異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

「ヒサトラ殿、これはどちらへ?」
「ああ、それは店舗でお願いします。あ、それは家の中で」
「分かりました」
「庶民のお引越しってわくわくしますわね」
「はは、大変ですよ。……!?」

 リーザ様が楽しそうに荷物を持って歩いているのを見て俺は180度回る勢いで首を動かし、慌てて段ボールを取り上げる。

「なにやってんすか!? 王妃様は働かなくていいんですよ!」
「でも、皆さん動いていらっしゃいますし、夫も、ほら」
「え?」

「サリア君、これはどこへ持って行けばいい?」
「えーっと……倉庫で……」
「お待ちなさい!?」

 俺はさらに慌ててソリッドさんが持つもう一つの段ボールをかっさらい、地面に置いてから口を開く。

「国王様が働いたらダメですって!」
「いや、異世界のアイテムとかあったら見たいな、と」
「素直ですね」
「サリア、そういう問題じゃないっての……。とにかく、見せられそうな物なら後で積み荷を降ろし終わってからにしてください」
「「ええー……」」
 
 はもるなアクティブ夫婦。

 とりあえず二人にはお土産として積まれていたであろう、よく冷えた瓶のグレープジュース(他の味あり4本セット)を渡し、庭にテーブルセットを作って待ってもらうことに。

「うおお! あのジュースめちゃうめえええ!」
「マジか! 毒見役いいなああ!!」
「私のジュースが半分しか入っておらぬ……!?」
「あらあら」

 よくはねえよ、下手したら死ぬんだぞ。あいつら頭ん中どうなってんだ? ツッコミが追いつかないので早く荷下ろしを終わらせよう……。

「さすがプロは違いますね、この重さを一気に持つなんて」
「コツがあるんですよ。ここにマジックで中身を書いていて、重いものを下にしているから、だったりね」
「ほう、面白いもんだな」

 手伝ってくれる騎士達は変なヤツもいるがこういう真面目な人も多い。自分のやっている仕事を褒められるってのはむずがゆいものだが嬉しいもんだ。

 しばらくしてコンテナの荷物が全て出し終わり、気が付けば昼を回っていたため昼飯を食べてから開封しようとなった。

「ありがとうございました! 後は開封だけなので俺とサリアだけで大丈夫かと思います。お昼、俺がごちそうしますよ。って出前とかないんだっけ?」
「頼めば届けてくれるお店があるんじゃないですかね?」

 このまま帰ってもらうのは申し訳ないのでお昼くらいはと思ってサリアと財布を手に声をかけるが、その前にリーザ様が笑ながら口を開く。

「わたくしの毒見役がすでに手配しておりますわ。今日のヒサトラ様とサリアさんはお客様ですもの、これくらいさせていただきますわ。ですわね?」

 すると騎士達は「おお!」となんか笑顔でポーズを決めていた。ノリのいい国だな……。少々心配になるが。

「なんかすみません、なにからなにまで……」
「いいのよ。夫も言ってたけど、『とらっく』は新しいものをこの国に与えてくれるかもしれませんもの」
「そうですかねえ……」

 リーザ様が確信めいてそういうが、俺はよく分からず頬をかきながら生返事を返す。
 どちらかといえば迷惑をかけそうで怖いんだが……

 あれ? その夫であるソリッド様の姿がみえねえな。

「むう……」
「なにやってんすかソリッド様」
「この箱はなんというのかね?」
「段ボールですね。この世界には無いんですよね」
「そうだな。これをひとつ貰うことはできるだろうか?」
「え? こんなものどうするんです?」
「なんとなく惹かれるものがあるのだ、どうだろう?」

 そういやソリッド様って眼帯をしてないけど某潜入するゲームのあの人に似ている気がする。名前だけじゃなくて声も。ソリッドに段ボール……大丈夫か?

「ま、まあ、たくさんあるのでひとつくらい大丈夫ですよ」
「そうか! ではこれを頂いていこう。おい、丁寧に扱えよ」
「ハッ!」

 人が入れそうな大きさの空段ボールを騎士に命じて別の場所へ移動させるのを横目に『やはり入るのだろうか?』と脳裏に浮かんだが、国王がそんなことをするはずもないかと頭を振る。

 やがて出前とは思えぬオードブルが届き、倉庫にありったけのテーブルと段ボールを机にしてバイキング形式の昼食が始まり、俺とサリアも頂くことに。

「お、この肉団子美味いな」
「こっちの温野菜も歯ごたえがあっていいですよ」
「この国は野菜が特によく育つ土地でな、家畜も居るが肉は別の国の方が上手い。もちつもたれつだな」
「魚はやっぱり難しいんですか?」
 
 前に魚を食べたいと言っていたが、オードブルには魚が存在するので気になって聞いてみる。すると、なるほどという答えが返って来た。

「湖や川にはもちろん魚は居るが、海の魚ということだ。新鮮なら生で食べられるとも聞く。ぜひ、一度でいいから味わってみたいものだよ」
「ここからどれくらいなんですか?」
「馬車で十日ほどの場所にある町だ」

 十ってくる間に腐るな。
 でも氷の魔道具みたいなものがあれば持つんじゃないかと思ったのだが――

「魔力がもたんらしい。十日連続で昼夜込め続けると鼻血を出して倒れるようだ」
「そこまではできませんね……」

 そうか、魔力の問題か。
 俺はトラックに乗っている限り魔力ほぼ無限だし気にしたことが無かったな。魔道具という生活を便利にしてくれるアイテムは結構魔力を食うらしい、魔法が苦手な人の為に作られているけど制限はいろいろあるみたいだな。

「そうだ、少し落ち着いたら商工ギルドへ行くといい。この運送屋の開業手続きは私ではできん。話は通してあるから気楽にな。冒険者ギルドも宣伝で顔を出しておくといいぞ」
「はあ」

 根回しが良すぎる。
 が、ソリッド様が自分の欲を満たすためと思えば、まあこれくらいはするかと苦笑する俺。
 その後、昼食を終えて残りの作業を終えるのだった。

 ――というわけで夜。

 荷出しを終えてみんなが帰ったところでようやくサリアと二人でゆっくりすることができた。

「ふう……風呂までついているとは至れり尽くせりだなこりゃ」
「ですね、昼間は大変だったし今日はゆっくり寝ましょうよ」

 水と火の魔法さえあれば風呂も入り放題なのはこの町でも変わらずだ。お金がかなり浮くので、この点は日本よりお得だと言える。
 それでもサリアの言う通り異世界の道具は魅力的なようで――

 ◆ ◇ ◆
 
「これは子供にウケそうだな?」
「トランポリンはそうですね、向こうの町でも人気でした」
「これはなんですの?」
「ああ、これは馬にまたがるみたいにしてからこのペダルを漕ぐんですよ。この画面に疑似空間が現れて移動した気になって、気軽に運動ができるって器具です。トランポリンもそうですけど大人がダイエットに使うことがありますね」
「あら、映像が切り替わるの面白いですわ。これは王都の住宅街かしら?」
「……どうなってんだろ」

