異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

「おいダイト、ありゃあもしかして……」
<うむ、デッドリーベアの親子だ。しかもメスだ運がいいな>
<うぉふ!>

 茂みから顔を覗かせた二頭は確かに親子のようで、よく見ると一頭は顔が丸く小さい。
 俺達の弁当を物欲しそうに見ているので、卵焼きをチラつかせると子熊の方が身を乗り出してきた。

「くおん!」
<わんわん!!>
「くおん!?」
「こら、アロン威嚇するな。お前だけの弁当じゃねえんだし。ダイト、こっちに来るよう言ってくれるか?」
<承知した>

 ダイトがなにやらぺらぺらと親熊に話しかけると、子熊を抱えてのそりと出てくる。
 でけえ……立ったら3メートルくらいある巨体を揺らし、ダイトの近くへどすんと座り込んだ。

「ほら、これで足りるかわからんが食っていいぞ」
「くおおおおん♪」
<わおーん……>
 
 卵焼きを両手で掴んで食べる姿が可愛い。
 ダイトは自分の分が減ったと尻尾を垂らしていたが、お前はまた食えるだろ。んで、親熊と一緒におにぎりと玉子焼きをもうワンセット食べさせてやった。

「美味しいですねーアロンちゃん、クマちゃん」
<きゅーん♪>
「くおん♪」

 サリアに餌付けされながらみんなでしばらく飯を食っていた。やがて食べ終わり、ようやく本題に入れるとダイトに蜜の件を問うてもらう。

「ぐるう」
<……今年はあまり集められてないから少しで良ければ、と言っている>
「マジか。忍びねえが……こっちも命がかかってるからな。アレと交換でいいか聞いてもらおう」

 そう言って俺はコンテナに乗り込み、キングサーモンを二匹担いで目の前に置く。

「がぉぉぉおん!!」
「くぉぉぉぉん!!」
「うわ!? びっくりした!?」
「喜んでいるみたいね、万歳してるみたいで可愛い」

 二頭はキングサーモンを見るなり立ち上がって両腕を掲げて吠えた。目が輝いていたのでダイトに聞いてみるとご馳走がきたって感じでご機嫌らしい。

「それじゃ交換してくれるのか?」
「がる」
 
 いいらしい。
 すると子熊を置いて親熊がどこかへ去っていく。取りに行ってくれたのだろうか?

<わふ!>
「くおんくおん!」
「じゃれあってる、可愛いなあ……」

 サリアが子供二頭がじゃれ合っているのを見て癒され、そのサリアを見て俺が癒されるという正のスパイラルがこの場を包み、ほんわかした雰囲気が漂う。
 子熊は結構好きなので撫でたいが、懐いてしまうとアレなので遠巻きに見るだけである。
 しばらく二頭のじゃれ合いを眺めていると、親熊がなにやら木で出来た壺を持って戻って来た。

「がう、がうっがう」
「なんて?」
<これが集めた蜜だそうだ。壺の半分しか渡せないが、受け取ってくれと>

 熊がすっと俺の前に差し出したので両手で受け取ると結構ずっしりと入っていた。なんだっけ、あの老酒とか入れる瓶みたいな形をしていて自分で作ったのなら器用だと思う。
 それを地面に置いてキングサーモンを持たせると両手で抱えて一声鳴いた。

「くおーん……」
「がう。がうがう」
「名残惜しいみたいですね」

 子熊がアロンとがっぷり寄りながら切ない声をあげるも、母熊にもう一回声をかけられていた。
 とぼとぼと母親の下へ戻り、二頭は森の中へ。
 一瞬振り返った子熊が最後に一回だけ鳴くとそのまま森の中へ消えて行った。

<わおーん!>
「可愛かったね。お母さんも大人しかったし」
「そこはダイトが居るからだろ? やっぱでかいしあれが襲い掛かってきたら怖いぞ」
<ヒサトラの言う通りだな。我が意思疎通できるとは言え、もし居なかったら人間を襲ってもおかしくはない。まあ、今の個体は木の実や魚、猪なんかを主食にしているみたいだから人間は食っていないようだが>

 熊が人の味を覚えると怖いらしいからそこはベヒーモス様様ってところだ。
 ちょっとだけ名残惜しさを残しつつ、アロンを抱き上げてから俺達は山を下りる。また会いに来てもいいかもしれねえ、かな?

 そのまま途中の町に寄って食材を買い、山の幸や肉を買い込んで王都へ。
 明日は出かけずに休もうと酒も買い、トラックのヘッドライトで庭を照らして炭火焼肉を始めた。

「こっちの酒も美味いぜ……」
「私は果実酒だけ飲めるかな。んー美味しい♪」

 サリアが俺の隣でコップを傾けて嬉しそうな顔をしていて、顔がほころぶ。最近二人だけの時は敬語が消えてきているから嬉しい限り。

 ……そして素材も少しずつだが集まって来ていて運がいいと言わざるを得ない。残りも明後日からの仕事で情報収集をする必要があるし、頑張ろう。
 もし早めに集まったらルアンに言ってすぐ呼んでもらうことは可能だろうか? 明日カーナビに呼びかけてみるか。

「いい匂いがするじゃないか」
「あれ、ソリッド様? こんな時間にどうしたんですか?」
「少し休憩だ、私にも一杯貰えるかな?」
「もちろんいいですけど……忙しそうですね最近?」

 俺が酒を手渡すと毒見もせず飲んだ。信頼しすぎだろういくらなんでも。
 一気に半分くらい飲んだところでソリッド様がニヤリと笑う。

「まあ楽しみにしていてくれ。ゴルフ場計画はまだ始まったばかりだが、確実に前へ進んでいる!」
「ちょ、陛下話すの早すぎっす!?」
「話したくて仕方なかったんですね……」
「まあ、なんとなく分かってたからあんまり変わらんけど」
 
 そう言うと騎士達が笑い『そうですよねー』と庭に座り込み、下っ端の騎士が買い出しへ行く。
 そうなると宴会が始まるのは確実で、あっという間に庭が騒がしくなった。

「ゴルフクラブはオリハルコンで作ったらダメですからね」
「私専用で一本だけでも……!!」

 昔を思い出すなと思いながら、酒を飲みつつ楽しく過ごす俺であった。

 
 ――深夜

「……」

 俺はハンモックから抜け出すとトラックに乗り込んでキーを回し、カーナビの電源を入れる。
 そろそろなにかしら情報をくれても良さそうなもんだがなにやってんだろうな?

