◆◆◆
無機質な機械音が静かな部屋に響く。
彼女はすぐに音の発生源を見て停止した。それからいつものように机の上に置いてあるノートを開いて確認する。
『5月4日 (水)
今日は放課後担任の和田先生に呼ばれて蒼井と私でルーム長をやることになった。いろいろあって蒼井も中2の頃の記憶を無くしてることを知った。すごい偶然。ルーム長のことをお母さんに話したら不安そうにしてたけど思ってたよりも怒ったりはしてないみたい。よかった。……もしかしたら、記憶を保てなくなってから友だちを作らなくなったことを気にしてるのかもしれない。
明日も頑張れ。大丈夫、私ならできる』
もう何年もこうして昨日を確認する。
今日は覚えてる。ちゃんと何があったのかも思い出せる。お母さんも心配するだけで特に何か言ってこなかったし、たぶん大丈夫。
夜は明けたはずなのに今朝はずいぶん暗い。
……雨でも降るのかな?
そう思いながら窓の向こうの空を見上げた。
「おはようー。昨日のテレビ見たー?あれさーー」
「まだ、見てなーい」
「今日来るの遅かったね。なにかーー」
クラスメイトたちの声が次々と聞こえる。
窓から見える景色にはいつも通り生徒たちが昇降口に飲み込まれていく。
その様子をぼぅっと見ていると不意に隣から視線を感じた。そのまま放っておくと「あのーー」と声がかかった。
「えっ、はい……?」
驚いて振り返ると蒼井の席に会津くんがいて、こっちを見てた。
「……なに?」
黙ったまま何も言わない彼に痺れを切らして先を促す。
「いや、えっと。そのー。あっ!悠とルーム長になったってマジ?」
話の内容に眉を寄せる。
わざわざ私に話しかけてまで聞くこと?ていうかそんなの蒼井に聞けばいいのに。
そう思って蒼井を睨もうとしたところで今日はまだ来てないことに気づく。
「……そうだけど、それがどうかした?」
ため息とともに吐き出したその言葉に意外そうに目を丸くした。
「いや、特に深い意味はないけど……そっか、頑張れよ」
会津くんは何かに納得したように頷いてどこかに行ってしまった。
……なんだったの?
呆然としているとたった今、会津くんが出て行った扉から蒼井が入ってくる。それをいつもの癖で視線を逸らして見なかったことにした。
何もしないと不自然だから机からノートを引っ張り出す。
「ーーーーえ……?」
隣から吐息交じりに聞こえた驚いた声に顔をあげる。
そこには信じられないものを見たような蒼井の顔があった。
「……どうしたの?」
訝しげに私が訊くとはっと我に帰ったように「なんでもない」と言って席についた。
相変わらずよくわからない。
何を見てたんだろう?机の方を見てた気がするけどこれと言って特にいつもと変わったことはない。筆箱とノートと教科書が乗ってるだけの面白みのない机。いつも通りの私の日常。ちらっと隣を見ると何か考えるように口元に手を当てていた。
わけがわからない。
机の上を影が通り過ぎて窓を見上げる。さっき隣を通りすぎた鳥が広い空に向かっていた。
それを目で追っていると教室の前の扉から先生が入って来る。
「席つけー。当番、号令」
先生の一声で一斉に席に戻ったとろで「起立」と声がかかる。
今日もいつもの毎日が始まろうとしていた。
無機質な機械音が静かな部屋に響く。
彼女はすぐに音の発生源を見て停止した。それからいつものように机の上に置いてあるノートを開いて確認する。
『5月4日 (水)
今日は放課後担任の和田先生に呼ばれて蒼井と私でルーム長をやることになった。いろいろあって蒼井も中2の頃の記憶を無くしてることを知った。すごい偶然。ルーム長のことをお母さんに話したら不安そうにしてたけど思ってたよりも怒ったりはしてないみたい。よかった。……もしかしたら、記憶を保てなくなってから友だちを作らなくなったことを気にしてるのかもしれない。
明日も頑張れ。大丈夫、私ならできる』
もう何年もこうして昨日を確認する。
今日は覚えてる。ちゃんと何があったのかも思い出せる。お母さんも心配するだけで特に何か言ってこなかったし、たぶん大丈夫。
夜は明けたはずなのに今朝はずいぶん暗い。
……雨でも降るのかな?
そう思いながら窓の向こうの空を見上げた。
「おはようー。昨日のテレビ見たー?あれさーー」
「まだ、見てなーい」
「今日来るの遅かったね。なにかーー」
クラスメイトたちの声が次々と聞こえる。
窓から見える景色にはいつも通り生徒たちが昇降口に飲み込まれていく。
その様子をぼぅっと見ていると不意に隣から視線を感じた。そのまま放っておくと「あのーー」と声がかかった。
「えっ、はい……?」
驚いて振り返ると蒼井の席に会津くんがいて、こっちを見てた。
「……なに?」
黙ったまま何も言わない彼に痺れを切らして先を促す。
「いや、えっと。そのー。あっ!悠とルーム長になったってマジ?」
話の内容に眉を寄せる。
わざわざ私に話しかけてまで聞くこと?ていうかそんなの蒼井に聞けばいいのに。
そう思って蒼井を睨もうとしたところで今日はまだ来てないことに気づく。
「……そうだけど、それがどうかした?」
ため息とともに吐き出したその言葉に意外そうに目を丸くした。
「いや、特に深い意味はないけど……そっか、頑張れよ」
会津くんは何かに納得したように頷いてどこかに行ってしまった。
……なんだったの?
呆然としているとたった今、会津くんが出て行った扉から蒼井が入ってくる。それをいつもの癖で視線を逸らして見なかったことにした。
何もしないと不自然だから机からノートを引っ張り出す。
「ーーーーえ……?」
隣から吐息交じりに聞こえた驚いた声に顔をあげる。
そこには信じられないものを見たような蒼井の顔があった。
「……どうしたの?」
訝しげに私が訊くとはっと我に帰ったように「なんでもない」と言って席についた。
相変わらずよくわからない。
何を見てたんだろう?机の方を見てた気がするけどこれと言って特にいつもと変わったことはない。筆箱とノートと教科書が乗ってるだけの面白みのない机。いつも通りの私の日常。ちらっと隣を見ると何か考えるように口元に手を当てていた。
わけがわからない。
机の上を影が通り過ぎて窓を見上げる。さっき隣を通りすぎた鳥が広い空に向かっていた。
それを目で追っていると教室の前の扉から先生が入って来る。
「席つけー。当番、号令」
先生の一声で一斉に席に戻ったとろで「起立」と声がかかる。
今日もいつもの毎日が始まろうとしていた。

