「屋上に行こう!」
久しぶりにきちんと洗おうと持ってきた絵の具セットをそのまま持って図書室へ行くと、彼女が顔を輝かせて、有無も聞かずに図書室を出ていく。
「ちょ、待ってください」
この前の雰囲気とは打って変わって、元気な様子で少し安心した。
先に屋上に出ていた彼女のあとを追って重い扉を押すと、夕日が綺麗な空がそこに広がっていた。
オレンジ色ではなく、ピンク色。
この世のものでは無いような、幻想的な空模様が浮かんでいた。
「ちょっと描いて見せてよ。その夢、諦めるべきか私が判断してあげる」
「えぇ……」
嘘だろ、とか思いながらも、乗り気な自分がいた。
とぽとぽと水筒の中の水を注ぎ、パレットに絵の具を出す。
この空の色は、なんだか彼女にピッタリだった。
「先輩、そこに立ってて」
宝石の中に入ったみたいだと、屋上の柵に手をついている先輩が、驚いたように振り向いた。
「え、私、モデル?」
なんだか嬉しそうに笑うと、少し気取ってポーズを取り始めた。誇張されたポーズたちは、なんだかちょっとだけ面白かった。
「先輩は自然体でいてください」
「動いていい?」
「はい。そこら辺にいてくれれば、それで」
鉛筆でキャンパスに下書きをして、絵の具を乗せていく。その人を見て人物を書くのは、初めてだった。
「ねぇ、君、名前は?」
しばらく静かに一つの雲の流れを見ていた彼女が、突然こちらを向いて言った。
そういえば、まだお互いの名前を知らなかった。
それなのに、なんだか勝手に親しいような気になっていた。
「惺也です」
「素敵な名前。私は優澄」
優澄先輩。どこかで聞いたことがあるような、ないような。そんな、なにかのドラマに出ていたけどなんのドラマだった思い出せない俳優を見たときのような心境になる。
「優澄先輩も素敵な名前ですね」
「ありがとう。お母さんがね、思いやりのあるやさしい人になれますようにって、時間をかけてつけてくれたんだって」
ふんわりと上がった口角。
どこか遠くを見つめる瞳。
今にもこの空に吸い込まれてしまいそうな透明感。
「優澄先輩、大丈夫ですか?」
なんだか哀のオーラに包まれているような、手を離してはいけないような。
つーっと彼女の頬をゆっくり流れる涙は、ピンク色なんて嘘のようにオレンジ色に染まった空の下でキラキラと宝石のように輝いていた。
「うん。お母さんにありがとうって言わないとなって思って。惺也くんも、今は進路のこととかで憎らしく感じるかもしれないけど、ちゃんと感謝の気持ちは伝えたほうがいいよ」
涙をブレザーの袖で少し乱暴に拭っていた。
彼女は、母親を失っているのだろうか。
聞きたいけど聞けない、気になることが心の中に残った。
もやっとした気持ちはそのままに、母さんがいない未来を描く手を止めて考えてみたけど、全然想像ができなかった。
いくつになっても、傍には母さんがいた。
でもきっと、それは当たり前だと思ったらいけないと、彼女は僕に伝えてくれている。
「うん。帰ったら、伝えてみます」
彼女と過ごしていると静かにゆっくり時間が流れて、もう学校が閉まってしまうと焦り始める時間になった。
「できた……」
ググッと伸びをすると、待っていましたと言わんばかりにこちらへ駆け寄ってくる。
「おぉ、これはすごいよ。綺麗。これならきっと、目指してみる価値はあると思うよ」
彼女はそれだけ言って、今度は輝きはじめた星を見始めた。
そんなに簡単な問題じゃない。
そう言ってしまいそうだったけど、きっとそれは彼女もよく分かっていること。彼女のがよく分かっていること。
「帰りましょう」
「うん、そうだね」
今日、コンビニでスイーツでも買って帰ろう。
ちゃんと、将来の夢の話をしてみよう。
いつもありがとうって、声にして伝えよう。
「優澄先輩、また」
「うん。またね」
手を振り、分かれ道からはそれぞれの道。
照れくさいことを言うのも、返事が分かりきっていることを話すのも、家に帰るまでに心の準備は一応、終わった。
「ただいまー」
家のドアを開けて、ゆっくりと息を吐いた。
