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「今日も図書室に行くの?」

 帰り支度を終えてスクールバッグを肩にかけると、京ちゃんがニヤニヤしながら近寄ってきた。

「うん、そのつもり」
「毎日佐々木先輩の部活が終わるの待ってるなんて、菜々は健気だねぇ」

 これまでのように下校時間まで図書室で過ごすのは変わらないけれど、今は事情を知った楓先輩が、部活終わりに図書室に迎えに来てくれるようになった。

『家まで送ってく。学年も違うし、俺は部活で朝練もあるから平日はなかなか会えないし。せめて一緒に帰ろう』

 遊園地からの帰りの電車の中で、そう言ってくれた先輩に私は戸惑った。

 だって部活で疲れてる先輩に家まで送らせるだなんて。そりゃ、私は長く一緒にいられて嬉しいけど、先輩は帰る時間も遅くなっちゃうし迷惑なんじゃ……。

 そんな私の心の声は繋いだ手から先輩に筒抜けで、頭をくしゃっと撫でられた。

『俺から言い出したんだから迷惑なわけないだろ。もう暗くなるのが早いから心配だし。それに、俺だって菜々と一緒にいたい』

 思い出すだけで赤面ものの先輩のセリフは、一ヶ月近く経った今でも脳内で完璧に再現できる。

「あ、その顔……なんか思い出してるでしょ。『好きとか、そういうのじゃないよっ』って言ってたのが噓みたいにラブラブじゃん!」

 私の真似をする京ちゃんの腕を軽くぺしっとたたく。

「もうっ、からかわないでよ! それに、京ちゃんだって部活のあと日野先輩と一緒に帰るんでしょ? 美男美女のカップルだって、ふたりの噂で持ちきりだよ」

 私が言い返すと、彼女は肩を竦めて苦笑した。

「学校のアイドルと付き合うからには、多少の嫌がらせも覚悟してたんだけどね」
「嫉妬とか通り越すくらい、お似合いだってことだよ」

 先週行われた球技大会をきっかけに、京ちゃんと日野先輩は公認のカップルとなった。

 日野先輩はサッカーの決勝戦でハットトリックを決めてクラスを優勝に導くと、そのまま応援していた京ちゃんの元へ行き、大勢の生徒の前で「優勝したら告白するって決めてたんだ。付き合ってください!」と公開告白をして、周囲の生徒たちをさらに沸かせた。

 真っ赤になりながらも嬉しそうに笑って答える京ちゃんを私も見たかったけど、残念ながら体育館にいた私は直接見ることはできなかった。

『半年もグズグズしてたくせに。あいつ、極端すぎるだろ……。まぁでも、橘さんは嬉しそうだったし、周りも比較的祝福モードだったよ』

 告白を近くで見ていた楓先輩が、その場にいなかった私に当時の様子を教えてくれたから、なんとなく想像はできる。

 そんなドラマチックなシーンを間近で見た人が、ふたりを祝福して憧れを持つのは当然だと言うと、京ちゃんは嬉しそうに笑った。

「ありがと。菜々たちは付き合ってること隠してるの? 全然噂にならないね」
「楓先輩も私も、目立つの得意じゃないから……」

 ひたすら隠し通そうと決意しているわけじゃないけれど、ふたりのように公言はしないつもりだ。

「いいと思うよ。もしなにか陰口とか言われても守ってあげるけど、言われないに越したことはないし」
「京ちゃんが男前すぎて惚れそうだよ」
「あははっ、佐々木先輩に睨まれちゃうね」

 京ちゃんにはお父さんの再婚や楓先輩の能力のことは伏せながら、彼と気持ちが通じたと遊園地に行った翌日に報告していた。

 全部を打ち明けられないけれど、話せる部分は包み隠さずに自分の言葉で伝えると、京ちゃんは自分のことのように喜んでくれた。

 日野先輩同様、楓先輩も女子からの人気は凄まじく、それこそ彼女だと知られると嫌がらせをされることもあり得そうだ。

 とはいえ、卑屈になっているわけじゃない。先輩とのお付き合いは順調で、平日はほぼ毎日一緒に帰っている。クロスバイクを押す先輩の隣を歩くのも、少しだけ慣れてきた。

 楓先輩もたまに図書室に来ていたことを聞いてみると、自分の不思議な能力について調べていたらしい。

 けれどメンタリズムや心理学など学術的なもの以外は、都市伝説やスピリチュアルな要素が強く信憑性にかけていて、どれも参考にはならなかったそう。

 触れるたびに私の心の中が彼に伝わってしまうのは、恥ずかしさはあるけど嫌悪感はない。それよりも先輩と手を繋ぎたいという気持ちのほうが断然大きい。

 これもまたしっかり伝わっていたらしく、「……自転車がなかったら、今ここで思いっきり抱きしめてた」と道端で言われ、先輩が自転車通学でよかったと少しだけホッとした。そんなことをされたら、恥ずかしくて倒れてしまいそう。

「じゃあ、私部活行くね」
「うん。また明日ね」

 京ちゃんが南校舎にある美術室へ行くのを見送り、私も教室を出て図書室へと向かった。