◇◇◇
「ーーていうか、蒼井と私って話したことないじゃん」
木野が迷うことなくそう言ったことで確信した。
たしかにこいつは記憶が無くなってる。きっと自分が泣いてたことも泣いた理由も、何もかも忘れて今日を生きてる。
だから嘘をついた。
「たしかにお前とは初めて話したな」
そう言って様子を見れば明らかにほっとしているようなそんな顔をした。
それから少し話をしながら歩いて駅で別れた。
……あいつも記憶がない。しかも同じ時期の。そんな偶然あり得るのか?
和田の話を聞いてからずっと、そんな問いが頭の中で浮かんでは消えていく。
ホームに到着した電車に乗っても疑問は疑問のままで、答えなんかわからなかった。
「あれ?悠じゃん。こんな時間まで何してんの?」
「……直樹。お前こそなんでいんの?井上は?」
いつも通りの元気が有り余ってそうな直樹に疲れた顔でこたえた。
「俺?俺は部活帰り。んで桜は塾。悠こそ普段ならとっくに帰ってる時間だろ?和田に何言われてたんだよ?」
「ああ、それな。本当面倒なことになった」
「まじか。何があったんだよ」
「俺がルーム長だってさ。マジで最悪」
深いため息を吐くと直樹も同情するように肩に手を置いた。
「どんまい」
その言葉にもう一度深い深いため息を吐いた。
重い足取りで家までの道のりを歩く。
夜を纏った住宅街は静かだ。
今日が終わりに向かう準備をしている。毎日、そうやって今日が終わって明日に変わる。終わった今日が昨日になって、過去になる。
……その過去を俺は捨てた。
事故に遭ったあの日。
何があったか、何をしてたかも覚えてない。
ただ、あの日より前の記憶が俺の中から消えた。
その頃の自分が何をしてたのか。それすら思い出せない。深い霧の向こうを見てるみたいだ。行き着く先も今自分が立ってる場所も全てが不確か。
母さんは俺が事故にあってから過保護になった。1ヶ月も目を覚まさなかったって聞いたら、それも仕方ないと思う。
それでも、息が詰まる。
見上げた空には雲がまばらに浮かんでいた。
あの頃の記憶を思い出そうとすると頭痛がする。そのことを話したら思い出さなくてもいいように俺の中2の頃の記憶につながりそうなのものは全て回収された。
ただひとつだけ、母さんにはバレなかったものがある。
机の引き出しの奥にしまってあった誰のかわからない、たぶん……俺が使ってたノート。中身は見てない。いや、見れなかった。
だから俺は気づかないふりをしてそのまま引き出しの奥に戻した。あれの中を見ればわかるのだろうか。
もし、忘れた過去が戻ってきたとして、その時に俺はどうするんだろう。
答えのない問いが頭の中をぐるぐるしている。
やっと辿り着いた家の玄関をそっと開けた。
「……ただいま」
「おかえりなさい。今日は遅かったわね、何かあったの?」
予想通りの反応に薄く笑う。
「ちょっと先生に呼ばれただけ。母さんが心配するようなことは何もないよ」
「……そう、なら、よかったわ」
俺の言葉に安心したように頷く。
「じゃ、ご飯できるから着替えてきてね」
「ん。りょーかい」
キッチンに戻っていく背中を見送って俺は自分の部屋に戻る。
部屋に入ると真っ直ぐ机に向かう。背負っていたリュックは壁に預ける。
もちろん勉強をするわけじゃない。
あのノートを確認するためだ。
そっと引き出しを開く。
そこには俺のノート類の奥にしまってある、明らかに俺が使わなそうな淡い水色のノートが入っていた。それには俺の字じゃない誰かの字で『日記』と書かれている。それに手を伸ばそうとしたところで母さんから声がかかった。
それに「今から行く」と返事を返して、伸ばした手を引っ込める。
何もわからないまま食べた夕飯は味がよくわからなかった。
「ーーていうか、蒼井と私って話したことないじゃん」
木野が迷うことなくそう言ったことで確信した。
たしかにこいつは記憶が無くなってる。きっと自分が泣いてたことも泣いた理由も、何もかも忘れて今日を生きてる。
だから嘘をついた。
「たしかにお前とは初めて話したな」
そう言って様子を見れば明らかにほっとしているようなそんな顔をした。
それから少し話をしながら歩いて駅で別れた。
……あいつも記憶がない。しかも同じ時期の。そんな偶然あり得るのか?
