昨日はすごいことになっちゃったな…。

昨日のことを思い出して、私は少し落ち込みながら家庭科準備室の中へ入った。事務室から頑張って運んできた重たい段ボールを床に置くと、ふうと一息つく。

衣装に使う布がこんなに重いなんて…。それにしても、教室の空気がちょっとだけ変わっていた…?

クラス全員分の衣装用の布が入った段ボールを見下ろして、私は教室の様子を思いうかべる。
昨日起こったいざこざから、みんなはいつも以上に団結して準備をしている。教室では昨日さんざん言われた男子たちが黙々と働ていた。

「白石さん?段ボール運んだらこっちの糸の選別も手伝ってー。いっぱいあってどれが誰のかわからないの。」

ひょこっと明かりが漏れている家庭科室のほうから赤坂さんが顔を出して首をかしげた。

「あ、今行くね。」

そう言うと、私は段ボールに『1-Dクラス衣装』と書いたシールを貼って家庭科準備室を出た。


「うわぁ…。やばいね、これ。」

家庭科室に入ると、私はそんな声を漏らした。そこでは、家庭科室の床半分を埋め尽くす大量の糸の束を衣装係全員で選別していたのだ。

「ごめんね、こんなことになってるとは思わなくて。」
「いいのいいの。白石さん、頑張って運んでくれてたでしょ。」

謝りながら、みんながいる場所へと向かった。「同じ色の糸は全部まとめちゃって。一個しかないやつは使う人の所の名前でまとめてあるから。」黒川さんが、赤色の糸の束を手にしながら説明してくれた。その言葉をしっかりと聞き、私は糸の選別を始めた。





「終わったぁーーーーー!」
「もうちょっとで最終下校になっちゃうわね。みんな、ありがとう。」

ぐーんと伸びをする赤坂さんは満ち足りた表情でバタッと床に倒れこんだ。衣装係8人で必死に分けていった結果、2時間で片を付けることができた。今、床には分けられた糸の束が大量に積み上げられている。

「ねね、この後みんな時間ある?」

ふいに赤坂さんが何かを思いついたように私たちを見回した。

「みんなでちょっとお茶してかない?」


「えーっと、ドリンクバーを8人分お願いします。あ、あとマンゴーパフェ2つ。」

ファミレスに着くなり、サッと手を挙げて赤坂さんが注文した。その後、まだ決めていない私たちに、「何でも好きなもの食べよ!」とメニュー表を差し出してきた。

わぁ。桃のパフェもあるんだ。おいしそう。でも、アイスクリームもいいな。パンケーキでもいいし。うーん。

「桃のパフェがいいな。みんなは?」

衣装係のメンバーの一人である末澤さんがそう発言すると、それに乗ったように数人の子が「私もー!」と言ってメニュー表を置いた。その声に混じるように私もおずおずと「私も、桃のパフェで…。」と告げた。

「それで。何か桃花は話があるんじゃないの?」
「芹菜…。察し良すぎ。」

ドリンクバーから好きな飲み物を取ってきて、席に着くと黒川さんが少し赤坂さんを睨んだ。周りの子たちも不思議そうにしていることからあの2人しか知らないことなのだろうと察する。

「みんなに協力してもらいたいことがあるの。いいかな?」

いつもの元気な赤坂さんは真剣な目で私たちを見つめた。




「あら。今日は早起きね。何かあるの?」

朝、いつもより1時間早く起きると、お母さんがびっくりしたように私を見た。

「お母さんこそ。いっつも早起きだよ。」
「仕事があるからね。お父さんが元気か週一で電話もしないといけないし。時差があるからね。」

お父さんは単身赴任で海外で暮らしている。いつも忙しそうなお父さんだけど、絶対に誕生日などのイベント時にはどんなところにいようがプレゼントをくれたり、電話でお祝いしてくれたりする。そんな会話を交わしながら、お母さんは手早く洗濯物をまとめると、洗濯機を回し始める。お姉ちゃんは大体いつもぎりぎりに起きてくるので、その日の夜に洗っている。

「今日はお姉ちゃんも早く起こしたほうがいいかしら?」
「え、お姉ちゃんに悪いからいいよ。私が早起きしてやることがあっただけだし。」

ぶんぶんと首を振りながら、私は朝ご飯のパンを用意する。できるだけ早く学校に向かわなければ、時間が足りない。
さっさと朝ご飯を済ますと、慌ただしく家を出ていった。




「ごめんね、みんなに早起きさせちゃって。」

学校に着き、まだがらんとしている教室の中に入ると、赤坂さんが頭を下げて謝ってきた。

「もう、さっきから何回も気にしないでって言ってるのに。」

黒川さんは呆れたように言うと、「さっさと準備するわよ。」とみんなに仕事を振り分け始めた。

「末澤さんはこっちにある糸をそれぞれ振り分けて。白石さんはここの5つの衣装の担当ね。桃花はこっちの5つ。日下さんはこっちの5つをお願い。それから…。」

てきぱきとみんなに指示を出した後、サッと布の裁断を始めた。

出来る女性って感じ…!

