数の傷痕。それを隠すために、四季宮さんは年がら年中、長いカーディガンを身に着けて、下にはタイツやストッキングをはいていたのだ。
「私服も同じでね。大体長袖長ズボン。ロングスカートとかパーカーとか、そんなのばっかり着てるんだ」
 確かに今日の彼女も、小さな花柄があしらわれたロングスカート。上は白シャツに、グレーのカーディガンだった。
「でもね、私も女の子なの! 可愛いお洋服をたっくさん着たいの!」
 どんっ、と洒落た丸テーブルに両手を置いて身を乗り出す四季宮さん。
 その気迫におされて、僕はおずおずと頷いた。
「な、なるほど……」
「で、どうせ着るなら、見てもらいたいじゃない? 褒めてもらいたいじゃない?」
「それは……たしかに」
「でしょ! そこで真崎君の登場なわけです!」
 段々と話が見えてきた。
 要するに彼女は、色々な服を着て、他の人の感想を聞きたかったというわけだ。僕は丁度、四季宮さんの自遊病についても知っているし、適役だったのだろう。
 確かにそれなら、すぐに着替えられて、かつ他人の目を気にすることのない四季宮さんの家でやるというのも、理にかなっている。
「どうかな? だめ……かな?」
「いえ。そんなことでいいなら、付き合います」
 彼女が着替えて、僕は見る。そんなに大変なことじゃない。正直、一緒にプールに行くよりも余程ハードルの低いお願いだった。
「ほんと⁉ やったー! ありがと、真崎君! それじゃあ、ちょっと着替えてくるから、待っててね!」
 あ、それと。と四季宮さんは軽い調子で続ける。
 努めて、軽い調子で。
「傷痕……結構ひどい、から。見るの嫌になったら、言ってね?」
「……え、と」
「そ、それじゃあ、四季宮茜、お着換えタイム入りまーす! 覗いちゃダメだからねっ!」
 僕が何か言う前に、部屋の一角にある扉を開けて、四季宮さんは消えていった。どうやらあそこはウォークインクローゼットになっているようだった。つくづく豪勢な部屋だ。
「……傷痕、か」
 思わず、つぶやく。
 確か彼女は、高校に入学してから自遊病を発症したと言っていた。
 つまり彼女は二年近く、他人の目に触れさせないように傷を隠してきたのだ。
 それを晒すというのは、すごく勇気のいることだと思う。たとえ相手が、僕みたいな冴えないクラスメイトだったとしてもだ。
 だけど、人並みの、普通の女子高生らしい経験をしたいという気持ちが、彼女の中には当然あって。それを達成するためには、僕に傷痕を見せる必要があって。
 このファッションショーは、そんな彼女の、一つの建前なのではないだろうか。
 僕に傷痕を見せるために、自分を勇気づけて、動機づけているのではないだろうか。
「……応援してあげたいな」
 心からそう思った。
 それからしばらくすると、クローゼットの扉がゆっくりと開いて、四季宮さんがそろりそろりと現れた。
 手も、足も。
 驚くほどに白く、滑らかだった。
 一年中長袖とストッキングを着用しているからだろう。まるで家の外に一歩も出たことがないかのような、透き通るような白さだった。
 目を見張るほどに、魅力的だった。
 だけど。
 だから。
 だからこそ。
 恐ろしいほどに、傷痕が目立った。
 至る所に、青あざがあった。紫色に変色した皮膚は、美しい白を背景として、毒々しくその存在を主張していた。赤い擦過傷の上にできたくすんだ褐色のかさぶたは、美しいビロードの上にかかった赤錆のようだ。
