「私はカップなんか奪ってません。実際見つかったじゃないですか。現にほら。あそこに今も、カップは置いてあるんでしょう?」

 私はシェルフにしまわれた木箱を指差す。
おじいちゃんのカップは、そこに片付けられている。
お父さまはすかさずその木箱を取りだし、私たちに見せた。

「どこにあるんだ、そのカップが! なくなってるじゃないか!」
「えぇ! なんで? どうして? どこにいったんですか!」

 あるはずのものが入ってない。空っぽだ!

「その行き先を知ってるのは、お前なんじゃないのか?」
「知りません!」

 私の大切なおじいちゃんのカップ、さっきまでここにあったのに!

「あのカップを、お前はとても欲しがっていたそうじゃないか。詩織と共謀して、いや、詩織を騙して、自分のものにしようとした。違うのか?」
「そんなこと、してませんって!」

 どういうこと? 
カップはまたなくなったってこと? 
混乱した頭でぐるぐる考える。
呆然と立ちすくむ私を見て、詩織さんがぼそりとつぶやいた。

「お父さん……。私、私がやったのよ」

 彼女は全身を小刻みに震わせていた。

「紗和子さんが……、本当に欲しがっていたから。あのオークション会場で泣いていた、彼女の姿が忘れられなくて。どうせならこの人が持っていた方がいいと思ったの。それに、せっかくのプレゼントを簡単に失くしてしまうような人なら、颯斗さんの気持ちも私から離れるんじゃないかって……」

 彼女は佐山CMOを見上げた。

「携帯のメッセージでは、あんなに楽しそうにカップのことを話してくれていたのに?」
「それ、打っていたのは私じゃなく、父です」
「はい?」

 詩織さんの携帯は、家では常にお父さんが管理しているらしい。
帰宅すると一番にスマホを父親に提出し、中身を全てチェックされていた。
佐山CMOとの関係を全く進展させる気のない詩織さんに代わって、彼とメッセージのやり取りをしていたのは、父の孝良氏だったんだって。

「僕は、お父さんと毎日メッセージをやりとりしていたのか!」
「ぶっ!」

 思わず吹きだした口元を、私は慌てて抑える。
ダメよ私。
ここは笑っちゃいけないところ。
詩織さんは続けた。

「だから私が勝手に……。その、食事会が始まる前に、戸棚にしまってあったカップをこっそり紗和子さんの鞄に入れたの。彼女の鞄がリビングに置きっぱなしになっていたから。後で話そうと思ってた。お父さんは、それを見ていたのね」
「あぁ、そうだよ。それを無事に取り戻して、お披露目となったんだ。さぁ詩織! 今度はどこに隠したんだ。言ってみなさい。あのカップを、さっさと戻しなさい!」
「イヤよ! あのカップは、私がもらったものなのよ。どうしようが私の勝手じゃない!」
「お前は騙されているんだ!」
「違う! あの人と紗和子さんは、全く関係ないって!」

 あの人? あの人って誰だ? 
さっきからちょこちょこ出てきてるけど、佐山CMOのことじゃないよね。
罵りあいを始めた泥沼の父娘対決を止めに入ったのは、兄の学さんだった。

「詩織。じゃあなくなったそのカップは、今どこにあるんだ? お前が本当に紗和子さんに騙されていないというんなら、そのカップを今お前がここに出してこないと、説得力がないじゃないか」

 学さんはリビングをゆっくりと歩き始める。

「ま、なにか事情があるんではないかと思って黙っていたんだが、これではっきりしたようだ」

 立ち止まったその先で、床に置かれていた鞄を持ちあげた。

「あ、それ私の鞄です」
「そうか。ではなぜこれが入ってるんだ?」

 彼はそこから、おじいちゃんのカップを取りだした。

「え! なんで?」
「紗和子さん。君が本当に詩織を騙していない、詩織が一人で勝手にやったと言うんなら、このカップは今、詩織が持っていないとおかしいじゃないか。この鞄の中に、もう一度このカップを入れたのは、詩織。お前なのか?」
「そ、それは……。ち、違います……」
「私も違います! カップを自分の鞄になんて、入れていません!」

 え? どうして? なんで?

「違うったって、現にいま、君の鞄からカップを取りだしたんだが? 僕はマジシャンでも何でもないしね」

 お父さまも牙をむく。

「やっぱり! だから急いで帰ろうとしていたんだな! この泥棒猫め!」
「違いますって!」

 なんで? いつの間に私の鞄に入ったの?

「私は盗っていません!」
「じゃあなんでお前が持っているんだ!」

 孝良氏が私に詰めよる。

「やっぱりお前が黒幕じゃないか! 詩織! お前は本当に騙されているんだよ!」
「紗和子……さん……?」

 詩織さんまで、私に疑いの目を向け始めた。

「ちょっと待って! 確かに私は、このカップが欲しくてここまで来ました。だけどそれは……」

 佐山CMOを振り返る。
彼はやれやれと首を横に振ると、深くため息をついた。
その態度に、父の孝良氏が勢いづく。

「ほら、やっぱりそうじゃないか。白状したな。このカップが欲しくてここに来たって!」
「違うのに~!!」
「何が違うんだ、いい加減にしろ!」

 頭がちゃんと動いていない。
どうして? いつの間に私の鞄に入った?