久しぶりにきちんと洗おうと持ってきた絵の具セットをそのまま持って図書室へ行くと、彼女が顔を輝かせて、有無も聞かずに図書室を出ていく。
「ちょ、待ってください」
この前の雰囲気とは打って変わって、元気な様子で少し安心した。
先に屋上に出ていた彼女のあとを追って重い扉を押すと、夕日が綺麗な空がそこに広がっていた。
オレンジ色ではなく、ピンク色。
この世のものでは無いような、幻想的な空模様が浮かんでいた。
「ちょっと描いて見せてよ。その夢、諦めるべきか私が判断してあげる」
「えぇ……」
嘘だろ、とか思いながらも、乗り気な自分がいた。
とぽとぽと水筒の中の水を注ぎ、パレットに絵の具を出す。
この空の色は、なんだか彼女にピッタリだった。
「先輩、そこに立ってて」
宝石の中に入ったみたいだと、屋上の柵に手をついている先輩が、驚いたように振り向いた。
「え、私、モデル?」
なんだか嬉しそうに笑うと、少し気取ってポーズを取り始めた。誇張されたポーズたちは、なんだかちょっとだけ面白かった。
「先輩は自然体でいてください」
「動いていい?」
「はい。そこら辺にいてくれれば、それで」
鉛筆でキャンパスに下書きをして、絵の具を乗せていく。その人を見て人物を書くのは、初めてだった。
「ねぇ、君、名前は?」
しばらく静かに一つの雲の流れを見ていた彼女が、突然こちらを向いて言った。
そういえば、まだお互いの名前を知らなかった。
それなのに、なんだか勝手に親しいような気になっていた。
「惺也です」
「素敵な名前。私は優澄」
優澄先輩。どこかで聞いたことがあるような、ないような。そんな、なにかのドラマに出ていたけどなんのドラマだった思い出せない俳優を見たときのような心境になる。
「優澄先輩も素敵な名前ですね」
「ありがとう。お母さんがね、思いやりのあるやさしい人になれますようにって、時間をかけてつけてくれたんだって」
ふんわりと上がった口角。
どこか遠くを見つめる瞳。
今にもこの空に吸い込まれてしまいそうな透明感。
「優澄先輩、大丈夫ですか?」
なんだか哀のオーラに包まれているような、手を離してはいけないような。
つーっと彼女の頬をゆっくり流れる涙は、ピンク色なんて嘘のようにオレンジ色に染まった空の下でキラキラと宝石のように輝いていた。
「うん。お母さんにありがとうって言わないとなって思って。惺也くんも、今は進路のこととかで憎らしく感じるかもしれないけど、ちゃんと感謝の気持ちは伝えたほうがいいよ」
涙をブレザーの袖で少し乱暴に拭っていた。
彼女は、母親を失っているのだろうか。
聞きたいけど聞けない、気になることが心の中に残った。
もやっとした気持ちはそのままに、母さんがいない未来を描く手を止めて考えてみたけど、全然想像ができなかった。
いくつになっても、傍には母さんがいた。
でもきっと、それは当たり前だと思ったらいけないと、彼女は僕に伝えてくれている。
「うん。帰ったら、伝えてみます」
彼女と過ごしていると静かにゆっくり時間が流れて、もう学校が閉まってしまうと焦り始める時間になった。
「できた……」
ググッと伸びをすると、待っていましたと言わんばかりにこちらへ駆け寄ってくる。
「おぉ、これはすごいよ。綺麗。これならきっと、目指してみる価値はあると思うよ」
彼女はそれだけ言って、今度は輝きはじめた星を見始めた。
そんなに簡単な問題じゃない。
そう言ってしまいそうだったけど、きっとそれは彼女もよく分かっていること。彼女のがよく分かっていること。
「帰りましょう」
「うん、そうだね」
今日、コンビニでスイーツでも買って帰ろう。
ちゃんと、将来の夢の話をしてみよう。
いつもありがとうって、声にして伝えよう。
「優澄先輩、また」
「うん。またね」
手を振り、分かれ道からはそれぞれの道。
照れくさいことを言うのも、返事が分かりきっていることを話すのも、家に帰るまでに心の準備は一応、終わった。
「ただいまー」
家のドアを開けて、ゆっくりと息を吐いた。