◆◆◆
「「は?」」
私と蒼井の声が重なった。
ーー木野のその症状も中学2年生からだろ。
もってなに?蒼井もそうだって言いたいの?
「まあ、そういうわけだから木野も蒼井ももっとクラスに馴染んでほしいと思ってな」
そう言って笑う先生に唖然とする。
たしかに私はクラスに馴染んでないし馴染む気もない。だけど、少なくとも蒼井はちゃんと友達もいるし馴染めているはずだ。
完全に先生の自己満足。
「というわけでお前ら2人とも成績いいし明日からしばらくよろしくな」
「……なにをですか?」
「あー、言ってなかったか?明日から2人とも学級委員会な」
学級委員会ってことはルーム長?
「委員会ならこの間決めましたよね?何で今さらーー」
「まあ、この間決まらなかったからな」
蒼井の表情がどんどん無くなっていくのに気づいていないのか和田先生は笑顔で続けた。
「まあやることと言ってもLHRとかで司会進行してもらうくらいだから」
「……それを俺たちがやらないといけない理由は?」
「それはさっき言った通りだよ。学級委員になればいやでもクラスの奴らとか関わらないといけないことが出てくるから。そう言う機会がないとお前らは自分からは関わろうとしないと思ってな」
「……あの、別に先生が思ってるようなことじゃないので気にしないでください。私は今のままで大丈夫ですから」
「いや木野には悪いが引き受けてくれないと実は先生も困るんだよ」
ーーは?
「いや、木野も蒼井も成績は申し分ないし蒼井はまあ少しあれだが生活態度も問題ない。だからこそお前たちが抱えてるものを穏便に解決する方法としてこれが一番手っ取り早いと思うんだよ」
「それは、今ここで自分がどう言う状況なのかをここにいる俺と木野。あと先生で共有するってことですか?」
「そうだ。そうしたらもし何かあったときにカバーできるだろ」
「……」
「……」
私も蒼井も考えてることは同じだと思う。
教えたくないし、知りたくもない。
そもそも先生は間違ってる。私は今のままで大丈夫。どうにかして欲しいなんて思ってない。
沈黙が落ちる教室にすっと風が吹いた。
「ーー……今から話すことは絶対に誰にも話さないと約束できますか」
蒼井の硬い声が空気を揺らす。
「これは本来なら他人に話すような内容じゃないことくらい先生もわかってますよね?それでもこれを共有しようと言うならそれなりの覚悟もあるんですよね」
蒼井に真っ直ぐ見据えられた先生は相変わらず緊張感のない顔で言った。
「そうだな。もしこうして共有したことで何か問題が起きたらその時は俺が責任を取ろう」
「……まあいいです。どうせ言うまで帰す気もないんですよね」
「まあな」
蒼井はそうやって笑う先生の様子にため息をついた。
「……木野、悪いけど言うしかない。俺からでいいか?」
「……うん。もういいよ」
私も覚悟を決めるしかない。
「ーー俺は中学の頃の記憶がない。ある一部分だけ綺麗に抜け落ちてる。原因は事故の影響で医者には心因性って診断されてる」
具体的なところは隠してるけどおおまかなところはわかった。
「まあなにが問題になるかだと医者には記憶が戻る可能性はあるしそのままの可能性もあるって言われてる。それともうひとつ、原因がわからない以上さらに記憶をなくす可能性もあるらしい。これがきっと問題だな」
淡々と話した蒼井はすぐに視線を私に向けた。
「……私も中学の頃の記憶が一部なくなってる。それから……記憶が保てなくなった」
もしかしたらこのことも明日には忘れてるかもしれない。
「……私は原因不明。どこにも異常はないみたいで心因性だって言われてる。記憶がなくなる時の条件はあやふやだけど……感情が動いた時の記憶を忘れてる……らしい」
「……記憶が無くなってる時は1日丸ごと忘れてるのか?」
蒼井の言葉にこくりと頷く。
「だから、私の場合は問題になるのはこれだね」
「そうだな」
何かを考えてるようにもどこか気まずそうにも見える蒼井にほんの少しだけ悪いと思った。
