「そろそろ帰るか」

 しばらくして。

 ぐるるるる、と鳴いたユーイチの腹の虫をきっかけに、わたしたちは海から足を引き上げることにした。

 パンツポケットから取り出したスマホで時刻を確認してみれば、もうすぐ四時になるところ。
 昼からコンビニおにぎりひとつしか食べていないわけだから、そりゃあお腹も減るわけだ。

「遊泳区域の方まで行けば、キッチンカーとか出てないかな」

 海に背を向け、自転車が停めてある路肩の方へずんずんと歩んで行くユーイチの半袖を摘まんでそう言うと、「へ?」と上擦った声が返ってくる。

「もしかしてお前、夕飯こっちで食ってくつもり?」
「そうしようと思うけど、ユーイチは無理?」
「んー。帰りも二時間はかかるから、もしこっちで夕飯食ったとしたら、家に着くのはかなり遅くなんぞ?」
「なるべく遅く帰りたいの。だって帰ったら、お父さんたちにあの話をされるから……」

 あの話。

 たったそれだけで、ユーイチには伝わるその中身。

 俯きがちに、上目で頼むわたしに、う〜んと地響きのように唸ったユーイチ。

 早く帰りたそうな彼を目に、わたしのせいで朝も早くに起こしてしまったし、疲弊しているに決まっているよね、と思ったけれど。

「確率なんかあってないようなもんだっつってんのに、まだアメリカ行く決心、つかない?」

 彼が唸った理由は、どうやらこれだったようだ。

 ユーイチが教えてくれた色々が、わたしの心を揺り動かした。と、それは事実。

 だけどもう少しだけ、考える時間もほしかった。

「もうちょっとだけ、悩みたい……まだわたし、アメリカ行きを勧める親に『うん』って快く頷けない……」

 だから素直にそう言うと、ユーイチの大きな手のひらが、わたしの頭に乗せられた。

「そうだよな、急かしてごめん。お前はお前のペースで、ゆっくり悩め」

 その時トクンと胸の中から聞こえたのは、昔、わたしがユーイチのことを好きだった時によく耳にしていた音と同じ音だった。