 どこかにドローンでもあるのか、リアルタイムで町の風景をモニターが映し出していたが深く考えるのは止めた。どうせルアン絡みだろうし、電気の代わりに魔力で動いているからなんらかの作用があったに違いないのだが。

 そんな感じで午後から荷物を倉庫に並べていると、ソリッド様とリーザ様や騎士達が並べられた積み荷に興味津々で、片づけの最中よく声をかけられている。

「ヒサトラ殿、これはどうやって使うのですか?」
「これはこのボンベをセットして……ここを回すと」
「おお……!? 火が出たぞ……」
「これは野営の時に便利ではないか?」
「そうだな……焚火のように煙が出ないからそういう点でもいいな……欲しい……」
「はは、悪いけど一個しかないから家で使うんだ」
 
 俺がそう返すと騎士達はがっくりと肩を落として他の品に目を向ける。
 盗難防止ができれば貸し出してもいいが、ガスボンベも無限じゃねえしなあ。

「あの人に頼んで……」
「プライドを刺激してやれば……」

 なにか物騒なことを言っていたが、その後は無事終了することができた。
 しかし、改めて通販サイトの宅配はカオスだということが分かるな。まだたくさんあるから今後も使える時に使おう――


 ◆ ◇ ◆


 ということがあったので、殆どサリアと真面目な騎士による配置となってしまったわけだ。
 ずっと働いてもらっているので彼女こそ早く休んでもらいたい。

「あふ……明日はギルド巡りですかね」
「ああ、まずは挨拶をして、ひと息ついたら仕事に取り掛かろう。防犯設備もあるし、二人で出かけても問題ないだろう」
「昼間は兵士さんが常駐で見回りをしてくれるみたいですしね」

 重要拠点かここは。
 しかし需要があるなら異世界道具レンタル屋も副業で始めてもいいのかもしれんな……

「それじゃ寝ましょうか」
「だな」

 寝る前のホットミルクを飲み干してからベッドへ。……もちろん別々の部屋で寝ましたからね?
 そんな軽くない一日を終えて目を瞑ると、あっさりと意識が途切れるのだった。

 ――そして翌日。

「庭で食べる朝食はなんか良かったな」
「『かせっとこんろ』のおかげですね。ソーセージの焼ける匂いが人を呼び込んでいたから、お仕事を始めた時は毎日それでもいいかも」

 誘蛾灯じゃねえんだからと思いながら、ソリッド様の書いてくれた地図を片手に町を歩いていく俺達。
 早朝からやっているらしいが、朝は依頼の取り合いになっていて騒々しいということなので少し時間をずらしている。が、町の構造を把握していないのでどこがどこだかわからん。

「この通りで合ってんだよな……?」
「多分……」

 もちろんサリアも初めての町なので不明瞭だ。まあ、今日は急いでいるわけでもないので食後の散歩ということにしておこう。変な因縁をつけられた時の為に一応バットは肩に下げているが。

 んで地図上で見ると俺達の家は町の東側で、冒険者ギルドは中央の大通りにあるようだ。商工会ギルドは西側にある商店通りの方に設置されているので、冒険者ギルドの後に行く形になりそうだ。

 ロティリア領の町より家屋に二階建てが多い。
 恐らく人工が多いからアパートみたいなのがたくさんあるのだと推測され、窓から顔を出している人達は一家って感じじゃあないからだ。

 町並みとしてはヨーロッパ系の石畳の道があってレンガや木の家が立ち並ぶ。
 かなり密集もしているためロティリア領で住んでいた町より隣同士の騒音が気になりそうだなと思ったりする。

「あ、大きな建物。あれじゃないですか?」
「お、みたいだな」

 サリアの指した先にひときわ大きな建物が目に入る。
 その周りは家が存在せず、広場や厩舎が並んでいて冒険者が活動しやすいような造りになっているらしいな。
 日照権の問題も無さそうでなによりである。

 ウェスタン扉を押して中へ入ると――

「うわ!?」

 中に居た冒険者達が一斉に俺達へ顔を向けた。
 じっと見られて居心地が悪いなと思っていると、彼らはひそひそとなにやら話し始める。

「おい、あの恰好……」
「ああ、陛下の言っていた……」
「ギルドマスターに報告だ、お前行ってこい」
「なんで命令してんだよ、てめぇが行けよ!?」

 どうやらソリッド様の根回しが利いているような話だな。
 じゃんけんで負けたヤツが奥へ入っていき、やがて戻ってくると、さっきまで居なかったスキンヘッドと口ひげを生やした大男が、居た。身長が百七十六センチの俺でも少し見上げる必要があり、二メートルは越えている。

「どこだ? ……おお、お前が異世界人か!」
「え、ええ。ヒサトラ ヒノです。こっちが助手のサリアと言います」
「よく来てくれた! 俺がこのギルド‟ドッグアイ”のギルドマスター、ファルケンだ。よろしくな、ヒサトラ!」
「通称は山坊主って呼ばれて……ぐあ!?」
「やかましいわ!」

 だから名前ぇぇぇぇ!!

 くそ、なにかに似ていると思ったがサングラスを掛けたら多分そのまんまだぞ……声も子供を守るロボットに似ている……。

「大丈夫ですかヒサトラさん?」
「だ、大丈夫だ。色々と胃が痛くなる光景だったが、いい人そうで良かった」

 俺は動揺を見せないようサリアに笑うと海……いや、ファルケンさんが奥の席へ案内してくれる。
 とりあえず仕事をしないとな……
 レストランのファミリー席みたいなところに通され、俺とサリアが並んで座るとファルケンさんも対面に腰かけた。
 葉巻を取り出して『いいか?』という仕草をするので頷いて了承。
 
 よそを向いて一息吐いてから俺達を交互に見て口を開いた。気遣いもできるあたり益々似ている。

「よしありがとう。で、陛下から運送業とやらをやると聞いている。具体的にどんなことをやっているかは直接ヒサトラにと言われていてな」
「でしたらこちらのサリアからご説明させていただきます」
「よろしくお願いします♪」

 業務内容を説明するのは『知っていなければ難しい』ものだ。だから俺とサリアは二人で詰めた内容を紙に書いてそれを順に説明する方法を取っている。
 齟齬があれば遠慮なくツッコミを入れるが、ロティリア領で冒険者や商店の人達に説明をしていたのでもう淀みなくスラスラ話していた。
 王都でやるとなればまた追加で決まりごとが増えるかもしれないが、まずはやっていたことを伝える。

 まずは単純に人間を町から町への送迎することだ。
 時間厳守だが荷物を運ぶ町へ移動する際に、目的地が一致していれば一緒に運びますよというもの。
 これは背後で控えていた冒険者達がざわついた。
 騎士がトラックに乗っていたのを見ていた者が居たようで、なにやら得意気に話をしていたのがちょっと面白い。

 次に冒険者の送迎。
 で、こっちは各町の往復とは違い、時間さえ分かれば狩場の往復送迎もやっていることを告げる。
 馬車や馬の方が融通が利くんだが、魔物を倒した素材を運ぶのが大変なので回収して欲しいということらしい。
 これはなかなかタイミングが合わないと難しいので回数はそれほど積み重ねていない。

