小さなキミともう一度

中学3年生の夏休み前、ぼくは定期検診で主治医の先生から手術をすすめられた。
「体もだいぶ大きくなって体力もついてきているし、心臓の状態も安定しているから、これなら手術に耐えられると思うよ。どうするかはご両親と相談して決めればいい。だけど、奏太くんが嫌だと思うならやめたほうがいい。奏太くんの気持ちが1番大事だからね」
「手術したら走れるようになりますか?」
「走れるし、体育の授業にも参加できるようになる。無理をしすぎなければみんなと同じように生活できるよ」
「それなら、手術受けます!」
ずっとルナと一緒に外で遊んだり走ったりしたいと思ってた。いつもののんびり歩く散歩もいいけど、それだとルナは物足りないんじゃないかと思ってたんだ。
「奏太はルナと走り回りたいのよね」
うぅ...やっぱりお母さんにはバレてた...
「先生、奏太のことどうかよろしくお願いします」
「わかりました。夏休み中なら学校を長く休まなくて済むと思うけど、どうする?」
「それでいいです。少しでも早く元気になりたいです」
「よし、それじゃあ入院の予約していってくださいね。体調崩さないように気をつけるんだよ」
「はい!」


体調を崩すことなく入院当日を迎えた。
「ルナ、しばらく会えないけどいい子にしてるんだよ。ちゃんと元気になって帰ってくるから」
下を向いて小さく『クゥーン』と鳴いたあと、ぼくの顔を見つめて『ワン』と吠えた。

入院中はお父さんとお母さんが毎日スマホにルナの写真を送ってくれた。
ちゃんといい子にしているし、ぼくがいなくてもぼくのベッドで寝てるんだって。

いよいよ手術当日。
お父さんから伏見稲荷大社のお守りをもらった。
なにかの本で写真を見て、なんとなく惹かれた千本鳥居のポストカードを机に飾ってある。お父さんはそれを見てわざわざ送ってもらったみたい。
看護師さんから、お守りは滅菌の袋に入れてそばに置いてくれるって聞いたから、ルナの写真も一緒に入れてもらうことにした。

「奏太、がんばるのよ」
「うん、でもぼくは寝てるだけだから...」
「それもそうだな。目が覚めたら早く回復できるようにがんばるんだよ」
「うん。いってくるね」


夢を見ていた。ぼくはルナと一緒にフリスビーで遊んでる。お母さんがカレーを作ってくれてる。お父さんは...なにしてるんだろう。なにか焼いてる...?
「奏太、もうすぐできるから手を洗って」
「はーい」
天気もいいし、運動したあとに外で食べるご飯ってすごくおいしい。
キャンプってこんなに楽しいんだ。また来たいな。


「奏太」
「奏太、終わったよ」
お母さんとお父さんの声が聞こえて目を開けると、2人がぼくを心配そうに見つめていた。
「ぼくね、楽しい夢を見てたよ。お父さん、なに焼いて...た...」
夢のことを話そうとしたけど、すごく眠くて目を閉じてしまった。
「まだ麻酔がしっかり切れていないので、うとうとした状態がもうしばらく続くと思います。でも手術はうまくいきましたからね。また明日会いに来てあげてください」
「ありがとうございました。明日はもう少し話ができますか?」
「できると思いますよ。あ、そうだ。奏太くんはいつもルナちゃんに会いたいと言っていました。明日、可能ならルナちゃんの写真を持ってきてあげてください。きっと励みになりますから」
「わかりました。必ず持ってきます」


翌日、お母さんがルナの写真を持ってきてくれた。
ぼくのベッドで寝ているところ、おやつをねだっているところ、シャンプーしたてでなんか細ーい生き物になってるところ。
どれもかわいい。早く会いたい!

「昨日、夢を見てたって言ってたのよ。お父さんがなにか焼いてたとかなんとか...」
「そんなこと言ったんだ。全然覚えてない。でも夢を見たのは覚えてるよ。みんなでキャンプに行って、お父さんがアルミホイルに包んだなにかを炭の上に置いたの。なに焼いてたんだろう...」
「楽しい夢を見てたのね。次の休みの日にお父さんと一緒にくるから、なに焼いてたのか聞いてみたら?」
「でもぼくの夢の中のことだからなぁ...教えてくれるかなぁ」
「とりあえず聞いてみたら?さあ、そろそろ帰るわね。また明日くるから」
「うん、ありがとう」

ICUは面会時間が30分だけって決まってるんだって。でも明日には病棟の個室に移れるから、ルナのことをいっぱい聞いてみようと思う。

個室に移ったぼくは、ベッドの上で起き上がる練習を始めた。頭がふらふらして気持ち悪くなりそうで1分も起きていられない。先生は1週間後には歩けるようになるって言ってたけど、ちょっと信じられないよ...

