◇◇◇
俺の撮った写真を見て涙を流した木野。
あれから1週間がたった今でもその姿が瞼の裏に焼き付いている。
思い出すたびに自分に対して苛立つ。何もしてやれないことが悔しくて、情けない。
あの日、水族館から帰った後、初めてあのノートを開いた。
交換日記だった。
全部読み終えて出てきた言葉は謝罪だった。読めば記憶が戻るのかと楽観的に考えていた。だけどまだ思い出せていない。読んだから知っているだけ。
思い出すきっかけが足りない。
とっかかりが見つからない。
「ゆーう。何考えてんだ?」
俺の部屋で床にひっくり返りながら本を読んでいた直樹が顔を覗き込んでくる。
「……お前は知ってたのか?」
「なにを?」
呑気に首を傾げた直樹に突っかかる。
「木野のこと知ってたんだろ?」
苛立ったような俺の声に冷静な声で言った。
「ーーだったらなんだよ?」
「はーー?」
「もし、俺が全部知ってたとして。お前に何ができるんだよ?悠が記憶を捨てたのも、あいつが過去を忘れるのも全部、お前たちが望んだことだろ」
ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
何もかもが正しくて何も言い返せない。俺たちのこの症状は紛れもなく自分自身が望んだ結果だ。そのはずだ。
だから、考えたくもなかった。
忘れたくない記憶があったかもしれないなんて。
「……そうだよ。でも、じゃあこれからどうしたらいいんだよ……?」
木野の記憶を探す。それが誰のためなのか今の俺にはわからなくなっている。ごちゃごちゃになってしまった気持ちが絡まったまま解けない。
「悠はどうしたいんだよ。木野のためでもない。悠自身がしたいことはなんだよ」
「俺は……」
思い出したい。あいつと話したい。どうしてこうなったのかちゃんと知りたい。
「決まってんなら、やることはひとつだろ」
にっと笑った直樹が俺の背中を叩いて「もういちど木野と向き合ってこいよ。話はそれからだ!」
「いてぇよ」
本当、人が良すぎて嫌になる。
今のままなんてもう無理だ。
明日、ちゃんと話してみよう。俺たちが記憶をなくすその前の話を。
深まった夜は何もかも吸い込んでしまいそうだった。
「木野、ちょっといいか?」
帰り道に声をかけた俺を怪訝そうに振り向く木野に苦笑する。
「何の用?」
あまりの塩対応に感心してしまう。
「この後時間ある?」
「……な、」
「あるよな?」
面倒くさいと顔に書いてある木野に笑いかける。
「ちょっとついてきて」
そう言って木野の手を取って歩く。
「ちょっと……!」
慌てたような木野の声を聞きながら前に進む。
「こんな時間からどこに行くの?」
「いいから、あっ遅くなるって連絡しとけよ」
「はぁ?」
「いいから、絶対遅くなるけどちゃんと送ってくから心配すんな」
「そんな心配してないしっ!」
俺の言葉に照れたように顔を赤くした。
「はいはい」
適当に返事をしながら2人分の定期を見せて電車に乗る。
「え?本当にどこまで行く気?」
訝しげに俺を見る木野に黙って笑いかける。そんな俺に「えっ、こわいこわい」と後ずさる。
「まあ、行ってからのお楽しみってことで」
そんなことを言いながら電車に揺られていた。
「ちょっと、本当にここであってるの?」
「あってるから黙ってついてこい」
すっかり陽も落ちて木野の顔も見えずらくなってきた。
「ほら、こっち」
そう言って手を取れば驚いたように肩が揺れた。
住宅街を抜けて少し上り坂になってる道を歩いていく。
「ねえ、まだなの?」
「……もうちょい」
細くなってる道の方に進んでやっと目的地に着いた。
目の前に広がる景色に息が詰まる。
いきなり止まった俺に後ろにいた木野がぶつかって止まる。
「ちょっと急になに……」
「ほら、ついたぞ」
そう言って木野が見えるように移動する。
ここは直樹が俺に教えた場所だ。
街から少し離れていて街頭の明かりがよく見える。上を見上げれば無数の星が輝いていた。いわゆる満点の星空。
「綺麗。すごく」
あの時と同じような木野の反応に笑った。
転落防止の柵の近くまで2人で歩いた。
「綺麗だね」
「ああ、そうだな」
瞳を輝かせながらこの星空を目に焼き付けてる木野が不意に腕を伸ばした。
「ーー……ねぇ蒼井。今なら星にだって手が届きそうだよ。そうしたらーー」
そう言って笑った木野が重なった。
『ねぇ悠。今なら星にだって手が届きそうだよ。そうしたらーー』
「ーーそうしたら、この瞬間のことをいつまでも思い出せるね」
弾けるように笑った君の顔をどうして忘れていたんだろう。
「え……?」
驚いたように木野が目を瞬く。
木野の言葉と俺の言葉が重なった。
薄く貼った膜が目尻から流れ落ちる。
「えっ、どうしたの?」
慌てた木野に「大丈夫」と笑う。
木野には悪いけど、自分じゃどうしようもなかった。
思い出した。
全部。
なにがあったのか。俺たちになにが起きたのか。
今はもう全部わかる。
だから、もう少しだけ、なにも知らないふりをさせてくれ。
すぐに迎えに行くから。
夜風に何もかもを託して今はただ、木野の隣にいたかった。