「さて……」

 俺は腕を組んで暗い画面に目を向ける。
 15分くらい経ったところで反応が無く、ダメかとカーナビに近づいて手を伸ばしたその時だった――

『おう!? デカい顔!?』
「余計なお世話だ!? 久しぶりだなルアン」
『そうね、二か月は経ったかしら? どう、そっちの生活は』

 相変わらずカメラの向きが違うのか。俺から見てルアンはそっぽを向いた状態で会話を続ける。

「おかげさんで楽しくやれているよ。母ちゃんの薬もなんとかなりそうだ」
『あら! それはいいわね! こっちはクソ同僚のせいでちょっと面倒なことになっているのよね』
「クソ同僚?」
『まあ、ちょっとヒサトラとも関連があるんだけどさ――』

 口を尖らせたルアンが話しだした内容はこうだ。
 なんでもこの世界はルアン以外にも別の女神が居て崇拝されているらしい。特になにかをするわけでなく、なんとなく恵みを与えてみたり、魔王が生まれたら人間に知恵を授けたり……そういうちょっかいをかけるのだとか。

 だが今回、本来ここへ来るはずだった人間ではなく俺をトラックごと呼んだのが気に入らないとかでもう一人の女神が上司に告げ口をした。
 そのせいでこっちに干渉しにくくなり、あまり出てこれないということだとかなんとかをブチブチ文句を言い出すルアン。
 しかし、上司も鬼では無く世界に重大な危機を及ぼしたであろうことを踏まえて判断としては悪くなかったとお咎めは無かったらしい。
 
『まあ、そんな感じで今もこそっと通信をしているわけだよスネーク』
「誰がスネークだ」

 それはソリッド様に言ってやって欲しい。

「とりあえず会えたのはありがたい。聞きたいことがあったからな」
『なに?』
「母ちゃんのことだ。薬が早めに完成したらこっちに呼ぶことはできるか? 三年以内に死ぬならまだ先はあるが、できれば俺も母ちゃんも安心したい」
『あー、なるほどね。どれくらいでできそうなの? それに合わせて儀式を行うわ。あのクソ女神に見つからないように』

 とりあえずそれは可能らしいので俺は安堵する。
 なら早いところ素材を集めるべきだな。ここのところ散財をしているが、冒険者に採って来てもらう選択肢も視野に入れていいかもしれない。

 本腰を入れるか……

「わかった、すぐに集めて薬を作る。お前がここに来れるかどうかの目安はあるか? ランダムだといざ頼みたいときに声をかけられないのは困る」
『そうねえ……夜2時位はこっちも静かだから呼んでくれれば応じられるかもしれないわ』
「オッケー、確実じゃないけどってことだな。よろしく頼む」
『任せといて! お母さんの容体はまだ安定しているから安心していいわ』

 そう言って明後日の方向へウインクするのを見た後、カーナビの電源を落として俺はシートに背を預けて目を瞑る。母ちゃんを助ける。そこさえクリアすれば後はどうにでもなる、また明後日から頑張るとするか――

 ◆ ◇ ◆


「いい芝を作ったぜ!」
「すげぇ、よく写真を見ただけで作れたな……」
「職人ってやつよ! じゃあなヒサトラ、俺達はこっちだ」
「おう」
 
 さて、ゴルフ場建設は着々と進んでいるようで、門の前で職人たちと別れる。
 俺達は今日も今日とて運送業をしながら情報を得るためあちこちのギルドやらに声をかけまくることにした。

「レッドスライムか……ちと面倒な相手だから値が張るぞ」
「そうなのか?」
「ああ、ベヒーモスが居るなら自分達でやった方が早いぜ? 瓶を持っていって捕まえりゃいくらでも絞れるだろ」

 ――残りはマンドラゴラの根、レッドスライムのしぼり汁、ロックウォールナッツの場所だが、スライムとナッツはそれほど問題にならないくらい有名なようで、すぐに手に入りそうだった。
 後は時間があれば、というところだがマンドラゴラの根が難しいようで、どの国にもいるけど、ごく少数しか生育していないのだとか。

「ならレッドスライムとロックウォールナッツを先に終わらせちゃいましょうよ」
「そうするか……レッドスライムは確か、南西の湿地帯にいるらしい。次の休みはそこだな」
<わおーん♪>

 そしてロックウォールナッツは商人が王都に運んできてくれたのですぐに売ってもらい、事なきを得ることができたが、湿地帯に到着した俺達を待っていたのはなかなかヘビーな状況だった。

「……居なくね?」
「なんか殺伐としてますね」

 話だと結構すぐ見つかるみたいな話だったんだが、スライムらしき影はどこに見当たらなかった……なにが起こっているんだ?
 湿地帯に降り立って探索をするがスライムらしき影が無い、ということともう一つ違和感があった。
 それは湿地帯なのにあまり湿地っぽくなく、むしろ干上がっているような感じもある。

「この前、雨が降ったのにこれはおかしいんじゃないか……?」
<そうだな、しかし確かにここはもっと沼地に近いような感じだった。息子もここで泥遊びをするのが好きだったのだが>
<きゅーん……>
「あらら、がっかりしているわね、よしよし」
<わん♪>

 サリアに抱っこされて少し機嫌が治ったアロンはさておき、スライムは水気がないと乾いて消えてしまうからそれでいないのかもしれんとダイトが言う。
 雨が降ってもこうなっているということは土地の性質が変わってしまったのか?
 他にもレッドスライムが居る場所はあるらしいし、また探すか……

<わんわん>
「あら、どうしたのアロンちゃん?」

 一応探索しておくかとウロウロしていると、なにかに気づいたアロンがサリアの腕から飛び出して草むらの中へ走っていく。
 俺達が追いかけていくと、アロンが立ち止まって吠えまくっていた。なんかあるのか……?
 草むらをかき分けるとそこには半ば干からびた赤いスライムが倒れて(?)いた。

「今にも消えそう……」
「おお、折角見つけたレッドスライムが!? 水筒の水をかけたら治るか……!」

 アロンがつついているレッドスライムに水をぶっかけてやると――

「お、艶が戻って来た!」
<どうやら復帰できたらしいな。仲間はどうした?>
<わふーん?>

 ダイトはスライム語も分かるのか、優秀だなと思っているとレッドスライムがプルプルと体を震わせたり飛び跳ねるなどしてなにかを訴えて始めた。

「ダイト、なんだって?」
<うむ、さっぱりわからん>
「なんだよ!? 言葉がわかるから尋ねたんじゃねえのか!」
<いや、言葉は通じるのだが喋らないから意思の疎通は一方通行なのだ>

 期待したのに酷い肩透かしだ……しかし、こっちの言葉が分かるのならまだやりようはあるか?