「ルナは毎日玄関で奏太の帰りを待っているのよ。夜、電気を消すと今度は奏太のベッドに移動するの」
「そうなんだ。あんまり長く会わないと、ルナに忘れられちゃうような気がして心配だったんだ」
「大丈夫よ。絶対忘れたりしないから」

ルナの皮膚炎は落ち着いてるとか、ペースト状のおやつを盗み食いしようとしてお父さんに怒られたとか、いろいろ聞かせてもらってるとあっという間に時間が過ぎていった。


翌日はお父さんも来てくれた。
「お!奏太、起き上がれるようになったか」
「うん。もう歩く練習してるよ」
「それはよかった。そうだ、お父さんになにか聞きたいことがあるんだって?」
「あ、あのね、手術の時にね、みんなでキャンプに行ってる夢を見たんだ。その時お父さんがアルミホイルに包んだなにかを炭の上に置いて焼いてたんだけど、あれ、なに焼いてたの?」
「それはきっと焼き芋だな。炭で焼いた焼き芋はおいしいぞ。来年の夏休みにキャンプ行ってみるか」
「やった!楽しみだね」

長時間起き上がっていられるようになると、ぼくは受験勉強を再開した。
病棟の先生たちがちょこちょこ見に来てくれて、わからないところを教えてくれた。
おかげで過去問題をスラスラ解けるようになった。
予定より長くなったけど、9月中旬に退院することができた。
1ヶ月後の診察で異常がなければ学校に行けるようになる。

家に入るとケージの中でルナが吠えている。いそいで出してあげると思いっきり飛びついてきた。尻尾をブンブン振ったり、ごろんとおなかを見せてきたり、大歓迎してくれた。
「ただいま。待っててくれてありがとう」
すると今度は散歩用のリードを咥えてきた。
「夜、涼しくなったら行こうね」
『ワン!』

ルナは小さいときから、ぼくのとなりにぴったり並んでペースを合わせて歩き、絶対に引っ張ったりしなかった。ほかの子がやってるみたいに電柱に近づいていったり、なにかに気を取られたりすることなく、たまに『大丈夫?』っていう顔でぼくを見上げてきたり、『ちょっと休憩』って言ってるみたいにぼくの前でお座りをする。
それは今も変わっていない。
ぼくはもう元気に歩けるけど、やっぱり心配してくれている。ぼくがルナを守らなきゃいけないのに、逆に守ってもらってるみたいだ。


ぼくは無事学校へ行けるようになり、高校受験を終え、中学校を卒業した。
春休み中、ルナと動物病院の手前の交差点で信号待ちをしていると、ぼくたちの後ろをちょっと小柄なおじさんが通り過ぎた。するとそのおじさんは咥えていたたばこを、火が付いたまま周りも見ずにポイッと投げた。
危ない!と思った瞬間、たばこはルナの後ろ足を直撃した。驚いたルナは車道へ飛び出しそうになったけど、間一髪で抱き上げ、病院の受付で事情を話すとすぐに診てもらうことができた。
幸い、たばこの火は直接皮膚に当たらなかったらしい。怪我もなくホッとして診察室から出ると、サラリーマン風のお兄さんから声をかけられた。
さっきの出来事の一部始終を見ていて、たばこを投げたおじさんを捕まえてくれたらしい。
しかも交差点を渡ったところの交番からお巡りさんもそれを見ていて、すぐにお兄さんの応援に行ってくれたみたい。
お母さんにも来てもらい交番で話をすることにした。今回は怪我もなかったから治療費の問題もないし、訴えたりもしないことになったけど、おじさんは歩きたばこの罰金を取られ、お巡りさんにめちゃくちゃ怒られてたな。
お兄さんは仕事があるからと言って行ってしまったので、しっかりお礼ができなかったのが心残りだ。


高校生になると、普通に学校へ通い、体育の授業にも出られるようになった。
運動神経が悪くて、初めてのスポーツに悪戦苦闘してるけど...

