「つまり、彼女の家に一緒に行って、カップを探せってことですね」
「まぁ、そういうことかな」
「いいですよ。やりましょう」
「え、本当に! やったぁ。ノリがよくて助かる~」
私は口の周りについた極上のスープを、グイッと手の甲でぬぐい取った。
「それで、本当にカップはいただけるんでしょうね」
「もちろん。そこは約束しよう」
「交渉成立です」
分かった。
彼女のためにも、こんな男とはさっさと別れた方がいい。
グッと手を差し出したら、彼はにっこりと微笑んでそれを握り返した。
金持ちとか家柄とか、そういう問題じゃない。
単なるクズだ。
「はは。よかった。それじゃあこれから、作戦会議に入ろうじゃないか。面倒なことは一度で済ませたいからね。よろしく頼むよ」
「同感です。一度で済ませましょう」
気持ちを切り替えよう。
これはビジネスだ。
仕事だ。
おじいちゃんのカップが私のものになるのなら、なんだってやる!
それから、二人で練り上げた計画はこうだ。
佐山CMOの彼女こと宇野詩織さんのご実家に、私は三上恭平の孫として同席する。
詩織さんも会場で私のことを見ているはずだし、そこはすぐに信じてもらえるだろう。
ぜひもう一度あのカップを間近で拝見したいと私から佐山CMOに申し出たところ、彼から紛失したとのことを聞かされ、探すのを手伝いに彼女の家まで来た。
「紗和子さんは、俺の彼女のフリはしてくれないの?」
「彼女との関係は、ご自分で何とかしてください」
佐山CMOはとてもわざとらしく、やれやれと残念そうに私をみつめるが、そんなことは気にしない。
恋人のフリなんて、絶対したくない。
非常識にも程がある。
そもそもこれ以上面倒に巻き込まれるのは絶対に嫌だ。
ノックが聞こえ、次の料理が運ばれてくる。
今が旬のアスパラガスの、さっぱりとしたペンネだ。
こんな話をしながらだと、せっかくのお料理も楽しめない。
「自分が三上恭平の孫だということを伏せておいてくれって言ったのに。俺の彼女って紹介されるより、そっちの方がいいんだ」
「恥はもう十分かいてきているので、今更平気です。そんなことより、佐山CMOの恋人だと誤解される方が厄介です」
「別に大丈夫じゃない? 今更彼女の一人や二人、増えたり減ったりしたところで、誰も気にしないと思うけど」
「私が気にするので嫌です」
「あ、そうなんだ」
彼は本当にあどけない顔で、「ははは」と声に出して笑った。
その見た目だけは、無邪気な少年みたいだ。
実際に接してみれば、想像以上にヘンな人だったけど。
詩織さん宅へ行く計画の合間に雑談を交わしながら、佐山CMOが大変な美術品好きだということはよく分かった。
そうじゃなきゃ、おじいちゃんみたいなマイナー作家のことなんて、知ってるわけないし。
私だって大好きなおじいちゃんのことを褒められ続ければ、気分の悪くなりようがない。
骨付き肉の食べ方が分からない私を見て、丁寧に取り方を教えてくれる彼に、少しはドキリとしている。
気づけば最後のドルチェであるラズベリーパイと表面がカッチカチのクリームブリュレも終わり、濃いめの珈琲も飲み干していた。
「実は彼女の自宅に、来週末に誘われてるんだよね。急なんだけど、行ける?」
「あ、はい。大丈夫です」
そう即答しておいて、ハッと我に返る。
少しくらい、忙しいフリをすればよかったかな。
せめてスマホを取りだして、予定を確認するくらいすればよかった。
「よかった。じゃあ自宅まで送っていこう」
彼が立ち上がるの見て、慌てて鞄を手に私も立ち上がった。
「あ、大丈夫です。電車で帰れますので」
「いやいや。これから大切な仕事を頼むビジネスパートナーなんだから。それくらいはさせてくれ」
店を出たら、すでにタクシーが用意されていた。
乗車席の扉が開き、奥に押し込められる。
「あ、あの!」
これじゃ、家に着いてもすぐに降りられない。
「大丈夫ですよ。俺が怪しい人間じゃないってことは、よく知ってるでしょ? ちゃんと送り届けつから」
にこっと微笑むその笑顔に、ぐっと押し黙る。
確かに彼はうちの会社のCMOだし、私の上司だ。
もちろんおかしなことになるなんて、疑ってはいない。
だけど……。
「まぁ、そういうことかな」
「いいですよ。やりましょう」
「え、本当に! やったぁ。ノリがよくて助かる~」
私は口の周りについた極上のスープを、グイッと手の甲でぬぐい取った。
「それで、本当にカップはいただけるんでしょうね」
「もちろん。そこは約束しよう」
「交渉成立です」
分かった。
彼女のためにも、こんな男とはさっさと別れた方がいい。
グッと手を差し出したら、彼はにっこりと微笑んでそれを握り返した。
金持ちとか家柄とか、そういう問題じゃない。
単なるクズだ。
「はは。よかった。それじゃあこれから、作戦会議に入ろうじゃないか。面倒なことは一度で済ませたいからね。よろしく頼むよ」
「同感です。一度で済ませましょう」
気持ちを切り替えよう。
これはビジネスだ。
仕事だ。
おじいちゃんのカップが私のものになるのなら、なんだってやる!
