異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

 というわけで朝食を終えた俺はトラックへと戻っていた。
 明るい内に積み荷のチェックと車の状態を確認しておきたいからだ。

 しかし――

「……なぜついてきたんだ?」
「嫌ですよヒサトラさん。私達は運命共同体じゃないですか」
「面白そうですもの!」

 ――アグリアスとサリアがにこにこ笑顔で後に続いていた。企業秘密ってわけじゃないがこの二人にも仕事があるだろうに。

「サリアはメイドの仕事をしなくていいのか?」
「はい。本日づけでヒサトラさんのメイドとなりましたので問題ありません」
「ふーん、大変だな……って俺の!? どういうことだよ!?」
「フフフ、これはわたくしからのプレゼントですわ。この世界にきて心細いと思いますし、一人でも付き人が居れば便利ですわよ」
「お給金はアグリアス様から出ているのでご心配なく」
「俺はいいけど、お世話されるほどやることは無いと思うぜ?」

 スカートをつまんでお辞儀をするサリアに肩を竦めながら返すと、トラックの荷台を開く操作をする。
 木にぶつからない位置であることを確認して動き出すウイングに二人が目を輝かせていると――

「ぶるひーん……」
「うお!?」

 寂し気に泣く馬をが顔を覗かせた。そういえば必死に走って来たのを乗せたっけ。色々あって忘れてた。
 
「あら! そういえばシタタカを乗せていましたわね」
「そうだったな……よしよし、降ろしてやるから大人しくしてろよー」
「ひひん!」

 馬は俺達に気づくと嬉しそうにいなないて大人しく待ってくれ、程なくして昇降機で下におろすと自由になった。
 俺の顔に首を擦りつけてきたあと、アグリアスの前に寄り添う。

「後で厩舎へ連れて行くからその辺で休んでいなさいな」
 
 馬はその場に座り込んでうとうとし始めたので、こいつはこれでいいだろうとトラックへ目を向ける。
 
「さて……」

 配達する依頼は結構な件数があったから積み荷は相当ある。
 冷蔵・冷凍機能が無いけど、まだ一日しか経っていないし、特に腐りやすいものは無かったはずだ。
 食い物はあったとしてもお菓子とか乾物系だろう。

「この箱、紙ですか? 凄く上等な紙を使っていますわね」
「ダンボールはこの世界に無いのか。俺の世界じゃそれほどでもねえけど……あ、いや、ダンボールで家を作るようなやつもいるし上等といえばそうなのか?」

 とりあえず近くにあったダンボールをカッターで開けようとポケットから取り出したら今度はサリアが軽く拍手をしてきた。

「なるほど、やはり戦士ですね。小さいながらも武器を隠し持っているとは」
「いや、さすがにこれはで戦うのは無理だからな? っと、中はなんだ?」

 カッターで事件を起こすやつもいるが、ダンボール程しっくりはこない。
 さて、そんなことより出てきたものはというと――

「ほう、コーヒーセットか、それに高級なやつだぞこれ」
「高いやつ……!!」
「目の色を変えるな! おう、力強っ!?」

 あんまり詳しくはないがNANAMEIというコーヒーメーカーで、そこそこお高いというくらいは知っている。
 ドリップコーヒーなのでお湯さえあればすぐ飲めるのはありがたい。

「これは後で飲んでみようぜ。コーヒーって知ってる?」
「こーひー? いえ、わたくしは存じ上げませんわ。お父様なら知っているかもしれませんけど」
「朝食は紅茶だったし、知らないかもなあ。まあ男は結構好きだから親父さんにもご馳走するよ」
「いいですわね!」

 他人の荷物なので気は引けるが、どうせ置いていても賞味期限がくるし、無駄にするのも勿体ない。
 そこから二つほど開封し、漫画とフィギュアが出てきた。まあ、よくある積み荷である。

「おーい、ヒサトラ君ー!」
「あ、親父さん……じゃなかったトライドさん。どうしました?」
「はっはっは、親父さんで構わんよ! 君の住む場所を探したから伝えに来たんだ」

 早っ!?
 
 食堂を出てからまだ二時間程度だぞ? そんな驚く俺にトライドさんは笑いながら続ける。

「では案内するので、私もその『とらっく』とやらに乗せてはもらえないだろうか?」
「え? そりゃ構いませんけど貴族の方が乗るにはちょっと……。汚れるかもしれないんだけど……」
「わたくしは乗りましたわよ」
「あれは緊急事態だったからで……あ、サリア、さっさと乗り込むんじゃない。三人乗りだから俺とトライドさんとアグリアスが乗ったらもう無理だ」
 「……寝床があるじゃないですか」
 「違反になるだろ……」

 とは言ったものの、別に元の世界じゃないし大丈夫か?
 
「オッケー。なら、みんな乗り込んでくれ! トラックを動かすぞ!」
「おお、こりゃ凄いな!」
「ゴブリンもこれで体当たりすれば一撃ですわよ、頼もしいことこの上ないですわ!」
「……Zzz」

 大興奮の親子に仕事をする気が無いメイドというメンツに苦笑しながら俺はトラックのアクセルを踏み込む。
 すると俺とトラックが『繋がった』感覚があった。

「これが魔力を使うってことか?」
「魔力を使っているのかね?」
「えっと、この乗り物は俺の魔力で動く、らしいです」
「魔道具の類みたいですわね、こんな大きなものは見たことありませんけど」
「うむ。これは面白いぞ……」

 親父さんが目を輝かせて車内を見まわし『これはなにかね?』と質問攻めに合いながら町中を進む。
 それと住んでいる人に話をしていたのか、トラックが通る道は大通りなのにみんな端に寄ってくれており、スムーズに進む。

 そして到着したのは――

「こ、これは……」
「どうかね? 『とらっく』を置くスペースがあるだろう? それにやはり家はあった方がいい。こちらもプレゼントしよう」
「いいですね、流石は旦那様」
「はっはっは、そうだろうそうだろう!」

 ――庭付き一戸建て、という向こうの世界なら夢のような物件だった。

 ドヤ顔のトライドさんに満足気なアグリアスに褒めちぎるサリアという絵面に呆然としていたが、すぐにハッとなって口を開く俺。

「いやいや、さすがに一軒家はもらえませんよ!?」
「なあに娘を助けてくれたんだ、これくらいは安いよ。中古だし」
「ええー……」
「頂いておきましょう、ヒサトラさん。家があると仕事をするにも便利ですよ?」
「うーん……」

 俺が悩んでいると、トライドさんが『では、仕事の話をしよう』と話題を切り替えてきた。

「仕事、ですか?」
「うむ。君のこのとらっくで娘を本来向かうはずだった隣の領へ送ってくれないだろうか? この家が報酬と言えば納得してくれるかな?」
「なるほど……」

 親父さんはどうしても俺に譲りたいらしい。
 仕事として請け負うならまあ、悪い話じゃないか?
 