 で、メインとなる積み荷の運搬について話す。
 基本的には荷物を受け取って町へ配送というもので、決まった期間に交易品や野菜、肉、飲み水といったものを運ぶ。商人がよくやっている仕事だが、ロティリア領では一部、重量があるものや数が多いもの、個人的なお届けを請け負っていたことを話す。

「業務としてはこんな感じですね。まあ、仕様上、商工会ギルドの方が主になると思いますが、冒険者さん達もこういった使い方があるという実績をお話しさせていただきました」
「なるほど、陛下が熱中するわけだ……。素材運搬は非常に興味深い。特に大型の魔物ともなれば素材は大量になるのだ。解体しても馬車が引く荷台には乗らないからいくつか諦めるなんてのは日常茶飯事。しかしこれならワイバーンみたいな大型のものでも全部持ち運べるな……後で『とらっく』とやらを見せてもらえるだろうか」
「ええ、今日は商工会ギルドに挨拶に行ったら帰って荷ほどきの続きをやるのでその時にでも」
 
 そこで冒険者連中がまたざわめく。
 小さい声でよく聞こえないが、呆れているような、キレているようなざわめきが起こっているような……?

「とりあえずご質問などあればお伺いしますが?」

 サリアが笑顔でファルケンさんへ尋ねると、彼は葉巻を一回吹かした後、歯を出して笑う。
 
「いや、とりあえずそれだけ詳しく話してくれたから問題ないぜ。こいつらも横で聞いていたしな」
「ありがとうございます。料金は少し割高になっておりますので、余裕があったらご利用いただければと考えています」
「ぜひ、検討させてもらう」
「それで、ソリッド様から聞いているかもしれませんが――」

 と、俺は病気の治療薬についての話を持ち掛ける。
 持ってきてくれたら相応の対価を払うし、情報だけでも金を出すとも。

 売ってもらえるのが一番いいが、危険を伴ったとしても自分で取りに行くのは吝かではない。故に情報だけでもというわけだ。

「ああ、そのことは聞いているぞ。ただ、そんな万能薬はおとぎ話レベルでしか耳にしたことはねえ。ただ、他の国やどこかにあるかもしれないから、流れて来た冒険者連中には声をかけるし、依頼ボードにもでかでかと張っておいてやる」
「あ、ありがとうございます。母親のためなんで、絶対に見つけたいんです」

 俺がそういうと目の前の大男や冒険者達が目に涙を浮かべ『おっと、汗をかいちまった』とかベタな言い訳をしていた。
 中には田舎の両親元気かな、などといった声も聞こえてくる。それはたまに帰ってやれと思う。

「ぐす……と、とりあえずお前達のことは承知した。開業したら教えてくれよ、一度利用してみるぜ」
「お願いします」
「んじゃ後はこっちの話か? 冒険者ギルドの内容は知っているか?」
「あー……実はギルドには立ち寄ったことがなくて、よく知らないんですよ」

 
 苦笑しながら後ろ頭を掻くとファルケンさんは待ってましたと言わんばかりに膝を叩いてギルドについて説明を始めてくれた。
 
 感覚的にだが冒険者は会社員みたいなもののようだ。ギルドという会社に出された仕事を請け負っていくスタイルだな。素材の価値は株価のように上下するし、依頼をこなさないとお金にはならないので歩合制ではあるが。

 一応、野良で狩った素材も受け入れてくれるので狩り損にはならないらしい。
 他の町に行っても『ギルド証』というものがあれば依頼を受けられる。逆になければ受けられない。

 何故か?

 ギルド証にランクが刻まれていて、相応の依頼が決められるためだ。
 松竹梅……いや、SS~Fランクまであって、ギルド証を作る時にある程度ランクをふるい分けされるとかなんとか。

 そうしないと無謀な依頼に出向いてあの世行きがザラな世界ってわけだな。
 そうした事情から税金は免除されているそうである。

 まあ、魔物を狩るみたいな仕事はしないから話半分って感じだな。話のネタに覚えておくくらいでいいと思う。
 そこで時間を確認すると、ここへ来て2時間ほど経っていたのでそろそろ商工会ギルドに行ってお昼にするかと席を立つ。

「色々ありがとうございました。商工会ギルドにも顔を出しますので、今日のところはこれで」
「おう」

 ファルケンさんが葉巻を灰皿に入れながら片手を上げて見送ってくれ、俺達は外へ。
 すると――

「……なんかついてきている?」
「なんでしょうね……?」

 俺達の後に冒険者……と、隠れてファルケンさんが追いかけて来ていた。
 どうしたんだ一体?

 ま、いいか。
 とりあえず商工会ギルドに向かおう。
 
「商工会ギルドはロティリア領にもありましたけど、結局トライド様が手続してくれたから行ってないんですよね」
「だなあ。まあ、向こうの世界にもそういうのはあるからなんとなく分かるけど」

 そっちはわかる。
 だが……よくわからんのは冒険者達が後をついてくることだ。
 特になにかを話している風もなく、ただひたすらに行軍するその姿は、若かりし頃の暴走族を思い出す。

「えっと、みんなどこへ行くんだ?」
「ああ、お気になさらず」
「……」

 怖い顔をするな。
 なんか嫌な予感がするので俺はサリアの肩を持って傍に引き寄せておく。なんか嬉しそうにくっついてくるが、そういう抱き寄せじゃないんだよな。

 ファルケンさんもでかい身体を家屋からごっそりはみ出させているし。あれで隠れているつもりなら尾行スキルは皆無といっていい。
 まあ俺達になにかしたいわけじゃなさそうなのでとりあえず放っておこう。面倒だし。

 サリアと町の風景を楽しみながら再び町を歩き、商工会ギルドへと足を運ぶ。
 そして商店街の一角にそびえ立つ大きな建物へと到着した。

「……ここか。冒険者ギルドと違ってキレイだな」
「なんだとぅ! ウチが汚ねぇってのか!」
 
 そんなことは言ってない。
 冒険者達がファルコ……ファルケンさんをおさえていると、サリアが唇に指を当てて口を開く。

「でもなんか、こう……いえ、いいです」
「……? なんだ? ま、入ってみるか」

 高級感のある擦りガラスの扉を開けて中へ入る。
 
「おお……!?」
「まあ」

 なんと入り口からズラリと、頭を下げた人達が並んでいてそれは受付まで続いていた!?
 俺もサリアも軽く驚いていると、奥から白髪の紳士っぽい男が歩いてくるのが見えた。

「お待ちしておりましたよ、ヒサトラ=ヒノ殿。私がこの商工会ギルドのマスター、ペールセンと申します」
 
 これはまたむせそうな名前だ……ギリギリだぞ?
 それはともかく俺は握手に応じながら笑顔で返事をする。

「ソリッド様から聞いていましたか? いや、こんなに歓迎されるとは思いませんでした」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、これから仕事のパートナーになると思いますしこれくらいは」

