ピピピピッ!ピピピピッ!

けたたましい目覚ましの音で私は目が覚めた。やっぱり目覚まし時計の音がでかい…と耳をふさぎながら私はがばっと起き上がると、私は昨日お姉ちゃんの助けも借りながら永遠に悩んで決めた服に着替え始めた。

気合入りすぎかな…。普通にいつも通りの格好をしたほうがいい?

おしゃれなワンピースを見てそう思ったとき、誰かにコンコンと部屋のドアをノックされた。

「朱莉ー?入ってもいい?」
「あ、お姉ちゃん?どうぞ。」

そう返事をするとガチャリとドアが開き、メイクボックスを抱えた姉の(ゆかり)が入ってきた。

「お姉ちゃんが魔法をかけに来たよー!」

そういたずらっぽく笑った姉は「よいしょ」と手に持っていたメイクボックスをテーブルの上に置いた。

「自分でメイクぐらいするのに…。お姉ちゃんだって忙しいんじゃないの?」
「悩める妹を助けるのは姉の役目だよ?それに今日はお休みなんだから忙しいも何もないわよ。」

手際よくテーブルの上にコスメを並べていくと、「はい、始めるから目閉じて。」と問答無用で椅子に座らされた。

お姉ちゃんってすごい面倒見がいいんだよね。私が不登校になった時も嫌な顔一つせずにずっと側についていてくれたし。

目を閉じながら、私は不登校になってしまった時のことを思い浮かべた。



「今日は学校、行きたくない。」

そう告げたのは中学2年生の冬休みが明けてから数週間が経った時だった。ちょうど友達関係がグチャグチャになってしまい、クラス内での私の立場がどんどんとなくなってきていた時のことだ。その時、お母さんは驚いたように固まってしまっていたが、お姉ちゃんはすべてを悟ったように軽く目を伏せるだけで何も言わなかった。あぁ、私はきっと親不孝な子供なんだろうな。そう感じた。
それから、私はしばらく家族のことも信じられなくなり、ずっと心を閉ざしてきた。その間も、ずっとお姉ちゃんは「ここにお昼置いとくね。食べれそうだったら食べてね。」と部屋にこもりきりの私に声をかけてくれたり、自分の部屋にある本とか漫画を自由に読んでいいよと言ってくれたり、夜、私が寝れないと言った時には私が寝るまでずっと側についていてくれた。

あぁ、私はまだ大丈夫。家族がいる。って思えたような気がしたんだよね。その時。


「はい。出来たよ。うんうん、似合ってるー!」

お姉ちゃんの声で、私はハッと現実に戻ってきた。鏡を見ると、そこには綺麗に髪もメイクも整えられた私がいた。唇は少し色づいていて、髪の毛はサラッサラになっていた。

「朱莉はナチュラルメイクが似合うからね。そんなにごてごて飾り立てなくても綺麗になれるの。」

満足げにそうお姉ちゃんは言って、「楽しんできなよ!」と背中をポンっと叩いて部屋を出ていった。

私はその背中を見送ると、気持ちを切り替えるように椅子から立った。






「お待たせしましたっ!」

集合場所に着くなり、私はぺこぺこと謝った。あんまり外に出ていなかったので、改札から抜けるのに迷子になっていたのだ。

渋谷とか新宿よりはましなのに迷うって何事よ、私。

自分を責めつつ、陽彩にものすごく謝っていると、クスリと笑われた。

「まだ1分しか遅れてないんだし、気にしすぎだよ。さ、行こ。」

ポンと私の肩を叩くと、まだ気にしている私の腕を引っ張ってように歩き出した。



「なんか一生分のコスメを見たような気がする…。」
「いろんなの試せてほんと幸せな空間だった…。」

ちょうどお昼のピークを過ぎたカフェで私たちは余韻に浸っていた。いろいろなコスメに囲まれた幸せな空間が広がっていて、あれもこれも試してみたくなっちゃったのだ。

結構たくさん買っちゃったし…。

欲しかったお気に入りのオレンジ色のリップとアイブロウは買おうと思っていたけど、チークやアイシャドウパレットまで買う予定はなかった。

試したらすごい良かったし…。頑張ってバイト代を貯めててよかった。

ホッとしながら、私は頼んだオレンジフロートを一口飲んだ。うちのカフェにもこんな飲み物あったな…。てか、私最近食べ過ぎかな?

「朱莉がおすすめしてたリップってこれ?」

ごそごそと買った袋の中を漁っていた陽彩は私と同じ色のリップを取り出した。私が「おすすめのコスメある?」と陽彩に聞かれたとき、私がおすすめしたのがこのリップだった。あまり自己主張をしない色だけれど、少し華を持たせてくれる、とおすすめしたような気がする。

「この色、ほんとに綺麗。おすすめしてくれて、ありがとう。」
「こちらこそ!陽彩がおすすめしてくれたチーク、パッケージがすごく可愛いし!」
「僕も愛用してるんだよね、それ。だから、お揃い、かな?」

お揃い。中学時代はそんなことを友達とやっていたような気がするけど遠い記憶の物だ。なんだか久しぶりにお揃い、って言葉を聞いたな、と感じ、私は思わずマジマジと陽彩の顔を見てしまった。

「どうしたの、そんな顔して。お揃い、嫌だった?」
「全然!びっくりしちゃっただけ。なんか久しぶりで。」

慌てて否定するとホッとしたように胸をなでおろした。それから、ちょっと心配そうな顔になって私を見た。

「前から気になってたんだけどさ、朱莉ってあんまり昔のこと話さないよね。」
「…。」
「いや、別に無理に話そうとしなくてもいいんだけど。何かあったのなら友達として知るべきかなって…。」

私が反応しないことに気づいてか、少し気遣うように口を閉ざされた。

気まずい沈黙がその場に流れた。

「あ、あのっ。私、ちょっと急用思い出しちゃったから、帰るね。今日はありがとう。また明日!」

その場にいることが耐え切れずに、私はガタッと席を立ってカフェを出た。

はぁ。失敗しちゃったよ。あんなつもりはなかったのに。

その後、陽彩からのメッセージが数件あったけれどすべて未読のままにしてしまった。自分が変なことはわかる。あの場を気まずくさせてしまったことも。でも、私にはどうしても、陽彩を信じて話すことができなかった。

やっぱり私って変われてなかったんだな。