「それで詳しい話をしたいのだが」
「はい。俺もそう思ってます。ですが……」

 トライドさんはトラックの座席から俺達を見下ろしながら不敵に笑う。よほど気に入ったらしい。
 
「お父様、そこではお話がしにくいですわ。お家の内覧を含めて中でお話しませんか?」
「む、そ、そうだな……」

 酷く残念そうだ。
 散歩に出るくらいなら乗せてもいいけど、町中は大通り以外トラックが移動できる道はなさそうなんだよな。

 とりあえずトライドさんは不服そうな顔をしながらトラックから降りて家の玄関へ。
 彼が扉を開けた後、その鍵を俺に投げて渡してくれた。

「おっと……!」
「今日から君の家だ。鍵は失くさないでくれよ? さ、入ってくれ」
「お邪魔します……いや、ただいまなのか?」
「ふふ」

 トライドさんとアグリアスが先に入り、いつの間にか背後に立っていたサリアが柔和に笑っていた。彼女が最後に入り扉を閉める。
 靴は脱がないタイプの欧米方式の家屋だった。玄関に足を踏み入れて周囲を見渡すと、すぐにキッチンが目に入り、テーブルがあった。奥に続く通路があるから『なんDK』かわからないけどプライベートは守られそうでなによりである。

 椅子に座るとサリアが横に立ちスン……と澄ましていた。

「座らないのか?」
「私はメイドなので。旦那様、それではお話を」
「うむ」

 そういうものなのか……ま、とりあえず今日のところはお任せといこう。
 
「昨日、娘を送り届けてくれたが本来は隣の領……サーディスの婚約者に会いに行く予定だった。向こうも心配しているだろうから再度向かって欲しい。これが今回の依頼だ」

 テーブルで腕を組み、鋭い視線をしながら殺しの依頼みたいな言い方をする。でも内容としてはそれなりに深刻だなと思うので俺はすぐに頷いた。

「なるほど。それは全然構いませんよ、道さえ判ればお運びしましょう」
「いいかね? いやあ助かるよヒサトラ君! では、昼までに準備して出発と行こうじゃないか」
「わかりました。ここで待っていればいいですかね?」
「そうですわね。ベリアス様にお土産も持って行きましょう、ゴブリンに奪われましたし」

 俺が承諾すると二人は喜び、ハイタッチをする。護衛とか必要だろうか? そんなことを考えているとトライドさんが口を開いた。

「とらっくなら護衛はそれほど必要なさそうだ。ギルドで一人か二人雇うとしよう」
「大丈夫、ですかね?」
「いざとなれば突っ切ってしまえばいいかと。あのスピードについてこれるのはスピンタイガーかアックスウルフくらいなものでしょう。もしくはヒサトラさんが戦えば……」
「いやいや、俺は魔物ってのと戦えるほど強くはねえよ!? バットくらいしかねえし」
「あのお荷物にあった光る剣は?」
「あー……ゴミだぞ」

 荷物の中に戦隊もののおもちゃが入っていてサリアが気に入っていたのを思い出す。もちろんプラスチック製なので役には立たない……。
 俺が戦うのは却下し、護衛はお願いしますと伝えたところでロティリア親子は準備をすると立ち去っていく。

 残された俺とサリアは部屋を物色しとくかとリビングから移動をすることにした。

「そういや母親はいないのか?」
「奥様ですか? いらっしゃいますよ。朝食に顔を出さないのはいつものことです」
「体が弱いとかか?」

 母ちゃんを思い出して嫌な予感が首をもたげるが、

「いえ、ただの寝坊です。いつもは……そうですね、そろそろ目が覚めるくらいじゃないでしょうか」
「なんだよ……!? まあ、両親が揃っているのはいいことだな」
「そうですね」

 ふと寂し気な顔をしたか? と、思ったがすぐに笑顔になり、寝室のベッドにダイブしてニヤリと笑みを浮かべる。

「さあ、わたしの胸のなかへっ!」
「やかましい」
 
 サリアを引っぱたき家を探索すると、見た目より奥行がある物件だった。
 風呂は水を入れて薪で沸かすタイプのものみたいで、木でできたバスタブがちょこんとあった。シャワーなんてあるはずもないので簡単なものだ。

 トイレは汲み取り式……かと思ったが意外なことに水洗だった。
 こっちも木でできていて、椅子に穴が空いたって感じのものだな。流す時は魔法石とかいうものが壁に仕込まれており、それに触れると便器内に繋がっているもう一つの魔法石から水が出て下水へ行くのだそう。

 下水から町はずれの処理場があって、そこでまあ色々してたい肥にしたり魔物除けにしたりと加工されるのだ。汚れ仕事だけあって給料はいいらしい。むう。

 古代ローマやシュメール人が住んでいた遺跡には上下水道が発達していたらしいから魔法が使えるこの世界でちゃんとしたトイレがあってもおかしくないか。ああいう授業は楽しかったのでよく覚えている。

 んで、部屋は二つで2DKってところだ。
 母ちゃんがいつか来ても一つ使ってもらえるな。

「あ、わたしの部屋がありませんね。お母様が来るまで使わせてもらってもいいでしょうか?」
「あれ? 家は?」
「わたしは住み込みで働いていますから、お嬢様と同じお屋敷に部屋があります。だけど、ここまで距離があるのでできればここに住み込みをしてお世話させてもらえればと」
「んー……若い女の子が一緒ってのはなあ」
「旦那様にも相談してみましょう、増築できないか」
 
 あんまり迷惑をかけたくないのでサリアを俺につける話を無しにした方が早いと思うな……

「ヒサトラさーん、行きますわよ!」
「お、もう来たのか」
「はりきってましたからね」

 サリアが笑ながら俺の横に立って歩き出す。
 そして外に出ると――
「えーっと……」
「よーし、早速行こうではないか!!」
「わくわく!」

 外に出てみると親父さんが余所行きの服と荷物を持ち、使用人と思われる人が荷車を引き、挨拶で渡すであろう品物を持ってきていた。

 アグリアスも白いブラウスに青いスカートにつばの広い帽子とアクセサリー数点を身に着け、こちらも着飾っている。彼女は分かるけど……

「あの、トライドさんも行くんですか?」
「ああ! 『とらっく』に乗ってみたいからな。さっき乗ったがもっとスピードが出るんだろう? 馬車よりも速いとアグリアスから聞いた。ぜひ一緒に……!!」
「家は? 奥さん、まだ寝ているんでしょう?」
「問題ない」

 そう言って荷台の布を剥がすと――

「ぐー」

「奥様ー!?」
「なにぃ!?」
 
 珍しくサリアが驚いた声を上げ、俺は荷台の女性と同じくどっちにも驚いた。
 まだ寝ているアグリアスの母親は若く見え、姉と言われても納得するほどの見た目である。

「屋敷に誰も居なくて大丈夫、なんですかね……」
「舞踏会などは一家で出るから心配せずとも問題ないぞ?」

 使用人を残しているし、とのこと。
 魔法で造られた金庫とかもあるので、よほどのことが無い限り金が奪われたりということもないそうだ。

「ま、まあ、そこまで言うなら俺は構いませんよ。えっと、それじゃ荷物は後ろで、奥さんは寝台……はサリアが乗るか? 仕方ない上を使うか」
「上?」

 俺は先に乗り込むと、サンルーフ部分の一部を取り外して覗き込む。
 完全に寝に入ろうと思ったらこの改造したベッドみたいにしている部分で寝るのだが、いつも使っている訳じゃないから汚れてるんだよな……元々、今回のトラックは押し付けられたものなので自分の毛布と枕だけ持ってきていたんだ。

 とはいえ――

「ふうん、扇風機があるな。カークリーナーも置いてったのか? シガーソケットに差して使えるかな」

 臭かったりはしないが前に乗っていたヤツが色々と置いていたらしく、生活感溢れるアイテムが転がっていた。
 カーバッテリーに寝袋、ミニ冷蔵庫なんて置くなよ……と思ったが、冷蔵庫はちょっと嬉しいかもしれない。

