みんな、うわべだけの笑顔を浮かべて生きている。人を信じたら、きっといつかは裏切られてしまう。
そう感じたあの日、私は本音を言わなくなった。
「おはよー。昨日のテレビ、見た?」
「やベっ。課題終わらせてない。」
「朝からめっちゃ眠いよぅ。授業中寝るかも。」
学校の正門前はおしゃべりをする人でいっぱいだ。みんなそれぞれのことに集中していて周りなんか見やしない。
「白石さん、おはよう!」
「あ、おはよう、白鳥さん。」
私に後ろからそう声をかけてきてくれたのは同じクラスの白鳥葵さんだった。新学期、席が前後ということから仲良くなって、最近は挨拶をよくするようになった。いつもにこにこと笑顔を浮かべている白鳥さんはまるで太陽みたいだ。私とは真逆の存在。
「数学の課題、終わった?私は難しくて全然できなかったんだけど。」
「何とか頑張ったよ。最後の問題が分からなかったけど。」
「え、すごい!あとで教えてくれる?」
「うん。」
他愛もない会話をしながら私たちは教室までの道を歩く。私にとっては嫌われないように、相手がどんな答えを待っているのかを考えるので精いっぱいで毎日バクバクしているのだけれど。
考えすぎだからいけないのかな。でも、どうしてもそう考えてしまう自分がいる。
「そういえばさ、白石さんって何か好きなものとかあるの?私が一方的に話すばっかりで白石さんのこと全然聞けてないなーって。」
「あんまり好きなこと、ないんだよね。なんかハマれるものがなくて…。」
「そっか。あれ、でも図書委員会には入ってるよね?本好き?」
「えっと…。」
読書は好きだ。暇なときとか一人でいるときのお供になってくれるし、空想の世界に飛んじゃえば現実からは少しの間だけでも逃れられる。でも積極的に委員会をやろうとかそんなことは思わなかった。なんとなく、「誰もやる人いなさそうだしひっそりとできそうだから」という理由で入ったにすぎない。
でもそんなこと正直に言ったら空気悪くしそうだし…。
「うん、本、好きだよ。」
「なんかおすすめの本とかある?良ければ教えてほしいな。」
「おすすめ…。」
考え込んでいるといつの間にか教室まで来ていたようで、わいわいがやがやとした声が聞こえてきた。
「おはよう。」
「あ、おはよう、白石さんに白鳥さん。」
「お、おはよう。」
クラスメイトとも挨拶を交わすぐらいは自然にできるようになり、名前をちゃんと覚えてもらうことにも成功した。
中学の時は名前すら呼ばれてなかったし…。
そこまで考えて、頭をぶんぶんとふる。あまりいい思い出がないので封印しておこうと高校に入学する前に誓ったのだ。不用意に自分から思い出そうとするなんて馬鹿すぎる。
「どしたの、白石さん。すっごい首ふってるけど。」
「ううん、なんでもない!」
怪訝そうな顔で白鳥さんに見られ、私はあわてて否定しながら席に着いた。
「疲れた…。」
放課後、誰もいない図書室で私はひとり呟いた。今日もうわべだけの笑顔を浮かべてクラスメイト達と話し、白鳥さんに「一緒にお弁当食べない?」と今日こそ話しかけるつもりが結局白鳥さんと同じグループの人に悪いと思って話しかけられなかった。
毎日こんな調子だからいつも自分を責めたくなる。
そういえば今日はひとりの仕事だったっけ…?