「奏太は明日から夏休みだよな。土曜日だし、キャンプの道具を買いに行こう」
「うん!」
『ワン!』
「ははは!ルナも返事したよ。ちゃんと話聞いてるんだな」


「本当にキャンプに来られるなんて思ってなかったよ。やりたいことはいっぱいあるけど、きっとぼくにはできないんだって諦めてた」
「これからやっていけばいいじゃないか。やりたかったこと、全部ノートに書き出してごらん」
「実はさ、これ...」
ぼくはリュックの中からノートを取り出しお父さんに渡した。
「ん?未来ノート?なんだ、こんなにしっかりまとめてたのか。よし、夏休み中にすぐにでもできることからやっていこうか」
「ありがとう!」
『ワンワン!』

テントのそばには小川が流れいて、小さな魚や川底の砂がキラキラと輝いている。まわりは緑に囲まれていて涼しく、とても気持ちのいい場所だ。
「そろそろご飯の準備、始めるわね。奏太はルナと遊んであげて」
「はーい!」
ぼくたちはフリスビーで遊ぶことにした。ルナは赤いものに興味を示すからこれを選んだんだ。
「ちゃんと取ってくるんだよ。えいっ!」
赤いフリスビーを追いかけて走っていく。ルナってあんなに走るの速かったんだ。
いつもはぼくのペースで歩いているから、やっぱり物足りなかっただろうな。
しっかり咥えて持ってきたフリスビーをぼくの手に乗せる。
何回くりかえしても、尻尾をブンブン振って『もっともっと』っていってくる。
そろそろ休憩しようと思ってたら、お母さんに呼ばれた。
「もうすぐご飯できるから、手を洗ってきて」
さっきからカレーのいいにおいがしてて、おなかの虫が鳴きっぱなしだ。
あ!お父さんがアルミホイルで焼き芋焼いてる!
あの時の夢と同じだ。お父さんたちに夢で見たこと全部話したから、きっとそれを再現してくれてるんだ。
あの楽しい夢が正夢になった。

「ルナ、はいご飯どうぞ」
お母さんにハイタッチして食べ始めた。
ルナはご飯をくれる人によって違う方法で『いただきます』のあいさつをする。
お母さんにはハイタッチ。お父さんにはお手。ぼくには『ワンワン!』って2回吠える。
「カレーも焼き芋もおいしいね。ルナも焼き芋おいしい?」
『ワン!』

次の日もいっぱい遊んで2泊3日の初キャンプは終わった。

お父さんから、宿題を早く終わらせたらいいことあるぞ、って言われて、必死になって片付けている。次々とおもちゃや散歩用リードを持ってやってくるルナをかわしながら...

「宿題は進んだか?」
「うん、あと少し」
「それなら今度の週末、お礼参りに行こう」
「お礼参り?」
「手術の時に守ってくれたお守りを返して、神様にお礼をするんだよ」
ってことは、伏見稲荷大社!? 千本鳥居が見られるの!?
「やった!ありがとう!」
ん?まてよ?
「ルナは?」
「残念だけどペットホテルでお留守番」
そうだよね。伏見稲荷はペットを連れて入れないもんね...


初めての京都。観光地に行くこと自体が初めてで、とにかく人の多さに驚いた。
でも糺の森っていう場所はすごく広くて自然がいっぱいで、時間がゆっくり流れているようでとても気持ちのいいところだった。

そして1番の目的だった伏見稲荷大社。
最初に本殿でお参りをして、いよいよ千本鳥居へ。実際に来てみると本当に魅力的な場所だった。神域?っていうのかな、とにかく神聖な場所って感じがする。
早朝だから人もまばらで、すてきな家族写真が撮れた。机に飾ったポストカードと入れ替えよう。ルナの写真も一緒に入れられるフォトフレームってあるかな...