「どうです?」
「おう!? 心臓に悪いだろ!? うーん、ここに寝かせようと思ったんだけど持ち上げるのが大変だな……」
「ではここに寝かせましょう。私が一緒にここに座るので」
「スペースは……まあ、あるか……トライドさん、ここに乗せましょう」
「おお!」

 そこからアグリアスと二人で乗せたのだが、この騒ぎでも起きないあたりこの人の寝坊助は相当なもののようだ。
 荷物もコンテナに載せ、全員が乗り込んだところでエンジンをスタートさせる。

「うむ、この音は心をくすぐるな」

 何故かエンジン音にうっとりするトライドさん。
 でもヤンキー時代、バイクの音をカッコいいと思っていた俺はなんとなくわかる。

「よし、それじゃ異世界の初仕事と行きますかね!」
「おー」

 ハンドルを切り、大通りをもう一度ゆっくり進む。
 そうしていると、子供が走りながら手を振っているのが見えた。

「おう、危ないからあんまり近づくなよー」
「うん! かっけえなこれ!! 兄ちゃんのか!」
「そうだぞ」
「俺も乗せてくれよー」
「帰ったら考えてやるよ」

 門に辿り着くまで子供はついてきて目を輝かせていた。
 暇なときにでも乗せてやるかな?

「少し出てくる!」
「ええ!? トライド様!?」

 そら驚くわな……
 それでも出してくれと合図をするトライドさんに苦笑しつつ、俺はアクセルを踏み込み速度を上げていく。

「おお……おおおお!」
「窓、少し開けときますね」
「ま、魔法かねこれは!」
「ヒサトラさんが開けるんですのよ」

 手元のスイッチで窓を開けると感動に震えていた。ここまで喜んでくれると俺も嬉しいので、アクセルをもう少しだけ踏む。
 なんせ周りにはなにもない草原だ、森に入るまではそれでもいいだろう。

「凄いですね、来た時よりも速いんじゃありませんか?」
「ああ、燃料のことが気になっていたからな。だけど俺の魔力とやらで動くようになったらしいし、どれくらいもつのか試したいってのもある」

 燃料メータはフルを指していて、特にエンジンや駆動に問題はない。
 真後ろから覗き込んでくるサリアに答えながら俺はナビを起動させる。電子音と共に後部のカメラが起動し、ついでに時間も表示された。

「これはなんですの?」
「後ろにコンテナがあって見えないだろ? これで後ろが見えるって寸法さ。まあ、ここじゃ他に車が走っていないからあんま意味ないけど」

 時計は必要なんだよな。
 どれくらい走行したら魔力が減るのか、とか調べておいて損はないはずだ。

「ううむ……速い……これは品物を届けるのに最適……いや、兵士とか運べば戦争も実は……是非手元に……しかしアグリアスを嫁にはやれん……」
「トライドさん?」
「ひぅ!? な、なにかね?」
「いや、深刻な顔をしていましたけど、酔いました?」
「酔う? 酒は飲んどらんぞ?」
「あー、そういうのじゃなくてですね――」

 俺が説明をしようとしたところで、背後から声が聞こえてきた。

「あー、良く寝たわぁ。メイ、顔洗うから手伝ってぇ……」
「おはようございます奥様」
「あれぇ? 今日はサリアだっけ……? ふあ、誰でもいいから洗面所に連れて行ってぇ」
「残念ながら、それは叶いません。こちらをどうぞ」
「なにー? えっ!? アグリアス? それにあなたぁ? ……ここは?」

 呑気な声でそういう奥さん。
 旦那と娘に気づいた後、周囲を見渡した後、呟く。

「私、いつの間にお出かけしたのかしらぁ?」
 
 どうやら寝坊助は性格によるものらしいな……にゅっと寝台から顔を出して俺と目が合う。

「あら、どなたぁ?」
「初めまして、俺はヒノ ヒサトラと言います。今は皆さんを隣の領地までお連れしているところですよ」
「ああ、昨日アグリアスちゃんが言っていた助けてくれた人! ありがとうざいました、私はエレノーラですよぅ」
「いえいえ、とりあえずそこで申し訳ないんですが、到着までもう少しお待ちいただければ」
「わかったわぁ。……あ」
「ん?」

 了承してくれたがすぐに奥さんは小さく声を漏らす。

「どうしました?」
「……おトイレに行きたくなっちゃった……」

 声だけじゃなく違うものも漏れそうだと言い出したので、俺はとりあえず一旦トラックを止めることにした――

 母親がお手洗いに行きたいと言いだしたのでトラックを止めてからどうするか話し合う。

「隠れるところが無いな……」
「貴族が外でおしっこというのもどうかと思いますわ」

 アグリアスがもっともなことを言っていた。その間に俺は心当たりがあるとトラックの荷台でとあるものを探していた。

「お、あった。エレノーラさん、こいつを使ってください」
「これは?」
「簡易トイレです、このタンクに汚物が溜まるようになっているから荷台でどうぞ。これで外でしなくても大丈夫ですよ」

 キャンピングカーとかで使うポータブルトイレってやつだ。
 基本的に高速ならサービスエリア、公道なら頼んでコンビニのトイレを使えばいいんだが、どうしようもない山ン中を走行中に腹が痛くなったりした時に使うため置いている。
 ちなみにコンビニのトイレはきちんと承諾を貰わないと犯罪になることを覚えておいて欲しい。

「あら、これはいいわねぇ♪」
「そんじゃ外に居るんで、終わったら声をかけてください。アグリアスかサリアがついててやってくれよ。灯りはつけておくから」
「ではわたくしめが」

 サリアが申し出てくれ、コンテナ内部の電気をつけてから俺やトライドさんと下で待つことにした。中で『昼間より明るくなった!』という声が聞こえてきたがとりあえず危険な話ではないのでスルーした。
 
「便利なものがあるのだな、異世界というのは」
「まあ、ざっと見た感じ技術レベルが全然違いますからね。ただ、こんなに自然はありませんけど」

 俺は見渡す限りの草原を指してトライドさんへ返す。するとアグリアスがやってきて首を傾げた。

「ふうん、ヒサトラさんの世界の話、もっと聞きたいですわね」
「機会があったらって感じかな」
「知識というのは生きていくうえでとても有利になるものだ。ふむ、これはますます興味深い!」

 トライドさんはずっと興奮し続けているので大丈夫かなと心配になるな。主に血圧とか。

「良かったぁ、間に合ったわー」
「お母様、どうでしたおトイレは?」
「……むしろ家よりも快適かもしれないわ」
「ほう……」
「あのタンクに溜まった美人妻の水はマニアに売れそ――」
「止めんか!? い、いいからもう行くぞ!」

 そんな性癖を持つ奴は……稀にいるか……怖いな人間って。

 サリアの頭を引っぱたいてから俺達は再びトラックに乗り込むと出発。今度はアグリアスが後部へ移動し、エレノーラさんが前へ。

「はやーい!」
「そうだろうそうだろう! これを体験させたくて寝ているお前を乗せたんだよ」
「あなた、大好き!」

 仲いいなあ。
 なんだろう、新婚旅行のタクシードライバーってこんな感じなのかねえ?
 
