◇◇◇
高校2年生になってから三週間。
今日も無表情で隣の席に腰を下ろす木野梓を目で追った。
……相変わらずつまんなそうな顔。
「おい、悠!寝てんの?」
突然の大声に耳をおさえた。
「うるさい。聞こえてる。大声出すな」
「うわっ酷くね?俺の話無視してたのお前じゃん!?」
なんで俺こいつと仲良いんだろうなってたまに思うくらい俺の目の前に座ってる会津直樹と俺はタイプが違う。底抜けに明るい太陽みたいな奴。
「まあまあ直樹も悪いし」
そう言って太陽を沈めるのは長い髪が特徴的な井上桜。自己紹介をどんだけ簡単にしても美人と男子の間で言われてるのに直樹の彼女。
「悪いって言ってんじゃん。で、なんだよ?」
「いや、言ってないから!!いま初めて言ったから!!」
直樹の言葉に「はいはい」と適当に頷く。これ以上は無駄だと思ったのかやっと本題に入った。
「まぁいいや。でな……あっいや、やっぱりいいわ」
窓ぎわに座ってる木野の方をちらっと見てやめたことに違和感を覚える。
もしかして木野のことで何か言おうとしたのか?
井上も複雑そうに笑ってる。
そっと木野に視線を向けてみてもいつも通り机の上に教科書やらノートやらを用意して窓の向こうを見てぼぅっとしている。
……毎日毎日。こいつはなんでここで黙って座って窓の外の世界をただながめてるんだろう。
誰と関わるわけでもなく、自分に関心があるように見えない。ただ息をしているだけでそれをなんとも思ってないみたいな感じ。
俺はこの教室で見たことあるのは無表情だけ。
……こいつが笑ったのなんてあの日以外見たことがない。
なんていうか、笑い方すら忘れてるみたいだ。
だとしたら……なんで笑い方すら忘れてるのに、どうしてあのとき誰もいない教室で泣いてたんだよ。
ーーちょうど1週間前の放課後。
たまたま忘れ物をしていつもならほっとくのに何故かその時だけ取りに戻った。
「あーだる。やっぱり帰っとけばよかった」
そう独り言をこぼしながらまだ慣れない教室まで歩く。
見えてきた教室の扉は開いていて、珍しいと思いながらそっと中を覗く。
そこに木野がいた。
今と同じ場所で今と同じように外を眺めてる。いつもあっという間に帰るのになにしてんだ?と考えてから聞いたほうが早いと声をかけようとしたところで息を止めた。
木野がよくみないとわからないほどいつも通りの顔で泣いてたから。
すっとそれが当たり前のように涙を流していたから。
その表情が今までで一番悲しそうに見えたから。
木野は自分が泣いてることすら気づいてないみたいにただじっと外を見ていた。
何かの答えを探すように。
その光景に俺は目が離せなかった。何故か胸の奥がざわざわしていらいらした。
どうしてひとりで泣いてるのか。
どうしていつも感情を忘れたみたいなのか。
ひたすら疑問だった。
不意に木野が俺の方を向いた。
「あっ、えっと……どうしたの」
へらっと珍しく笑いかけながら木野は俺に話しかけた。
「……忘れ物、取りに来た」
戸惑いながらも返事をすると「そっかそっか、じゃあ早く教室入りなよ」とへらへらしながら木野が手招きをした。
「いや、お前はいいの?」
「うん?なにが?」
本気でわかってなさそうな木野に「泣いてただろ」と言うと木野はきょとんと目を丸くしてから自分の頬にふれた。
「あれ?本当だ。なんでだろ?て言うかそっか……じゃあ忘れちゃうのか」
「は?なにが?というか気づいてなかったのかよ」
呆れたように俺が言うと木野は「実はね」と照れたように笑った。
それは俺が初めてみる木野の笑顔だった。
「ねぇこのこと秘密にしといてね。たぶん明日の私に話してもなんのことかわからないと思うけど」
「は?さっきからなんだよ?さすがに今日のことくらい覚えてるだろ」
俺のその言葉に木野は少しだけ瞳を曇らせた。
「そうだけど、私って忘れっぽいんだよね。だから今日の私との秘密ってことで」
そう言った木野はいたずらっぽく唇に人差し指をあてて微笑んだ。
こいつ、笑えるのか。こんなに楽しそうに、こんなに綺麗に……。
そう思ったと同時に何故か懐かしく感じた。
気持ち悪いほどの既視感。
俺は、木野の笑った顔を知っているーー?