 ペールセンさんが指を鳴らすと商人? 達がバッと散り、奥にあるオシャレなバーのようなカウンターに案内してくれた。お、ここは酒場になってるのか。

「まずはお近づきの印に一杯いかがです?」
「昼間からとは……」
「いいんじゃないですか? トラックには乗らないだろうし、たまには」
「そうかな? サリアがそう言うなら……」

 その答えに満足したペールセンさんが片手をスッと上げると、バーテンダーらしき人が酒を用意し始める。居酒屋の方が似合う俺としてはこういうオシャレな場所は緊張するなと思っていると、

「おう、俺にも寄こせや」
「……貴様かファルケン。何の用だ? それによく見れば冒険者連中も入ってきているな」
 
 明らかに嫌な顔をしたペールセンさん。そしてファルケンさんの近くに待機している冒険者達を見ながら口を尖らせる。
 すると、商人の一人が冒険者達に声をかけた。

「お前達みたいなのが入ってきたら汚れるだろうが、せっかく今日はいいお客さんが来たのに台無しになる。ほら、帰った帰った」
「お帰りはあちらですよーっと」

 冒険者達に突っかかる商人達。あまりいい感じはしねえなと思いながら静観する。ここで口を出すべきか? そんなことを考えていると、冒険者が商人を振り払いながら口を開く。

「んだと? 護衛がねえと荷物運びも危うい癖になに言ってやがる? 俺達が居てこその商人だろうが」
「ぐぬ……しかし、これからはヒサトラさんの移動手段があればお前達冒険者はお払い箱だ!」
「やっぱりそういう魂胆かよ、結局他人の手を借りねえとなんもできねえんだな!」
「ああん?」

 あちこちでそんな感じのののしり合いが始まり一触即発状態……緊迫した空気が流れる。
 よく聞いてみると、商人は自分の利益だけ優先して冒険者を下に見ているとか、俺を利用するつもりだろうといった冒険者の言葉に、商人達は冒険者達を野蛮だと口々に言う。

「まったく……ファルケン、躾けがなっていないようだな相変わらず」
「ケッ、てめぇこそ商人が偉いとか思ってんじゃねえだろうな? こんな御大層な建物を立ててよ。ヒサトラはウチでもてなすからてめぇらは引っ込んでろ。それを言いに来たんだよ!」
「ほう、商人から依頼をもらって金を稼いでいるのは事実ではないか。それにソリッド様から聞いている『とらっく』を冒険者はどう扱うつもりだ? 勿体ない」

 そしてこっちもトップ同士で争いを始めたので俺は肩をすくめ、サリアが困った顔をしていた。

「どうぞ。まあ、いつものことですから」

 バーテンは商人でも冒険者でも無いようで、やはり苦笑しながら俺達にグラスをスッと出してくれた。一応、出された酒を口にする。

「あ、美味しい」
「……」
「ありがとうございます。ぶどうを発酵させて作ったお酒です」

 ワインか、これは悪くないなと思いながらグラスを傾けるが……

「だから冒険者連中はお前達だけで魔物退治でもやってりゃいいんだよ!」
「ならこれからは俺達に頼るんじゃねえぞ! ヒサトラは渡さねえからな!」

 ……うるせえ。折角の美味い酒がまずくなる。そもそも……

「もうお前等に売ってやるポーションはありませーん!」
「上等だ、誰もなにも買わなくなってひからびやが――」

「やかましいわぁぁぁ!!」

 結局、うるさい罵り合いに我慢できず俺は立ち上がって怒鳴り声をあげた。
 その瞬間、微笑むサリア以外、その場に居た全員が俺に注目して黙り込む。

「さっきから聞いてりゃ冒険者が商人がとかうるせえんだよ! そもそもどっちがって話じゃねえだろうがよ? 商人が安全に旅できるのは護衛という力のおかげ、冒険者が金を手にするのは商人が考えた商売のおかげってやつだ。どっちが欠けても困るのはてめぇらだろうが! 俺をどっちが持つか? てめぇらがそんな考えなら俺は降りるぜ。この町で仕事させねえってんなら別の国にでも行く。商人も冒険者どっちにも使ってもらいたと考えていたんだがな?」
「し、しかし……」
「まだいうか!!」

 まだなにか反論をしようとしてきたペールセンを黙らせるため、俺はバットを袋から出して硬そうな像をぶっ叩いた。我ながら短気かとも思うが、わざわざ敵対する必要がねえのにうだうだ言ってるのが許せねえんだよな。
 これが別の国の商人同士、冒険者同士なら族の縄張り争いみたいな意見の食い違いはあるかもしれねえが、同じ町の仲間が協力しねえでどうするんだって話だ。
 
 固唾をのんで俺を凝視している中、サリアがポツリと呟いた。

「あ」
「ん? ……あ」

 床に置いてあった硬そうな箱を俺がぶっ叩いたら真っ二つに割れていたからだ。

「オ、オリハルコンで出来た箱が……割れた……!?」 
 
「あ、あわわ……」
「オ、オリハルコンが……!?」
「オリハルコンって……めちゃくちゃ高い金属じゃねえか!?」
「ええ、金貨でだいたい千枚くらいの価値ですね」

 一千万円……!?
 やべえ、さすがにこの金額は持ってないぞ……べ、弁償しないといけねえけど……。

「というかなんでこんなところに……」
「よくお二人が喧嘩した時に八つ当たりをするため、壊れないものを置いているんですよ」
「常駐!?」

 しかし、これがどういう意図のものであれぶっ壊したのは俺だ。固まっているペールセンさんに目を向けて口を開く。

「ついカッとなってやっちまった。硬そうだったからバットで威嚇したが、まさか割れるとは。弁償は必ずする、だからしばらく待っちゃくれねえか?」

 俺がそう言って頭を下げるがざわめきが止まらない。そりゃ高価な道具を破壊したから当然だろう。
 
 しかし――

「も、もう喧嘩はしません……」
「お、俺も悪かったんだぜ……」

 ――ギルドマスター二人は何故かテーブルに手をついて俺に謝ってきた。
 
 で、ざわついている奴らの声に耳を傾けてみるとだ。

「いやいやいや、有り得ねえだろ!?」
「し、しかし現に真っ二つに割れたぞ……」
 
「偽物を掴まされたんじゃねえの?」
「いや、目利きに関して商人がミスるとも思えん……」
 
「異世界人、恐るべし……」
「魔王を倒したのも異世界人だし、やっぱなんかあるのかねえ」


 さっきまで喧嘩していた二つのギルドメンバー達が驚愕と興味が入り混じった感じで話していた。
 頭を下げられた俺も困惑を隠せないが、ギルドマスター二人をこのままにしておくわけにも行くまい……。

「あ、あー、ファルケンさんにペールセンさん。頭を上げてください、これからみんなで仲良くやっていけばいいじゃないですか。俺も悪かったですし、冒険者も商工会も悪かった。痛み分けってことで」
「う、うむ……そうだな」
「仕方ねえ、今までのことは水に流そうじゃねえか……」