「すまん、お前のしぼり汁をもらうためにここまで来たんだ。少し分けてもらえないだろうか?」
「お願いします」

 俺とサリアがしゃがみ込んでそういうとレッドスライムがにゅっと伸びて頭を下げるようなしぐさをしたので恐らくOKっぽい。しかしその後きゅっと体の向きを変えて飛び跳ね――

「あ、どこ行くの!」
「ついてこいってか? 行ってみるか……」
<わふわふ!>

 遊べると思ったのかアロンが駆け出し俺達も後を追う。遠巻きにトカゲっぽい魔物が見えるがダイトに恐れをなして近づくことは無いので余裕である。

 そしてレッドスライムが飛び跳ねまくっているところを見るとそこには川の出口があった。
 本来、ここから水が出てくるはずがちょろちょろと少し流れ出る程度だった。湿地帯が干上がったのはこれが原因だと訴えているみたいだな。

「ゴミが詰まっているわけでもないし、上流でなんかあったなこりゃ。ダイト、確かめに連れて行ってくれるか? このままにしておいたら色々問題もありそうだ」
<よし、行ってみるか>

 ダイトの背中に乗って川の上流へ登っていく。
 細々と水がずっと流れているが、このまま進めば山に入るかと思っていると川の上にでかい岩が導線を塞いでいるのを発見した。
 近くの崖からここまで転がっている痕があったからもしかするとこの前の大雨でがけ崩れでもあったのかもしれない。

「こいつのせいか、にしてもでかいなあ」
「こんなのがあったら流れないわね……」

 レッドスライムがそうだ! と言いたげにびょこぴょこ飛び跳ねて憤慨している様子がなんとなくわかる。
 さて、後はこれをぶっ壊すだけだがいけるかな?

<ヒサトラ我が――>
「ちょっと下がってろみんな。でりゃぁぁぁぁ!!」

 前にオリハルコンをぶち割ったことがあるので岩ならいけるだろうという算段でバットを振るう。
 もちろん大岩は一撃で粉々になり、はまり込んでいる岩を細かく砕いたらドバっと水が流れ始めた。
 これにレッドスライムは大喜びで飛び跳ね、アロンと一緒にぐるぐる回る。

「良かったわね! それにしてもこれを一撃で砕くなんて……ヒサトラさん凄い……」
<わんわん!>
「まあ、なんかルアンのミスで魔力量とかおかしいらしいから身体能力も変なのかもしれないな。魔法は使えないけど……ってどうしたダイト?」
<いや、なんでもない……強くなったなヒサトラ>
「なんで父親目線なんだよ」

 俺が苦笑していると、レッドスライムが早く戻ろうと言いたげににゅっと体を伸ばして主張してきたのでとりあえずダイトに乗って川の流れを追って下っていくと俺達の降り立った湿地帯が少しずつ水が広がっていくのが見えた。土地自体が結構広いので水の浅い田んぼみたいな感じだな。

「嬉しそう。スライムって怖いって聞いてましたけど動きが可愛いわね」
「だな。お……?」

 湿地帯が水に満たされていくとぽこぽこと赤いものが浮いてくる。どうやら干上がっていたレッドスライムの仲間が復活したようだ。
 見つからなかったのは干からびて地面と同化していたからみたいで、アロンがたまたま見つけた奴はまだ原型が少し残っていたからのようだ。
 大喜びのレッドスライムは仲間意識が強いようで体を伸ばし何度も俺に頭(?)を下げていた。

「気にすんな、レッドスライムのしぼり汁を取りに来たから俺のためでもあるしな」
「でもどうやって採るのかしら?」

 サリアがレッドスライムを指でつつきながらそういうと、スライムが体を上手く使って俺の持っていた水筒をひったくると器用に蓋を開けた。

「あ!?」

 次の瞬間、レッドスライムが高く飛び上がり自らの身体を思いっきり捻った! スプリン〇マンみたいになった体から赤い汁が出てきて水筒に入っていく。

「なるほど、捩じれば出てくるのか……あ、おい無理すんな」

 レッドスライムは地面にぽてっと落ちた後、水分が抜けて半分干からびた体でよろよろ飛び、また捩じろうとしたのを慌てて止める。

「水に入れて戻してあげましょう」

 増えるわかめみたいな理論だが水につけると戻るのであながち間違っていない。
 そこからレッドスライムは数匹呼び寄せてくれ、みんなで体を捩じって水を出してくれた。やがて水筒がいっぱいになったところで終わりとなる。

「かなり溜まったな、ありがとよ」

 干からびたまま体を伸ばして親指の形を作るレッドスライムは結構賢いのかもしれない。
 その間、他のレッドスライムと泥遊びをしていたアロンを呼び戻し、洗ってからトラックへ戻る。
 
 すると――

「あれ? レッドスライムが乗って来たわ」
「お、どうしたんだお前? ……ついてくるつもりか?」

 ――ダッシュボードの上に飛び乗って来たレッドスライムに声をかけると小さく飛び跳ねたのでどうやらそうらしい。

<水を与えておけば生きていけるからいいのではないか?>
「まあ、小さいし可愛いけど……」
「よろしくね♪ 名前つけてあげないとレッドスライムは呼びにくいかな?」
「帰ったら考えるか。とりあえず王都へ戻るぞ」

 なんか居候が増えたが、実はコンテナに別のレッドスライムが数匹くっついていたのを知るのは王都へ戻ってからのことだったりする――
 
 さて、とりあえずスライム達の色が変わってしまったが翌日も元には戻らず、普通に過ごしている。
 特に問題なく元気で、むしろ色で差別化が図られたためどれが誰なのか識別しやすくなった。
 ちなみに青と緑はそう珍しくないが黄色とピンクは他に居ない希少種らしい。
 
 それと多少、性格に変化があったようでレッドのプロフィアは活発で、ブルーのレンジャーは大人しいといった感じだ。やはりイエローはカレーが好きなのか気になるが確かめようがないのでおいておこう。
 ピンクはサリアの肩に乗っていることが多く、恐らく性別的に女の子っぽい。花を挿してやると喜んでたしな。

 ……四匹同じ色を揃えたら消えたりしないだろうな?

 そんなこんなで新しい仲間が増えて賑やかになり、遊び相手が増えたアロンも大満足。子供用プールに水を張ってそこを住処にしてもらっているが、上から見ると太陽光を浴びて綺麗だったりする。
 朝、散歩でウチのアロンとたわむれに来た子供たちがプールを見て目を輝かせていたのはまた別の話。ちなみにきちんと挨拶ができるウチのスライムたちは相当賢いとみんなが言う。

 そしてスライム達が家に来てから1か月が経とうとしていた――

 ◆ ◇ ◆

「今日はゆっくり家で過ごす?」
「だなあ。マンドラゴラの情報も無いし、町で買い物でもして、ついでに両ギルドに行ってから情報収集しよう」
「うん! 出かける用意をするわね。……あら、騎士さん?」
「ん?」

 外でアロンやスライム達とボール遊びをしていると、騎士が一人、慌ててこっちへ向かってくるのが見えた。

「ヒサトラさん! たいへんたいへんたいへん……へんたいです!!」
「やかましい」
「ぐあ!? すみません、取り乱しました。今、ゴルフ場の建設を進めているところですが土地を切り開いていたところ、どうも見つけたみたいなんですよ」
「なにを?」
「……マンドラゴラです」
「なに!?」

