期末テストが近づいてくると、憂うつになる。でもそれを乗り切れば、夏休み。二学期に入れば、文化祭。それなら、テストもひと踏ん張りしてみるか、なんて思うわけで、どうにか生きている。
吹奏楽部の練習の音を聴きながら校門を抜けた。その音の中には、美里の奏でたクラリネットの音色もあるのかもしれないけれど、どれがどれだかわからない。
横断歩道を抜けると坂道があって、住宅街のある一角に出る。そこも抜けると駅。さらに進めば、海だ。
わたしは改札を通って、海を見渡せるホームに出た。ちょうど来ていた電車に、真っ白な制服を着た生徒たちが詰め込まれているのを眺めながら、イヤホンを耳につける。夕焼けに染まっていく海を見つめながら、音楽を流した。潮風がさわさわ髪を揺らす音と学生の笑い声があった世界は、すぐさま女性ボーカルの声に塗り替えられる。
本当は、みんなと同じ急行の電車に乗ればいい。その方が、わたしの家にはたった四駅でつく。でも、わたしはいつも普通列車に乗る。十三駅くらいを、ゆっくり揺られるのだ。
人混みは嫌い。感情に吞まれやすいから。
急行の電車が大勢の生徒を詰め込んで走っていくと、すこしして普通列車が走ってきた。余裕のある車内ですみの椅子に座って、空と海の境界線を眺める。数人の生徒たちが乗り込んできたけれど、さっきの比じゃない。
人混みは嫌い。でも、好き。世界に溶け込んでいると思えるから。
とくに電車は不思議な場所だ。ほかの場所だったらあり得ないくらいに他人との距離が近いのに、みんな他人を気にしない。そういうところにいると、わたしは透明になって世界に溶け込んでいると思える。
色なんてなくていい。わたしは、空気に溶けてさえいられれば、満足だ。消えたように存在していたい。
「あはは、やばーっ!」
「まじウケるんだけど」
イヤホン越しでも、声が聞こえた。目を向けると、須川さんたちだった。急行に乗ってくれればいいのに、せめてべつの車両に乗ってくれればいいのに、彼女たちはわたしのいる車両に乗り込んできた。
「あ、三糸さんだぁ」
わたしは微笑みをつくって、ぺこりと頭を下げる。
そっとスマホを操作して、音量を上げた。膝に乗せた鞄を抱えて、目を閉じる。このまま鞄だけじゃなく、膝も抱えてしまいたくなった。でも動かず、騒がず、空気に溶けることを選ぶ。
頭にちら、と遠藤さんの顔が浮かんだ。
――遠藤さんも、あんなことしなきゃよかったんだ。
もともと、いじめられていたのは遠藤さんじゃなかった。一年生のときのことだ。おとなしくて、ひととしゃべるのが苦手な女の子が、最初の弱者。まあ、そのときわたしは須川さんたちとはべつのクラスだったから、うわさで聞いただけなんだけど。
遠藤さんは、最初は須川さんのグループにいた。だけど、根底の部分で須川さんたちとは相いれなかったのかもしれない。
こういうの、やめようよ。遠藤さんは、そう言ったそうだ。こういうのっていうのは、もちろん、いじめのこと。須川さんたちは、そんな遠藤さんがおもしろくなかったんだろう。だんだんと、いじめの標的は遠藤さんに移っていった。
遠藤さんに助けられた子は、いま、べつのクラスになって、平然と学校生活を送っている。損をしたのは、遠藤さんだった。やっぱり、ああいうことには関わらないのが一番なんだろう。
「じゃね。また明日」
ちょうど一曲が終わったタイミングだったから、須川さんの声が耳に届いた。つい目を開けてしまって、電車をおりようとする須川さんと視線がぶつかる。わたしは笑って、小さく手をふった。笑顔でいれば、たいてい、うまくいく。
吹奏楽部の練習の音を聴きながら校門を抜けた。その音の中には、美里の奏でたクラリネットの音色もあるのかもしれないけれど、どれがどれだかわからない。
横断歩道を抜けると坂道があって、住宅街のある一角に出る。そこも抜けると駅。さらに進めば、海だ。
わたしは改札を通って、海を見渡せるホームに出た。ちょうど来ていた電車に、真っ白な制服を着た生徒たちが詰め込まれているのを眺めながら、イヤホンを耳につける。夕焼けに染まっていく海を見つめながら、音楽を流した。潮風がさわさわ髪を揺らす音と学生の笑い声があった世界は、すぐさま女性ボーカルの声に塗り替えられる。
本当は、みんなと同じ急行の電車に乗ればいい。その方が、わたしの家にはたった四駅でつく。でも、わたしはいつも普通列車に乗る。十三駅くらいを、ゆっくり揺られるのだ。
人混みは嫌い。感情に吞まれやすいから。
急行の電車が大勢の生徒を詰め込んで走っていくと、すこしして普通列車が走ってきた。余裕のある車内ですみの椅子に座って、空と海の境界線を眺める。数人の生徒たちが乗り込んできたけれど、さっきの比じゃない。
人混みは嫌い。でも、好き。世界に溶け込んでいると思えるから。
とくに電車は不思議な場所だ。ほかの場所だったらあり得ないくらいに他人との距離が近いのに、みんな他人を気にしない。そういうところにいると、わたしは透明になって世界に溶け込んでいると思える。
色なんてなくていい。わたしは、空気に溶けてさえいられれば、満足だ。消えたように存在していたい。
「あはは、やばーっ!」
「まじウケるんだけど」
イヤホン越しでも、声が聞こえた。目を向けると、須川さんたちだった。急行に乗ってくれればいいのに、せめてべつの車両に乗ってくれればいいのに、彼女たちはわたしのいる車両に乗り込んできた。
「あ、三糸さんだぁ」
わたしは微笑みをつくって、ぺこりと頭を下げる。
そっとスマホを操作して、音量を上げた。膝に乗せた鞄を抱えて、目を閉じる。このまま鞄だけじゃなく、膝も抱えてしまいたくなった。でも動かず、騒がず、空気に溶けることを選ぶ。
頭にちら、と遠藤さんの顔が浮かんだ。
――遠藤さんも、あんなことしなきゃよかったんだ。
もともと、いじめられていたのは遠藤さんじゃなかった。一年生のときのことだ。おとなしくて、ひととしゃべるのが苦手な女の子が、最初の弱者。まあ、そのときわたしは須川さんたちとはべつのクラスだったから、うわさで聞いただけなんだけど。
遠藤さんは、最初は須川さんのグループにいた。だけど、根底の部分で須川さんたちとは相いれなかったのかもしれない。
こういうの、やめようよ。遠藤さんは、そう言ったそうだ。こういうのっていうのは、もちろん、いじめのこと。須川さんたちは、そんな遠藤さんがおもしろくなかったんだろう。だんだんと、いじめの標的は遠藤さんに移っていった。
遠藤さんに助けられた子は、いま、べつのクラスになって、平然と学校生活を送っている。損をしたのは、遠藤さんだった。やっぱり、ああいうことには関わらないのが一番なんだろう。
「じゃね。また明日」
ちょうど一曲が終わったタイミングだったから、須川さんの声が耳に届いた。つい目を開けてしまって、電車をおりようとする須川さんと視線がぶつかる。わたしは笑って、小さく手をふった。笑顔でいれば、たいてい、うまくいく。