夏らしいカラッとした風が頬を撫でた。
眩しい太陽に照らされた街は忙しそうに動いている。
今日も暑くなりそうだからポニーテールにして帽子を被った。服は薄手のワンピース。
帽子をかぶっていても遮るものが傍にある紙袋以外なにもないこの場所は徐々に暑くなり始めた。
ギイッと扉が音を出して開いた。
「星音、お待たせ」
「ううん。そんなに待ってないよ」
今日は初めて私が場所を決めた。
「そっか。それにしても、あらたまってここに来てなんて、どうしたの?」
ここはもちろん私たちが出会った場所だ。
「うん。やっぱりここがいちばん良いかなって」
「なにが?」
それはもちろん。
「好きなもの探しの成果の発表」
「えーー?」
「明後日、夏休みが終わるでしょ。だから約束を果たそうと思って」
なんでもないことのように言う星音に空来が驚いたように目を丸くした。
「まだ1日あるけど、いいの?」
「うん。大丈夫」
そう言って私は持ってきた紙袋の中身を広げた。
「えっ、これ……」
空来の目の前に広がったのはどれも見覚えのあるものばかりだ。
クローバーの押し花で作った栞。赤ちゃん虎のキーホルダー。三日月のネックレス。可愛い星が散ったボールペン。黒色のシンプルなキャップ。他にもたくさん、いろいろなところで買ったり買ってくれたりしたものが入ってる。私が今着ているワンピースもそう。
驚いて固まった空来に向かって微笑む。
「これ全部。私の思い出になったよ」
「え……っ」
「これ以外もそう。初めて一緒に好きなもの探しをした日に入ったお店のオムライスとか、海で買ってくれたソフトクリームとかもそう」
形に残らないから記憶が思い出になる。
「……空来がくれた言葉もそう」
綺麗事だって笑った言葉も。
優しすぎて泣きたくなる言葉も。
暖かい陽だまりみたいな優しさも。
君と出会えた全てが大切なもの。
「空来が果たそうとしてくれた約束もこの場所も全部そう」
驚いて固まった空来に向かって微笑む。
「ねえ、空来。私やっともう少しだけ生きてもいいかなって思えたよ」
「ーー……そ、っ……か。う、ん……ほんとにっ」
彼の瞳に薄い膜が張って流れるのに時間はかからなかった。
「えっ空来?」
驚いた星音が声を出すのと同時に星音を自分の方に引き寄せた。
「よかった……っ!本当に」
そう言って私の背中に回した腕に力を込める。
その腕が僅かに震えていて、ほんの少し私も彼の背中に腕を回した。
「……どうしたの?」
「ーー……本当は、少しだけ焦ってた。夏休み中ずっと、1日が終わるたびに明日の君にちゃんと会えるか怖くて仕方なかった……っ」
「うん……」
「もともと死にたいと思っていた僕が、君に生きたいと思わせられるなんて……正直なところ無理だってどこかでずっと思ってた」
初めて聞いた空来の本音に目を丸くした。
「そんな風に思ってたの……?」
「うん。だって星音は僕が行った時にはもうぼろぼろだった。その状態になるまで動けなかった自分に何かできるなんて思えなかった」
ふわっと夏の香りを風が運んだ。
「でも、空来は動けたでしょ?」
星音はそっと体を離して目を合わせる。
「約束も覚えてない。そんな私のためにあの日、真夜中にあの屋上で止めてくれた。私が自分勝手に振り払った手を追いかけてもう一度とってくれた」
静かに流れ続ける雫に私は笑みをこぼした。
「本当にたくさんのことがあったよね。いろんなことをして、いろんなものを見て、いろんなものを食べて、数えきれないくらいたくさんの時間を一緒に過ごしたよね」
くだらない話で笑って。
誰にも言えない想いで苦しんで。
生きる意味を見失って。
全部、私たちが生きた時間だ。
「どんなに空来が自分に自信がなくても、いま私の目の前にいる空来が生きたいと思わせてくれた。そんな空来がーー」
この想いに気づかせてくれた、そんな空来だから。
「ーー好きだよ」
私の言葉にこれでもかというくらい目を見開いた。
頭上を羽ばたいた鳥の羽音すら聞こえていなさそうな空来に思わず笑いが込み上げる。
「ふふっ。なにその顔」
「えっいや、えっ!?今なんて言った!?」
絶賛混乱中の空来の言葉に固まる。
「えっ、さすがにもう一度言うのは恥ずかしいんだけど……」
いつのまにか涙が乾いている。
じっとお互いに見つめあっている状況にそっと目を逸らした。
その私の反応を見て空来もやっと自分の聞き間違いじゃないことを確信できたみたいだ。
「……空来?」
空来の顔を見上げる形で覗き込むとばっと目を逸らした。というか顔ごとあさっての方向に向いた。
しばらく様子を見てると観念したようなため息と共に目線が帰ってきた。
「本当に、なんで星音はそうなの?」
「……えっとー?」
そう、とは?