 ちなみに現在は時速70kmで走行中。
 トラックの座席は高いので、結構遠くまで見渡すことができる。その光景が珍しいようだ。
 
 「お、あれが魔物か?」

 右前方に赤い目をしたビーグルみたいな姿をしたでかい犬が群れていたので、何気なしに聞いてみるとサリアが答えてくれた。

「そうですね、スケープドッグという魔物で群れて狩りをするタイプです」
「へえ……」

 名前がギリギリだなと思いつつ生返事をする。
 魔物と言っても動物型は人間を襲うことは滅多にないらしい。例えばトディベアという熊の魔物はハチミツと魚が餌なので近づかなければ問題ないのだとか。つか名前。
 
 とりあえず高速で走る未知の物体に近づかないくらいの知能はあるようでこちらとは助かるな。
 そうこうしていると陽が落ちてくる。

「そういえばそろそろ例の森か」
「そうですわね。まさかここでゴブリンに出くわすとは思いませんでしたわ」
「このあたりか、ゴブリンがいるとは聞いたことがないんだが」
「あいつら移動しますからね、もしかしたら縄張り争いに負けた個体かもしれません」

 サリアが解説してくれ、そういうのを『はぐれ』というそうだ。
 なりふり構わず襲ってくるとかで、いつもは頼りになる冒険者も不意を突かれたのだろうとトライドさんが分析していた。

「討伐隊の手配はしてあるから、今日のところはとりあえず抜けよう」
「でも、灯りがないと危ないわよぉ? 松明か魔法石がないと」

 エレノーラさんが首を傾げて口を開くが、アグリアスがにゅっと顔を出してドヤ顔で言う。そっくりだなこの親子……。

「大丈夫ですわ! ヒサトラさん、ライトアップ!」
「へいへい」

 
 アグリアスの言葉に俺はヘッドライトを点灯させる。
 森に入ると薄暗くなってきたが、LEDにしているトラックのヘッドライトはとても明るく、前方をきれいに照らしていた。

「おおおおおお……! すごい……!」
「これは凄いわねぇ。燃えたりしないのぉ?」
「少し熱は出ますけど、燃えるほどじゃないんでご安心を。ところで、昼飯はどうします? ここから町までどれくらいかかるか分かりませんけど……」
「「あ」」


 なんだ、今のアグリアスとトライドさんの『あ』、は? 俺が訝しんでいると、トライドさんが頭を掻きながら口を開く。

「いや、はっはっは! 土産とこれに乗ることばかり気にしていて食料のことは気にしていなかったよ!」
「だから、なにもありませんわ……」
「マジか。いや、俺は慣れているからいいけど、四人はお腹が空くんじゃ……」
「まあ、明日には町に到着するからそこで食べればいい」
「私は大丈夫よぅ」

 一家は結構ハングリーだった。
 
 俺はなんとなくいつもある場所に手を伸ばして蓋を開けてのどを潤す。

「む、ヒサトラ君、それは?」
「あ、すんません俺ばっかり。これ、中身は水ですね、水筒みたいなもんだと思ってくれれば」
「水筒……にしては透明でキレイだぞこれは」
「ああ、確かに。まあ保温とかないから大したものじゃないですって」
「あ、あ、ちょ、ちょっと見せてくれないかねえええ!」
「俺が口をつけて汚いですから!?」

 これ以上興奮させるのはヤバイ。
 迂闊だったなとペットボトルの水をドリンクホルダーに戻す。
 
 この旅で親父さんが死んだりしないだろうか心配になるな。
 
 ちなみにゴブリン達は登場せず、しばらく森を進むことになった。
 町まで距離があり、馬車だと二日かかる可能性もあるそうだ。そんな調子だがトラックのスピードは馬車とは段違いなのでそれよりは全然早く到着しそうだ。
 目的の町とは別に、森を抜けた先に中継ポイントの町があるらしい。そこまでは走ろうか。

 そして時間は二十一時。出発したのが昼前だったけど、森が結構広かったな。

「そろそろお休みの時間ですわね」
「ああ。ヒサトラ君、我々はだいたいこの時間に寝るのだがいいかね?」
「もちろん構いませんよ。俺はまだ元気なので行けるところまで行きますよ。っと、森を抜けたか?」
「そうですね……ふあ」

 みんなが寝入りそうになったころ、ちょうど森を抜けることができた。月明かりがキレイである。

「ふわあ……。わたしは上を使うわね~」
「あ、お母様ずるい!」

 やはりというかエレノーラさんが最初にあくびをし、サンルーフの寝台をとても喜んでいたことを付け加えておく。

 町についたら仮眠させてもらうかとあまり揺れないようアクセルを少し緩める。

「っと、そういやガソリンは……あれ?」

 メーターを見ると、全然減っていなかった。
 魔力を使うって言ってたよな……? なんだ、壊れているのか?
 ふむ、その内ルアンに聞いてみるか。

「ヒサトラさん。灯りが」
「お、町か」

 そうこうしている内に中継地点の町へと到着。
 深夜帯の時間とは言えないがそこそこ夜は更けている。こんなでかいのを入れてくれるだろうか……?
 深夜に近い時間帯ということで、申し訳ないがトライドさんを起こして町に到着することを伝える。
 すると門番らしき人間がすんなり入れてくれ、宿の近くで止めてからエレノーラさんやアグリアスをサリアと共に部屋へ運び入れた。
 
 そうそうトライドさんが一緒に着いて来て驚いたけど、

「領主様のお知り合いなら、怪しいけど入ってもいいっす」

 などと門番が言っていたので、居なかったらちょっと面倒だったかもしれない。後、怪しいとハッキリ言うあたり好感が持てた。
 まあ、トライドさんが居なかったとしても、アグリアスは必ず居たのでなんとかなったとは思う。けど、今後もトライドさんに頼まれて輸送をするならちょっと考えないといけないかもしれないな。

「ヒサトラ君も部屋を取ってあるぞ」
「え? 俺はここでいいですよ」
「なにを言うか、そんなこと出来るはずもない」
「そうですよ、行きましょう」

 トラックに寝るつもりだったがトライドさんとサリアに促されて宿へ行くことに。
 ルアンに聞きたいことがあったが、急ぎではないしいいか?

 そんなこんなでアグリアスとエレノーラさんはベッドで就寝。
 俺も休んどくかと部屋へ行こうとしたが、途中で目が覚めたトライドさんが部屋に行こうとした俺に声をかけてきた。

「少し付き合ってくれんか?」

 くいっと酒を飲む仕草をするトライドさんに、現状を伝えないといけないなと手で制してから言う。

「車に酒はご法度なんですよ、嬉しいですけど」
「どういう意味だ?」
「ああ、酒を飲んで運転すると事故が起きやすいから駄目なんですよ。酒が抜けるのが八時間くらいなんで、今から飲むと出発が大幅に遅れることになりますよ?」
「なんだ、それくらいなら構わんよ。どうせエレノーラはすぐに起きん」

 まあ今日の状況を考えればそうか……あの人一日の活動時間が絶対少ないと思うんだが。
 アルコールが抜けるのは最低でも六時間以上は欲しいので、出発を遅らせる条件ならと付き合うことにする。

 「サリアは寝ててもいいぞ?」
 「いえ、不覚にもわたしは寝ていましたので元気です。旦那様が良ければ一緒に居させていただけると」

 どうやら町を発見した時は起きていたらしいが、実は目を開けたまま寝ていたらしい。確かに無理はしていなさそうなのでそれ以上俺からは言えないと黙っておいた。するとトライドさんが微笑みながら頷く。

「もちろん構わんぞ。すまない店主、ビアーを二つ、それと果実酒をもらえるか? つまみは適当でいい」
「かしこまりました。まさかトライド様が宿泊なされるとは思いませんでしたよ」