 ぼそりと『オリハルコンを破壊するようなのと敵対しちゃいけねえ』みたいなのを呟いていた気がするがスルーしておこう。

 とりあえず場の空気が緩和し、それぞれメンバーが散ると元に戻ったペールセンさんがため息を吐きながら口を開く。

「それにしても驚いた」
「いや、すんませんホント……」
「構わん。どうせ素材として手に入れたものだから、壊れても片方だけ売れると思えばむしろありがたい。しかしバット、というのか? 凄い武器だな」
「ああ、これは武器じゃないんですよ。異世界の遊具で、本当の使い方はこう振りかぶって球を打つってね」
「それは興味深いな。というかそんなので壊したのか……」

 ペールセンさんが冷や汗を流していると、それまで黙っていたサリアがにこにこしながら口を開く。

「そうですねえ、恐らくヒサトラさんには女神さまの加護があるからだと思いますよ。この世界へは女神ルアン様のお導きだからですね」
「おお、なんとルアン様の!? そうか、それなら納得がいく。ではイヴリース教が喜ぶんじゃないか」
「イヴリース教?」

 聞きなれない単語が出て来たのでオウム返しをすると、サリアが説明をし始める。
 どうやら俺に話したいことでもあったらしい。

「イヴリース教は女神ルアン様を崇拝する宗教で、各地に教会を持っているんです。ヒサトラさんは実際に女神様から声を聞いてここへ来ているので、助けを得ることは難しくないかと。お母様の薬も見つけやすいと考えています」
「おお……」
「どういうことかね?」

 このタイミングで話をしたのは、王都というでかい町であることに加えて両ギルドマスターが揃っていたからということらしい。
 元々、今日の内に挨拶をした後、どっちか経由で二人と顔を合わせてこの話をしたかったらしい。
 確かに各地に同一組織があるなら情報交換は容易いか。ポンコツでなければ。
 で、母ちゃんの話をすると、ペールセンさん以下、商人たちがすすり泣く。

「ふぐ……そういうことが……喧嘩なんぞしとる場合じゃないわ! よし、皆のもの、治療薬についての情報も収集するよう努めるのだ」
「「「おお!!」」
「良かったですね♪」
「ああ、まあそうだが……いいのか?」

 盛り上がる中、昼間なのに酒盛りが始まり、俺は困惑しながら頬を掻く。
 するとファルケンさんが俺の肩に手を置いて大声で笑いながら言う。

「がっはっは! こまけえこたあいいんだよ! 後で俺とペールセンとイヴリース教へ顔を出して話をしといてやる。後で使者が行くかもしれねえからそん時はよろしくな」
「あ、ああ」
「よーしそれじゃヒサトラ殿とサリアさんの歓迎会だ! 酒を回せえええ!」

「ちわー! オードブルもってきやした!!」
「対応が早い!?」
「ソリッド様達が頼んでくれたところと同じみたいですね」

◆ ◇ ◆

 ――とまあそんな感じで俺の攻撃力がとんでもないことにより、冒険者ギルドと商工会ギルドは仲直りしたらしい。
 今日はどんちゃん騒ぎをしたが、翌日からは通常営業。
 
 商人も冒険者も当日は本当に俺達を歓迎をしたかったんだなと思うくらい、各ギルドは人が出払っていて居なかったのだ。みんないい奴等だし、仕事に誇りをもっているのだろう。

 で、運送業についての取り決めをしようとなったのだが、ソリッド様が居る時に頼むと言われていた。なので俺とサリア、ペールセンさんとファルケンさんが登城。

 基本的にギルドを介さずにウチの店舗に荷物の持ち込みや移動の依頼をしてもらう形は今まで通り。ロティリア領でやっていたことを踏襲した。ギルドでやってもらうことは宣伝が主になりそうだ。

 しかしこれだとギルドの旨味が少ないので、一般の人が移動するよりも冒険者と商人はギルド証を見せてくれればわずかだが料金を安くすることで決定した。
 他にもなにかあれば考慮するということでまとまり、細かい町での運用等を決め、各領地と町へ通達してくれるそうである。

「それでは全てが決まるまで十日ほどかかるだろう。それまでゆっくりするといい」
「ありがとうございます!」

 それから仕事か、楽しみだな。

 ……とか思っていると、翌日、台車にダンボールを乗せた騎士がやって来た――
「えっと、倉庫は魔法鍵でかけられるのか」
「ええ、それに耐火・防犯・極大魔法でも壊せない防御魔法がかかってるみたいです」
「どこの防衛拠点だ」

 そんな昼下がり。
 トラックが町から町へ移動するという認識が広がるまでしばらく待たないといけないわけだが、その間は割と暇である。
 荷ほどきはそれなりに終わり、今は店舗兼倉庫で物品の確認をしていたところだ。

 まだ向こうの世界からの積み荷の開封は終わっていない。飲み物はそろそろ尽きそうだが、トランポリンや戦隊ものの武器、リーザ様が気に入っているダイエットバイクなど、形として残るものは結構ありがたい。
 もう戻れないが向こうとの繋がりが感じられるからな。
 
 で、とりあえずノートパソコンとプリンタも出てきたので今はそいつをなんとか使えないか四苦八苦している。
 まあ、コンセントの問題が解決しないと使えないんだよなあ……

「そろそろお茶にしましょうか」
「あ、そうするか。んー……座りっぱなしはよくねえな……」

 庭のテーブルセットでのんびりしようかと思って外に出ると、

「おお、ヒサトラ殿! ちょうど良かった!」
「あ、ソリッド様の親衛隊さん。どうしたんです……か?」
 
 外でばったり出会ったのはソリッド様を護衛する親衛隊の一人だった。
 どうでもいい話だがあのコンテナに乗ってはしゃいでいた騎士達は精鋭らしい。マジで? とも思うが、実際に戦いになると腕は確かなんだとか。

 いや、それよりも、だ。

「……その台車のダンボールは?」
「……」
「答えろよ!?」
「ふふふ、私だヒサトラ君」
「はい」
「怯みもしないだと……!」

 台車のダンボールから足が生え、箱を取り去ったところでソリッド様が現れた。にやりと俺に笑いかけるが、別に分かっていたことなので驚く必要もないし適当に答えておく。

「うぬ……城のメイドにはウケていたのに……」
「別に珍しくないですからねその組み合わせ。それでどうしたんです?」
「あ、いらっしゃいませソリッド様。騎士さんも! お茶をもってきますー」

 サリアがもう一度家に戻るのを尻目に俺達はテーブルに座り向かい合う。
 すると、ソリッド様がどこかの指令ポーズになり俺に目を向けると早速本題に入ってくれた。

「……依頼を受けてくれないか?」
「え? まだ各町に通達はいってないから無理では?」

 というか昨日の今日なので絶対に不可能だ。しかし、当然というかそれでいいのかということを口にする。

「私も一緒なら問題ない。それに、テストケースとして訪問するのも悪くないだろう」
「本音は?」
「魚が食べたい」
「なるほど」

 欲と興味が原動力だった。ま、そこは別にいいんだけどな、暇をしているし。
 それに国王陛下自ら町へ行くとなればトラックに対する信頼度も厚くなるかもしれない。
 
「城を空けていいんですか?」
「息子と娘が居るから心配はいらない。さ、善は急げだ、お茶をいただいたら行こうでは無いか!」
「お待たせしました」
「これは良いお茶ですね」

