「あいつら今日も腹立つことしかしなかった。ほんと害悪」

『こら美也。いくら気が立っても言葉遣いを荒くしては駄目だ。人間性が出る』

「だって―――! 今日も朝から晩まで用事ばっか言いつけられて勉強する時間もなかったんですよ~。ほんと榊さんが話聞いてくれてなかったらコーヒーと称して醤油出してた」

『お前は随分たくましく育ったなあ……』

――清水美也は、自分に与えられた小さな部屋で机に向かい喋っていた。

その前に誰かがいるわけではない。

美也が向かっているのは机に置かれた手のひらサイズの鏡。

その鏡に映るのは美也ではなく、かつて美也が『かおだけいいおにいさん』と呼んだ青年だ。

――名を榊(さかき)、と美也に教えた。

「ねえ、榊さんって全然変わらないですよね」

『そうか? 小さな子供はすぐに成長するが、ある程度年を取ると目に見えて変わらないだけだよ』

「そうなのかな? それにこの、手品もすごいですよね。私携帯電話持つこと許されてないから、これがないと榊さんに逢えなかった」

手品、と美也が言ったのは、榊の姿を映す鏡のことだった。

『美也のために作ったものだ。俺も美也に逢いたかったからな』

「……っ、か、軽いこという男は女を騙すってテレビが言ってた」

『お前まだそんなこと言うのか。一体俺は何年越しの詐欺をするつもりなんだ』

榊が、呆れたとため息をつく。

「だって榊さん、顔だけはいいし」

『性格は悪いって?』

榊がからかうように返せば、美也はうっと言葉に詰まった。

榊は謎の多い人物だが、優しい人だとわかっている。

「そ、そんなことはないけど……」

『まあ、警戒していてくれた方がいい。俺も女性をたぶらかす奴だなんて噂が立つのは嫌だ』

特に悪く思っていないようで、榊はそんなことを言った。

「榊さん、ご近所で変な噂でもあるの?」

『いや? ないが……』

「そう、なら――」

美也が言いかけたとき、階段をあがってくる音がした。

二階に部屋を持つのは美也と従姉の奏(かなで)のみなので、奏が自分の部屋に来たのだろう。

おじやおばなら階下から大声で呼びつける。

そして、

「美也、コーヒー。カフェインないやつ」