◇◇◇
あれから1週間。
和田が言ってた通り特に何もすることなくすぎた。ただ、木野との会話は増えた
主に事務連絡。それから少し雑談をする。その度に気持ち悪いほどの既視感が俺を襲った。木野が不意にする髪を耳にかける仕草。たぶん癖なんだと思う。それさえ知っている気がして、その理由に心当たりがあって、嫌だった。
「蒼井、聞いてる?」
目の前に現れた木野に思わず「うわっ」と叫ぶ。
「えっ、何その反応。失礼すぎる」
そう言って笑った。
「悪い。で、なんか用?」
「いや、なんか用っていうか臨時委員会、終わったけど」
その言葉で周りを見渡す。
もうとっくに全員帰ったみたいで残ってたのは俺たちだけだった。
廊下の向こうからは野球部らしき奴らの声が響いてる。
「帰らないの?」
首を傾げた木野に「帰る」と短く返事をした。
最近は委員会のこともあってたまに一緒に帰っている。それをみたクラスの奴らが不思議そうにしてるけど知ったこっちゃない。
隣を歩く木野が不意に顔を上げた。
「そういえば、さっきの委員会の内容覚えてる?」
「あー、春の体育祭の運営の手伝い……だっけ?」
「そう。この学校そういうのあったんだね」
そう言って笑った。
こういう木野を見るたびにこいつが何も感じないわけじゃないことを思い知る。
目の前の信号が赤になって並んで止まる。
ぼうっと青になるのを待っていると後ろから笑い声がした。声の高さ的に子供だな。そんな風に思ってたら横を全速力で走る小さい影が視界の端に映った。
やばいと思った時にはもう小学生の女の子が赤のままの横断歩道を横切ろうとしていた。
「ーー危ないっ!!」
一瞬誰の声かわからなかった。
数秒後には木野が小学生に手を伸ばしていた。俺は小学生を捕まえた木野に向かって手を伸ばして後ろに引き戻す。3人で仲良く後ろに倒れた瞬間、目の前を車が通り過ぎた。
よほど驚いたのか倒れた拍子にどこか痛めたのか大泣きを始めた小学生を隣で木野がなだめていた。
「ごめんね、びっくりしたね。どこか怪我した?」
泣いていてまともに話をできない。
「うんうん。痛かったね。怖かったね。大丈夫だからね。ほら、お姉ちゃんたちもいるよ」
なんとか落ち着いてきたところで友だちらしき奴らが寄ってきた。
「りなちゃん!大丈夫?どうしたの?」
「あなた、りなちゃんって言うの?」
「……うん」
「そっか、この子はりなちゃんのお友達?」
「……うん。さなちゃんだよ」
「そっか、さなちゃんと一緒にお家帰れる?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして、これからはちゃんと信号見るんだよ?」
「……うん、ごめんなさい」
「ちゃんと謝れて偉いねー。じゃあ、さなちゃんのところに行っておいで。ばいばい。りなちゃん」
「お姉ちゃんもばいばい」
手を振り合って別れる。
「何もなくてよかったね」
そう言って笑ってる木野に無性に腹が立つ。
「……お前、自分が危ないことをした自覚はある?」
一歩間違えば二人とも引かれていた。
「でも、助かったでしょ?」
「それは結果論だろ」
「何にそんな怒ってるの?」
木野が戸惑ったように言った。
俺も、自分の感情に困惑した。
何がこんなにイライラするのかわからないから。
どうして木野の手を引いた瞬間に鳥肌が立つほどの恐怖を感じたのか。
「……っもういい。とにかく2度とすんなよ」
危険を顧みないで人を助ける。
聞こえはいいけどそんなのはただの偽善だ。自己満足の自己犠牲。
それに、自分が死ぬかもしれない。それをわかってて平然としてる木野に苛立つ。
「……わかった」
そう言って立ち上がった木野の表情でわかった。
「……忘れるのか?」
俺の言葉に寂しそうに眉を下げて笑った。
「……うん、たぶんね」
さっき何を感じたんだろう。怖かったのか?驚いたのか?焦ったのか?