 相変わらずどこからともなく現れる毒見役がお茶の半分ほどを飲み干している。俺がそれを尻目にしている中、予定を決めるソリッド様。言われてみれば子供がいてもおかしくない年齢のはずだ。子供も成人は越えてそうだから少しくらいならいいのかも。
 
「とりあえず俺達は問題ないですよ。リーザ様はどうしますか? 息子さん達は知っているんでしょうね? ……露骨に目を逸らさないでください」
「言ってないんですか?」

 サリアも着席して尋ねると、リーザ様には黙って出て来たらしい。
 ちなみにダンボールからの登場でまったく驚かなかったのでガッカリしてここへ来たというわけだ。

「後でなに言われても知りませんからね……? それじゃ戸締りをして出発するか」
 
 するとそこで、

「ああ、見つけましたわ」
「おうリーザ!? なぜここに!?」
 
 俺達がお茶を飲み干して席を立つと、ちょうどリーザ様がお供の騎士を連れて馬車でやってきた。そして彼女は少しむくれてから口を開く。

「騎士に聞いたら教えてくれましたわよ? 行くなら一言ほしかったです」
「うむ……」

 美人な奥さんには頭が上がらないようで口を尖らせてから一言、うめくように呟いた。今回はしょうもない理由でハブろうとしたのでソリッド様が悪い。

「ふう、できればここへはご一緒したいんですから今度からはちゃんと声をかけてくださいね。というわけでヒサトラさん、あのダイエットのやつを使いたいのだけど、いいかしら?」
「あー、今からお出かけするんですよ。ソリッド様が魚を食べたいらしくて」
「まあ、それはいいですわね! もちろんわたくしも行きますわ」
「そうだな。一緒に美味い魚を食べようかリーザ」
「あなた……」

 二人の空間を作り始めたので俺が咳ばらいをすると、二人はサッと離れて顔を赤くしていた。
 とりあえず準備のためコンテナの片方を開けてから騎士達が乗れるようにソファを固定。さらに落ちないよう鉄柵を立てて設置。
 向こうの世界なら一発免停間違いなしのデコトラが完成すると、いつの間にか並んでいた騎士達が乗り込んできた。

「景色がいいんだよな」
「俺、初めてだから前にしてくれよ」
「鉄柵を掴むなよ、落ちるからな」

「仲いいなこいつら……」
「ヒサトラさん、仲間同士の絆が大切ってギルドで言ってたじゃないですか」
「ま、確かに。それじゃ、ちょっと暇つぶしに行きましょうかね!」
 
 助手席にソリッド様とリーザ様を乗せ、サリアを寝台といういつものポジションに収まると、トラックを回して出発する。魚か……刺身かフライが食いてえな
 氷の魔道具があるから凍らせて持って帰るのもアリだな……
「おおー、やはり速いな」
「風が気持ちいいですわね」

 急ぎ旅ってわけでもないのでゆっくりトラックを走らせて港町へと向かう。
 俺達の居るビルシュ国の王都から北へ数十キロで海辺に到着する。馬車なら泊りの距離なんだが、トラックなら日帰りは余裕だ。

「そういやこの世界にフライってあるのか?」
「ふらい?」
「ああ、食材に小麦粉卵にパン粉をまぶして油で揚げるやつだが……ないのか?」
「私は聞いたことが無いですね」

 サリアがあっさりそう言ったのでどうやら無いらしい。
 横目で見ると、国王様夫妻も首をひねっているので、間違いないようだ。
 
「揚げ物って簡単そうだからありそうだと思ったんだけどなあ」
「揚げ物はありますよ?」
「む、そうなのか……?」

 俺が訝しんでいると、肉や魚、または野菜を『素揚げ』することはあるらしいが、小麦粉とかそういう『料理』として揚げ物は無いらしい。

「フライ……異世界の料理か、見てみたいものだな」
「飛びそうですね」

 確かに。って、類義英語は通じるのか……?
 そういや言語問題って解決しているけど、どうなってんだろうな。まあルアンのせいで全て片付いてしまいそうだからあまり考えなくて良いだろう。

 そんな調子で昼ご飯は魚料理一択だなと俺の腹もその心づもりになっていた。
 フライが無くても刺身は……いや、生物は無理か? 食えるようなことを言っていた気もするけど異世界の魚ってまだみたことないし様子見か。
 焼き魚でもいいけど、それなら白い飯が食いたい。こっちにも米はあるが、もちっとしてないのが少し物足りない。

「あんまり揺れないのねえ」
「そういうのも考慮して作られていますからね」

 そして山間に差し掛かり、少し荒れた道を登ってからまた下り始めると海が見えてきた。
 
「おー、キレイだな」
「わたくしは初めて来ましたわ、とらっくとは便利なものですわね」
 
 途中で魔物の姿があったが、トラックなら魔物に襲われる心配が殆んどないのは実証済みなので、こうしてソリッド様も連れてきたという訳である。ちなみに馬車だとほぼ確定で襲われるからよほどのことが無い限り遠距離の移動はできないのだそうだ。
 
「あれかな」
「町の入り口ですね」

 やがて港町へ到着する。町の門の前までゆっくり走らせたところで止められた。

「お、おーい、止まれ!」
「こんちは、町に入りたいんだけどいいかい?」
「おお、人間……か?」
「人間だよ!? これは――」

 と、俺が説明しようとしたところでコンテナから降りて来た騎士が前に出てくれた。

「こちらに乗られているお方はこの国の王であるソリッド様だ。この乗り物も特に問題ないので、安心していい」
「うむ、私がソリッドだ」
「陛下のお顔を拝見したのは初めてですが、確かに騎士殿の鎧にある徽章などもそうですね。一応、町の長を連れて挨拶をお願いしたいのですがお待ちいただけますか?」
「もちろんだ。町長なら知っているだろうしな」

 ソリッド様が寛大な態度で許可をすると、別の門番が慌てて駆け出して行く。まあ、国王様とはいえ怪しい乗り物に乗っているわけだから訝しむのも無理はない。
 
 しばらくアイドリングしていると、白髪交じりで日焼けした筋肉だるまが歩いてくるのが見えた。あー、漁師って感じがする風貌だ。歳のころは四十代後半って感じかな?

「おお、間違いなく陛下だ。誕生パーティに呼ばれておりました、オールシャン町長のチリュウと申します」
「そういえば昨年の誕生パーティの人選に入っていたか」
「はい。それにしても……凄いですね、車輪があるということは移動するものだと思いますが」
「うむ、異世界の乗り物でトラックという。中へ入ってもいいか?」
「おっと、そうですな。ではこちらへ」

 門が完全に開かれてトラックを先導してくれるチリュウさん。
 港町とはいえ家屋の造りはそれほど変わらないけど、窓は少ない気がするな。潮風とか関係あるのかね?