 まさかその辺に生えているとは……いや、植物型の魔物ってことだからあり得るのか? この一か月まったく情報が無かったので、もし違ったとしても嬉しい報せだ。
 
 早速全員をトラックに乗せてゴルフ場まで向かう俺達。
 よく考えたら建設中の状態も見ていないので初お披露目になるんじゃないか?
 どれくらい再現できているか見てみるかな。

 そうしてトラックで2時間ほどの距離を進むと、でかいホテルのような建物が見えてきた。え、リゾートホテル……?
 近くにトラックを適当に止めて騎士達にホテルへ案内されると、執事のような男性に迎えられた。

「お待ちしておりましたヒサトラ様。このゴルフ場建設に一役買ってくださったと聞き及んでおります。サービス業という業種の確立を進言してくれたおかげで、我々のようななにも能力がない者でも働く場を作っていただき感謝しております」
「あ、いや、結局決めたのはソリッド様だしそこまで俺に感謝しなくても……」
「いいえ、この老体が働く場所などそうそうありませんからね。ありがとうございます」

 執事の爺さんが深々と頭を下げ、後ろに控えていた女性やご老人の面々が揃ってお辞儀をしてきた。
 俺はいたたまれなくなり、早めに立ち去ろうとマンドラゴラについて尋ねてみる。

「いや、それはソリッド様に言ってもらうとして……マンドラゴラが出てきたと聞いてきましたんでそっちに案内してくれると助かります」
「これは失礼しました、こちらへ――」

 執事さんに案内してもらいグリーンに足を踏み入れる。
 驚いたのは真面目にゴルフ場のホールになっていることだった。芝もほぼ再現できているし、それっぽいコースにちゃんとなっている。
 元々草原だった地域で環境破壊には至っていないあたり俺の話をちゃんと聞いてくれていたようだ。

「こりゃすげえや……!?」
<わんわん♪>
<!!>
「荒したらダメですからね」

 駆け出そうとしたアロンとスライムを制止し、執事の後をついて行く。そして建設途中である4ホール目に来た時、それを確認することができた。でかい葉っぱが地面からでろんと出ているのだが、どうやらこれがマンドラゴラらしい。

「……こいつか」
<ふんふん……>
「ええ、根っこが欲しいというのは聞いていました。しかし、これを掘り出すには魔法使いなどが居ないと犠牲者が出てしまいます故、お知恵を拝借したいと」
「なるほど」

 とはいえ、アロンやダイトに引っこ抜いてもらう訳にもいかないんだよな。
 もし影響があったら困るし。麻痺させればいいとか言っていたが急で用意できてないしやっぱり長いロープで引っこ抜く方がいいのか? トラックなら出来そうだし……

<!!>
<♪>
「お、なんだ? ……なに、お前らがこいつを引っこ抜いてくれるのか?」
<!!!>

 五匹が飛び跳ね、身体をにゅっと変えてサムズアップを作るのでどうやらそうらしい。

「なら任せていいかプロフィア」
<!>

 二度飛び跳ねた後、マンドラゴラの葉に集結するスライム達を置いて俺達はその場を離れて遠くへ離れる。
 状況を確認するため双眼鏡を覗いていると、行動が開始された。
 もちろんシンプルに五匹が葉を引っ張って抜くだけなのだが、力を合わせて体を伸ばしたり手の形に変えて握ったりと努力が涙ぐましい。

 そして――

<あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!>
「うるさ!?」 <きゃいん!?>
「きゃあ!?」

 空高くマンドラゴラが叫びながら空中を舞った! 目らしきものと口があり、手足のようなものも存在するようだ。そして足の先から根っこがでろんと伸びており、恐らくあれが目的の物だろう。
 で、そのまま地面に転がるかと思いきや、華麗な着地を決め、スライム達を一瞥した後、踵を返して歩き出した。
 
「移動するのかよ!? 待て待て!」
 
 俺は慌てて駆け出し、マンドラゴラの前へ回り込み通じるか分からないが尋ねてみる。

「お前の足から生えている根っこが必要なんだ、そいつを分けてくれないか?」
<?>

 マンドラゴラはスライム達に囲まれ、首を傾げる仕草を見せた。
 小さい腕……といっていいか分からないが、それで腕組みをして考えだし、しばらく見守っているとごろりと寝転がり、足を手でぺしぺしと叩く。

「お、くれるのか……?」
<あ”あ”あ”あ”!>
<♪>
<♪>

 マンドラゴラが怪しい声を発し、スライム達が交互に飛び跳ねる様子は怪しい儀式にも見える……
 が、足をぺしぺし叩き『一思いにやれ』といった感じで鳴くので、俺は持っていたハサミで足先から生えている根っこをばっさり切り落としてやる。

「これが材料になるんだ。ありがとよ」
「揉めなくて良かったね」

 サリアがマンドラゴラの根っこを丁寧にしまうと、手を振ってマンドラゴラが再び歩き出す。あいつにとって地面は寝床なんだろうな、そりゃ自分で移動できたら目撃情報はあまりねえかと妙に納得してしまう。
 見送っているとスライム達が追いかけてまたマンドラゴラに回り込む。

 <!!>
 <あ”あ”あ”あ”!>
 <!!>

「なにか会話している……? あ、戻って来た」
 
 サリアの言う通りスライム達と一緒にマンドラゴラが俺の足元までやって来て……おもむろにお辞儀をした。
 
「え? なんだ? お前もウチに来るのか?」
<あ”あ”あ”あ”!>
 
 体を何度も前に倒すので頷いているようだ。スライム達も飛び跳ねているのでどうやらスカウトしたらしい。

「……まあいいけど、人が死ぬような声は出すなよ?」
 
 俺がそういうとシュタッと右手を上げてアピールするマンドラゴラ。
 また変な生き物が住み着くことになったらしい……まあ、根っこがまた採れるかもしれないからいいけど。
<あ”ー>
<♪>
<わふわふ>

 マンドラゴラを連れて帰った後、特になにか起こることはなく穏やかなものだった。
 土に潜るのかと思えば草の枕でごろ寝をしたりと、人間臭い動きは割と親しみのあるやつだった。いわゆるゆるキャラである。

 そして今はマンドラゴラを連れて帰ってから次の休みを満喫中だ。ハンモックに揺られてお茶を飲むマンドラゴラにスライム達とアロンがじゃれついていた。
 
「すっかり馴染んじゃったわね」
「なんであいつは根っこからじゃなくて、湯飲みを使って口らしき穴から水を飲むかねえ」
「私達が根っこを切っちゃったから?」

 俺が湯飲みを使ってコーヒーを飲んでいると、ヤツの琴線に触れたのか寄越せと催促されたので根っこの礼だと思いくれてやった。すると、よほど気に入ったのか湯呑で水を飲み、いつも持ち歩いている。
 毎日、頭の葉っぱを使って磨いてから寝るという念の入りようなので、もう返してくれとも言えない。まあ、湯飲みくらい構わないのだが。
 そんでウチに済むからにはと、泥だらけの身体を洗ったら茶色から真っ白になったのもなかなか驚いた。
 気持ち良かったのか、自分からたわしを使ってこれまた毎日スライムのプールで体を洗ってたりする。

