マフラーをして、ブランコに腰かけて彼女を待っていると、休みの日なのに変わらず制服を着た彼女がやってきた。
「おまたせ。行こっか」
僕の返事を待つことはせず、彼女が来た道をそのまま戻っていく。
「どこに行くんですか?」
一晩考えた僕の中での彼女は、幽霊か、はたまた僕が勝手に作りあげた妄想か。
何も答えずに歩き続ける彼女を、僕も無言で追いかけた。
広くて綺麗な、まるで大学の校舎みたいな建物に入ると、車椅子の人やしんどそうによろよろ歩く人がたくさんいた。
ここは、市内でいちばん大きい病院だった。
「こっち」
看護師さんのあとについてエレベーターに乗り、看護師さんが降りる階で一緒に降りた。
長い廊下を歩き、彼女が難なくすり抜けた部屋をゆっくり開けた。
やけに大きく聞こえる心電図の音。
電気がついているはずなのに暗い病室。
中に足を進めると、酸素マスクを付けた彼女が、青白い顔をして眠っていた。
「生霊なの。私。去年の卒業式の日、事故に遭って。……本当は、即死のはずだった」
まるでつまらないドラマのあらすじを語るみたいに、すぐには理解できない内容を、まるで昨日のことのように苦しそうな顔をして話している。
「でも、一年命を与えてくれた。一年遅くなっちゃうけど、卒業式に出られるように、死とともに成仏できるようにって。身体ごと動かせるようにするのは難しいから、幽体離脱して一年間悔いなく過ごせって」
「……私の心残りは、あの学校の卒業式に出られなかったことだから」
彼女はピクリとも動かない自分の顔を見ながら、苦しそうに笑った。
「びっくりしたでしょ。私もう、死んでるのと同じなんだよね」
何も反応できない、人形みたいになった僕を見て、自嘲するように笑った。
「惺也くんとお別れする日まで、ずっと内緒にしておくつもりだったんだけどな」
その言葉で、今まで過ごしてきた時間の中で不自然だな、無理やりだなと思ったことが走馬灯のように浮かんできた。
例えばそう。志望校A判定が取れるのに、留年しているところとか。
羨ましそうにアトラクションを見つめる目とか。
冬服と離れられない運命と語っていたこととか。
よく、辛そうな顔をしているところとか。
見て見ぬふりをしてきた、触れてはいけないようなことがここでようやくハッキリしたような気がした。
「なんで、言ってくれなかったんですか?隠し通そうとしたんですか?」
せめて、それっぽい匂わせだけでもしてほしかった。
今彼女が抱えているその辛さを、一つだけでも持ちたかった。
「怖がらせちゃうかなって、思って。あとは、そうだな。そんなこと関係なしに関わってほしかったっていうのもあるのかも」
「でも、僕も優澄先輩の荷物、一緒に持ちたかったです。持ちたいです。あと少し、ほんの少ししか時間がないのかもしれないけど、その間、優澄先輩が背負っている荷物、僕が背負います」
人に後悔するなと言うなら、生霊だとしても最後まで悔いなく生き抜いてほしい。
一分一秒でも長く、歴史を刻んでほしい。
「……ありがとう」
彼女は泣いていた。綺麗な横顔で、美しい涙を流していた。
「はい」
僕はその涙を拭おうと、頬に触れた。
でも、その手は彼女の顔をすっと通り過ぎて、触れることができなかった。
口ばかりでまだ実感を得ていなかったくせに、この一つの行動で一気に現実を見せられた気分になった。
彼女がもうすぐ旅立つという変えられない未来が、僕の心を引き裂いた。
痛くて、辛くて、悲しくて。
僕も一緒になって涙を流した。
彼女はどれだけこぼして落としても、なかったように消えていくのに、僕の涙は彼女が眠るシーツの上に落ちて、じわじわと色を変えていった。
その事実にまた、鼻がツンと痛くなった。
「おまたせ。行こっか」
僕の返事を待つことはせず、彼女が来た道をそのまま戻っていく。
「どこに行くんですか?」
一晩考えた僕の中での彼女は、幽霊か、はたまた僕が勝手に作りあげた妄想か。
何も答えずに歩き続ける彼女を、僕も無言で追いかけた。
広くて綺麗な、まるで大学の校舎みたいな建物に入ると、車椅子の人やしんどそうによろよろ歩く人がたくさんいた。
ここは、市内でいちばん大きい病院だった。
「こっち」
看護師さんのあとについてエレベーターに乗り、看護師さんが降りる階で一緒に降りた。
長い廊下を歩き、彼女が難なくすり抜けた部屋をゆっくり開けた。
やけに大きく聞こえる心電図の音。
電気がついているはずなのに暗い病室。
中に足を進めると、酸素マスクを付けた彼女が、青白い顔をして眠っていた。
「生霊なの。私。去年の卒業式の日、事故に遭って。……本当は、即死のはずだった」
まるでつまらないドラマのあらすじを語るみたいに、すぐには理解できない内容を、まるで昨日のことのように苦しそうな顔をして話している。
「でも、一年命を与えてくれた。一年遅くなっちゃうけど、卒業式に出られるように、死とともに成仏できるようにって。身体ごと動かせるようにするのは難しいから、幽体離脱して一年間悔いなく過ごせって」
「……私の心残りは、あの学校の卒業式に出られなかったことだから」
彼女はピクリとも動かない自分の顔を見ながら、苦しそうに笑った。
「びっくりしたでしょ。私もう、死んでるのと同じなんだよね」
何も反応できない、人形みたいになった僕を見て、自嘲するように笑った。
「惺也くんとお別れする日まで、ずっと内緒にしておくつもりだったんだけどな」
その言葉で、今まで過ごしてきた時間の中で不自然だな、無理やりだなと思ったことが走馬灯のように浮かんできた。
例えばそう。志望校A判定が取れるのに、留年しているところとか。
羨ましそうにアトラクションを見つめる目とか。
冬服と離れられない運命と語っていたこととか。
よく、辛そうな顔をしているところとか。
見て見ぬふりをしてきた、触れてはいけないようなことがここでようやくハッキリしたような気がした。
「なんで、言ってくれなかったんですか?隠し通そうとしたんですか?」
せめて、それっぽい匂わせだけでもしてほしかった。
今彼女が抱えているその辛さを、一つだけでも持ちたかった。
「怖がらせちゃうかなって、思って。あとは、そうだな。そんなこと関係なしに関わってほしかったっていうのもあるのかも」
「でも、僕も優澄先輩の荷物、一緒に持ちたかったです。持ちたいです。あと少し、ほんの少ししか時間がないのかもしれないけど、その間、優澄先輩が背負っている荷物、僕が背負います」
人に後悔するなと言うなら、生霊だとしても最後まで悔いなく生き抜いてほしい。
一分一秒でも長く、歴史を刻んでほしい。
「……ありがとう」
彼女は泣いていた。綺麗な横顔で、美しい涙を流していた。
「はい」
僕はその涙を拭おうと、頬に触れた。
でも、その手は彼女の顔をすっと通り過ぎて、触れることができなかった。
口ばかりでまだ実感を得ていなかったくせに、この一つの行動で一気に現実を見せられた気分になった。
彼女がもうすぐ旅立つという変えられない未来が、僕の心を引き裂いた。
痛くて、辛くて、悲しくて。
僕も一緒になって涙を流した。
彼女はどれだけこぼして落としても、なかったように消えていくのに、僕の涙は彼女が眠るシーツの上に落ちて、じわじわと色を変えていった。
その事実にまた、鼻がツンと痛くなった。