母親がお手洗いに行きたいと言いだしたのでトラックを止めてからどうするか話し合う。
「隠れるところが無いな……」
「貴族が外でおしっこというのもどうかと思いますわ」
アグリアスがもっともなことを言っていた。その間に俺は心当たりがあるとトラックの荷台でとあるものを探していた。
「お、あった。エレノーラさん、こいつを使ってください」
「これは?」
「簡易トイレです、このタンクに汚物が溜まるようになっているから荷台でどうぞ。これで外でしなくても大丈夫ですよ」
キャンピングカーとかで使うポータブルトイレってやつだ。
基本的に高速ならサービスエリア、公道なら頼んでコンビニのトイレを使えばいいんだが、どうしようもない山ン中を走行中に腹が痛くなったりした時に使うため置いている。
ちなみにコンビニのトイレはきちんと承諾を貰わないと犯罪になることを覚えておいて欲しい。
「あら、これはいいわねぇ♪」
「そんじゃ外に居るんで、終わったら声をかけてください。アグリアスかサリアがついててやってくれよ。灯りはつけておくから」
「ではわたくしめが」
サリアが申し出てくれ、コンテナ内部の電気をつけてから俺やトライドさんと下で待つことにした。中で『昼間より明るくなった!』という声が聞こえてきたがとりあえず危険な話ではないのでスルーした。
「便利なものがあるのだな、異世界というのは」
「まあ、ざっと見た感じ技術レベルが全然違いますからね。ただ、こんなに自然はありませんけど」
俺は見渡す限りの草原を指してトライドさんへ返す。するとアグリアスがやってきて首を傾げた。
「ふうん、ヒサトラさんの世界の話、もっと聞きたいですわね」
「機会があったらって感じかな」
「知識というのは生きていくうえでとても有利になるものだ。ふむ、これはますます興味深い!」
トライドさんはずっと興奮し続けているので大丈夫かなと心配になるな。主に血圧とか。
「良かったぁ、間に合ったわー」
「お母様、どうでしたおトイレは?」
「……むしろ家よりも快適かもしれないわ」
「ほう……」
「あのタンクに溜まった美人妻の水はマニアに売れそ――」
「止めんか!? い、いいからもう行くぞ!」
そんな性癖を持つ奴は……稀にいるか……怖いな人間って。
サリアの頭を引っぱたいてから俺達は再びトラックに乗り込むと出発。今度はアグリアスが後部へ移動し、エレノーラさんが前へ。
「はやーい!」
「そうだろうそうだろう! これを体験させたくて寝ているお前を乗せたんだよ」
「あなた、大好き!」
仲いいなあ。
なんだろう、新婚旅行のタクシードライバーってこんな感じなのかねえ?
ちなみに現在は時速70kmで走行中。
トラックの座席は高いので、結構遠くまで見渡すことができる。その光景が珍しいようだ。
「お、あれが魔物か?」
右前方に赤い目をしたビーグルみたいな姿をしたでかい犬が群れていたので、何気なしに聞いてみるとサリアが答えてくれた。
「そうですね、スケープドッグという魔物で群れて狩りをするタイプです」
「へえ……」
名前がギリギリだなと思いつつ生返事をする。
魔物と言っても動物型は人間を襲うことは滅多にないらしい。例えばトディベアという熊の魔物はハチミツと魚が餌なので近づかなければ問題ないのだとか。つか名前。
とりあえず高速で走る未知の物体に近づかないくらいの知能はあるようでこちらとは助かるな。
そうこうしていると陽が落ちてくる。
「そういえばそろそろ例の森か」
「そうですわね。まさかここでゴブリンに出くわすとは思いませんでしたわ」
「このあたりか、ゴブリンがいるとは聞いたことがないんだが」
「あいつら移動しますからね、もしかしたら縄張り争いに負けた個体かもしれません」