 苦笑しながら恰幅のいい宿のマスターが奥へ引っ込んでいく。深夜帯は奥さんと交代か雇った従業員に任せるのだとか。
 そんな話を横で聞いていると、どうやっているのか分からないがキンキンに冷えたビアー……要するにビールが運ばれてくる。 

「この出会いに……乾杯!」
「乾杯!」
「いただきます」

 サリアは控えめにグラスを上げてから乾杯をしていた。やはりメイドだから遠慮がちなんだろうなと思いながらぐいっとジョッキを傾ける。

 もちろんガラスではなく木でできたものだが、大きさは申し分なく、鉄の鋲で巻かれたジョッキは味わいがある。
 中身のビアーは少しキレのある辛口で、眠気を一瞬覚ましてくれる。
 だが、アルコール度数は高いようですぐに胸が熱くなってきた。

「ふう……久しぶりに飲んだな……」
「顔が赤いですよ、わたしに酔いましたか?」
「お前よくそんなこと言えるな……」

 にっこりと微笑むサリアの顔が可愛く、俺は慌てて顔を逸らす。言動はアレだが容姿はアグリアスにも負けていない。
 すると一杯目を飲み終えたトライドさんがジョッキを置きながら尋ねて来た。

「ぷは! 美味い! というか、久しぶりなのかヒサトラ君?」
「仕事柄あんまり飲むわけにもいかないんですよ。俺の世界じゃ飲酒運転って言って罰則があるし」
「なるほど、馬車なんて冒険者が乗ると酒を飲みながらなんてザラだがなあ、はっはっは! それより君の世界では、あの乗り物はポピュラーなものなのだな」
「ええ。でも大丈夫ですかね、このままアレに乗っていたら目をつけられたりしません?」
「一応、陛下にはお目通りした方がいいとは思っておる。管理はウチの領でってことでなんとか話をするつもりだ。興奮していたが、正直、他の国にこれを取られるのは怖いからな」
「ん? それはどういう?」

 俺が質問すると、二杯目を注文しながら難しい顔で腕を組むと説明を始める。
 
「君の『とらっく』はこの世界には無い。速度、頑丈さ、積載量どれをとっても勝てる乗り物はないんだ。私は……考えたくないが戦争に利用した場合かなり有用だと思っている。四、五十人程度兵士を乗せてもびくともしないだろう? 戦場を往復する、もしくはそのもので突っ込んでいくなどが可能だと考えている」
「あー……」

 その通りだろうなあ。
 しかも同じものを作るなら相当技術レベルを上げないと無理なのでオンリーワンの乗り物だ。
 それを囲いたくなるのは当然で、利用方法も賢い奴なら色々悪だくみをするヤツもいるだろう。

「そうなったら俺は逃げますけどね」
「はは、そうだな。もちろんそうはならんように私が動くつもりだ。少なくとも私の下に居れば手は出しにくいはず。これから行くベリアス殿のところへ行くのもそのあたりの話をしたいからだ」
「あ、そうだったんですね」

 流石にただ乗りたいだけってわけじゃなかったかと苦笑する。
 
「いやあ、でもアレは手放せないな。風をあんなに感じて移動できる乗り物は他にない! ずっとウチの領に置いておくぞ。そうだ、後ろに家紋入れない?」
「いいですね。帰ったら手配しましょう」
「やめろ……!!」

 ……いや、やっぱりただ乗りたいだけだぞこの人。

 そんな感じで少し真面目な話をした夜だった。

 ビアーは俺好みで満足。

 二杯いただき、つまみのモッツァレラチーズみたいなヤギのチーズと乾燥した干し肉、それと油で炒めた野菜はどれも美味かった。

 満足して部屋に戻り、ツナギを脱いでから硬いベッド……ではなくそれなりにふかふかした布団にダイブ。
 
「ふう……とりあえず二日目、か」

 安心して寝られるなと枕に顔を埋めてひとり呟く。
 さっきの話を聞いて、俺が出た国が好戦的なところだったらと思うと今更ながら背筋が冷える。

 楽観して不安に押しつぶされなかったのはサリア達のおかげだよな……

「ふあ……寝るか……」

 明日には到着したいところだ。ああ、ルアンにも話を――

 そう考えたあたりで俺は意識を手放したのだった。
 
「起きてくださいヒサトラさん」
「んあ……誰……あ、サリアか」

 頭を掻きながら起き上がるとサリアがいつもの調子で微笑みながら横に立っていた。
 そうだ、俺は酒を飲んで眠ったんだっけな。
 
「ふあ……いま何時だ?」
「10時を回ったところですね。ヒサトラさんが最後です♪」
「うわお!? 早く起こせよ!」

 とんでもないことを言い出したサリアに慌ててベッドから飛び起き、サリアが畳んでいたらしいツナギを着てジャケットを羽織る。

「……お前、いつから立ってた?」
「一時間くらい前ですね。いいものをお持――」
「やめんか! ほら、洗面台に連れて行ってくれ」
「こっちですよ」

 あいつ、なんのつもりで一時間も……
 まあいいか、とりあえず十時なら八時間は寝ているってことになるし、運転するには問題ない。さらに言えばゆっくり眠れたから物凄く元気である。

 彼女についていき食堂へ向かうとトライドさん達はすでに朝食を終えて紅茶を嗜んでいた。

「すんません、寝すぎました」
「いや、構わないよ。エレノーラも先ほど起きて食事を終えたところさ。君も食べるといい」
 
 トライドさんの合図で宿屋の従業員が頷いて奥へ引っ込んでいった。
 マスターは夜勤交代で奥さんらしき人に変わっていた。深夜勤務がきついのはトラック乗りならだいたい分かるのでお疲れさまと言いたい。
 コンビニもそうだが便利な施設の裏では必ず働いている人が居るのだというのを感謝しないといかんと俺は思っている。
 まあ、もう使うことは無いんだが。

 エレノーラさんは船をこいでいたが、そんな朝の風景を終えて出発するため外に出ると案の定トラックが注目されていた。
 
「ほえー、鉄の塊だなこりゃ」
「輪がついてるな、馬が引くのか?」

「やあやあ諸君、おはよう。すまないが道を開けてくれたまえ」
「あ、領主様。これは領主様の?」
「まあ、私は同行者だがな。さあ、ヒサトラ君『とらっく』の雄姿を皆に!!」

「おお、奥様とお嬢様もいらっしゃるぞ……重要なものなのか……?」

 トライドさんがノリノリで大仰に手を広げて俺を通してくれるが、正直恥ずかしい……。
 まあ、これも一回送り届ければ落ち着くだろう。

 先を急ぐかとエンジンをかけて周りの人間を離すためクラクションを軽く鳴らして散らし、町の門へと向かいそのま道に沿ってアクセルを踏む。

「あとどれくらいで行けそうですか? それと護衛の冒険者って逃げついてたんですかね」
「『とらっく』ならあと半日あれば到着するだろう。しかし森を切り開いてもう一つ町を作ることも考えねばならんな」
 
 トラックだからゴブリンに襲われずに済んだが、森を迂回する道か、防衛性の高い村か町を作ることも検討したいと言っていた。
 領地をこれで回ることが出来れば……などと言っていたのは聞かなかったことにした。
 まあ、自分の目で見るのが一番いいし、馬車だと時間がかかりすぎるからその気持ちは分かる。だけど少し腰を落ち着かせて欲しいんだよな。母ちゃんの件も片付いてないし。

「あ、お母様、ウサギですわ。可愛いですわね」
「あらぁ、本当ねぇ」
「あれはフィーバーラビットと言って、普段は愛らしいですが敵意を持って近づくと大きく裂けた口で噛みついてくる魔物ですね。ご注意くださいませ」
「……」