 「ちょっと喋れるしちょこちょこ動いて可愛いよねマンドラゴラちゃん。名前つけてあげないと」
 「最近はハンモックで寝てるだけじゃないか? 名前……ポンチョとかでいいか?」
 「あ、いいかも」

 サリアが手を合わせて笑顔になり、聞いていたのかむくりと体を起こしたポンチョが手を振っていたので問題なさそうだ。

「じゃあ今日からお前はポンチョな」
<あ”あ”->
「ふふ、嬉しそう」
「表情がないからわからんけど、そういうことにしておこう。さて、それじゃマトリアさんのところへ行くとするか!」
「おおー!」

 そう、ついに母ちゃんを治療するための薬『オポロロロ』の材料が揃ったので作成に移るというわけだ。
 そのために今日は国境を越えてアリーの家へと向かうため準備を進めていた。

「ポンチョ、湯飲みは置いとけって、割れたら困るだろ」
<あ”ー>
「大丈夫? あ、葉っぱにくるんでおくのね」
「割っても知らないぞ? スライム達は好きなところに乗っていいぞ、落ちるなよ」
<!!>
<わん!>

 なんて声をかけるがスライム達はダッシュボードの前がお気に入りのようでずらりと並んでキレイに整列する。日本だとぬいぐるみとかをそこに置いている人もいるのでそれに近い感じだ。
 アロンとポンチョは助手席と運転席の間にお座りをし、ダイトが乗っかったのを確認してから出発。

 もう運送業で慣れた道をゆっくりと、具体的には時速60kmくらいで進んでいく。
 この世界に来た時はどうなることかと思ったけど日本じゃ母ちゃんが助からない見込みだったことを考えると結果オーライってやつなんだろうな。

 それに美人の彼女も出来て、仕事も順調。
 これ以上ないくらい良い生活が出来ていて、正直なところ日本にいる時より恵まれているかもしれない。

<わふわふ>
<あ”っあ”ー>

 ……まあ、妙に人間以外の生物が集まっている気がするが。今度スライム達とポンチョにお揃いの帽子を作ってもらわないとなあ。

「あ、もう国境。やっぱりトラックは速いわね」
「一度ソリッド様が説明をしているから国に入るのも問題ないし、後は薬を作ってもらうだけだな」

 そして相変わらず魔物に襲われることも無く、アリーの屋敷まで到着。
 屋敷の前に行くと先に気づいたジミーが先導し、庭へ入れてくれた。

「お久しぶりですヒサトラさん」
「ありがとうジミー。久しぶりだな」
「今、アリーとマトリア様を呼んで来ますよ」

 そう言ってこの場を去り、程なくしてアリーとビリー、そしてマトリアさん夫妻がやってきた。
 
「おう、兄ちゃんたちか。今日はドラゴンがいねえんだな」
<あやつはヒサトラの家に棲んでいる訳ではないからな>
「そうかい、それじゃベヒーモスの旦那と遊ぶとしようか」
<いいだろう、最近狩りもしていないし体が鈍っているところだ>
「庭が広いからって無茶すんなよ」

 ライド爺さんはダイトと遊ぶ(バトル)ようで、俺達だけでまたあの地下室へ赴く。
 
「久しぶりじゃな異世界の民よ。ここへ来たということは材料が揃ったということじゃな?」
「ああ。きっちり揃えてきたぜ!」
<~♪>
<あ”ー>
「というか不思議な色のスライムが居ますね……」
「こっちはマンドラゴラ、かい……?」
 
 アリーとビリーが不思議そうな顔で足元に居る新しい仲間に目を向けて呟く。

「ああ、素材を手に入れる時、そのままウチに住み着いたんだ。魔物だけど言うことは聞くから安心していいぜ」
<あ”!>
<!!>
「あ、可愛いかも」

 アリーがマンドラゴラのポンチョを抱き上げて微笑み、ビリーは恐る恐るプロフィアを両手で持ち上げていた。
 その様子を見ながらマトリアさんが口を開く。

「ふむ、ベヒーモスは意思疎通ができるから不思議ではなかったが、まさかスライムとマンドラゴラを使役するとは驚いたわい」
「使役っていうか勝手についてきただけだけどな?」
「いや、魔物は警戒心が強いのでこうやって懐くことは無いのじゃ。よほどお前さんが気に入ったのじゃろう」
「ヒサトラさんは優しいですからね」

 サリアが俺の手を握って笑う。
 照れくさいので話を変えておこうと、頬を掻きながら口を開く。

「そ、そんじゃ、早速これを使って薬の作成を頼むぜ! これの出来次第で母ちゃんをこっちの世界へ呼ぶ予定なんだ」
「うむ、では預かるとしよう。図鑑によると煮込みに煮込んで約ひと月かかる。そのあたりの時期にここへ来てくれるか?」

 俺はその言葉に頷き了承する。
 どうせ自分じゃ作れないから頼むしかねえしな。で、そのまま実験をアリーも親父さんにやるらしいから立ち会って欲しいとも。
 願っても無いと俺はマトリアさんに素材を渡すのだった。
「では、ひと月後に会おう」
「ああ、ありがとう。また来るよ」

 というわけで俺達はマトリアさんに素材を託して王都へと戻ることに。
 一か月なんて仕事をしてりゃすぐだし、特に問題はないだろう。シルバードラゴン達のところへ行く時間ができたと思えばいいしな。

 なんて話をしながらマトリアさんを残して地下室を後にし、ダイトとデイルさんの下へ戻ると物々しい雰囲気に包まれていた。なぜか分からないが騎士達に囲まれているからだ。
 慌てて駆け出していくと、デイルさんがこちらに気付いて手を振ってくれた。

「どうしたんですか?」
「いやあ、このバカ息子がベヒーモスが居ると騎士団に通報したらしくてな」
「あ!? こいつら!」
<まったく失礼な>

 足元にはアリーに結婚を迫っていた親子が転がっており、ダイトによる尋問を受けていたそうだ。
 供述によると、親子は危険な魔物が町中に入り込んでいると通報。一時騒然となり取り囲まれたが、デイルさんが『そんなことはねえ』と、デイルさんにとって息子と孫にあたる彼等にボディブローをぶち込んでことなきを得たらしい。
 名前も知らないし、行った悪事もダイジェストになるとは……今後の登場は恐らくもうないと思う。
 それはともかく、デイルさんの言葉でひとつ訂正しないといけないので口を開く。