「奏太が大丈夫なら、山頂まで行ってみるか」
「うん、行きたい!」

写真を撮ったり、階段の真ん中に座っている猫をなでたりしつつのんびり登っていき、四ツ辻(よつつじ)という場所で視界が開けて京都の町を一望することができた。遠くのほうに小さく京都タワーが見える。こんな場所まで自分の足で登ってこられるなんて思ってもみなかった。

「あっ、山頂って書いてある!」
「がんばったな、奏太」
「うん、自分でもびっくりしてるよ」
涙が流れてきた。お父さんたちに見られたくなくて後ろを向いたけど、どうしても止めることができなかった。
大丈夫だよって言ってたけど、本当は手術が怖かったし、麻酔から覚めたあとは痛くて苦しくて大変だったんだ。

山頂の『上社神蹟(かみのやしろしんせき)』でお参りをして、次に行きたかった場所へ向かうことにした。

「着いたよ、薬力社(やくりきしゃ)。もし登ることができたら、ここでゆで卵を食べたかったんだ」
「ゆで卵があること、知っていたの?」
「うん。伏見稲荷のこと、少し調べてきたんだ。これはここのご神水でゆでているんだって」
「それはご利益ありそうね。買ってくるから座ってて」

おいしいゆで卵を食べて力をもらい、途中の眼力社(がんりきしゃ)でもお参りをして下山した。
納札所にお守りを納め新しく稲荷守をいただき、本殿で山頂まで行くことができたお礼をして伏見稲荷をあとにした。

初めての経験をして、楽しい思い出がたくさんできた夏休みだった。
そういえば眼力社で『願力ノート』を買ってきたんだ。別名、夢ノートって言うらしい。ぼくは未来ノートに書いたことを、この願力ノートに書き直そうと思った。もちろんキャンプのことや京都旅行のことも書いておくつもりだ。

今まではできないと諦めていた夢を少しずつ叶えて、願力ノートもだいぶ埋まってきた。ぼくは今、高校、大学を卒業し総合商社のペット用品を扱う部署で働いている。
休みの日、ルナはぐったりしていておやつをあげても食べようとしない。
すぐに動物病院へ連れて行くと、検査の結果、膵炎をおこしていることと肺と肝臓に影があることがわかり、まずは膵炎の治療のため入院することになった。
ぼくが帰ろうとすると寂しそうな瞳で見つめてくる。だけど起き上がる元気はないらしく、横になったまま少しだけ頭を上げている。
明日も来るからと言って頭をなでると、ルナは安心したように眠ってしまった。
昨日まで元気に走っていたし、ご飯もおやつももりもり食べていたのに...
ほんのわずかでもきっとなにか異変があったはずなのに、気づいてあげられなかったことがとても悔しい。

平日は母が毎日様子を見に行ってくれて、入院から1週間後、ぼくも一緒に面会に行った。
「血液検査の数値は入院時と変わらず、治療の効果はほとんどみられません。このまま続けても回復の見込みはないと思います」
「それは...」
「飼い主さんが治療を望むなら私たちもできる限り尽力します。ですが、ルナちゃんはこのまま入院していても...もしかしたら一人で最期を迎えることになるかもしれません」
ぼくは頭の中が真っ白になった。でもルナをひとりぼっちにはさせたくないと思った。
「もし連れて帰ったら、あと...あとどれくらい一緒にいられますか?」
「それはルナちゃんの体力次第です。短ければ数日かもしれません」
そんな...
ルナはまだ生きたいと思っているかもしれない。
ぼくのわがままかもしれない。
だけど最期は家で、みんなと一緒に過ごさせてあげたかった。
寂しそうな瞳を見たら、ここにおいていくなんて考えられなかった。
「ルナ、おうちに帰ろうか」
尻尾をピクピクと動かし、頭を上げて起き上がろうとしている。
『一緒に帰る』って言ってるみたいだ。

家に帰りしばらく横になってぐったりしていたけれど、ちょっとづつもぞもぞ動いて、そのうちゆっくりふらふらと歩きぼくにくっついてきた。
膝に乗せると安心したように眠ってしまった。頭や体をなでていると、たまに尻尾を振っているようにぴくぴく動く。

父とぼくが仕事に行っているあいだは、母がずっとみていてくれた。
ぼくはできる限り定時で帰り、少しでも多くの時間をルナと過ごすようにしていた。

もうほとんど動けなくなっていたある日、みんなが揃ったタイミングでルナが頭を上げ『クゥーン』と小さく鳴きゆっくり瞳を閉じた。
退院から2週間後のことだった。

ルナがいなければぼくは元気になれなかったかもしれない。もしかしたら、もうここにいなかったかもしれない。
ルナは幸せだと思ってくれていただろうか。
今までの思い出が頭の中を駆け回り涙が止まらなかった。
「ルナは最期までがんばったのよ。奏太が『よくがんばったね』って笑顔で送りだしてあげなきゃ」
「そうだぞ。奏太が泣いてたらルナは心配でゆっくり休めないだろ」