和田の話を聞いてからずっと、そんな問いが頭の中で浮かんでは消えていく。
ホームに到着した電車に乗っても疑問は疑問のままで、答えなんかわからなかった。
「あれ?悠じゃん。こんな時間まで何してんの?」
「……直樹。お前こそなんでいんの?井上は?」
いつも通りの元気が有り余ってそうな直樹に疲れた顔でこたえた。
「俺?俺は部活帰り。んで桜は塾。悠こそ普段ならとっくに帰ってる時間だろ?和田に何言われてたんだよ?」
「ああ、それな。本当面倒なことになった」
「まじか。何があったんだよ」
「俺がルーム長だってさ。マジで最悪」
深いため息を吐くと直樹も同情するように肩に手を置いた。
「どんまい」
その言葉にもう一度深い深いため息を吐いた。
重い足取りで家までの道のりを歩く。
夜を纏った住宅街は静かだ。
今日が終わりに向かう準備をしている。毎日、そうやって今日が終わって明日に変わる。終わった今日が昨日になって、過去になる。
……その過去を俺は捨てた。
事故に遭ったあの日。
何があったか、何をしてたかも覚えてない。
ただ、あの日より前の記憶が俺の中から消えた。
その頃の自分が何をしてたのか。それすら思い出せない。深い霧の向こうを見てるみたいだ。行き着く先も今自分が立ってる場所も全てが不確か。
母さんは俺が事故にあってから過保護になった。1ヶ月も目を覚まさなかったって聞いたら、それも仕方ないと思う。
それでも、息が詰まる。
見上げた空には雲がまばらに浮かんでいた。
あの頃の記憶を思い出そうとすると頭痛がする。そのことを話したら思い出さなくてもいいように俺の中2の頃の記憶につながりそうなのものは全て回収された。
ただひとつだけ、母さんにはバレなかったものがある。
机の引き出しの奥にしまってあった誰のかわからない、たぶん……俺が使ってたノート。中身は見てない。いや、見れなかった。
だから俺は気づかないふりをしてそのまま引き出しの奥に戻した。あれの中を見ればわかるのだろうか。
もし、忘れた過去が戻ってきたとして、その時に俺はどうするんだろう。
答えのない問いが頭の中をぐるぐるしている。
やっと辿り着いた家の玄関をそっと開けた。
「……ただいま」
「おかえりなさい。今日は遅かったわね、何かあったの?」
予想通りの反応に薄く笑う。
「ちょっと先生に呼ばれただけ。母さんが心配するようなことは何もないよ」
「……そう、なら、よかったわ」
俺の言葉に安心したように頷く。
「じゃ、ご飯できるから着替えてきてね」
「ん。りょーかい」
キッチンに戻っていく背中を見送って俺は自分の部屋に戻る。
部屋に入ると真っ直ぐ机に向かう。背負っていたリュックは壁に預ける。
もちろん勉強をするわけじゃない。
あのノートを確認するためだ。
そっと引き出しを開く。
そこには俺のノート類の奥にしまってある、明らかに俺が使わなそうな淡い水色のノートが入っていた。それには俺の字じゃない誰かの字で『日記』と書かれている。それに手を伸ばそうとしたところで母さんから声がかかった。
それに「今から行く」と返事を返して、伸ばした手を引っ込める。
何もわからないまま食べた夕飯は味がよくわからなかった。