「いや、ベヒーモスは危険だと思う」
<え!?>
<わふ!?>
 
 突然の俺の反逆に驚くが、一般市民からしてみたらそうだろと言うと納得してくれた。お前達だから許されている部分もあるのだと。

 そこへ騎士の一人が俺に話しかけてくる。

「あなたがベヒーモスとの契約者ですか?」
「そう畏まられると恐れ多いけど、まあ家族ではあるな」
「おお……ベヒーモスを家族……」
「強そうに見えないのに……」

 余計なお世話だ。

「前回の訪問時に、ビルシュ国王様が来られていたと聞いていますが侵略行為ではないですか?」
「ああ、そういう危惧か。大丈夫だ、俺はマトリアさんに薬の依頼をしにきたのと、アリーの継承儀式の手伝いをしただけだしな。仕事は運送業をやっている」
「結構です。まあ、流石に驚きましたがベヒーモス殿とは言葉を交わせるので問題にはならないでしょう。ウチの陛下とソリッド王の仲は悪くないですから。今度『ごるふ』とかいうスポーツをやるのだとお誘いがあったようです」

 ノリノリだろう王様達……
 送迎はなんとなく任されそうな気がするが、薬が完成するまで仕事に支障がなければ問題ない……と、しておく。

 騎士達が撤収しようとしたところで、ふっと空が暗くなり顔をあげると……

<おー、おったおった! ベヒーモスの気配があったから来てみたが当たりだったな!>
「げっ!? シルバードラゴン!?」
「おお……S級の魔物が同じ場所に……!? ヒサトラ殿、こちらのドラゴンも家族ですか!?」
「いや、こいつは野良だ」
<野良っていうな!?>

 ◆ ◇ ◆

 広い場所に降り立つシルバードラゴンに、念のためと騎士達も取り囲んで様子を見守る。そんな中でダイトが呆れたように言う。

<あんまりウロウロしていると狩られるぞ>
<暇なんじゃもの。いいではないか、お主だけあちこち行けるのはずるい>

 野良ドラゴンは命と暇つぶしを天秤にかけていた。
 危なくなれば空高く飛べるのでそこは問題ないと笑っていたが楽観的なほど危ないような気がするんだよなあ……

「で、今日はどうしたんだ?」
<うむ、息子の嫁が有精卵を生んでのう。産まれたら見に来て欲しいという伝達じゃ>
「本当のところは?」
<卵の周りで喜んでいたら息子に怒られて追い出された>
 
 まあ喜ぶのはいいけど迷惑をかけたらダメだよな。で、自分の巣に戻る途中でダイトの気配がここへ来たというわけらしい。

<お主らはこれからどうするのだ?>
「王都に帰るぞ。ああ、明日も休みだしそっちの山に行ってもいいな。キャンプ道具はもちこんでいる……あ、でも魚がねえな。家の冷凍庫だ」
<なら、今日はそっちにお邪魔させてもらおうかのう>
「俺は構わないけど、ソリッド様に確認は取るぞ? まあダメなら外でキャンプだ」
<ワシはなんでもいいぞ>
「あはは、おじいさんそれでいいんですか?」

 適当だ。
 アリーも思わず苦笑いするレベルで。
 ついて来たそうなデイルさんを置いて俺達は王都へと戻って行く。
 トラックを見た騎士達は『あれが……』とか『陛下に報告せねば』などと口にしていたがこのローデリア国にはトラックのことが伝わっているようだ。
 国境を越える時にソリッド様がなにか話していたからそのせいだろうけど。

 そんじゃ今度こそ王都へ戻りますかとトラックを走らせるのだった。
 薬、ちゃんとできるといいけどな。
 
「彼はでかいからなあ、長時間はヒサトラ君の庭で対応するのは無理だろう。門の近くに簡易広場をすぐに作るから少し外で待っていてくれるか? テーブルや椅子なんかはこっちで運ばせるから食材だけ頼む」
 
 と、王都に戻って開口一番ソリッド様にそんな提案をされる。
 一旦、家に戻ってソリッド様へ謁見しようと思っていたがシルバードラゴンを遠くから見ていたらしく、すでにウチの前で待機していた。
 いや、凄くありがたいんだけど、それでいいのか?
 ちなみに俺は城に一度も出向いたことが無いのでチャンスだと思ったんだけど叶わなかった。

「いいのかな?」
「まあ、手伝ってくれた人には料理を振るまおうぜ」
<振るまおう……降る、魔王……>
「不吉なことを言うな」
<痛っ!?>
<わんわん!>

 ダイトの髭を引っ張って窘め、アロンも変なことを言うなとばかりに吠えて糾弾していた。こいつもそのうち喋れるようになったら楽しそうだ。
 
<あ”->
<♪>

 さて、キャンプの準備でもするかと、荷物の持ち運びを開始して必要なものをトラックのコンテナに乗せていく。ポンチョやプロフィア達はお気に入りのプールや座布団(運転席にあった俺の)をコンテナに積む。
 なにげにポンチョはマンドラゴラで身体が小さいのに力が強く、自分の三倍くらいあるテーブルを抱えて移動することができる。
 スライム達も5匹で力を合わせれば水の入ったプールを持ち上げて飛び上がれるので侮れない。見た目は可愛いのでギャップが凄い。

<わんわん♪>
「トラポリン……必要か?」
<うぉふ!>
「いいんじゃない? この子、これ大好きだし」

 みんなお気に入りの者を持って行っているから自分もと言いたいのだろう。 サリアと協力して積み込みを終えてゆっくりとトラックを外へ回す。

「つかはええな……」
 
 門の近くに簡易ではあるが柵を形成していくのが見え、町のみんなの能力が高いことを伺わせる。
 中にはギルマスターのファルケンが居たので声をかけてみることにした。

「おーい、ファルケンさん!」
「お? ああ、ヒサトラか。……また、妙なものを拾って来たな」
「拾ったんじゃねえって。ついて来ただけだし、ちょっと宴会をしたら帰るよ」

 少し離れたところでダイトと談笑しているシルバードラゴンを見てため息を吐くファルケンさん。その様子に俺も肩を竦めて口を開く。

 まあ、楽しそうでいいけどなとファルケンさんが作業に戻り、程なくして特設会場が設けられた。
 扇状に柵を張り、俺達がそこに座った。広く取られたところにダイトとシルバードラゴンが座り宴会がスタート。

「しかし歳をとったと言っても現役のようですな」
<そうだな人間の王よ。ワシらの命は長いからのう、だから卵から子が生まれるのはそう多いことではない。あちこちに仲間は居るが個体としては人間に比べたら少ないかもしれん>
「エルフ達と似たような感じなんすかねえ」

 寿命が長い種族とはそういうものなのか、子供を作るのはあまり早くなく出来てもひと家族一人くらいなものなのだそうだ。
 だからシルバードラゴンの息子が嫁を連れて来てつがいになったのは嬉しかったし、卵が産まれて爺さんが張り切り過ぎたのは致し方ないのかもしれない。

<我もアロンしか作ってないしな>
「母親はどうしたんだよ」
<……今は居ない>
「……」

 今は、という部分でなにかあったのだと思うのだが、聞くのははばかられたので適当に焼いた魚を差し出してやる。
 シルバードラゴンにはマグロのいい部分をあぶってやると大層喜んでくれた。