母がルナの体を拭きブラッシングをし、遺髪をとっておいてくれた。
ぼくは葬儀の手配をし、一睡もできないまま翌日の葬儀を終えた。
片手に乗るほどの小さな骨壺をかかえ、なにも考えられずひたすら泣いていた。
しばらくは気持ちの整理ができず、本当に苦しかった。
あれから2年が過ぎた。
母に頼まれ買い物に出たぼくは、なんとなくいつも通らない道を歩いていた。
最近新しくできたらしい公園にさしかかったとき、ふと聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
気のせいだろうと思いそのまま通り過ぎようとするとまた声が聞こえた。
「公園の中かな...」
誰もいない公園に入ると、奥の花壇のほうから鳴き声が聞こえる。
『クゥーンクゥーン』と、まるでここにいるよって言っているみたいに一生懸命鳴いている。その声がルナの声と重なり、ぼくの心臓は周りに音が聞こえそうなほどバクバクと鳴っている。
ラナンキュラスの花のあいだを覗いていくと小さなキャリーケースが置いてあり、その中で黒い何かが動いている。蓋を開けよく見るとヨークシャテリアの赤ちゃんだった。
キュンキュン鳴きながらぼくの手に必死にしがみついてくる。
「ルナ!」
思わす叫んでしまった。亡くなったルナも子犬の頃は黒い毛だったし、同じようによくぼくの手にしがみついてきてたから。
キャリーケースの中には結構水が溜まっていて、昨夜降った雨が入ったんだとしたらこの子はその前からここに置き去りにされていると言うことだ。
ぼくはいそいで動物病院に連れて行くことにした。
途中で母に連絡し、荷物を取りに来てもらえるように頼んだ。

「生後3週間ぐらいの女の子ですね。体温が低いので処置室であたためていますが、ほかは特に問題ないでしょう。体温が上がれば連れて帰れますがどうしますか?」
「もちろん連れて帰ります!」
すごい早さで母が返事をしたので、ぼくは驚いてなにも言えなかった。
予防接種の時期や届け出に必要なものなどの説明を聞き、ぼくが抱いて連れて帰った。
「お父さんにも連絡しておくね」
「えぇ、連絡しちゃうの?なにも知らずに帰ってきてどんな反応をするか見たくない?」
まるでいたずらを仕掛ける子どもみたいに楽しそうにしている。
「うーん...それじゃ連絡しないでおくよ」

子犬はちゃんと自分で水を飲みに行くし、1度教えたらトイレシートの場所も覚えた。
ぼくの後ろをちょこちょこくっついて歩いたり、前足を上に伸ばして飛びついてきたり、ぼくの隣で眠る姿まで、ルナとそっくりだ。


「ただいまー」
『キャンキャン!』
「おぉ、びっくりした...え?ルナ...?え?」
「ふふ、絶対こういう反応すると思ってたのよ」
「お母さん、わかってたんだ...」
お父さんに今日の出来事を一通り話すと、
「飼わないって選択肢はないだろ。で、名前は?」
「名前かぁ」
そういえば公園でルナって叫んだ瞬間、尻尾の振り方も手にしがみつく力も一層強くなった。単純にぼくの声に反応したのか、ルナっていう名前に反応したのか...
「ルナ!」
『キャンキャン!クゥーン』
子犬は尻尾を振りながらぼくの足に頭をすりすりしてきた。
「返事してるみたいだな。自分はルナだって思ってるんじゃないか?」
「やっぱり...公園でもルナって言ったら反応したんだよ」
「きっとルナが生まれ変わって戻ってきたんだよ」
「そんなことあるかなぁ。でも、そうだったらうれしいよね」
「そうだな。よし!この子は今日からルナだ」


ヨークシャテリアなのに垂れた耳も、先のほうがクルンとカールした黒い毛も、鳴き声も、仕草も、どれを取ってもルナとしか思えない。
「ルナ、もしかして本当に帰ってきてくれたの?」
『キャンキャン!』
小さな尻尾をぶんぶん振りながら手にしがみついてくる。
返事をしてるの?本当に帰ってきてくれたの?
ぼくはうれしくて泣きながらルナをそっと抱きしめた。
「おかえりルナ、会いたかったよ」
『キャンキャン!クゥーン』
願力ノートに「もう一度ルナを大切に幸せに育てる」と書き足した。

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