それから、二人で練り上げた計画はこうだ。
佐山CMOの彼女こと宇野詩織さんのご実家に、私は三上恭平の孫として同席する。
詩織さんも会場で私のことを見ているはずだし、そこはすぐに信じてもらえるだろう。
ぜひもう一度あのカップを間近で拝見したいと私から佐山CMOに申し出たところ、彼から紛失したとのことを聞かされ、探すのを手伝いに彼女の家まで来た。
「紗和子さんは、俺の彼女のフリはしてくれないの?」
「彼女との関係は、ご自分で何とかしてください」
佐山CMOはとてもわざとらしく、やれやれと残念そうに私をみつめるが、そんなことは気にしない。
恋人のフリなんて、絶対したくない。
非常識にも程がある。
そもそもこれ以上面倒に巻き込まれるのは絶対に嫌だ。
ノックが聞こえ、次の料理が運ばれてくる。
今が旬のアスパラガスの、さっぱりとしたペンネだ。
こんな話をしながらだと、せっかくのお料理も楽しめない。
「自分が三上恭平の孫だということを伏せておいてくれって言ったのに。俺の彼女って紹介されるより、そっちの方がいいんだ」
「恥はもう十分かいてきているので、今更平気です。そんなことより、佐山CMOの恋人だと誤解される方が厄介です」
「別に大丈夫じゃない? 今更彼女の一人や二人、増えたり減ったりしたところで、誰も気にしないと思うけど」
「私が気にするので嫌です」
「あ、そうなんだ」
彼は本当にあどけない顔で、「ははは」と声に出して笑った。
その見た目だけは、無邪気な少年みたいだ。
実際に接してみれば、想像以上にヘンな人だったけど。
詩織さん宅へ行く計画の合間に雑談を交わしながら、佐山CMOが大変な美術品好きだということはよく分かった。
そうじゃなきゃ、おじいちゃんみたいなマイナー作家のことなんて、知ってるわけないし。
私だって大好きなおじいちゃんのことを褒められ続ければ、気分の悪くなりようがない。
骨付き肉の食べ方が分からない私を見て、丁寧に取り方を教えてくれる彼に、少しはドキリとしている。
気づけば最後のドルチェであるラズベリーパイと表面がカッチカチのクリームブリュレも終わり、濃いめの珈琲も飲み干していた。
「実は彼女の自宅に、来週末に誘われてるんだよね。急なんだけど、行ける?」
「あ、はい。大丈夫です」
そう即答しておいて、ハッと我に返る。
少しくらい、忙しいフリをすればよかったかな。
せめてスマホを取りだして、予定を確認するくらいすればよかった。
「よかった。じゃあ自宅まで送っていこう」
彼が立ち上がるの見て、慌てて鞄を手に私も立ち上がった。
「あ、大丈夫です。電車で帰れますので」
「いやいや。これから大切な仕事を頼むビジネスパートナーなんだから。それくらいはさせてくれ」
店を出たら、すでにタクシーが用意されていた。
乗車席の扉が開き、奥に押し込められる。
「あ、あの!」
これじゃ、家に着いてもすぐに降りられない。
「大丈夫ですよ。俺が怪しい人間じゃないってことは、よく知ってるでしょ? ちゃんと送り届けつから」
にこっと微笑むその笑顔に、ぐっと押し黙る。
確かに彼はうちの会社のCMOだし、私の上司だ。
もちろんおかしなことになるなんて、疑ってはいない。
だけど……。