 街道横の木々と草むらがある場所に、二足歩行で歩く茶色のウサギ型魔物がこちらをじっと見ていて、ひょこひょこと草むらから群れが現れる。
 その中の一匹が威嚇のためか口を大きく開けると、魔物といって差し支えない顔になる。いや、名前。

「怖っ!?」
「は、早くいきましょうヒサトラさん」
「お、おう……」

 そこから特に問題はなく、隣の領、サーディスに入るとアグリアスの婚約者がいるという町へと到着した。
 予定通り夕方か……。しかしこれが馬車だと相当危険な旅になりそうだよなあ。多分まだ半分も進んでいないだろうし。
 サーディス領に入った後、途中スルーした町が二つほどあったが今くらいの時間にそこのどちらかに到着していればいい方だと思う。

 馬は永久機関じゃないから休ませないといけないし。

 さて、ちなみに町の名前はヨルダといって領主の長男がアグリアスの婚約者とのこと。次男も居るが、結婚どころかフラフラと旅に出て家に居つかない道楽者として歯噛みしているらしいや。
 俺もそういう時期があったからなにも言えなかった。

「お前は行かなくて良かったのか?」
「ええ、わたしはヒサトラさんのものですから」
「そういう言い方は止めろ。でも、トライドさんは自領地じゃないときちんとしているな」

 実は現在、トラックは町の外でサリアと二人で待機状態なのだ。
 やはり他領地で勝手はできないため町に入れてよいかの確認を一家で先に尋ねにいったというわけ。

「あー、いつ帰ってくるか分からないしルアンを呼ぶのも難しいな」
「後ろでも漁ります?」
「下手に向こうのアイテムを見られるのも面倒だし、大人しく待つぞ。なんか話でも……ああ、サリアってずっとメイドをやっているのか?」

 暇つぶしがてらにサリアのことを聞いてみることにした。
 他のメイドは登場しないのに、こいつだけがずっとアグリアスについているから長いことやっているのかと思ったのだが――

「私は孤児なんですよ。確か八歳くらいでしたかねえ、とある町で売られそうになったところで警護団が踏み入り助けられました。その依頼人がトライド様でそれから保護された子供の内の一人です。私だけ親が居なかったのでメイドとして拾っていただきました。あ、あれ、どうしたんですかヒサトラさん」

 ……まさかの壮絶人生だった。軽く聞いた俺はちょっと涙ぐみながらサリアの頭に手を乗せて鼻をすする。

 親父は居なかったが母ちゃんがいただけでも十分だったんだなと改めて思う。

「おーい、許可が出たぞ!」
「あ、オッケーみたいですよ。ふふ、優しいですねえヒサトラさんは」
「ふん、目から汗が出ただけだよ! ……そんじゃ町へ入りますかね」

 下で手を振るトライドさんを見ながら、俺はハンドルを握るのだった。
「おーい、こっちだー!」
「わかりましたー」

 トライドさんの先導で町へ入ることができるようなった。
 俺はトラックをゆっくり動かして門を抜けると、トライドさんの横に緑色の髪と鼻髭を生やしたおっさんが……いや、言い方が良くないな、緑色の友人が立っていた。

 ……緑色の総統を思わせるからダメだな。多分ここの領主さんだろうし、お偉いさんだ。
 ま、まあ、トライドさんの友人ということで……。

 楽しそうに話している二人を追って道を進んでいくと、ここでも興味を引かれた人達がなんだなんだと通りにでてくる。

「危ないから道を開けてくださいー」

 窓から注意をしつつしばらく進むとトライドさんと同じくらいの屋敷に到着。
 やはりこの人が今日会う予定の人らしい。

「こっちに停めてくれるかい?」

 トライドさんの友人がいつの間にか手にしたパイプをふかしながら手で案内してくれ、入ってすぐ右の広い場所へ留めることができた。

「さて、それじゃ俺達はここで待機かな?」
「いえ、呼んでるみたいですよ、一旦降ります?」
「おや、なんだろ」

 サリアと共にトラックを降りると、トライドさんの友人が笑顔で握手を求めてきた。

「やあ、初めまして。私はジャン=サーディス、この地の領主でトライドの友人だ」
「日野 玖虎です、初めまして」

 握手をして応じると一服、紫煙をくゆらせてから笑顔で頷くジャンさん。柔和な笑顔が優しそうな印象受けるな。そんな彼が話を続ける。

「ロティリア一家を無事に届けてくれて感謝する。特にアグリアスはウチのベリアスの婚約者。当初の予定日に来なかったので心配したが、良かったよ。おっと、立ち話もなんだし中へ入ろうか」
「そうしよう、皆が待っておるしな」
「あ、俺はここで待ってますから、帰る時になったら声をかけてください」
「なに? いや、君も客人としているが……」

 その気遣いは嬉しいが今回はアグリアスと婚約者の顔合わせに来たと聞いている。だから俺が呼ばれた訳じゃないことをやんわり伝えて納得してもらう。
 お世辞にもキレイとは言えない作業着だし、ゲストの俺が入るのも違うと思ったからだ。

「サリアは行ってもいいんだぞ?」
「いえ、わたしはヒサトラさんのメイドなので大丈夫です」

 なにが大丈夫なのか分からないが残念そうな顔で振り返るジャンさんとトライドさんが屋敷に入るのを見送ってから俺は再び運転席へ。

「どうするんです? 町にお散歩とかどうでしょう。お金もありますし」
「あるけど、その前に確認したいことがあるんだ」
「?」

 不思議そうな顔で首を傾げるサリアは可愛い。それはともかく俺はカーナビのスイッチを入れて声をかける。

「おい、ルアン聞こえるか? ルアン」
「ああ、女神さまとお話をするんですね」
「魔力についてちょっとな。おーい、もしもーし」

 しかし何度か声をかけたり揺すってみるなどしてみたが返事はなく、ナビの画面が表示されたままだった。

「くそ、出ねえ!」
「お腹痛いんですかね」
「その出ねえじゃないからな? まあ急ぎじゃないからいいけど。……というか、このナビいつの間にかこの世界とリンクしてる……?」

 そういえばカーナビを変えたみたいなことを言っていたような気がする。とりあえず応答がないのでカーナビを調べることにしよう。

「地図みたいですけこれが『なび』というやつなんですね」
「だな。ここが屋敷で、敷地がこれ全部だ。屋敷をすぐ出たら店があるな? このアイコンは店だと思うが、パンかな?」
「かもしれませんね。行ってみます?」

 ナビが本当にそうなったか確認をするため一軒だけならという条件で一番近いパン屋らしき場所へ行ってみようということになった。
 どうせトライドさん達はしばらく出てこないだろう。もしかすると一泊すると思うしな。後は町を歩くのも面白そうではある。
 
「っと、こっちの世界のお金を入れて……。サリアが居るならこいつも持っておくか」
「長い……棒?」
「ま、大したもんじゃないけど一応な」

 トラックに鍵をかけてから、さて出発……と思った瞬間、どこからともなく声が聞こえてきた。

「おおお? ウチの敷地になんか変なのがあんぞ……?」
 
 トラックを降りた瞬間、そんな声が聞こえて来た。声のする方へ移動すると緑色の髪をツーブロックにした兄ちゃんが居た。
 頭髪の色からしてジャンさんの息子さんだろうか? 俺達に気が付くと明るい調子で声をかけてくる。

「よお、これアンタのかい? イカすなこの箱! こりゃなんなんだ? 新しい馬車か?」
「初めまして、お邪魔してます」
「おお、堅苦しいのはやめてくれ、オレはそういうの苦手なんだ。ボルボってんだがアンタは?」

 うん、見た目も派手だしヤンキーっぽい喋り方だ。性格は悪く無さそうだが、怒ると手が付けられないとかありそうな感じもする。

「なら砕けた話をさせてもらおうかな。俺は日野 玖虎、ヒサトラって呼んでくれ」
「おう! で、こいつはなんだ?」
「これは『とらっく』と言って異世界の乗り物ですね。わたしの主人、ヒサトラさんだけが操れるアーティファクトです!」
「な、なんだって……!? こんな可愛い姉ちゃんが、この冴えない兄ちゃんのメイド……!?」

 驚くのそっちかよ。
 まあ、サリアは確かに可愛い顔立ちをしている。俺みたいなむさくるしい男のメイドと言われたら貴族の坊ちゃんは驚くか?