「蒼井くん?どうしたの?」
木野の声にはっと我に帰る。
「あっ、いや。てか、君付け止めろ。蒼井でいい」
「わかった。で?どうしたの?」
「いや……俺って木野とどっかで会ったことあったっけ?」
「入学してから教室であってるよね?」
「いや、そうじゃなくて……もっとずっと前、な気がする」
歯切れの悪い俺の言い方に木野は首を傾げる。
「なんで会ったことあると思うの?」
「木野の笑った顔に見覚えがある……気がする」
わからない。どこで見たんだ?
「そっか、じゃあ私にはわからないや。ごめんね」
悲しげに笑った木野の言葉に違和感を感じた。
「……なんでじゃあ?」
じゃあ、ってことは何か思い出せるかもしれない条件でもあるのか?
「……だって今のわたしは覚えてないから」
諦めたように笑った木野は「じゃあもう行くね」と逃げるように教室から出ていった。
これがあの日あった出来事だ。
そして本当に木野は覚えていなかった。俺と会ったことも話した内容も。
「……意味わかんねぇ」
ぼそっと呟いた言葉は風に流されて消えた。
「あっいたいた。蒼井ちょっといいか?」
「……なんですか?」
「今日の放課後なんだけどな木野と一緒に相談室に来てくれ」
ーーは?
「なんで木野と一緒なんですか?」
だいたい呼び出されるようなことはしてない。
不機嫌さを隠さない俺に担任の和田は苦笑しながら続けた。
「まあ頼むよ。来たらわかるから」
そう言ってさっさとどこかに行った和田の背中に向かってため息を吐く。
面倒くさそうな予感にもういちど大きく心の底からため息を吐いた。
高校2年生になってから三週間。
今日も無表情で隣の席に腰を下ろす木野梓を目で追った。
……相変わらずつまんなそうな顔。
「おい、悠!寝てんの?」
突然の大声に耳をおさえた。
「うるさい。聞こえてる。大声出すな」
「うわっ酷くね?俺の話無視してたのお前じゃん!?」
なんで俺こいつと仲良いんだろうなってたまに思うくらい俺の目の前に座ってる会津直樹と俺はタイプが違う。底抜けに明るい太陽みたいな奴。
「まあまあ直樹も悪いし」
そう言って太陽を沈めるのは長い髪が特徴的な井上桜。自己紹介をどんだけ簡単にしても美人と男子の間で言われてるのに直樹の彼女。
「悪いって言ってんじゃん。で、なんだよ?」
「いや、言ってないから!!いま初めて言ったから!!」
直樹の言葉に「はいはい」と適当に頷く。これ以上は無駄だと思ったのかやっと本題に入った。
「まぁいいや。でな……あっいや、やっぱりいいわ」
窓ぎわに座ってる木野の方をちらっと見てやめたことに違和感を覚える。
もしかして木野のことで何か言おうとしたのか?
