リョウは少し考えて、言った。
「八坂さんは、ホールに出るとき、背筋を伸ばしてみようか」
 ミオが顔を上げる。リョウは穏やかな声で言った。
「そうすると、視界が広がるから。いろいろなものが見えるようになる。それで心に余裕ができる」
 そう言ってから、リョウはぎこちなく笑う。
「大丈夫。俺なんて、もっとたくさんミスをして先輩たちに迷惑かけてきたから」
 分かりました、というミオの返事は、いつもよりもずいぶん大きかった。


「リョウさん」
 そう声をかけられて、リョウは振り向いた。
 大学のキャンパス。履修の都合で一時間空いてしまった時間を人気のないベンチででも潰そうかと歩いているところだった。
 そこにミオが立っていた。
「あれ」
 リョウは首を傾げる。
「どうしたの。なんでここに」
「私も、ここの大学なんです」
 ミオは言った。
「知りませんでしたか」
 そう言ったミオの背筋が、気持ち伸びていた。
「ごめん。知らなかった」
 リョウは正直に言った。
 バイトしているレストランは別の駅だ。このあたりには有名無名を問わず大学がいくつもある。ミオもそのどこかの学生だろうと思っていた。
 なんとなくそのまま二人で近くのベンチに腰を下ろす。
 学部は、とか、家は、とかそんな話をしていると、ふと目の前を見覚えのある顔が通りがかった。
 それは、リョウを今のバイトに誘った友人だった。
 思わずリョウが呼び止めると、友人は振り返って、よう、と微笑んだ。
 髪の毛が白に近い金色になっていた。耳のピアスの数もずいぶん増えている。
「もう大学には来ないのかと思ってたよ」
 リョウの言葉に友人は笑う。
「そろそろ来ねえと留年しちゃうからな」
 それから、リョウの隣に座るミオを見て、友人は目を細めて得意そうに言った。
「な。俺の言ったとおりだったろ」
「え」
「あの店でバイトして正解だったろ」
 きょとんとするミオと、珍しく慌てるリョウを見て、友人は笑いながら、授業に遅れちまう、と言うと手を振って去っていった。
「リョウさん、ああいうお友達もいるんですね」
 ミオがぽつりと言う。
「意外」
 そう言って自分を見上げるミオの目がなんだかくすぐったくて、リョウは目を逸らした。