「よしっじゃあお互いの事情もわかったことだしこれで今日は解散していいぞ。明日からよろしくな」
和田先生の言葉に内心ため息をつきながら席を立つ。
「それじゃあ失礼します。さようなら」
そう言った私に続いて蒼井も「さようなら」と言って教室を出た。
ふたりは黙って昇降口に向かって歩く。
放課後の校舎に指す夕陽がふたりの背中を静かに見ていた。
特に話すこともなく下駄箱まで歩いていると不意に蒼井が止まった。私は蒼井の3歩先で止まった。
「……どうしたの?」
振り返った彼女は黙って立ち止まる蒼井を怪訝そうに見る。
「……なにも言わないのか?」
「ーー……何もってなに?」
意味がわからない。
「記憶のこと、なんもないの?」
「ーー……何か言って欲しかったの?」
私の言葉に蒼井は視線を逸らした。
「何も言わないよ。私にだってわかることはあるから」
触れてほしくない話題にわざわざ触れるようなことはしない。
「それとも、蒼井は私になんか言いたいの?」
真っ直ぐに見れば蒼井はびっくりしたように目を瞬いた。
「いや、今はない」
「なら、いいじゃん。お互い知っちゃったんだからもう仕方ないでしょ?」
「まぁそうだな」
納得したように頷く蒼井に少しだけ頬を緩めて「でしょ?」と笑った。
「どんなことがあっても、あったとしても、今ここにいる蒼井が蒼井なんだから特に何か言う事もないしね」
私にとっては今だって何を考えてるのかよくわからない変な蒼井のままだ。
「……木野は変なやつだな」
ぼそっとこぼされた言葉に梓はきょとんと目を丸くしたあとゆっくり笑った。
「ふふっ……こっちのセリフなんだけど」
「は……?」
「え、蒼井って誰にも変な人って言われたことないの?それのがびっくりなんだけど」
私の言葉に心外そうにため息をついた蒼井に驚く。
「ない。というか木野は思ってたより普通に喋るよな。なんか初めてまともに会話してる気がするわ」
「そりゃ、普通に喋るでしょ。どんだけ失礼なの。……ていうか、そもそも私たち初めて話したじゃん」
私の記憶に蒼井と話した記憶は存在しない。……しないのに、自分の言葉に罪悪感を覚えて戸惑った。
私には自分の言葉が、記憶が、どれだけ正しいのかわからない。だから答えを求めるように蒼井の言葉を待った。
「ーーまあ、そうだったな。確かにお前とは初めて話した」
その言葉にふっと息を吐いた。
「じゃあ、面倒なことを押し付けられた同士、これからよろしく」
「ああ、そうだな。とりあえず帰るか」
蒼井の言葉に黙って頷いて私たちは茜色に染まった街に出る。
激しくなる頭の痛みを持て余しながら家に向かって足を進めた。
「「は?」」
私と蒼井の声が重なった。
ーー木野のその症状も中学2年生からだろ。
もってなに?蒼井もそうだって言いたいの?
「まあ、そういうわけだから木野も蒼井ももっとクラスに馴染んでほしいと思ってな」
そう言って笑う先生に唖然とする。
たしかに私はクラスに馴染んでないし馴染む気もない。だけど、少なくとも蒼井はちゃんと友達もいるし馴染めているはずだ。
完全に先生の自己満足。
「というわけでお前ら2人とも成績いいし明日からしばらくよろしくな」
「……なにをですか?」
「あー、言ってなかったか?明日から2人とも学級委員会な」
学級委員会ってことはルーム長?
「委員会ならこの間決めましたよね?何で今さらーー」
「まあ、この間決まらなかったからな」
蒼井の表情がどんどん無くなっていくのに気づいていないのか和田先生は笑顔で続けた。
「まあやることと言ってもLHRとかで司会進行してもらうくらいだから」
「……それを俺たちがやらないといけない理由は?」
「それはさっき言った通りだよ。学級委員になればいやでもクラスの奴らとか関わらないといけないことが出てくるから。そう言う機会がないとお前らは自分からは関わろうとしないと思ってな」
「……あの、別に先生が思ってるようなことじゃないので気にしないでください。私は今のままで大丈夫ですから」
「いや木野には悪いが引き受けてくれないと実は先生も困るんだよ」
ーーは?