「んで、異世界の乗り物ってことはアンタ、異世界人なのか」
「そうなるな。今日はトライドさん一家を送って来たんだが、暇だし町に出ようと思ってんだ」
「へえ、折角だしオレが案内すっぜ! 異世界人とか自慢できそうだし」
「お、なら頼めるか? 近くにパン屋があるはずなんだがわかるか?」
「おお、あるある! 行こうぜ!」

 そう言ってボルボが軽い足取りで門へ歩くのを見て俺達もそれについていく……が、サリアが口を尖らせていることに気づいて声をかけた。

「どうした?」
「なんでもありません! 行きますよ!」
「おっとっと……」

 なんか不機嫌になったサリアが俺の腕を掴んで引っ張って歩き出す。
 なんだろうなと思いつつ、俺はボルボの後を追うことにした。 
 門を出た俺達は周辺を見ながらボルボに追いつく。
 確かにナビで見た記憶がある通りの形をしており、アレがこの世界の地図を取り込んでいる……らしい。
 ルアンに尋ねることが増えたなと口をへの字にしているとボルボが口を開く。

「ヒサトラのあんちゃんは異世界人だからあんなの持ってんだ? それに鉄の塊は馬が引けなくね?」
「ああ、あれは魔力で動く乗り物でな。俺の魔力で動くんだ。他の人で動かせるのかは試してないから分からん」
「おお……異世界の技術かワクワクするじゃねえか!」

 ボルボは拳を合わせて笑いながら道案内を続けてくれた。しばらくすると目的のパン屋が見えてきて、ナビは正確だということが分かったので俺は彼に礼を言う。

「サンキュー、助かったよ」
「おう、いいってことよ! ここのクルミパンは美味めえんだぜ」
「あら、ボルボの坊ちゃん、また冒険者ごっこしてふらついてるのかい」
「う、うるせえな! 俺は冒険者になって一旗揚げるんだ。あと坊ちゃんっていうな!」
「まだ15歳で成人もしていないんだからあたしから見たら坊ちゃんだよ。で、買っていくのかい?」

 どうやら放蕩息子と言われていた領主の次男みたいだなボルボ。まあ確かに俺の中学・高校時代もこんな感じだったっけなあ……髪の毛は金髪だったけど。

 とりあえず助け船を出しとくかと俺がクルミパンを人数分買うとおばさんに告げて金を払う。

「銅貨30枚だよ!」
「えっと……これでいいか?」
「ですね! ヒサトラさん、初めてのおつかい……」
「なんか悲しくなるから止めろ……って美味ぇ!?」
「だろ!」

 パンの柔らかさにクルミの歯ごたえがいい食感で、牛乳を練りこんでいるのかほんのりミルクの香りがしてかなり美味しい。
 ボルボが得意げに鼻の下をこするのも分かる。

「ちょっと散歩に出るつもりだったけど、いいものを食わせてもらったなあ。あ、おばちゃんなんか飲み物ある?」
「ミルクでいいかい? 銅貨3枚だ」
「三人分頼むよ」

 俺達は無言で木のコップに入ったミルクを飲み干すとボルボが笑顔で口を開いた。

「次はどこ行く? 冒険者ギルドとかどうだ!」
「あー、ちょっと興味があるけど、一応トラックで待機しとかないとだからとりあえず戻るぜ。このパン屋に来たのはちょっと確認したいことがあったからだしな」
「えー、そうなのかよ。今、兄貴の婚約者が来てるんだろ? オレが戻ってもなあ」
「なんだ、帰ってたんじゃなかったのかよ」

 さっき屋敷に帰っていたのはなんだったのかと問うと、ボルボは道すがらトラックのことを聞きつけ、それが屋敷に入っていったから追いかけたということらしい。
 とりあえず屋敷に帰ることを渋るボルボに聞いてみる。

「家に帰りたくないのか?」
「あー、親父は兄貴に期待しているから出来の悪いオレには興味がねえんだよ。後を継ぐのも兄貴だから冒険者になって家を出ようかってな」
「マジか、いい親父さんっぽかったけどな」

 とはいえ、パイプをふかして握手したくらいだから実際にどうなのかは分からない。ただ、俺みたいにすれ違っているだけなら勿体ないと思うんだよな。

「なあ、親に不満があるなら一度きちんと話した方がいいと思うぞ。俺もお前くらいの時に荒れてて、母ちゃんを困らせたことがあったんだ。それを今でも後悔している。親はいつ居なくなるかわかんねえ、事故や病気で急にいっちまうこともあるし、俺みたいに異世界に飛ばされて会えなくなるかもしれないんだ。思っていることをぶつけるのもアリじゃねえかな」
「親父もおふくろもオレにゃ興味ねえよ……」

 ふむ、まあそこまで言うならこれ以上はもういいだろう。こういうのはしつこく言うと逆効果になるのは俺という実体験をした人間がいるのでそっとしておく。
 いつか分かってくれる時がくればいいなと思っていると――

「お、ボルボじゃねえか」
「あ、ホントだ。イキリのボルボく~ん、今日も冒険者ごっこかい?」

 ――革鎧を着て剣を持った奴らが絡んで来た。

「ご、ごっこじゃねえ! オレは冒険者になるんだ!」
「くっそ弱いくせになに言ってんだ? 折角、領主の息子なのに出来の悪い奴で親も可哀想だよな」
「うるせえ! 親のことは関係ねえだろ!」

 普通に仲が悪いなという感じのやり取りを俺は黙って見る。下手に口出しをしない方がいいだろう、余計な火種になるからだ。そう思っているとサリアがポツリと呟く。

「年下相手にイキっているのは情けなくないんですかねえ? 冒険者志望というのを知っているなら指導してあげればいいと思うんですけど」
「ああ? 見たことない顔だが、事情を知らんなら口を挟むのは止めてくれ」
「そうだぜ姉ちゃん。こいつは口ばっかりで、一度誰かのクエストについていったんだが……びびって逃げたんだよ。仲間を置いて逃げる奴に冒険者は務まらねえ」
「しかし――」
「よせサリア。こいつらの言ってることが本当なら言われても仕方ねえ。喧嘩で仲間を置いて逃げるヤツは男じゃねえんだ」

 俺がサリアの肩に手を置いてそう諭すと彼女は納得したのか黙って頷いた。
 サリアの言いたいことも分かるが、逃げたことが真実であればボルボは汚名返上をするための行動を起こさなければならない。それがケジメってやつだ。