わからない。
「ーー忘れちゃったらごめんね。……ううん、たぶん忘れちゃうからごめん」
そう言って青になった横断歩道を進んだ。
どうして、そんな顔をするんだよ。
どうして、すぐに諦めて笑うんだよ。
どうして、過去を、記憶を捨てたんだよ。
見つけてしまった自分の感情が今はとにかく邪魔だった。
「……謝ることじゃないだろ。それはお前のせいじゃない」
俺の言葉に目を丸くしてから自嘲するように笑った。
「そんなわけないじゃん。私のこれは私のせいなんだから」
そんな顔をするくらいならーー。
「ーーじゃあ、探すか?」
「なにを?」
「お前の記憶を、取り戻すか?」
住宅街を吹く風が俺たちの髪を撫でていく。
夕陽に照らされた木野が消えてしまいそうなほど眩しかった。
あれから1週間。
和田が言ってた通り特に何もすることなくすぎた。ただ、木野との会話は増えた
主に事務連絡。それから少し雑談をする。その度に気持ち悪いほどの既視感が俺を襲った。木野が不意にする髪を耳にかける仕草。たぶん癖なんだと思う。それさえ知っている気がして、その理由に心当たりがあって、嫌だった。
「蒼井、聞いてる?」
目の前に現れた木野に思わず「うわっ」と叫ぶ。
「えっ、何その反応。失礼すぎる」
そう言って笑った。
「悪い。で、なんか用?」
「いや、なんか用っていうか臨時委員会、終わったけど」
その言葉で周りを見渡す。
もうとっくに全員帰ったみたいで残ってたのは俺たちだけだった。
廊下の向こうからは野球部らしき奴らの声が響いてる。
「帰らないの?」
首を傾げた木野に「帰る」と短く返事をした。
最近は委員会のこともあってたまに一緒に帰っている。それをみたクラスの奴らが不思議そうにしてるけど知ったこっちゃない。
隣を歩く木野が不意に顔を上げた。
「そういえば、さっきの委員会の内容覚えてる?」
「あー、春の体育祭の運営の手伝い……だっけ?」
「そう。この学校そういうのあったんだね」
そう言って笑った。
こういう木野を見るたびにこいつが何も感じないわけじゃないことを思い知る。
目の前の信号が赤になって並んで止まる。
ぼうっと青になるのを待っていると後ろから笑い声がした。声の高さ的に子供だな。そんな風に思ってたら横を全速力で走る小さい影が視界の端に映った。
やばいと思った時にはもう小学生の女の子が赤のままの横断歩道を横切ろうとしていた。
「ーー危ないっ!!」
一瞬誰の声かわからなかった。
数秒後には木野が小学生に手を伸ばしていた。俺は小学生を捕まえた木野に向かって手を伸ばして後ろに引き戻す。3人で仲良く後ろに倒れた瞬間、目の前を車が通り過ぎた。
よほど驚いたのか倒れた拍子にどこか痛めたのか大泣きを始めた小学生を隣で木野がなだめていた。
「ごめんね、びっくりしたね。どこか怪我した?」
泣いていてまともに話をできない。
「うんうん。痛かったね。怖かったね。大丈夫だからね。ほら、お姉ちゃんたちもいるよ」
なんとか落ち着いてきたところで友だちらしき奴らが寄ってきた。
「りなちゃん!大丈夫?どうしたの?」
「あなた、りなちゃんって言うの?」
「……うん」
「そっか、この子はりなちゃんのお友達?」
「……うん。さなちゃんだよ」
「そっか、さなちゃんと一緒にお家帰れる?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして、これからはちゃんと信号見るんだよ?」
「……うん、ごめんなさい」
「ちゃんと謝れて偉いねー。じゃあ、さなちゃんのところに行っておいで。ばいばい。りなちゃん」
「お姉ちゃんもばいばい」
手を振り合って別れる。
「何もなくてよかったね」
そう言って笑ってる木野に無性に腹が立つ。
「……お前、自分が危ないことをした自覚はある?」
一歩間違えば二人とも引かれていた。
「でも、助かったでしょ?」
「それは結果論だろ」
「何にそんな怒ってるの?」
木野が戸惑ったように言った。
俺も、自分の感情に困惑した。
何がこんなにイライラするのかわからないから。
どうして木野の手を引いた瞬間に鳥肌が立つほどの恐怖を感じたのか。
「……っもういい。とにかく2度とすんなよ」
危険を顧みないで人を助ける。
聞こえはいいけどそんなのはただの偽善だ。自己満足の自己犠牲。
それに、自分が死ぬかもしれない。それをわかってて平然としてる木野に苛立つ。
「……わかった」
そう言って立ち上がった木野の表情でわかった。
「……忘れるのか?」
俺の言葉に寂しそうに眉を下げて笑った。
「……うん、たぶんね」
さっき何を感じたんだろう。怖かったのか?驚いたのか?焦ったのか?
わからない。
「ーー忘れちゃったらごめんね。……ううん、たぶん忘れちゃうからごめん」
そう言って青になった横断歩道を進んだ。
どうして、そんな顔をするんだよ。
どうして、すぐに諦めて笑うんだよ。
どうして、過去を、記憶を捨てたんだよ。
見つけてしまった自分の感情が今はとにかく邪魔だった。
「……謝ることじゃないだろ。それはお前のせいじゃない」
俺の言葉に目を丸くしてから自嘲するように笑った。
「そんなわけないじゃん。私のこれは私のせいなんだから」
そんな顔をするくらいならーー。
「ーーじゃあ、探すか?」
「なにを?」
「お前の記憶を、取り戻すか?」
住宅街を吹く風が俺たちの髪を撫でていく。
夕陽に照らされた木野が消えてしまいそうなほど眩しかった。