俺の撮った写真を見て涙を流した木野。
あれから1週間がたった今でもその姿が瞼の裏に焼き付いている。
思い出すたびに自分に対して苛立つ。何もしてやれないことが悔しくて、情けない。
あの日、水族館から帰った後、初めてあのノートを開いた。
交換日記だった。
全部読み終えて出てきた言葉は謝罪だった。読めば記憶が戻るのかと楽観的に考えていた。だけどまだ思い出せていない。読んだから知っているだけ。
思い出すきっかけが足りない。
とっかかりが見つからない。
「ゆーう。何考えてんだ?」
俺の部屋で床にひっくり返りながら本を読んでいた直樹が顔を覗き込んでくる。
「……お前は知ってたのか?」
「なにを?」
呑気に首を傾げた直樹に突っかかる。
「木野のこと知ってたんだろ?」
苛立ったような俺の声に冷静な声で言った。
「ーーだったらなんだよ?」
「はーー?」
「もし、俺が全部知ってたとして。お前に何ができるんだよ?悠が記憶を捨てたのも、あいつが過去を忘れるのも全部、お前たちが望んだことだろ」
ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
何もかもが正しくて何も言い返せない。俺たちのこの症状は紛れもなく自分自身が望んだ結果だ。そのはずだ。
だから、考えたくもなかった。
忘れたくない記憶があったかもしれないなんて。
「……そうだよ。でも、じゃあこれからどうしたらいいんだよ……?」
木野の記憶を探す。それが誰のためなのか今の俺にはわからなくなっている。ごちゃごちゃになってしまった気持ちが絡まったまま解けない。
「悠はどうしたいんだよ。木野のためでもない。悠自身がしたいことはなんだよ」
「俺は……」
思い出したい。あいつと話したい。どうしてこうなったのかちゃんと知りたい。
「決まってんなら、やることはひとつだろ」
にっと笑った直樹が俺の背中を叩いて「もういちど木野と向き合ってこいよ。話はそれからだ!」
「いてぇよ」
本当、人が良すぎて嫌になる。
今のままなんてもう無理だ。
明日、ちゃんと話してみよう。俺たちが記憶をなくすその前の話を。
深まった夜は何もかも吸い込んでしまいそうだった。
「木野、ちょっといいか?」
帰り道に声をかけた俺を怪訝そうに振り向く木野に苦笑する。
「何の用?」
あまりの塩対応に感心してしまう。
「この後時間ある?」
「……な、」
「あるよな?」
面倒くさいと顔に書いてある木野に笑いかける。
「ちょっとついてきて」
そう言って木野の手を取って歩く。
「ちょっと……!」
慌てたような木野の声を聞きながら前に進む。
「こんな時間からどこに行くの?」
「いいから、あっ遅くなるって連絡しとけよ」
「はぁ?」
「いいから、絶対遅くなるけどちゃんと送ってくから心配すんな」
「そんな心配してないしっ!」
俺の言葉に照れたように顔を赤くした。
「はいはい」
適当に返事をしながら2人分の定期を見せて電車に乗る。
「え?本当にどこまで行く気?」
訝しげに俺を見る木野に黙って笑いかける。そんな俺に「えっ、こわいこわい」と後ずさる。
「まあ、行ってからのお楽しみってことで」
そんなことを言いながら電車に揺られていた。
「ちょっと、本当にここであってるの?」
「あってるから黙ってついてこい」
すっかり陽も落ちて木野の顔も見えずらくなってきた。
「ほら、こっち」
そう言って手を取れば驚いたように肩が揺れた。
住宅街を抜けて少し上り坂になってる道を歩いていく。
「ねえ、まだなの?」
「……もうちょい」
細くなってる道の方に進んでやっと目的地に着いた。
目の前に広がる景色に息が詰まる。
いきなり止まった俺に後ろにいた木野がぶつかって止まる。
「ちょっと急になに……」
「ほら、ついたぞ」
そう言って木野が見えるように移動する。
ここは直樹が俺に教えた場所だ。
街から少し離れていて街頭の明かりがよく見える。上を見上げれば無数の星が輝いていた。いわゆる満点の星空。
「綺麗。すごく」
あの時と同じような木野の反応に笑った。
転落防止の柵の近くまで2人で歩いた。
「綺麗だね」
「ああ、そうだな」
瞳を輝かせながらこの星空を目に焼き付けてる木野が不意に腕を伸ばした。
「ーー……ねぇ蒼井。今なら星にだって手が届きそうだよ。そうしたらーー」
そう言って笑った木野が重なった。
『ねぇ悠。今なら星にだって手が届きそうだよ。そうしたらーー』
「ーーそうしたら、この瞬間のことをいつまでも思い出せるね」
弾けるように笑った君の顔をどうして忘れていたんだろう。
「え……?」
驚いたように木野が目を瞬く。
木野の言葉と俺の言葉が重なった。
薄く貼った膜が目尻から流れ落ちる。
「えっ、どうしたの?」
慌てた木野に「大丈夫」と笑う。
木野には悪いけど、自分じゃどうしようもなかった。
思い出した。
全部。
なにがあったのか。俺たちになにが起きたのか。
今はもう全部わかる。
だから、もう少しだけ、なにも知らないふりをさせてくれ。
すぐに迎えに行くから。
夜風に何もかもを託して今はただ、木野の隣にいたかった。