図書委員会の割り振り表をぼんやりと眺めていた私はそれならば!とカバンの中から一冊のノートを取り出した。かわいくデコってあるそのノートの表紙には『ファッションデザイナーになるために』と色ペンで書いてある。そのノートをパラパラとめくりながら、私は今日の朝のことを思い出した。
あそこで「実は洋服とか好きなんだよね…。」って打ち明けていれば何か変わっていたのかな。でも、どうせ馬鹿にされるだろうし…。
また中学時代のことを思い出してしまいそうで、私は大急ぎでノートに絵を描き始めた。
「ねぇ。ねぇってば。」
誰かに強く揺さぶられ、私は目を覚ました。
もしかして寝ちゃってた⁉
がばっと体を起こすと、一人の男子生徒が本を片手にこちらを見ていた。
「この本を借りたいんだけど。」
「あ、あぁ、ごめんなさい!寝てたから気が付かなかった…。」
ぺこぺこと謝りながら私は本の貸し出し作業を始める。ピッとバーコードを読み取って本の後ろについている貸出票に今日の日付をスタンプしていると、
「あのさ、このノートって…。」
男子生徒がノートをちらりと見て聞いてきた。
「へぁ⁉」
思わず素っ頓狂な声が飛び出た。そういえばノートを描いている最中に寝落ちをしていたから開きっぱなしだった。ババっとノートを閉じてカバンの中にしまうと、突き返すように本を差し出し、
「返却期限は来週の水曜日ですっ!」
逃げるようにその場を後にした。
そう感じたあの日、私は本音を言わなくなった。
「おはよー。昨日のテレビ、見た?」
「やベっ。課題終わらせてない。」
「朝からめっちゃ眠いよぅ。授業中寝るかも。」
学校の正門前はおしゃべりをする人でいっぱいだ。みんなそれぞれのことに集中していて周りなんか見やしない。
「白石さん、おはよう!」
「あ、おはよう、白鳥さん。」
私に後ろからそう声をかけてきてくれたのは同じクラスの白鳥葵さんだった。新学期、席が前後ということから仲良くなって、最近は挨拶をよくするようになった。いつもにこにこと笑顔を浮かべている白鳥さんはまるで太陽みたいだ。私とは真逆の存在。
「数学の課題、終わった?私は難しくて全然できなかったんだけど。」
「何とか頑張ったよ。最後の問題が分からなかったけど。」
「え、すごい!あとで教えてくれる?」
「うん。」
他愛もない会話をしながら私たちは教室までの道を歩く。私にとっては嫌われないように、相手がどんな答えを待っているのかを考えるので精いっぱいで毎日バクバクしているのだけれど。
考えすぎだからいけないのかな。でも、どうしてもそう考えてしまう自分がいる。
「そういえばさ、白石さんって何か好きなものとかあるの?私が一方的に話すばっかりで白石さんのこと全然聞けてないなーって。」
「あんまり好きなこと、ないんだよね。なんかハマれるものがなくて…。」
「そっか。あれ、でも図書委員会には入ってるよね?本好き?」
「えっと…。」
読書は好きだ。暇なときとか一人でいるときのお供になってくれるし、空想の世界に飛んじゃえば現実からは少しの間だけでも逃れられる。でも積極的に委員会をやろうとかそんなことは思わなかった。なんとなく、「誰もやる人いなさそうだしひっそりとできそうだから」という理由で入ったにすぎない。
でもそんなこと正直に言ったら空気悪くしそうだし…。
「うん、本、好きだよ。」
「なんかおすすめの本とかある?良ければ教えてほしいな。」
「おすすめ…。」
考え込んでいるといつの間にか教室まで来ていたようで、わいわいがやがやとした声が聞こえてきた。
「おはよう。」
「あ、おはよう、白石さんに白鳥さん。」
「お、おはよう。」
クラスメイトとも挨拶を交わすぐらいは自然にできるようになり、名前をちゃんと覚えてもらうことにも成功した。
中学の時は名前すら呼ばれてなかったし…。
そこまで考えて、頭をぶんぶんとふる。あまりいい思い出がないので封印しておこうと高校に入学する前に誓ったのだ。不用意に自分から思い出そうとするなんて馬鹿すぎる。
「どしたの、白石さん。すっごい首ふってるけど。」
「ううん、なんでもない!」
怪訝そうな顔で白鳥さんに見られ、私はあわてて否定しながら席に着いた。
「疲れた…。」
放課後、誰もいない図書室で私はひとり呟いた。今日もうわべだけの笑顔を浮かべてクラスメイト達と話し、白鳥さんに「一緒にお弁当食べない?」と今日こそ話しかけるつもりが結局白鳥さんと同じグループの人に悪いと思って話しかけられなかった。
毎日こんな調子だからいつも自分を責めたくなる。
そういえば今日はひとりの仕事だったっけ…?
図書委員会の割り振り表をぼんやりと眺めていた私はそれならば!とカバンの中から一冊のノートを取り出した。かわいくデコってあるそのノートの表紙には『ファッションデザイナーになるために』と色ペンで書いてある。そのノートをパラパラとめくりながら、私は今日の朝のことを思い出した。
あそこで「実は洋服とか好きなんだよね…。」って打ち明けていれば何か変わっていたのかな。でも、どうせ馬鹿にされるだろうし…。
また中学時代のことを思い出してしまいそうで、私は大急ぎでノートに絵を描き始めた。
「ねぇ。ねぇってば。」
誰かに強く揺さぶられ、私は目を覚ました。
もしかして寝ちゃってた⁉
がばっと体を起こすと、一人の男子生徒が本を片手にこちらを見ていた。
「この本を借りたいんだけど。」
「あ、あぁ、ごめんなさい!寝てたから気が付かなかった…。」
ぺこぺこと謝りながら私は本の貸し出し作業を始める。ピッとバーコードを読み取って本の後ろについている貸出票に今日の日付をスタンプしていると、
「あのさ、このノートって…。」
男子生徒がノートをちらりと見て聞いてきた。
「へぁ⁉」
思わず素っ頓狂な声が飛び出た。そういえばノートを描いている最中に寝落ちをしていたから開きっぱなしだった。ババっとノートを閉じてカバンの中にしまうと、突き返すように本を差し出し、
「返却期限は来週の水曜日ですっ!」
逃げるようにその場を後にした。