 王都やトライドさんの居た町と違って普通の町なので道は狭い。
 慎重にならなければと黙ってハンドルを操作し、奥まで行くとようやく広い場所に出ることができた。

「ふう……」
「お疲れ様、ヒサトラさん」
「ありがとうサリア。それじゃ、降りますか」
「そうだな。久しぶりに魚料理にありつけるな、楽しみだ」

 心底嬉しそうに笑うソリッド様に苦笑しながら俺も降りると、背伸びをしている騎士、総勢20人と毒見役二人が見えた。

「サリアは魚、好きなのか?」
「川魚なら食べますけど、海の魚は高級ですから食べたことないですね」
「そっか、そういう意味でも来て良かったな」
「ふふ、ありがとうございます」

 どうせ忙しくなるだろうし、今の内に休ませておくのもいいと思う。
 そんな会話をしていると、チリュウさんが近づいてきて話しかけてきた。

「それで、本日はどのようなご用が?」
「なに、新鮮な魚を食べたいと思ってな。トラックならここまですぐ来れると思ったのと、これが国の各町へ運送するという事業も始まるから、そのテストケースでもあるのだ」
「……確かに、荷台が大きいですな。あれなら相当数の荷物が運べるのは明白。移動スピードが速いなら、海魚も遠くへ運べる、ということですかな?」
「うむ。王都からここまで数時間だぞ?」

 その言葉にチリュウさんが目を丸くして立ち尽くすが、すぐに笑みを浮かべ――

「これは商売が捗りますな」
「そうだろう? さて、早速で悪いが美味い魚が食いたい。どこかいい店は無いか?」
「ははは、陛下の頼みとあらば案内しないわけにはいきませんな! では、こちらへ」

 気さくな人だがすぐにトラックの有用性に気づくあたり、筋肉の割に賢いのかもしれない。
 いや、ごめんなさい偏見です……

 そんなことを考えながら俺達はチリュウさんの後をついていくのだった。さて、異世界の魚ってどうだろうね?
 
「さあさ、この店は観光客からも人気の声が高い食堂となっておりますぞ」
「ほう、悪くないな」
「オシャレですわね」

 リーザさんの言う通りオシャレな海辺のレストランって感じで、女性に人気がありそうだなと感じる。横を見ればサリアが目を輝かせていたのでやはり女の子はこういう場所が好きらしい。

「雰囲気がいいですね、海を見ながら食べたいかもです!」
「だな、ソリッド様と席が離れても窓際がいいな。……ん?」

 ソリッド様や騎士達が入っていくのを横目で見ながらサリアとどこがいいか、なんて話をしていると下の方から袖を引っ張られる感覚があった。
 
 視線を下げるとみすぼらしい恰好をした兄妹らしき二人が口をへの字にして見上げていた。

「お、なんだ坊主?」
「どうしたの?」

 俺とサリアが声をかけると、兄貴の方が力強く俺の袖を引っ張って口を開く。

「う、ウチの店に食べに来てくれよ! 魚はウチのが美味いんだ!」
「おねがいまーす!」
「お願いします、かな?」
 
 サリアが屈みこんで五、六歳くらいの妹の頭を撫でながら尋ねると、兄のズボンを掴んでサッと後ろに隠れた。恥ずかしがり屋さんのようだ。
 どうもこの兄妹の家も食堂みたいだがどうしたものか? 少し考えていると、ソリッド様達は中へ入り、レストランの従業員が声をかけてきた。

「どうかされましたか? ……あ、お前達! また邪魔してるのか!」
「ち、違う! まだ店に入ってないから声をかけるのはいいだろ……」
「汚い風貌で店の周りに寄られちゃたまらないんだよこっちは。ささ、陛下がお待ちですぞ」
 
 という話を聞いて俺は頬をかきながら従業員と子供たちを見比べる。
 ソリッド様はもう中なので本来ならついていくべきだろう。

「あー、ソリッド様にはあんたから言っておいてくれるか? 俺はこいつらの店に行ってみるよ。ソリッド様と一緒にいるけど庶民だしな。サリアはレストランに行っていいぜ」
「もう、ヒサトラさんが行かないなら私がそうすると思いますか?」
「ええ……? こいつらの店、汚いんだぞ」
「店はそうかもしれないけど、味はいいんだぞ!」
「だぞー!」

 兄妹が激高すると、従業員は肩を竦めて俺に耳打ちしてくる。怒っているって感じじゃなさそうだが?

「まあお客さんが店を選ぶから俺は強く言えねえし、こいつらも必死だから止めないよ。でもウチの方が多分いいと思うから、また寄ってくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ。とりあえずソリッド様にはよろしく言っておいてくれると」

 従業員は片手を上げながら店に入っていき、それを確認してから俺は坊主の頭に手を乗せて歯を出して笑いながら答えてやる。

「よし、お前の店に案内してくれ! 美味く無かったら承知しねえぞ?」
「……! おう! 絶対うめえんだからな!」
「なー!」

 手を繋いでいない方の拳を振り回す妹が微笑ましいなと思いながらサリアと一緒についていく。
 すぐ傍には浜辺があり、だんだんと石垣へ変化しているのが海だなと感じさせてくれる。テトラポットみたいなものは無いので、津波が来たら大変そうだ。

「釣りかあ、俺はやらないけど動画とか見ていると楽しそうなんだよな」
「どうが、ですか?」
「ああ、まあ向こうの世界の娯楽だな。あればっかり見ているのもどうかと思うし、釣りみたいなアウトドアな趣味もいいと思うぜ」
「釣ったお魚はそのままご飯になりますしね」

 サリアとそんな話をしながら歩く中、俺は子供たちに話しかける。折角なので名前くらいは聞いておこう。

「俺はヒサトラってんだ。お前達の名前は?」
「ハアタだ! よろしくなあんちゃん!」
「ミアだよ!」
「私はサリアです」

 握手をしながらミアを抱え上げて肩車してやると、きゃっきゃっしながら俺の頭をガシっとつかんで大喜び。
 兄妹揃って元気は元気なんだな。

「きゃー♪」
「あ、ミアいいなあ。でも、人見知りするこいつがこんなに喜ぶのは珍しいな」
「そうなんだ?」
「うん。まあ、あんちゃん達いい人そうだもんな。まさか本当に来てくれるとは思わなかった」
 まあ、あっちは気を使いそうだからな。で、店はまだか?」
「えっと、あそこ!」

 ……へえ。

 そう思わずつぶやきそうになるくらい、確かにぼろかった。雨風はしのげそうだが、見た目は完全にダンボールハウスレベルと言っていいかもしれない……。

 しかしこういう場所の方が飯は美味い、というのがお約束なので期待したい。
 大丈夫だよな……?