<む、これは美味いな……肉のような脂だ>
「爪と牙の礼にしちゃ少ないけどな」
<構わん。こうやって美味い物を食わせてくれるなら安いもんじゃて!>
<ここに住んでもいいんじゃないか? なあヒサトラ>
「俺の居場所を失くしたいのかよ!?」
「いや、その気があるならウチは構わんぞ」
「流石にドラゴンはまずいのでは?」

 俺がそう言うと、ベヒーモスもSクラスの魔物だと考えれば一頭も二頭も同じだ! と言いながらがははと笑い、俺は呆れながらソリッド様の顔を見る。
 そんな和やかな雰囲気の中、宴は進みそのまま寝入った。

 そして翌日、その話をしてみたところ――

<気持ちはありがたいが、息子夫婦の近くに居たいからな。ではまた会おう!>
「また来るっすよ!」

 ソリッド様達の用意した料理などをたいらげて飛び去って行った。
 騎士達も仲良くなっていたので少々残念そうだったが、またあの調子だとすぐ来るんじゃないか? などと皆で話していた。

 みんなで見送っているとポツリとサリアが呟く。

「無事に生まれるといいわね……」
「だな。ドラゴンだし簡単に襲われるってこともないだろうけどな」
「でも無精卵を狙ってくる人もいるって言ってたし、気を付けて欲しいわよね」

 確かに、と小さくなっていくシルバードラゴンを見てそう思う。
 しかし三頭のドラゴンを相手にしたい人間なんていないとは思うが……

 子ドラゴンが生まれたら見たいなと思いつつ、俺達は薬が出来るまでの間、通常の仕事に戻るのだった。 
 材料を渡してから出来上がるまで一か月。
 出来るまでヤキモキする……ことはなく、毎日の仕事を続けていると一か月はあっという間にやってきた。
 そして昨日から七日ほど休みをもらっており、もし今日、出来ていなくてもしばらく待つことはできるようにな。

<うぉふ!>
「おう、元気だなアロンは! 飯くったら早速出発だ!」
「ふふ、ヒサトラさんも元気じゃない」
「そりゃそうだって、ようやく母ちゃんを呼んでも問題ない状態になったんだからな。みんな乗ったな? それじゃいくぞ!」

 意気揚々という言葉がぴったりだと思えるテンションで俺はトラックを走らせる。
 ソリッド様達は今回も来ておらず、ゴルフ場建設に夢中らしい。
 税金で建設しているが、工事やゴルフ場で働く人の雇用で金回りは還元しているし、今後も観光で金を落としてもらえる算段があるからだろう。実際、ゴルフ場の近くには町がある。
 国境付近に作ったら儲かりそうだと思ったけど、やっぱ土地の問題だろうな。

<うむ、いい天気だ>
「ああ、こりゃ間違いなく薬ができているぜ。ちっと飛ばすか!」
「おー!」
<あ”ー!!>
<!!>

 あんまり人通りが無い街道をフルスロットで駆け抜けていく。これがフラグだったら嫌だな……自重するか?
 
 一瞬、そんなことを考えてしまうが――

 ◆ ◇ ◆

「できとるよ、ちょうど昨日完成して息子に飲ませたところじゃ」
「ああ、それで……」

 庭で元気にデイルさんと木剣で切り結んでいるアリーの親父さんに目を向ける。

「体が軽い! 回復したばかりなのに父上から一本取ってしまうかもしれませんな!」
「むははは! 小童めが言いおるわ!」

 元気になりすぎだ。
 というかデイルさんとマトリアさんで素材を探しに行けば良かったんじゃなかろうかと思うが、お家騒動が片付いたらそのつもりだったことを聞かされた。
 まあドラゴンとやり合える人間だし、牙も取れるだろうな……。

「お薬はこれ、ですか?」
「うむ。万能治療薬オポロミオンじゃ。これを飲み干せばすぐにああなる」
「息子を指さすな。……ん? どうした?」

 牛乳瓶みたいなものに黄色い液体が入った万能薬をもらうと、ポンチョが俺の足をつついていることに気づく。
 屈んで尋ねてみると、おもむろに頭のでかい葉っぱを一枚千切って俺に差し出して来た。

<あ”あ”あ”!>
「なんだ……?」
「多分、葉っぱでお薬をくるんでおけってことかも? この子って大事な湯のみをそうしているから、薬が大事なものだって分かってるのかも?」
「おお……」

 確かにそう言われればそうかもと葉を受け取り薬をくるむと満足気に頷いてアロンの背に飛び乗った。何気にアロンはポンチョやプロフィアを背に乗せて移動することもある。仲良しでなによりだと思う。

「これからどうするのじゃ?」
「後は……母ちゃんをこっちに呼んでもらう必要があるからそれまで保管してって感じだな。なんかお礼をと思ったんだが、これくらいしかなかった」
<これを納めてくれ>
「なんだい、素材を集めてくれたのはあんた達なんだ礼なんて良かったのにさ……でかい!?」

 たまたまオールシャンの町に行った時にゲットした90cmクラスのマダイを差し出した。
 お祝いを兼ねてめでたいという意味も込めてだが誰にも理解してもらえなかったのでもう言わない。

「これは美味そうだね、後でみんなでいただくことにするよ! って、今日は泊って行かないかい? みんな喜ぶと思うよ。あ、金は受け取らないからね! 息子も助かったことだし」
「マジか……用意してたんだが……。とりあえずいつルアンと連絡が取れるかわからないから帰るよ。母ちゃんが来て回復したら連れてくるつもりだ」
「ああ、楽しみにしているよ。腐ったりはしないから落ち着いてね……ふあ……」

 マトリアさんが片手を上げてから庭に設置されている椅子に座り込み、即寝入った。

「ふふ、おばあ様よく寝ているわ。久しぶりに大仕事だったものね」
「それじゃあ静かに帰りましょうヒサトラさん」
「だな」

 昨日に完成して息子に飲ませたと言っていたから徹夜で経過観察もしていたんだろう。俺達は静かにその場を後にするため移動しようとするが……

「フハハハハ! やるな息子よ! 弟とは違うな!」
「あの親子も根性が曲がらなければ良かったのですが……!!」

 ……打ち合いが激化したデイルさん達が目に入り俺は――

「婆ちゃんが寝てるんだ、静かにしやがれ!!」
「おう!?」
「なにぃ!? 私と父上の一撃を棒で弾き飛ばすだと!?」

 ――バットで二人の剣をホームランにしてやった。

<うむ、よく飛んだな>
<♪>

 唖然とする二人を置き、苦笑するアリーに見送られて俺達はその場を後にした。

 ……さて、次はルアンか。今晩にでも対応してもらえないか聞いてみるかな? 
「……」
「来ますかね?」
「この時間なら問題ないはずだ、ルアン頼むぞ……!」
<わふん……>
<!!>
<あ”ー>

