はぁ……。
高校生活最後の一年。
それなのに、まだ進路が決まっていないのはきっと僕くらいだろう。
重い足取りで高校生活初めての図書室に足を踏み入れた。
先生に言われた通り、大学のパンフレットを片っ端から集めて、適当な席につく。
就職率、生徒からのクチコミ、主な学習内容。
そのどれもが、見ていてそこまで変わらないように感じるのは、もうめんどくさくなっているからだろうか。
でも違いと言えば、学部とかサークルとか、あと校舎とかくらいで、これといって魅力は感じられなかった。
やっぱり今からでも進路を変えて……と何度も思うけど、軽い気持ちで言っても許されないこともよく分かっている。
はぁー……。と本日二度目の長い溜息をついた。
「あ、見ない顔だ」
窓の外を見ていた女の子が、突然振り向いて言った。
どうやら相当大きな溜め息をついていたらしい。
「僕ですか?」
自分のことを指さしながら、その人に恐る恐る聞いてみると、こくこくと何度も頷いた。
「そうそう。君」
彼女は並びのいい歯を覗かせて笑った。
まるで柑橘系のフルーツみたいに、なんだか彼女の笑顔を見たら少し、元気になれた気がした。
「どうしたの?何かあった?」
既に椅子が引かれていた僕の隣に、音を立てず、静かに腰掛けた彼女は、襟元に赤い校章をつけていた。
あぁ、先輩か。
「いや、別に……」
「なになに?先輩に話してみなさいな」
自信満々に自分の胸を拳で軽く叩いている姿に、あぁ、この人になら話せるかもしれないと思わせられる。
「実は……」
今まで誰にも言えなかった悩みが、この人には簡単に話せてしまった。
三年生なのに進路が決まっていないこと。
夢はあるけど、親に許されていないこと。
他に自分がやりたいことがわからないこと。
先生にも親にも、踏み込んで話すことができなかった進路の話を、彼女は何度も頷いて、たまに優しく相槌を打ってくれる。
「そっか。私も進路で悩んでた時期、あったなぁ」
しみじみと遠くを見ながら語る先輩は、窓から差し込む太陽の光がキラキラと彼女を照らして、とても綺麗に見えた。
「あなたの人生はあなたが決めるものだから、誰に何を言われても後悔して欲しくないっていうのが一番かな」
彼女の言葉には、どこか説得力があった。
やっぱり一年多く生きていると、経験も一年分違うんだろうなと、実感させられた。
「この先長い人生だと思うかもしれないけど、実際夢を追いかけられる期間ってその四分の一にもならないかもしれないんだよ。だからあなたの進みたいように進んでもいいと思うな」
それだけ言って、静かに立ち上がった。
「帰ろ帰ろ。ね?同じよーなパンフレットをじっと眺めてても、次にやりたいことは見つからないよ?」
そう言われて、僕も立ち上がった。
提出しないといけないから、適当に大学名を書いた。きっと、無意識のうちにこのときも夢を追いかけられる道を残していた。
資料を片付けて、先輩とふたりで学校を出る。
昼間に学校が終わったから、まだまだ日が沈む様子はなかった。
先輩って、どこの大学目指しているんですか?
そう聞こうと思ったときに、違和感を覚えた。
「……あれ?あの、こんなこと聞くのは失礼なのは承知なんですけど、先輩って……」
そういえば、赤バッチの先輩は卒業していないとおかしいことに気付いてしまった。
「あー。気付いちゃった?んー、とね、……留年、したんだ。それでもなお、保健室登校」
来年も三年生かなー、なんて、どこか寂しそうに笑っていた。
こんな顔をさせるなんて、聞かないほうがよかったな。
やらかしてしまった感は、心の底にズドンと、重たい石を落とされたように残ってしまった。
「ごめんなさい」
「いいよいいよ。私が逆の立場でも聞いちゃうかもだし。気にしないでね」
またね、と分かれ道を歩いていく彼女は、今にも消えてしまいそうなほど、小さな背中をしていた。