 何かで切りつけたのだろうか。あるいは、どこかで転んで痛めたのだろうか。毎日毎日、死と隣り合わせに生きている彼女の、自遊病との壮絶な戦いの痕が、体に刻まれていた。
 想像を超えて衝撃的だった。
 思わず息を飲むくらいには悲愴的だった。
「ど、どう……かな?」
 だけど。
 だから。
 だからこそ。
「四季宮さん……」
「う、うん」
 僕は、その傷痕を見ない。
「は……花柄が……」
「う、うん?」
「花柄が大きすぎて目線が下に行きます。し、四季宮さんは手足が長くてスタイルがいいので柄物を着るときはもっとポイントを絞るか上につけた方がいいと思います」
「ふぇ?」
 四季宮さんが着ているのは、花柄のキュロットにリボン付きの白いブラウス。袖口と襟首に紺色の指し色が入っていてポイントが高い。キュロットの色も落ち着いていていい。
 だけど、組み合わせが悪い。四季宮さんのプロポーションの良さを活かすなら、もっと違う、いい取り合わせがあるはずだ。
「ど、どうしたんですか? 他の服も見せてくれるんじゃないんですか?」
 柄にもないことをしている。心臓はばくばくしているし、手汗も冷や汗も出まくっている。
 だけど、ここで僕が頑張らないと……きっと四季宮さんは、背負ってしまうから、
「き、今日はファッションショー、なんですよね?」
 僕は必死にからからに乾いた口を動かした。
 四季宮さんは、目をぱちくりとさせた後、やがてちょっと下を向いて、
「うん、分かった。ちょっと待っててね」
 そう言って、ウォークインクローゼットの中に戻っていった。
 髪の間から垣間見えた表情は、少し笑っていたように見えた。

 それから四季宮さんは、着替えに着替えて、着替えまくった。
 僕はと言えば、批評に批評を重ね、たくさんの意見を出した。
 実は女性の服装に関しては、御影のお陰で結構勉強をしていた。
 御影が依頼された女性キャラのイラストには服装の指定がないこともあり、そのたびに僕に服装について色々と意見を求められていたのだ。最初は客観的な意見が欲しいから、という話だったのだが、段々と僕に知識がついてきてからは、もっぱら全部任せられていた。
 そういうこともあって、僕たちは段々と変なテンションになりながら、ファッションショーを続けた。
「これならどうだ!」
「デニムスカートに黒パーカーですか……。キャップを被ったことで、ボーイッシュで快活な印象を受けますね。少々だぼついたパーカーも、ほどよく体のラインを隠していて素晴らしいです。だけど少々色味が黒すぎますね。指し色を入れるか、キャップの色を変えるべきでしょう」
「こ、これならどうだ!」
「オーバーサイズのニットはだらしない印象をうけます。折角スタイルがいいのにもったいないです。大き目のを着るなら、せめて色味を抑えてください」
「だったらこれだ!」
「なんですかその色、なめてるんですか⁉ いったいどこに着ていく用の服なんですか!」
「真崎君ちょっとキャラ変わってない⁉」

 ――二時間後。
「じゃ、じゃあこれならどう?」
「……っ! これは……」
 白いショートパンツに、浅葱色の袖なしシャツ……! 黒いリボンが巻かれたストローハットのおかげで、小柄な顔や体形が存分に生かされている……!  
 間違いなく今日一番の取り合わせ! 
 しかし……っ!