よくわからないまま返事をするともうひとつため息が落ちた。
「……いちおう確認するけど、それは友情的な意味で?」
「まさか。そりゃ、友情的な意味でも好きだけど、これはちゃんと恋愛的な意味だよ」
流石にそこまで鈍感じゃない。
と胸を張ると空来は右手で顔を覆ってため息をついた。
「星音は自分が思う100倍は鈍感だっていう自覚をしたほうがいいよ」
疲れたようにつぶやかれた言葉に「心外なんだけど」とつっ込む。
「ーー僕のほうがずっと前から君のことが好きなのに」
束ねた髪が風に揺れて跳ねた。
「……へ?」
「だから、僕はずっと前から星音が好きだよ」
耳を赤くした空来の言葉をゆっくり理解する。
「僕の好きなもの聞いたよね?それ星音のことだから」
重ねて言われた言葉に徐々に顔に熱が溜まっていく。
髪おろしとけばよかった……っ!
これじゃ、赤くなった顔を隠せない。
騒ぎ出した心臓をなんとか抑えようとしても心拍数は上がるだけだ。
諦めて空来のほうを見ると今まででみてきたどんな表情よりも嬉しそうで優しい笑顔にぶつかった。
その顔を見て本当によかったと思った。
私はあの時死ななくてよかった。
やっと、そう思えた。
「空来、今度はちゃんと約束守らせてね」
私の言葉に彼はふっと目を細めて笑った。
「もちろん。僕はこれからも約束を守り続けるよ」
君の隣にいる。
一度は途切れかけた約束をもう一度君と守っていく。
いつのまにか彼女の頬に流れた涙は太陽にも負けないくらいに輝いて弾けて消えた。
眩しい太陽に照らされた街は忙しそうに動いている。
今日も暑くなりそうだからポニーテールにして帽子を被った。服は薄手のワンピース。
帽子をかぶっていても遮るものが傍にある紙袋以外なにもないこの場所は徐々に暑くなり始めた。
ギイッと扉が音を出して開いた。
「星音、お待たせ」
「ううん。そんなに待ってないよ」
今日は初めて私が場所を決めた。
「そっか。それにしても、あらたまってここに来てなんて、どうしたの?」
ここはもちろん私たちが出会った場所だ。
「うん。やっぱりここがいちばん良いかなって」
「なにが?」
それはもちろん。
「好きなもの探しの成果の発表」
「えーー?」
「明後日、夏休みが終わるでしょ。だから約束を果たそうと思って」
なんでもないことのように言う星音に空来が驚いたように目を丸くした。
「まだ1日あるけど、いいの?」
「うん。大丈夫」
そう言って私は持ってきた紙袋の中身を広げた。
「えっ、これ……」
空来の目の前に広がったのはどれも見覚えのあるものばかりだ。
クローバーの押し花で作った栞。赤ちゃん虎のキーホルダー。三日月のネックレス。可愛い星が散ったボールペン。黒色のシンプルなキャップ。他にもたくさん、いろいろなところで買ったり買ってくれたりしたものが入ってる。私が今着ているワンピースもそう。
驚いて固まった空来に向かって微笑む。
「これ全部。私の思い出になったよ」
「え……っ」
「これ以外もそう。初めて一緒に好きなもの探しをした日に入ったお店のオムライスとか、海で買ってくれたソフトクリームとかもそう」
形に残らないから記憶が思い出になる。
「……空来がくれた言葉もそう」
綺麗事だって笑った言葉も。
優しすぎて泣きたくなる言葉も。
暖かい陽だまりみたいな優しさも。
君と出会えた全てが大切なもの。
「空来が果たそうとしてくれた約束もこの場所も全部そう」
驚いて固まった空来に向かって微笑む。
「ねえ、空来。私やっともう少しだけ生きてもいいかなって思えたよ」
「ーー……そ、っ……か。う、ん……ほんとにっ」
彼の瞳に薄い膜が張って流れるのに時間はかからなかった。
「えっ空来?」
驚いた星音が声を出すのと同時に星音を自分の方に引き寄せた。
「よかった……っ!本当に」
そう言って私の背中に回した腕に力を込める。