 少しドキドキしながら近づいていく……サリアに変なものを食べさせるわけにはいかないので毒見役を俺が務めるつもりだ。 
 しかしあいつら、クソみたいなテンションだったけどこんな気持ちでやってたと思うと尊敬に値するのかもしれない。

「ただいまー! 父ちゃんお客さんを連れて来たよ!」
「かあちゃんただいまー!」
「お、どこ行ってたんだハアタ!! おお、町の人間以外の客、か?」
「なんか無理いったんじゃないだろうね?」
「だ、大丈夫だよ……。ほら、ミアも懐いているだろ?」

 チリュウさんと同じくらいのマッチョな男性が俺を見て目を細め、ミアに目を向けると笑顔で俺の肩を叩きながら言う。

「おお! すげえなアンタ。ミアが俺達以外に肩車なんてさせるの初めて見たぜ!」
「そうだねえ。こっちの女の子もキレイだし、どこのいいところから来たんだかね。悪いね、ウチの子が無理言ったんだろ? こんなボロ店で食わなくてもいいだろうし、遠慮してくれていいんだよ」

 おかみさんって感じの人が自虐ネタみたいにして笑うが、この一家は仲がいいんだろうなって思う。
 きっと料理も美味い……ような気がする。

「いや、ここでいただくよ。二人、おススメを頼む」
「オッケー、おもしれえ兄ちゃんだ! 腕によりをかけてやるぜ!」 
 
「おまちどう! サバの塩焼きにサザエのつぼ焼き、ヒラメの刺身と漁師汁だ!」
「お!!」
「これが海のお魚なんですね」

 炭火で焼いたサバには脂が程よくのっていて厚みもある。サザエも向こうじゃあまり見ないくらいの大きさで、まさかヒラメの刺身があるとは思わなかった。

「サバは塩焼きだけど、サザエと刺身はなにで食べるんだ?」
「塩だ!」
「ああ、そうか醤油はないのか……」
「しょうゆー?」

 ミアがテーブルの横にくっついて俺を見上げながら首を傾げて俺に言う。可愛い。こういう子供が欲しいなと思うくらい純真な目をしている。

「俺の世界の調味料なんだ、刺身には山葵と醤油がいいんだけどこの世界には無いのかな?」
「聞いたことがねえなあ。お前、知ってるか?」
「いや、町長とかなら知っているかもしれないけど……」

 ふむ、積み荷の中に調味料があったような気もするがどうだったかな?
 ほら、お中元とかのサラダ油セットみたいな貰っても持て余してしまうような詰め合わせあるだろ? ああいうので調味料セットがあったと思うんだ。
 とりあえず今日のところは郷に入っては郷に従え、こっちの世界流の食べ方でいただくとしよう。

「どれ……」
「もぐもぐ……」
「む……!」

 サバの塩焼きは予想通りいい脂がのっていて、塩加減も間違いない。一口でご飯何杯いけるだろう。
 日本人には米、焼き魚が似合うというのが良く分かる。漁師汁は魚の出汁のみで味噌はないのが残念だ。しかし出汁がよく出ているので、美味い。

「こうやって食べるんだよ、ねえちゃん!」
「面白いですねえ。はふはふ……」
「サザエも美味いな」
「へへ、いいだろ」

 コリコリとした触感で居酒屋で食べるものと同じだな、と思う。日本酒が欲しくなるとような味だと思いつつヒラメの刺身も塩でさっと食べてみる。

「やはり酒が欲しくなる逸品だな」

 と、これも間違いない代物だった。

「美味いな、親父さん。これは間違いねえよ」
「嬉しいねえ、こんなボロ屋で申し訳ないけど味は良かったろ?」
「ああ。サリアはどうだ?」
「お刺身はちょっと苦手かもしれませんけど、焼き魚はとても美味しかったです!」

 きちんと苦手なものは苦手というのはサリアのいいところだと思う。苦手な食べ物があるのは仕方ない、俺もこんにゃくは苦手だしな。
 そんな話をしながら食し、満腹になった俺達は椅子にもたれかかって一息つく。

「ふう……美味かった。にしてもお客さんが少ないな」
「まあウチは昼よりも夜だからな。……あんまり儲かってねえのも事実だがな! はははは!」
「だからボロいのか? いや、逆にここは建て直した方が客が増えるんじゃねえかな」
「ありがたいことを言ってくれるけど、そこまで金が無いんだよ。残念だけどね」

 悲観はしていないけど、勿体ない気もするなあ。
 しかし他人の家の経営に口を出すのははばかられるし、これ以上は追及しないでおこう。

「いくらだい?」
「二人で銀貨20枚だ」
「オッケー」

 財布から二人分の銀貨を出して支払う。日本円にして二千円なら、まあまあってところか。
 原価がいくらか分からないけど、ご飯と汁物に三品あったからまあ安いかな?

「気が向いたら酒を飲みに来るよ」
「お、そうかい? そりゃありがたいね!」
「で、ちと聞きたいんだが魚を売っている市場はどこにある?」
「ん? 魚が欲しいのか、ならこの店を出て右に真っすぐ歩きな、そしたら市場が広がってるぜ。まあ昼を過ぎているからもうロクな魚は残っていないだろうけどな」
「確かに。ま、散歩がてら行ってみるよ。ハアタ、ミアありがとうな。おかげで美味いもんが食えたぜ」
「おう! サンキューな、あんちゃん!」
「さんきゅー!!」

 俺達は店を後にすると、言われた通り市場に向かって歩き出す。少し歩いたところでサリアがボロい店を振り返ってから俺の袖を掴んでいた。

「ちょっと勿体ないですね。もっと店構えが良かったら人が入りそうなのに、地元民しか使って無さそうな感じがします」
「ま、確かにそうだな。だけど、あれで楽しそうだったしいいんじゃねえか? 一家で頑張ってるって感じがするよ」
「そうですねえ。ちょっとああいうのには憧れるかも」
「はは、俺も年を食ったらトラックに乗れるかわからねえし、料理屋もいいかもしれねえな」

 一人暮らしはしたことがないが母ちゃんは仕事で忙しかったから料理は俺もやっていた。だからフライや天ぷら、ハンバーグなんかも作ることできる。

 ……それくらいでしか返せなかったしな俺は。

 それはともかく、散歩がてらに言われた方に歩いて行く。
 すると程なくして市場らしきところが見えてきた。そこは運動会なんかで使いそうなテントがずらりと並ぶ壮観な場所だった。
 少しのぞいてみたところ、きちんと生け簀があり、直接海水を引く水道を作っているようだ。獲った魚を新鮮なまま置けるという工夫がされていて、お向かいさんのテントにもきちんと引いている。

 水を入れる場所と排水が別の場所にあるようで、衛生面も考えられている。
 肝心の魚はというと……

「全然いねえな」
「やっぱり朝なんですかね、冒険者の依頼みたいで」
「仕入れが向こうの世界と同じならそうだろうな。まあ、でかい魚じゃなければあるみたいだし適当に買っていくかな」

 さっきのサバもそうだがアジやキスといった向こうと同じ名前と形をしているのでだいたい分かるのが嬉しい。
 刺身で食えるのも分かったし、とりあえずコンテナに入れておくとするか。