夏休みとは、なんて残酷なんだろう。
暑くて仕方ないし、会いたい人に会えない。
「なんか、寂しそうだな、お前」
あの文化祭の日から仲良くなった瑛介が、ハンディファンを首筋に当てながら言った。
「そんなことないよ」
「恋か?」
「ちがうよ」
生まれてこのかた恋をしたことがないから、そんなことを聞かれても正直わからない。
「恋焦がれてる顔だと思ったんだけどなー」
残念そうにノートに目を移している。
「そもそも、恋ってなに?」
「え、お前まじか」
驚きのあまり、シャープペンをノートに落とし、頑張って書いた長い公式の上に綺麗に着地していた。
「その人に会いたくて仕方ないとか、声が聞きたいとか、やけに気になるとか、思ったことないわけ?」
優澄先輩に会いたくて仕方ない?
優澄先輩の声が聞きたい?
優澄先輩のことがやけに気になる?
思い当たる節がないとはいえなかった。
文化祭の日は彼女を探し回り、今さっきだって、彼女に会いたいけど会えないなーなんて思っていたところだ。
彼女にこう言ってもらえたらって思うし、今も何してるんだろうって思ってる。
……これが、世に言う恋というものなのだろうか。
「どんな人?そんなに惺也に愛しいって顔させる女の子」
どんな人、かぁ。
「透明感があって、可愛いと思う。考え方が大人っぽくて、しっかりしてそうなのにたまに寂しそうな顔をするのが気になるんだよね」
なんだか話していてすごく恥ずかしくなってくる。顔が熱いのが、触らなくてもわかった。
「めっちゃ好きじゃん」
「いやでも、まだ出会って三ヶ月だし」
「そんなこと言ったら一目惚れなんて出会って一秒だからな」
そうか、確かに。
出会って半年くらい経っていないと恋をしてはいけないものだと勝手に思っていた。
「この夏、会う約束とかしてないの?連絡とったりとか」
「してない」
そういえば、連絡先も知らない。
保健室登校をしている彼女と会えるまで、一ヶ月以上あった。
「お前、この夏勉強漬けだな」
受験生だし、それが普通かと思いながら、どこかでほんの少しでも会えたらいいな、なんていう薄っぺらい希望は叶わぬまま、恋を自覚した夏は勉強に追われて過ぎ去って行った。