「な、なんか……ダメです」
「……いきなり指摘がおおざっぱになったんだけど、なんで?」
「それは……」
 とても刺激的だからです。
 それはもう、目のやり場に困るくらいに。
「ねー、なんでなんで? この服はどうなんですか、真崎せんせー」
「あ、ちょ、ちか、近い……です……」
 ハイテンションを支えていたアドレナリンでも切れたのか、近づいてくる四季宮さんを直視することができなかった。必死に目をそらす僕を見て、四季宮さんが小首をかしげる。
「もしかして、照れてる?」
「…………はい」
 喉から漏れたのは、蚊の鳴くような声だった。
 さっきまでの威勢のよさはどこにいったんだよ、僕……。
「ふーん。なるほどなるほどー」
 姿鏡の前に立ち、くるりと一回転。
「これは可愛いってことか」
「……はい」
「えへへ、やった。写真撮っとこーっと」
 そう言って、パシャパシャとスマホで撮り始める四季宮さん。鏡に向かってうきうきとポーズを取る姿は、とても可愛らしかった。
 やがて数十枚と写真を撮り終えた後、
「あとで真崎君にも送ってあげるね」
「そ、それは……」
 魅力的な提案だった。けれど、気持ちに反して僕の口は素直には動かない。
 結果、出来かけの不格好な言葉たちが、口からフライングして飛び出していく。
「い、いら……いり……」
「なんて?」
 もちろん、欲しい。
 欲しいけれど、それを言うのはひどく気恥しかった。
 自撮りが欲しいと本人に向かって言うなんて、それじゃまるで「あなたのことが気になっています!」と言っているようなものじゃないか。
 いやでも待てよ……。この場合「送ってあげるね」と言われているのだから「ありがとうございます」とだけ返せばその限りではないのかも……。
 そんなことをうだうだと考えているうちに、四季宮さんはそのきれいな眉をハの字に下げて、言った。
「あー、でもやっぱり駄目だね。さすがに恥ずかしいや」
「あ……」
 その言い方で、察する。
 恥ずかしいというのは、きっと格好のことではなく……手足についた、傷痕のことなのだろう。そんなこと、僕は微塵も思いはしないのに。
「よっし。じゃあ元の服に着替えてくるね。はー、楽しかった!」
 僕が言葉を挟む暇もなく、ぱたむ、と扉がしまる音がして、四季宮さんはクローゼットの中に消えていった。
 残された静寂が、僕の胸の内をちくちくと刺す。
「素直に欲しいって言えばよかったな……」
 最後に見せた困ったような笑顔を思い出しながら、つぶやく。
 そうだよ、恥も外聞もかき捨てて、素直に「下さい」とお願いすればよかったんだ。
 そしたら四季宮さんに、あんな表情をさせずにすんだのに……。自分の優柔不断さに、心底嫌気がさす。
 四季宮さんが着替え終わるのを待っていると、こんこんと扉を叩く音がして、次いで四季宮さんのお母さんの声がした。
「入りますね」
 お母さんが手に持ったお盆には、ティーカップとお菓子が乗っていた。
 さっきの手の傷のことを思い出して、僕はあわてて立ち上がる。
「あ、あの、持ちます」
「いいんです、いいんです。左手で持ってますので。優しいんですね、藤堂さんは」
「い、いえ、そんな……」
 四季宮さんのお母さんは、きょろきょろと部屋の中を見渡した。
「あら、茜はどこへ?」
「あ……今、クローゼットの中で着替えてます」
「お着替えを? どうして?」
 テーブルの上にお茶とお菓子を並べながら、お母さんが問う。
 当然の質問だった。
「えーっと……なんていうか、ファッションショー? みたいなのをしてまして……」
 なんて説明に困る遊びをしてたんだ、僕たちは……。
 そんな僕の心境を知ってか知らずか、四季宮さんのお母さんは困ったように眉じりを下げた。
「ごめんなさいね、変な遊びに付き合わせちゃって。きっと藤堂さんが優しいから、甘えちゃってるんだと思います。嫌ならはっきり、言ってやってくださいね」
「と、とんでもないです」
 なんならノリノリで意見してました、とは言えなかった。折角良い印象を持ってもらっているのだ。変なクラスメイトとして認識されるのはさけたい。
 お菓子のセッティングを終えたお母さんは、ちらりとクローゼットの方に目線をやった。
「あっれー? 最初に着てた服、どこやったっけ?」という声が聞こえる。まだ四季宮さんが戻ってくる気配はない。
 それを見越してか、お母さんは僕の方に身を寄せて、
「あの、こんなことをお願いするのもどうかとは思うんですが……」
 僕の耳元でそっとささやいた。
 右手に巻いた包帯の下から、薬用品のにおいがした。
「できればあの子と、これからも仲良くしてあげて下さい」
「え、えーっと……こちらこそ……?」
 言葉の真意が分からず、たどたどしく返した僕を見て、お母さんは寂しそうに笑った。
 なぜか少し、疲れたような笑顔だった。