その腕が僅かに震えていて、ほんの少し私も彼の背中に腕を回した。
「……どうしたの?」
「ーー……本当は、少しだけ焦ってた。夏休み中ずっと、1日が終わるたびに明日の君にちゃんと会えるか怖くて仕方なかった……っ」
「うん……」
「もともと死にたいと思っていた僕が、君に生きたいと思わせられるなんて……正直なところ無理だってどこかでずっと思ってた」
初めて聞いた空来の本音に目を丸くした。
「そんな風に思ってたの……?」
「うん。だって星音は僕が行った時にはもうぼろぼろだった。その状態になるまで動けなかった自分に何かできるなんて思えなかった」
ふわっと夏の香りを風が運んだ。
「でも、空来は動けたでしょ?」
星音はそっと体を離して目を合わせる。
「約束も覚えてない。そんな私のためにあの日、真夜中にあの屋上で止めてくれた。私が自分勝手に振り払った手を追いかけてもう一度とってくれた」
静かに流れ続ける雫に私は笑みをこぼした。
「本当にたくさんのことがあったよね。いろんなことをして、いろんなものを見て、いろんなものを食べて、数えきれないくらいたくさんの時間を一緒に過ごしたよね」
くだらない話で笑って。
誰にも言えない想いで苦しんで。
生きる意味を見失って。
全部、私たちが生きた時間だ。
「どんなに空来が自分に自信がなくても、いま私の目の前にいる空来が生きたいと思わせてくれた。そんな空来がーー」
この想いに気づかせてくれた、そんな空来だから。
「ーー好きだよ」
私の言葉にこれでもかというくらい目を見開いた。
頭上を羽ばたいた鳥の羽音すら聞こえていなさそうな空来に思わず笑いが込み上げる。
「ふふっ。なにその顔」
「えっいや、えっ!?今なんて言った!?」
絶賛混乱中の空来の言葉に固まる。
「えっ、さすがにもう一度言うのは恥ずかしいんだけど……」
いつのまにか涙が乾いている。
じっとお互いに見つめあっている状況にそっと目を逸らした。
その私の反応を見て空来もやっと自分の聞き間違いじゃないことを確信できたみたいだ。
「……空来?」
空来の顔を見上げる形で覗き込むとばっと目を逸らした。というか顔ごとあさっての方向に向いた。
しばらく様子を見てると観念したようなため息と共に目線が帰ってきた。
「本当に、なんで星音はそうなの?」
「……えっとー?」
そう、とは?
よくわからないまま返事をするともうひとつため息が落ちた。
「……いちおう確認するけど、それは友情的な意味で?」
「まさか。そりゃ、友情的な意味でも好きだけど、これはちゃんと恋愛的な意味だよ」
流石にそこまで鈍感じゃない。
と胸を張ると空来は右手で顔を覆ってため息をついた。
「星音は自分が思う100倍は鈍感だっていう自覚をしたほうがいいよ」
疲れたようにつぶやかれた言葉に「心外なんだけど」とつっ込む。
「ーー僕のほうがずっと前から君のことが好きなのに」
束ねた髪が風に揺れて跳ねた。
「……へ?」
「だから、僕はずっと前から星音が好きだよ」
耳を赤くした空来の言葉をゆっくり理解する。
「僕の好きなもの聞いたよね?それ星音のことだから」
重ねて言われた言葉に徐々に顔に熱が溜まっていく。
髪おろしとけばよかった……っ!
これじゃ、赤くなった顔を隠せない。
騒ぎ出した心臓をなんとか抑えようとしても心拍数は上がるだけだ。
諦めて空来のほうを見ると今まででみてきたどんな表情よりも嬉しそうで優しい笑顔にぶつかった。
その顔を見て本当によかったと思った。
私はあの時死ななくてよかった。
やっと、そう思えた。
「空来、今度はちゃんと約束守らせてね」
私の言葉に彼はふっと目を細めて笑った。
「もちろん。僕はこれからも約束を守り続けるよ」
君の隣にいる。
一度は途切れかけた約束をもう一度君と守っていく。
いつのまにか彼女の頬に流れた涙は太陽にも負けないくらいに輝いて弾けて消えた。