あれから2年が過ぎた。
母に頼まれ買い物に出たぼくは、なんとなくいつも通らない道を歩いていた。
最近新しくできたらしい公園にさしかかったとき、ふと聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
気のせいだろうと思いそのまま通り過ぎようとするとまた声が聞こえた。
「公園の中かな...」
誰もいない公園に入ると、奥の花壇のほうから鳴き声が聞こえる。
『クゥーンクゥーン』と、まるでここにいるよって言っているみたいに一生懸命鳴いている。その声がルナの声と重なり、ぼくの心臓は周りに音が聞こえそうなほどバクバクと鳴っている。
ラナンキュラスの花のあいだを覗いていくと小さなキャリーケースが置いてあり、その中で黒い何かが動いている。蓋を開けよく見るとヨークシャテリアの赤ちゃんだった。
キュンキュン鳴きながらぼくの手に必死にしがみついてくる。
「ルナ!」
思わす叫んでしまった。亡くなったルナも子犬の頃は黒い毛だったし、同じようによくぼくの手にしがみついてきてたから。
キャリーケースの中には結構水が溜まっていて、昨夜降った雨が入ったんだとしたらこの子はその前からここに置き去りにされていると言うことだ。
ぼくはいそいで動物病院に連れて行くことにした。
途中で母に連絡し、荷物を取りに来てもらえるように頼んだ。

「生後3週間ぐらいの女の子ですね。体温が低いので処置室であたためていますが、ほかは特に問題ないでしょう。体温が上がれば連れて帰れますがどうしますか?」
「もちろん連れて帰ります!」
すごい早さで母が返事をしたので、ぼくは驚いてなにも言えなかった。
予防接種の時期や届け出に必要なものなどの説明を聞き、ぼくが抱いて連れて帰った。
「お父さんにも連絡しておくね」
「えぇ、連絡しちゃうの?なにも知らずに帰ってきてどんな反応をするか見たくない?」
まるでいたずらを仕掛ける子どもみたいに楽しそうにしている。
「うーん...それじゃ連絡しないでおくよ」

子犬はちゃんと自分で水を飲みに行くし、1度教えたらトイレシートの場所も覚えた。
ぼくの後ろをちょこちょこくっついて歩いたり、前足を上に伸ばして飛びついてきたり、ぼくの隣で眠る姿まで、ルナとそっくりだ。


「ただいまー」
『キャンキャン!』
「おぉ、びっくりした...え?ルナ...?え?」
「ふふ、絶対こういう反応すると思ってたのよ」
「お母さん、わかってたんだ...」
お父さんに今日の出来事を一通り話すと、
「飼わないって選択肢はないだろ。で、名前は?」
「名前かぁ」
そういえば公園でルナって叫んだ瞬間、尻尾の振り方も手にしがみつく力も一層強くなった。単純にぼくの声に反応したのか、ルナっていう名前に反応したのか...
「ルナ!」
『キャンキャン!クゥーン』
子犬は尻尾を振りながらぼくの足に頭をすりすりしてきた。
「返事してるみたいだな。自分はルナだって思ってるんじゃないか?」
「やっぱり...公園でもルナって言ったら反応したんだよ」
「きっとルナが生まれ変わって戻ってきたんだよ」
「そんなことあるかなぁ。でも、そうだったらうれしいよね」
「そうだな。よし!この子は今日からルナだ」


ヨークシャテリアなのに垂れた耳も、先のほうがクルンとカールした黒い毛も、鳴き声も、仕草も、どれを取ってもルナとしか思えない。
「ルナ、もしかして本当に帰ってきてくれたの?」
『キャンキャン!』
小さな尻尾をぶんぶん振りながら手にしがみついてくる。
返事をしてるの?本当に帰ってきてくれたの?
ぼくはうれしくて泣きながらルナをそっと抱きしめた。
「おかえりルナ、会いたかったよ」
『キャンキャン!クゥーン』
願力ノートに「もう一度ルナを大切に幸せに育てる」と書き足した。