門を出た俺達は周辺を見ながらボルボに追いつく。
 確かにナビで見た記憶がある通りの形をしており、アレがこの世界の地図を取り込んでいる……らしい。
 ルアンに尋ねることが増えたなと口をへの字にしているとボルボが口を開く。

「ヒサトラのあんちゃんは異世界人だからあんなの持ってんだ? それに鉄の塊は馬が引けなくね?」
「ああ、あれは魔力で動く乗り物でな。俺の魔力で動くんだ。他の人で動かせるのかは試してないから分からん」
「おお……異世界の技術かワクワクするじゃねえか!」

 ボルボは拳を合わせて笑いながら道案内を続けてくれた。しばらくすると目的のパン屋が見えてきて、ナビは正確だということが分かったので俺は彼に礼を言う。

「サンキュー、助かったよ」
「おう、いいってことよ! ここのクルミパンは美味めえんだぜ」
「あら、ボルボの坊ちゃん、また冒険者ごっこしてふらついてるのかい」
「う、うるせえな! 俺は冒険者になって一旗揚げるんだ。あと坊ちゃんっていうな!」
「まだ15歳で成人もしていないんだからあたしから見たら坊ちゃんだよ。で、買っていくのかい?」

 どうやら放蕩息子と言われていた領主の次男みたいだなボルボ。まあ確かに俺の中学・高校時代もこんな感じだったっけなあ……髪の毛は金髪だったけど。

 とりあえず助け船を出しとくかと俺がクルミパンを人数分買うとおばさんに告げて金を払う。

「銅貨30枚だよ!」
「えっと……これでいいか?」
「ですね! ヒサトラさん、初めてのおつかい……」
「なんか悲しくなるから止めろ……って美味ぇ!?」
「だろ!」

 パンの柔らかさにクルミの歯ごたえがいい食感で、牛乳を練りこんでいるのかほんのりミルクの香りがしてかなり美味しい。
 ボルボが得意げに鼻の下をこするのも分かる。

「ちょっと散歩に出るつもりだったけど、いいものを食わせてもらったなあ。あ、おばちゃんなんか飲み物ある?」
「ミルクでいいかい? 銅貨3枚だ」
「三人分頼むよ」

 俺達は無言で木のコップに入ったミルクを飲み干すとボルボが笑顔で口を開いた。

「次はどこ行く? 冒険者ギルドとかどうだ!」
「あー、ちょっと興味があるけど、一応トラックで待機しとかないとだからとりあえず戻るぜ。このパン屋に来たのはちょっと確認したいことがあったからだしな」
「えー、そうなのかよ。今、兄貴の婚約者が来てるんだろ? オレが戻ってもなあ」
「なんだ、帰ってたんじゃなかったのかよ」

 さっき屋敷に帰っていたのはなんだったのかと問うと、ボルボは道すがらトラックのことを聞きつけ、それが屋敷に入っていったから追いかけたということらしい。
 とりあえず屋敷に帰ることを渋るボルボに聞いてみる。

「家に帰りたくないのか?」
「あー、親父は兄貴に期待しているから出来の悪いオレには興味がねえんだよ。後を継ぐのも兄貴だから冒険者になって家を出ようかってな」
「マジか、いい親父さんっぽかったけどな」

 とはいえ、パイプをふかして握手したくらいだから実際にどうなのかは分からない。ただ、俺みたいにすれ違っているだけなら勿体ないと思うんだよな。

「なあ、親に不満があるなら一度きちんと話した方がいいと思うぞ。俺もお前くらいの時に荒れてて、母ちゃんを困らせたことがあったんだ。それを今でも後悔している。親はいつ居なくなるかわかんねえ、事故や病気で急にいっちまうこともあるし、俺みたいに異世界に飛ばされて会えなくなるかもしれないんだ。思っていることをぶつけるのもアリじゃねえかな」
「親父もおふくろもオレにゃ興味ねえよ……」

 ふむ、まあそこまで言うならこれ以上はもういいだろう。こういうのはしつこく言うと逆効果になるのは俺という実体験をした人間がいるのでそっとしておく。
 いつか分かってくれる時がくればいいなと思っていると――

「お、ボルボじゃねえか」
「あ、ホントだ。イキリのボルボく~ん、今日も冒険者ごっこかい?」

 ――革鎧を着て剣を持った奴らが絡んで来た。

「ご、ごっこじゃねえ! オレは冒険者になるんだ!」
「くっそ弱いくせになに言ってんだ? 折角、領主の息子なのに出来の悪い奴で親も可哀想だよな」
「うるせえ! 親のことは関係ねえだろ!」

 普通に仲が悪いなという感じのやり取りを俺は黙って見る。下手に口出しをしない方がいいだろう、余計な火種になるからだ。そう思っているとサリアがポツリと呟く。

「年下相手にイキっているのは情けなくないんですかねえ? 冒険者志望というのを知っているなら指導してあげればいいと思うんですけど」
「ああ? 見たことない顔だが、事情を知らんなら口を挟むのは止めてくれ」
「そうだぜ姉ちゃん。こいつは口ばっかりで、一度誰かのクエストについていったんだが……びびって逃げたんだよ。仲間を置いて逃げる奴に冒険者は務まらねえ」
「しかし――」
「よせサリア。こいつらの言ってることが本当なら言われても仕方ねえ。喧嘩で仲間を置いて逃げるヤツは男じゃねえんだ」

 俺がサリアの肩に手を置いてそう諭すと彼女は納得したのか黙って頷いた。
 サリアの言いたいことも分かるが、逃げたことが真実であればボルボは汚名返上をするための行動を起こさなければならない。それがケジメってやつだ。

「くっ……」
「ケッ、領主様もこんなヤツ、さっさと捨てればいいのによ」
「!」

 その瞬間、ボルボの身体が震えだす。怒りか泣いているのか後ろからでは分からないが、拳をぎゅっと握りこんでいた。

「お、やるか? そっちから手を出して来たら領主様でも庇いきれねえから俺は歓迎するぜえ!」
「こいつ……! ぐあ……」
「どうした、その程度か坊ちゃん! そりゃびびって逃げちまうぜ」
「ぐ……お、オレは逃げた……そりゃ認める、だけど親父達は関係ねえだろ、オレが勝手にやっていることだからな! 弱くってもいつかは……」

 ボルボは弱い。
 俺の目から見ても喧嘩慣れしてねえのは明らかだし、腰も引けている。
 びびって逃げたと言われたらあるかもしれん。

 だが――

「兄貴が優秀で良かったな、冒険者になってすぐ死んでも領主様は悲しまね――」
「そ、れは……」
「へへ、ショックを受けてやん――」
「え? ……って、ヒサトラのあんちゃん?」

 余計な火種が生まれるのは困る。異世界人の俺が問題を起こしたらお尋ね者になるかもしれねえ……口は出さねえつもりだったがいい加減キレちまった……。

「おい、てめぇらさっきから聞いりゃ領主様領主様って逃げ道作りやがってよ……? 喧嘩すんのに親は関係ねえだろうが親はぁぁ!!」
「ふべ!? て、てめぇ……やりやがったな!!」

 俺の拳が男の顔面に突き刺さった音が戦闘開始のゴングとなった。