「くっ……」
「ケッ、領主様もこんなヤツ、さっさと捨てればいいのによ」
「!」

 その瞬間、ボルボの身体が震えだす。怒りか泣いているのか後ろからでは分からないが、拳をぎゅっと握りこんでいた。

「お、やるか? そっちから手を出して来たら領主様でも庇いきれねえから俺は歓迎するぜえ!」
「こいつ……! ぐあ……」
「どうした、その程度か坊ちゃん! そりゃびびって逃げちまうぜ」
「ぐ……お、オレは逃げた……そりゃ認める、だけど親父達は関係ねえだろ、オレが勝手にやっていることだからな! 弱くってもいつかは……」

 ボルボは弱い。
 俺の目から見ても喧嘩慣れしてねえのは明らかだし、腰も引けている。
 びびって逃げたと言われたらあるかもしれん。

 だが――

「兄貴が優秀で良かったな、冒険者になってすぐ死んでも領主様は悲しまね――」
「そ、れは……」
「へへ、ショックを受けてやん――」
「え? ……って、ヒサトラのあんちゃん?」

 余計な火種が生まれるのは困る。異世界人の俺が問題を起こしたらお尋ね者になるかもしれねえ……口は出さねえつもりだったがいい加減キレちまった……。

「おい、てめぇらさっきから聞いりゃ領主様領主様って逃げ道作りやがってよ……? 喧嘩すんのに親は関係ねえだろうが親はぁぁ!!」
「ふべ!? て、てめぇ……やりやがったな!!」

 俺の拳が男の顔面に突き刺さった音が戦闘開始のゴングとなった。
「てんめぇ……やる気か?」
「そう言ってんだ、びびってんのか? 軽くジャブを打っただけだぞ」
 
 俺は構えてステップを踏みながら挑発する。鼻血を出したボルボはサリアに任せておけばいいだろう。
 ガラの悪い男は一瞬、面食らっていたがすぐに俺へ向き直りパンチを繰り出してきた。

「そのクソガキを庇うのかよ!」
「そうじゃねえ、てめえの喋っている言葉がムカつくからだ!」
「お、おう……!? ぐえ!? は、速い!?」

 パリィングからのワンツーが綺麗に決まり、顔が左右にぶれて鼻血を流す男。
 こいつもイキっているが見た目より強くはないな。

「親が子供を愛してねえ、なんてことはないんだよ。俺みたいなクズでも母ちゃんは見捨てなかった。領主なんてストレスのたまりそうな仕事をしている人間がそんなことをするとは思えねえ。だから……適当なこと言ってんじゃねえぞコラぁ!!」
「あんちゃん……」
 
 ボクシング以外も見よう見まねで格闘技を練習して喧嘩に活かしていたし、こういう手合いと戦うこともよくあった。
 だが小手先の技術よりも大切なものは――

「ボルボ、喧嘩するときゃ相手の目を見て覚悟を決めろ。そうすりゃ相手がびびってくれるもんだ」
「……! う、うん!」

「こ、こいつ……! くそ!」
「……!? チッ」
「ヒサトラさん!」

 近くにあった角材を手にした男が勢いよくそいつをスイングしてきたので俺は慌てて両腕でガード。ヒビくらいは入りそうだったが、自分から後ろに飛んだのでダメージは少ないはず。サリアが声をあげるが、大丈夫アピールをして正面を向く。

「もう許さねえ……! てめぇは病院送りだ」

 どうやら角材で戦うつもりらしいな……素手(ステゴロ)の勝負に得物を持ち込むたぁいい度胸してやがんぜ?

「いいのか、そいつを使ったら洒落にならなくなるぜ?」
「へ、へへ、怖いか? 土下座して謝れば許してやるぜ……」

 角材なんかで頭を殴れば下手をすると死ぬ。
 もしかしたら重傷を負って日常生活にも支障をきたすかもしれないのに、そいつを脅しで使うのか……。
 俺はヤンキーでクズだったが、こういうヤツが大嫌いでよ? 痛い目見せなきゃ気が済まねえんだよな……!!

「……」
「あ、さっきとらっくから降ろしてた棒。ここで使うんですね」

 俺が肩からバットケースを降ろすのを見て、サリアが不思議そうな顔で口を開く。
 ゆっくりと俺の動作を見ていた周囲の人は気にせず、俺はバットを握り、男を見据えてから一気に駆け出した。

「相手が角材ならこっちは金属バットだ、覚悟しろやぁぁぁ! ……あああああ、速っ!?」

 ざりざりとバットを地面にこすり付けながらゆっくり歩いてく首を鳴らし、一気に駆け出すと自分でもびっくりするくらい足が速かった。

「まあいい、食らえや!」
「や、やるってのか!? おう……!?」

 頭……ではなく角材に向かって全力でバットを振るう。キレちまったとはいえ、頭はまずい。全体的に命の危険がありそうな本体は狙わず、威嚇のため角材狙いなのだ。

 手でも痺れればびびって逃げんだろと思っていると――

「お、折れた……!? あんなに硬そうな角材が一撃で……!」

 サリアの言う通り角材は一撃でぶち折れてしまった。俺は尻もちをついた男の胸倉を掴んで、持ち上げてやるとメンチを切って口を開く。

「ひぃっ!?」
「おい、ボルボが弱いのは自分のせいだ。それはいい。だが親父さんがこいつを嫌っているっていうのを憶測で喋るのは止めろや。周りの嘘や吹聴でそう思い込んじまうヤツだっているんだ」
「わ、分かった、俺が悪かった……! か、勘弁してくれ……逃げたこいつが許せなかったんだ」
「そう思うんならこいつが逃げねえように根性つけてやりゃいいじゃねえか。町に住んでる仲間なんだろ?」
「……! ああ……そうだな……」

 俺が戦っていた男は取り巻きと一緒にどこかへ歩いていく。それを見て俺はバットを肩に担いで息を吐くと、ボルボが俺の前に回りこんで目を輝かせて言う。

「すっげー! あいつ、Bランクの冒険者なんだぜ、それをびびらせるなんてヒサトラのあんちゃんつええんだな!」
「あいつがどのくらい強いかは分からんけど、まあ俺が勝手にやったことだから気にすんな。それよりお前」
「な、なんだい」
「お前も兄貴がどうとか親父がどうとか腐っているんじゃねえよ。構って欲しいから危ないことをしたりすんだろ? ちゃんと話せ、なにがしてぇのかをよ。俺は母ちゃんに苦労をかけて後悔した。だからお前はそうなるな」
「あんちゃん……ああ、分かったよ!」

 俺はボルボの目は卑屈な感じから決意の目に変わったような気がする。頭をくしゃりと撫でたあと、バットを片付けてからサリアに目を向ける。

「んじゃ、そろそろ戻るか。いつトライドさんが戻ってくるか分からないからな」
「そうですね! ちょっと格好良かったですよ」
「お、おい、くっつくなって」

「おう、兄ちゃんいいこと言うじゃねえか。こいつをやるよ! 彼女と仲良くな」
「気に入ったよ、クルミパンもっていきな」
 
 なんか野次馬が集まっていたらしく、次々と俺に食料やらを渡してくきて俺とサリアの手はいっぱいになっていた。

「帰ったらちょっと喧嘩に仕方を教えてくれよ」
「んなもんねえよ。根性だ根性!」
「ええー!?」

 素人が教えるよりはちゃんと戦えるやつから教われよと言いながら帰路に着く。
 ……うーむ、親のことを言われるとやっぱ気になるな……母ちゃん大丈夫かな?