もしもこの想いが赦されるなら君に伝えたいことがあるんだ

 ◆◆◆
 『ーーいつもは俺のこと眼中にない感じなのにやけに気にしてくれてんじゃん』
 家に帰っても蒼井の言葉がぐるぐるしてる。
 言われてみればそうだ。
 どうしてこんなに気になってるんだろう。
 ベットに転がったまま天井を見上げる。
 ……わからない。どうしてこんなに胸がザワザワするのか。
「梓ー?起きてる?」
 ノックと共にお母さんの声が響く。
「うん、起きてるよ」
「そう、ご飯できたからおいで」
「わかった、すぐ行くね」
 そう言ってゆっくりと体を起こす。
「ーー……な……」
 思わずこぼれた言葉はほんの少しだけ空気を揺らしただけだった。
「梓、今日はどうだった?」
「いつも通りだよ。特に問題もないし」
 笑って答えればほっとしたような顔をする。
「そう、何か困ったことはない?昨日言ってたルーム長の仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。そもそも先生も言ってた通り特にやらなきゃいけないこともないし」
 なんでもないことのように笑ってご飯を食べる。
「そう……でも、もし何かあったら教えて。また梓がーー」
「大丈夫だから。ね?」
 お母さんが言いたいことなんてわかってる。また私の記憶がなくなったら。それだけを心配してる。
 あの日。私の記憶がなくなるとわかった日からそう。
 こうなってしまった原因なんてわからないのに。目が覚めた私にお母さんは泣きながら謝った。
『ごめんなさい。私のせいでーー』
 その後に何か言っていたのは忘れてしまった。
 どうしてかはわからないけど、自分のせいかもしれないとお母さんは今でも思ってる。だからなのか、やたらと私のことを気にするようになった。もともと過保護気味ではあったけど、今は監視に近い。
「梓がそう言うなら……でも、本当に何かあったらすぐ言うのよ?現に梓は1週間前の記憶を思い出せないんでしょ?」
「えっ……」
 お母さんは知らないはずの事実を突然言われてピタッと箸が止まる。
「なんで……?」
「なんでも何も、話が噛み合わない時があったから」
「そっ、か……。ごめん」
「いいのよ、何があったかもわからないでしょ?」
「うん……」
 お母さんは、時々こうやって確認してくる。
「お母さんは、私の記憶が戻って欲しいんだよね?」
「当たり前じゃない。どうしてそんなこと聞くの?」
 訳がわからないと片眉をあげて顔を顰めた。
「ごめん、深い意味はなくて、ただちょっと確認したかっただけ」
 納得いかなそうなまま「そう?」と引いてくれた。
 私は何を覚えてないのかもわからない。何を思い出せばいいのか……それすら、わからないんだ。
 だから、この症状がわかってから日記を始めた。
 些細なことをただ書き留めて、自分の気持ちを文字に残した。明日の私が安心できるように。……明日の私が、迷わないで笑えるように。
 お母さんの視線から逃げるようにご飯を胃の中に詰め込む。今日も味はしなかった。
 
 夕飯を食べ終わって自分の部屋に戻った。
 いつのまにか雨が降ってきたみたいだ。
 雨音を聞きながら机に向かっていつもの日記を開く。
 いつまで続ければいいんだろう。
 不意にそんなことを思った。
 そんなことを考えたって無駄なことくらいわかってる。私は自分が1番信じられないんだから。もしかしたら明日には家族の顔も自分のことも忘れてるかもしれない。こんな状態で自分のことを信じられるわけない。
 だからこそ、これからも平穏な毎日になることを願う。これ以上記憶が無くならないように。明日も立っていられるように。
 窓の外にある街は雨でいつも以上に暗くて何も見えなかった。