が、感心している暇などない。今から、5人分の衣装を作り上げなくてはいけないのだ。私ははさみを持つと、大きな布をデザイン画の通りに切り始めた。

事の発端は赤坂さんが昨日、ファミレスで言った言葉だった。

「衣装係以外みんなさ、どんどん準備が進んでいってるじゃん?衣装を作るのは大変だけど皆は待ってくれないだろうなって思って。だから、明日から朝練ってことで衣装づくり、しない?」

マンゴーパフェをほおばりながら私たち一人一人の顔を順番に見ていく。私は桃パフェを食べる手を止め、赤坂さんを見つめ返した。

「明日からみんなで早起きして衣装を作っていくってこと?」
「そう。大変だから、できる人だけでもいいよ。できればみんなにやってほしいけど。」

みんなの反応をうかがうようにあたりを見回している赤坂さんに、黒川さんが微笑みかけた。

「いいじゃない。頑張りましょうよ、みんなで。」
「うん。私たちもその考えに賛成する。」
「頑張ろ!」

口々にみんなが賛成していった。


「うう。みんな優しすぎだよ…。」
「誰かが頑張ってるのに自分だけぬくぬくとしてられないじゃない。」
「みんなで協力すれば文化祭のリハーサルまでに終わるよ!」

みんなでうるっときている桃花ちゃんを励ましながら与えられた仕事をこなしていく。私は黒板のすみっこに張られたカレンダーを見つめて、心の中でノルマを決めた。

よし、後一か月後には本番だ。その1週間前までには完成したいから多めに見積もって4日で一着完成させよう。

布を切りながら、私は決意をした。



が…。

「なんで…。」

本番まであと2週間を切った時。事件は起きた。

私が作った陽彩の衣装の裾が切られていたのだ。それもざっくりと。衣装は全部、家庭科室の中にある段ボールに保存してある。ここに入るには鍵が必要だ。私たち衣装係は毎日朝早く来てここで衣装作りをしている。たまに教室でした時もあったが、その時は私たち以外に人はいなかったような気がする。

誰がやったの…。私か、陽彩に恨みを持つ人?

呆然と衣装を見つめている私とは違い、黒川さんや赤坂さんは目を剝いて「ちょっとみんなを呼んでくる。」と教室へ走り去っていった。


「急に呼びつけてどうしたんだよ。」

不愉快そうな顔の宮ヶ瀬くんたちや顔を見合わせて不安そうにしている女子たちを見回して、黒川さんは告げる。

「誰かが、うちのクラスの衣装を切り裂きました。心当たりのある人はいますか。」

シンとその場が静まり返った。誰もが、答えに詰まったような顔をしている。黒川さんはその様子に苛立ちを覚えたようで、

「自分たちのクラスの物が傷つけられてどうして黙っていられるの?何かあるならしゃべってよ。」

と強い口調で言った。

「そんなことで俺ら呼び出されたの?どうでもいいんだけど。また直せばいいだろ、そんなん。」
「はぁ⁉あんたら、こっちがどれだけ頑張ってきたか知らないで…!」
「赤坂さん、落ち着いて。」

私はヒートアップする赤坂さんを止めるため、慌てて間に入った。ここで喧嘩をしていたら、埒が明かない。

「そういう宮ヶ瀬くんは犯人じゃないの?」

ふいに葵ちゃんの凛とした声が響いた。その声に、全員が宮ヶ瀬くんのほうを向いた。

「は?俺じゃねーし!」
「怪しーい。そういいながら、本当はやってたりするんでしょ?」
「だからやってないって!」

宮ヶ瀬くんは思いっきり不愉快な顔をして私や葵ちゃんを睨んだ。でも、葵ちゃんや黒川さんの中では犯人と決定されたようで、「あんたの言い分は知らない。」と突き放してしまった。

このままじゃクラスが壊れちゃう…!

「ま、まだ決めつけるのは早いよ…!ほかのクラスの人がやったのかもしれないし!」

おずおずと発言した私を宮ヶ瀬くんは少し驚いた顔で見つめ、「お前、疑ってないのかよ。」と呟いた。

「じゃあ、誰がやったの?他のクラスの人って誰よ?」

黒川さんが、少し不機嫌そうに私を見て聞いた。

「それは…。」

私が口ごもると、黒川さんは「やっぱり宮ヶ瀬しかいないじゃない。」と私から視線を外した。

そんな言い方しなくても…。

どうやってここをまとめればいいんだろう…。と途方に暮れていた時、「犯人探し、やめない?」と末澤さんが声をあげた。

「犯人探ししてる時間があるなら衣装作り直そうよ?ね?」
「でも、末澤さんはそれでいいの?」

葵ちゃんが衣装係リーダーの末澤さんを見上げると、「こうしている時間がもったいないじゃない。今から作り直せば絶対間に合うわ。くよくよしないで次に行かなきゃ。」と笑顔で言った。その言葉を聞いたクラスメイト達はまぁ、衣装係のリーダーが言ってるならいいか…となり始め、各々それぞれの仕事に取り掛かっていった。

「朱莉ちゃんと陽彩くんもそれでよかった?」
「あ、うん!」
「朱莉が気にしてないならいいよ。」

末澤さんの問いかけに私はコクリと頷いた。うまくクラスがまとまってよかった…とほっとしていた私は末沢さんが向けていた鋭い視線に気が付かなかった。