◇◇◇
放課後。
さっさっと帰って行った木野はきっとこれから自分の部屋を漁るんだろうなと思った。
あいつは、そういうやつだから。
「悠ー!帰ろうぜー」
直樹の声に「おー」と適当に返事をして席を立つ。
「で、結局どうなってんの?」
昇降口を出た瞬間に直樹に問われた。
きっとずっと我慢してたんだろうなとひとごとのように思った。
「……どうって何が?」
「だーかーらー!木野とお前はどうなってんだよ?」
「どうもなってないけど?」
俺の答えに思いっきり顔を顰めた。
「……いやいや、そういう意味じゃねえよ?てか、わかってて言ってんだろ?」
と頭を抱える。
「んー。よし、わかった!ぶっちゃけ木野はお前の記憶となんか関係あんの?」
関係ね。
「知らねぇしわからない」
俺の返事にガシガシと頭をかいてからため息をついた。
「じゃあ、これだけは教えてくれ。もしかして記憶戻ったか?」
「ーー……たぶん……少しだけな」
「……そうか」
少しだけほっとしたような不安そうなよくわからない顔で頷いていた。
今わかるのは断片みたいなもの。全部はまだわからない。それがいいことなのかもよくわからないけど、俺が自分の過去と向き合わなきゃ行けないことだけはっきりわかってる。
「……そういえば直樹はずっと一緒だったから覚えてるけど、そもそも直樹なら俺が忘れてること知ってんじゃないのか?」
当たり前すぎて気づかなかった。
「……知ってたとして、俺からはお前に何も言わない」
「なんでだよ?」
「……約束だから」
「約束?誰と?」
「言わない」
いつになく硬い声に本気が伝わる。
しばらく黙ったまま歩いていたけど「でも……」と直樹が声をかけた。
「悠が全部知った後なら、さっきの質問に答えてやるよ」
そう言ってにかっと笑った。
「じゃ、その時にまた聞くことにするわ」
俺が全部知った後ってことは確実に知ってるんだろう。だからこそ深追いはやめた。今はまだその時じゃないはずだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日はハンバーグよ」
「いいね。美味しそう」
笑顔で返せば満足そうに母さんが笑う。
今日は少し機嫌がいいみたいだ。
「じゃあ俺、部屋にいるから。夕飯できたら呼んで」
そう言って階段を上がる。
「さてと、俺もなんか探すか」
ぽつりとこぼした独り言はすっと溶けて消えた。
……やっぱり、1番手っ取り早いのは日記だよな。そう思って引き出しに手を伸ばして置きっぱなしだったものに目が止まる。
木野から借りたノート。
……返さないとな。
中を見ると木野らしいしっかりとした内容だった。少しだけ丸っこい字。こんな字書くんだな。
そして、俺の引き出しの中にある日記。
どちらも似たような丸っこい字だった。
だから、さっきの直樹の問いには関係あるかもしれないとしかいいようがない。これが本当に木野の日記かどうかなんてわからないから。
それでも、自分のためにも、あいつのためにも、これは見ないといけないんだろう。
意を決して奥にあるノートに触れた。
『ーー悠は悠が思ってる以上に優しい人だよ』
ばっと後ろを振り向く。
「……は?」
なんだ今の。誰だ?誰に言われた?
女の声だった。一瞬すぎてわからない。顔も名前もわからないのに何故か確信に近い考えが浮かんでいる。
違和感ならずっとあった。
でも、わからなかった。
溢れ出しそうな感情が暴れている。
いま、無性に木野の声が聴きたくなった。
だから、電話をかけた。
『……もしもし?』
スマホから聞こえたいつもより少し高い声はいつもの木野で笑えるほど安心した。
「いや、ちょっと確認したいことがあったんだけどーー」
確認はこの瞬間にできた。だからあとは適当な話題を続けた。
『だからーー何もなかったの』
木野の言葉が頭の中で反響する。何もないなんてありえない。咄嗟にそう思った。
何かしらの痕跡は生きてる限り残るはずだ。だから、何もないならそれなりの理由があるはず。
それこそ、俺みたいに親に全部隠されるとか……。
自分の考えにまさかと思う。
木野の親も木野から過去を隠してる?だったらなんで?