井上も複雑そうに笑ってる。
そっと木野に視線を向けてみてもいつも通り机の上に教科書やらノートやらを用意して窓の向こうを見てぼぅっとしている。
……毎日毎日。こいつはなんでここで黙って座って窓の外の世界をただながめてるんだろう。
誰と関わるわけでもなく、自分に関心があるように見えない。ただ息をしているだけでそれをなんとも思ってないみたいな感じ。
俺はこの教室で見たことあるのは無表情だけ。
……こいつが笑ったのなんてあの日以外見たことがない。
なんていうか、笑い方すら忘れてるみたいだ。
だとしたら……なんで笑い方すら忘れてるのに、どうしてあのとき誰もいない教室で泣いてたんだよ。
ーーちょうど1週間前の放課後。
たまたま忘れ物をしていつもならほっとくのに何故かその時だけ取りに戻った。
「あーだる。やっぱり帰っとけばよかった」
そう独り言をこぼしながらまだ慣れない教室まで歩く。
見えてきた教室の扉は開いていて、珍しいと思いながらそっと中を覗く。
そこに木野がいた。
今と同じ場所で今と同じように外を眺めてる。いつもあっという間に帰るのになにしてんだ?と考えてから聞いたほうが早いと声をかけようとしたところで息を止めた。
木野がよくみないとわからないほどいつも通りの顔で泣いてたから。
すっとそれが当たり前のように涙を流していたから。
その表情が今までで一番悲しそうに見えたから。
木野は自分が泣いてることすら気づいてないみたいにただじっと外を見ていた。
何かの答えを探すように。
その光景に俺は目が離せなかった。何故か胸の奥がざわざわしていらいらした。
どうしてひとりで泣いてるのか。
どうしていつも感情を忘れたみたいなのか。
ひたすら疑問だった。
不意に木野が俺の方を向いた。
「あっ、えっと……どうしたの」
へらっと珍しく笑いかけながら木野は俺に話しかけた。
「……忘れ物、取りに来た」
戸惑いながらも返事をすると「そっかそっか、じゃあ早く教室入りなよ」とへらへらしながら木野が手招きをした。
「いや、お前はいいの?」
「うん?なにが?」
本気でわかってなさそうな木野に「泣いてただろ」と言うと木野はきょとんと目を丸くしてから自分の頬にふれた。
「あれ?本当だ。なんでだろ?て言うかそっか……じゃあ忘れちゃうのか」
「は?なにが?というか気づいてなかったのかよ」
呆れたように俺が言うと木野は「実はね」と照れたように笑った。
それは俺が初めてみる木野の笑顔だった。
「ねぇこのこと秘密にしといてね。たぶん明日の私に話してもなんのことかわからないと思うけど」
「は?さっきからなんだよ?さすがに今日のことくらい覚えてるだろ」
俺のその言葉に木野は少しだけ瞳を曇らせた。
「そうだけど、私って忘れっぽいんだよね。だから今日の私との秘密ってことで」
そう言った木野はいたずらっぽく唇に人差し指をあてて微笑んだ。
こいつ、笑えるのか。こんなに楽しそうに、こんなに綺麗に……。
そう思ったと同時に何故か懐かしく感じた。
気持ち悪いほどの既視感。
俺は、木野の笑った顔を知っているーー?
「蒼井くん?どうしたの?」
木野の声にはっと我に帰る。
「あっ、いや。てか、君付け止めろ。蒼井でいい」
「わかった。で?どうしたの?」
「いや……俺って木野とどっかで会ったことあったっけ?」
「入学してから教室であってるよね?」
「いや、そうじゃなくて……もっとずっと前、な気がする」
歯切れの悪い俺の言い方に木野は首を傾げる。
「なんで会ったことあると思うの?」
「木野の笑った顔に見覚えがある……気がする」
わからない。どこで見たんだ?
「そっか、じゃあ私にはわからないや。ごめんね」
悲しげに笑った木野の言葉に違和感を感じた。
「……なんでじゃあ?」
じゃあ、ってことは何か思い出せるかもしれない条件でもあるのか?
「……だって今のわたしは覚えてないから」
諦めたように笑った木野は「じゃあもう行くね」と逃げるように教室から出ていった。
これがあの日あった出来事だ。
そして本当に木野は覚えていなかった。俺と会ったことも話した内容も。
「……意味わかんねぇ」
ぼそっと呟いた言葉は風に流されて消えた。
「あっいたいた。蒼井ちょっといいか?」
「……なんですか?」
「今日の放課後なんだけどな木野と一緒に相談室に来てくれ」
ーーは?
「なんで木野と一緒なんですか?」
だいたい呼び出されるようなことはしてない。
不機嫌さを隠さない俺に担任の和田は苦笑しながら続けた。
「まあ頼むよ。来たらわかるから」
そう言ってさっさとどこかに行った和田の背中に向かってため息を吐く。
面倒くさそうな予感にもういちど大きく心の底からため息を吐いた。