 もう深夜と言える時間なのでアロンがあくびをし、ポンチョたちが休むように声をかけていた。すぐに後部の仮眠ベッドにアロンが寝そべり、ポンチョがまた葉っぱをちぎって掛布団にしてあげていた。優しい。

「お前、あんまりぶちぶちとちぎるなよ、大丈夫なのか?」
<あ”ー!>
「また生えるのか?」

 手で頭を指しているので見てみると湯飲みをくるんだ時の葉っぱ部分は若い葉が見えていた。きちんと水を取っていたら復活するのか? 根っこはどうした?
 ずっと湯飲みで水分を補給しているからなんとも不思議な生物だ。スライム達みたいに酒を飲ますとどうなるか分からないのでこいつにはやっていない。

 さて、そんな深夜のトラックで今回はサリア達も参加してルアンを待っていた。
 今日、母ちゃんの召喚が難しくても薬が出来たことを伝えられればと思っているのでとりあえず話だけでもしたい。

「あ、ヒサトラさん、モニターが」
「来たか……!」
<!!>

 なにもしていないのにカーナビの電源が入り、車内が照らされ俺とサリアとスライムが輝く。
 そしてしばらくして映し出されたのはやっぱりカメラの角度がおかしいルアンの姿だった。

『やっほー、久しぶり! どう、そっちの様子は』
「……後頭部しか見えていませんけど……」
『え!?』
「言わなくてもいいのに。毎回そうだぞ」
『毎回!?』

 気づいていなかったようだ。
 ルアンは慌ててカメラみたいなものを探し出し、ようやく正面を見据えることになった。

『ふう、大丈夫? 見えてる?』
「問題ないぜ。で、早速だが例の薬が完成したからその報告にな。そっちはどう? 母ちゃんの召喚、後半年くらいの予定だったが短縮できそうなのか?」
『おお、本当に作ったのね……!? そうね、ちょっとバトったけど上司に許可をもらったし、いつでもいけるわ』
「マジか! じゃあ早速頼むぜ」

 ルアンがドヤ顔で頷いた後、なにやらブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。
 すると庭に少しずつ文字が浮かび上がり、やがてそれは魔法陣を形成していることに気付く。

「あ……」
「どうしたサリア?」
「ふふ、私とお嬢様がゴブリンに襲われていた時にこれと同じものを見たの。そしてヒサトラさんがトラックでゴブリンを轢いたことを思い出して」
「ああ、本当に一番最初のころか」

 なにも分からない俺をトライドさんところまで連れて行ってくれたことを思い出すな。
 不幸中の幸い……いや、もしかしたら二人を助けるためにルアンがあそこに送ったのかもしれないけど、今となっては聞く必要もないだろう。

 人との縁は些細なことから繋がっていく。偶然でも必然だったとしても、出会ったあとからの選択肢でいくらでも変わるものだ。

「きれいね」
<あ”あ”ー>
 
 俺達はカーナビを外して(タブレットみたいなやつ)、トラックから降りると魔法陣の前に立ってその時を待つ。
 スライム達は魔法陣を取り囲み、ダイトは俺の横で静かに寝そべった。

<お前の母君か。やはり強い人間なのだろうな>
「確かに女手ひとつで俺を養ってきたわけだから強いのは強いだろうな」
「腕っぷしばかりじゃないからね、強さって」
<確かに……そうだな>

 ただ、母ちゃんは正義の人だから俺が荒れていたころも拳骨やびんたは食らっていた。そういう意味では元気だったんだけどまさか癌だなんてな……。

<見ろ、来るぞ……!!>

 ダイトが興奮気味に叫ぶと魔法陣の上に少しずつ人間のシルエットが浮かんできた。その姿がはっきりしてくると、それは間違いなく俺の母ちゃんだった。

 だが――

「こたつごと移動してきただと!?」
「え? あ、あれ? ここ、どこ? って今の声は……玖虎?」
「母ちゃん!」
「やっぱり!? あ、あれ、でもなんでさっきまで玖虎のことを忘れていたのかしら……」

 こたつに入ったまま困惑している母ちゃんに、カーナビ越しにルアンが説明を始める。
 ここは別世界で俺をここに連れて来たことで日本には居なくなっていて存在が記憶から抹消されていたことなどを。

「異世界……アニメや小説の世界って本当にあったのね。というか無事で良かったわ! 記憶に無かったけど! それであたしを呼んだのは会いたかったから?」
「ああ。それについては俺が話すよ。ちなみにこの世界から日本には戻れねえ」
「え!? ちょ、お仕事はどうなるのよ? 明日は夜勤だったんだけど」
「それについては母ちゃんがこっちに来た時点で『別の存在』が肩代わりしてくれるそうだから心配いらないぜ」

 母ちゃんは『そうなの?』と不思議そうな顔をしているが、そこはもはや重要ではないので本題へ。

「ここに呼んだのは……母ちゃん癌なんだろ? それもあんまり治る見込みがないらしいじゃないか」
「……知ってたの? そうね、思い出したから言うけどあんたに少しでもお金を残したくて働いていたわ。後2、3年がヤマだって言われてたかしら」
「らしいな。で、この世界にはそれを治す薬が存在するんだ」
「え?」

 そこで俺は葉っぱにくるんでいた牛乳瓶を取り出しこたつの上に置く。
 
「これを飲めば癌は完治する……はずだ。他の人が飲んだ時は治っていたよ」
『そのためにこっちへ呼んだのよ。さ、一気に飲み干して治療しちゃいましょう!』
「貴重な薬なんじゃないの?」
「……ヒサトラさんはお母さまを治すために素材を集めておりましたから。あ、初めまして私はサリアと言います」
 
 サリアが挨拶をすると母ちゃんの目が光る。

「まさか玖虎の彼女……! ヤンキーじゃない彼女を連れているですって!! 飲む飲む! 孫の顔を見るまで死ねないわっ!」
「ま、まあ、飲んでくれれば俺の目的は達成されるからな」
<あ”あ”あ”ー>
<!!>

 いつの間にかポンチョがこたつの縁に手をかけて母ちゃんを見上げ、スライム達も台の上でぴょこぴょこ飛び跳ねていた。
 
「あら、可愛い! ぬいぐるみ? ……まあいいや、まずは頂くとしますか――」
 
 母ちゃんが舌なめずりをして瓶のふたを開けたところで俺は違和感を感じる。サリアもそう思ったようで俺の袖を引きながら口を開く。

「……ヒサトラさん、薬の色って黄色じゃなかったっけ……?」
「……!? そうだ、黄色だ! なんで緑色をしているんだ!? 腐らないって言ってたのに……。ま、待ってくれ母ちゃんそれは――」
「青汁っ!!」

 俺が止める間もなく、謎の気合を入れながら一気に飲み干してしまった。
 だ、大丈夫なのか!?