サリアが解説してくれ、そういうのを『はぐれ』というそうだ。
なりふり構わず襲ってくるとかで、いつもは頼りになる冒険者も不意を突かれたのだろうとトライドさんが分析していた。
「討伐隊の手配はしてあるから、今日のところはとりあえず抜けよう」
「でも、灯りがないと危ないわよぉ? 松明か魔法石がないと」
エレノーラさんが首を傾げて口を開くが、アグリアスがにゅっと顔を出してドヤ顔で言う。そっくりだなこの親子……。
「大丈夫ですわ! ヒサトラさん、ライトアップ!」
「へいへい」
アグリアスの言葉に俺はヘッドライトを点灯させる。
森に入ると薄暗くなってきたが、LEDにしているトラックのヘッドライトはとても明るく、前方をきれいに照らしていた。
「おおおおおお……! すごい……!」
「これは凄いわねぇ。燃えたりしないのぉ?」
「少し熱は出ますけど、燃えるほどじゃないんでご安心を。ところで、昼飯はどうします? ここから町までどれくらいかかるか分かりませんけど……」
「「あ」」
なんだ、今のアグリアスとトライドさんの『あ』、は? 俺が訝しんでいると、トライドさんが頭を掻きながら口を開く。
「いや、はっはっは! 土産とこれに乗ることばかり気にしていて食料のことは気にしていなかったよ!」
「だから、なにもありませんわ……」
「マジか。いや、俺は慣れているからいいけど、四人はお腹が空くんじゃ……」
「まあ、明日には町に到着するからそこで食べればいい」
「私は大丈夫よぅ」
一家は結構ハングリーだった。
俺はなんとなくいつもある場所に手を伸ばして蓋を開けてのどを潤す。
「む、ヒサトラ君、それは?」
「あ、すんません俺ばっかり。これ、中身は水ですね、水筒みたいなもんだと思ってくれれば」
「水筒……にしては透明でキレイだぞこれは」
「ああ、確かに。まあ保温とかないから大したものじゃないですって」
「あ、あ、ちょ、ちょっと見せてくれないかねえええ!」
「俺が口をつけて汚いですから!?」
これ以上興奮させるのはヤバイ。
迂闊だったなとペットボトルの水をドリンクホルダーに戻す。
この旅で親父さんが死んだりしないだろうか心配になるな。
ちなみにゴブリン達は登場せず、しばらく森を進むことになった。
町まで距離があり、馬車だと二日かかる可能性もあるそうだ。そんな調子だがトラックのスピードは馬車とは段違いなのでそれよりは全然早く到着しそうだ。
目的の町とは別に、森を抜けた先に中継ポイントの町があるらしい。そこまでは走ろうか。
そして時間は二十一時。出発したのが昼前だったけど、森が結構広かったな。
「そろそろお休みの時間ですわね」
「ああ。ヒサトラ君、我々はだいたいこの時間に寝るのだがいいかね?」
「もちろん構いませんよ。俺はまだ元気なので行けるところまで行きますよ。っと、森を抜けたか?」
「そうですね……ふあ」
みんなが寝入りそうになったころ、ちょうど森を抜けることができた。月明かりがキレイである。
「ふわあ……。わたしは上を使うわね~」
「あ、お母様ずるい!」
やはりというかエレノーラさんが最初にあくびをし、サンルーフの寝台をとても喜んでいたことを付け加えておく。
町についたら仮眠させてもらうかとあまり揺れないようアクセルを少し緩める。
「っと、そういやガソリンは……あれ?」
メーターを見ると、全然減っていなかった。
魔力を使うって言ってたよな……? なんだ、壊れているのか?
ふむ、その内ルアンに聞いてみるか。
「ヒサトラさん。灯りが」
「お、町か」
そうこうしている内に中継地点の町へと到着。
深夜帯の時間とは言えないがそこそこ夜は更けている。こんなでかいのを入れてくれるだろうか……?