「いや、木野も蒼井も成績は申し分ないし蒼井はまあ少しあれだが生活態度も問題ない。だからこそお前たちが抱えてるものを穏便に解決する方法としてこれが一番手っ取り早いと思うんだよ」
「それは、今ここで自分がどう言う状況なのかをここにいる俺と木野。あと先生で共有するってことですか?」
「そうだ。そうしたらもし何かあったときにカバーできるだろ」
「……」
「……」
私も蒼井も考えてることは同じだと思う。
教えたくないし、知りたくもない。
そもそも先生は間違ってる。私は今のままで大丈夫。どうにかして欲しいなんて思ってない。
沈黙が落ちる教室にすっと風が吹いた。
「ーー……今から話すことは絶対に誰にも話さないと約束できますか」
蒼井の硬い声が空気を揺らす。
「これは本来なら他人に話すような内容じゃないことくらい先生もわかってますよね?それでもこれを共有しようと言うならそれなりの覚悟もあるんですよね」
蒼井に真っ直ぐ見据えられた先生は相変わらず緊張感のない顔で言った。
「そうだな。もしこうして共有したことで何か問題が起きたらその時は俺が責任を取ろう」
「……まあいいです。どうせ言うまで帰す気もないんですよね」
「まあな」
蒼井はそうやって笑う先生の様子にため息をついた。
「……木野、悪いけど言うしかない。俺からでいいか?」
「……うん。もういいよ」
私も覚悟を決めるしかない。
「ーー俺は中学の頃の記憶がない。ある一部分だけ綺麗に抜け落ちてる。原因は事故の影響で医者には心因性って診断されてる」
具体的なところは隠してるけどおおまかなところはわかった。
「まあなにが問題になるかだと医者には記憶が戻る可能性はあるしそのままの可能性もあるって言われてる。それともうひとつ、原因がわからない以上さらに記憶をなくす可能性もあるらしい。これがきっと問題だな」
淡々と話した蒼井はすぐに視線を私に向けた。
「……私も中学の頃の記憶が一部なくなってる。それから……記憶が保てなくなった」
もしかしたらこのことも明日には忘れてるかもしれない。
「……私は原因不明。どこにも異常はないみたいで心因性だって言われてる。記憶がなくなる時の条件はあやふやだけど……感情が動いた時の記憶を忘れてる……らしい」
「……記憶が無くなってる時は1日丸ごと忘れてるのか?」
蒼井の言葉にこくりと頷く。
「だから、私の場合は問題になるのはこれだね」
「そうだな」
何かを考えてるようにもどこか気まずそうにも見える蒼井にほんの少しだけ悪いと思った。
「よしっじゃあお互いの事情もわかったことだしこれで今日は解散していいぞ。明日からよろしくな」
和田先生の言葉に内心ため息をつきながら席を立つ。
「それじゃあ失礼します。さようなら」
そう言った私に続いて蒼井も「さようなら」と言って教室を出た。
ふたりは黙って昇降口に向かって歩く。
放課後の校舎に指す夕陽がふたりの背中を静かに見ていた。
特に話すこともなく下駄箱まで歩いていると不意に蒼井が止まった。私は蒼井の3歩先で止まった。
「……どうしたの?」
振り返った彼女は黙って立ち止まる蒼井を怪訝そうに見る。
「……なにも言わないのか?」
「ーー……何もってなに?」
意味がわからない。
「記憶のこと、なんもないの?」
「ーー……何か言って欲しかったの?」
私の言葉に蒼井は視線を逸らした。
「何も言わないよ。私にだってわかることはあるから」
触れてほしくない話題にわざわざ触れるようなことはしない。
「それとも、蒼井は私になんか言いたいの?」
真っ直ぐに見れば蒼井はびっくりしたように目を瞬いた。
「いや、今はない」
「なら、いいじゃん。お互い知っちゃったんだからもう仕方ないでしょ?」
「まぁそうだな」
納得したように頷く蒼井に少しだけ頬を緩めて「でしょ?」と笑った。
「どんなことがあっても、あったとしても、今ここにいる蒼井が蒼井なんだから特に何か言う事もないしね」
私にとっては今だって何を考えてるのかよくわからない変な蒼井のままだ。
「……木野は変なやつだな」
ぼそっとこぼされた言葉に梓はきょとんと目を丸くしたあとゆっくり笑った。
「ふふっ……こっちのセリフなんだけど」
「は……?」
「え、蒼井って誰にも変な人って言われたことないの?それのがびっくりなんだけど」
私の言葉に心外そうにため息をついた蒼井に驚く。
「ない。というか木野は思ってたより普通に喋るよな。なんか初めてまともに会話してる気がするわ」
「そりゃ、普通に喋るでしょ。どんだけ失礼なの。……ていうか、そもそも私たち初めて話したじゃん」
私の記憶に蒼井と話した記憶は存在しない。……しないのに、自分の言葉に罪悪感を覚えて戸惑った。
私には自分の言葉が、記憶が、どれだけ正しいのかわからない。だから答えを求めるように蒼井の言葉を待った。
「ーーまあ、そうだったな。確かにお前とは初めて話した」
その言葉にふっと息を吐いた。
「じゃあ、面倒なことを押し付けられた同士、これからよろしく」
「ああ、そうだな。とりあえず帰るか」
蒼井の言葉に黙って頷いて私たちは茜色に染まった街に出る。
激しくなる頭の痛みを持て余しながら家に向かって足を進めた。