電話じゃ埒が開かない。本来だったら直接会って話したほうがいい。
だから俺は適当な口実を作って電話を切った。断られる前に。
次あったら文句言われそうだけどそれは仕方ないと受け流そう。
カーテンの向こうの空は薄い雲で覆われていた。
放課後。
さっさっと帰って行った木野はきっとこれから自分の部屋を漁るんだろうなと思った。
あいつは、そういうやつだから。
「悠ー!帰ろうぜー」
直樹の声に「おー」と適当に返事をして席を立つ。
「で、結局どうなってんの?」
昇降口を出た瞬間に直樹に問われた。
きっとずっと我慢してたんだろうなとひとごとのように思った。
「……どうって何が?」
「だーかーらー!木野とお前はどうなってんだよ?」
「どうもなってないけど?」
俺の答えに思いっきり顔を顰めた。
「……いやいや、そういう意味じゃねえよ?てか、わかってて言ってんだろ?」
と頭を抱える。
「んー。よし、わかった!ぶっちゃけ木野はお前の記憶となんか関係あんの?」
関係ね。
「知らねぇしわからない」
俺の返事にガシガシと頭をかいてからため息をついた。
「じゃあ、これだけは教えてくれ。もしかして記憶戻ったか?」
「ーー……たぶん……少しだけな」
「……そうか」
少しだけほっとしたような不安そうなよくわからない顔で頷いていた。
今わかるのは断片みたいなもの。全部はまだわからない。それがいいことなのかもよくわからないけど、俺が自分の過去と向き合わなきゃ行けないことだけはっきりわかってる。
「……そういえば直樹はずっと一緒だったから覚えてるけど、そもそも直樹なら俺が忘れてること知ってんじゃないのか?」
当たり前すぎて気づかなかった。
「……知ってたとして、俺からはお前に何も言わない」
「なんでだよ?」
「……約束だから」
「約束?誰と?」
「言わない」
いつになく硬い声に本気が伝わる。
しばらく黙ったまま歩いていたけど「でも……」と直樹が声をかけた。
「悠が全部知った後なら、さっきの質問に答えてやるよ」
そう言ってにかっと笑った。
「じゃ、その時にまた聞くことにするわ」
俺が全部知った後ってことは確実に知ってるんだろう。だからこそ深追いはやめた。今はまだその時じゃないはずだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日はハンバーグよ」
「いいね。美味しそう」
笑顔で返せば満足そうに母さんが笑う。
今日は少し機嫌がいいみたいだ。
「じゃあ俺、部屋にいるから。夕飯できたら呼んで」
そう言って階段を上がる。
「さてと、俺もなんか探すか」
ぽつりとこぼした独り言はすっと溶けて消えた。
……やっぱり、1番手っ取り早いのは日記だよな。そう思って引き出しに手を伸ばして置きっぱなしだったものに目が止まる。
木野から借りたノート。
……返さないとな。
中を見ると木野らしいしっかりとした内容だった。少しだけ丸っこい字。こんな字書くんだな。
そして、俺の引き出しの中にある日記。
どちらも似たような丸っこい字だった。
だから、さっきの直樹の問いには関係あるかもしれないとしかいいようがない。これが本当に木野の日記かどうかなんてわからないから。
それでも、自分のためにも、あいつのためにも、これは見ないといけないんだろう。
意を決して奥にあるノートに触れた。
『ーー悠は悠が思ってる以上に優しい人だよ』
ばっと後ろを振り向く。
「……は?」
なんだ今の。誰だ?誰に言われた?
女の声だった。一瞬すぎてわからない。顔も名前もわからないのに何故か確信に近い考えが浮かんでいる。
違和感ならずっとあった。
でも、わからなかった。
溢れ出しそうな感情が暴れている。
いま、無性に木野の声が聴きたくなった。
だから、電話をかけた。
『……もしもし?』
スマホから聞こえたいつもより少し高い声はいつもの木野で笑えるほど安心した。
「いや、ちょっと確認したいことがあったんだけどーー」
確認はこの瞬間にできた。だからあとは適当な話題を続けた。
『だからーー何もなかったの』
木野の言葉が頭の中で反響する。何もないなんてありえない。咄嗟にそう思った。
何かしらの痕跡は生きてる限り残るはずだ。だから、何もないならそれなりの理由があるはず。
それこそ、俺みたいに親に全部隠されるとか……。
自分の考えにまさかと思う。
木野の親も木野から過去を隠してる?だったらなんで?
電話じゃ埒が開かない。本来だったら直接会って話したほうがいい。
だから俺は適当な口実を作って電話を切った。断られる前に。
次あったら文句言われそうだけどそれは仕方ないと受け流そう。
カーテンの向こうの空は薄い雲で覆われていた。

