口数も少なく、仕事の覚えも悪いミオは、しばらくすると孤立しがちになり、必然的にリョウが彼女の面倒を見ることが多くなった。
「八坂さん。これはこっちだから」
 時折、リョウがそんな指摘をすると、ミオは大抵無言で頷くか、小さな声で、はい、と言った。
 別にただそれだけの関係だったが、似たような地味な二人がぼそぼそと言葉を交わすのが面白かったらしい。ある日、リョウはバイトの後輩に言われた。
「リョウさん、最近ミオちゃんといい感じっすね」
 からかうような笑顔だった。
 リョウは曖昧に笑って、いや、別に、と答える。
 だが、それがミオを意識し始めた最初の瞬間だった。

 ある日、オーダーのミスから、リョウは客にねちねちとずいぶん長いこと嫌味を言われた。
 ちょうど店長は不在で、ホールで一番の古株はリョウだった。
 リョウはそういう客の相手をするのが苦手ではなかった。感情のあまり表に出ないリョウが精いっぱい申し訳なさそうな顔をして謝ると、じきに客は拍子抜けしたような顔をして矛を収める。
 バイト仲間の中には、客に頭を下げることで自分の尊厳のようなものが損なわれると思っている者もいたが、リョウはそのあたりはあまり気にならなかった。
 給料をもらっているのだ。頭くらいは下げる。
 そう割り切っていた。
 それにしても、その日の客はしつこかった。
 普通の客の五倍以上の時間をかけて、ようやくその客が捨て台詞とともに帰っていった頃には、もう閉店時間になっていた。
 残っている客は誰もいなかった。
 ため息をついて蝶ネクタイを外しながら厨房へ戻ると、バイト仲間が総出で労ってくれた。
 やっぱりクレーマーにはリョウさんしかいないっす、などと調子のいいことを言う後輩に苦笑いして首を振ると、手近のコップに水を注ぐ。
 喉を鳴らして水を飲み干したところで、目に涙を溜めたミオが傍らに立っていることに気付いた。
 オーダーをミスしたのは、ミオだった。
 ほら、ミオちゃん、とほかの女子に背中を押され、ミオが言った。
「リョウさん、すみませんでした。私のせいで」
 リョウさん、なんて初めて呼ばれたな。
 リョウは驚く。ミオからはいつも名前どころか、あの、とか、すいません、などとしか呼ばれていなかったからだ。
「本当に、ありがとうございました」
 ミオが深々と頭を下げる。