校内にチャイムが鳴り響く。
 午前の授業が終わり昼休みに突入すると灯真はすぐに女子に囲まれ身動きが取れなくなっている。
 いつもの光景だ。

 最近では、妖し風の影響で種族の違う生徒たちに微妙な壁があったりするのに、灯真の親衛隊は別物だった。
 授業中腹の虫を騒がせていようと、苦情を言うものもいないし。そのカリスマ性は、ある意味すごいと詩桜も思う。

「白波瀬くん。よかったら今度、お弁当作ってくるよ。一番好きな食べ物教えて?」
 そんな親衛隊の質問が詩桜の耳にも届く。その時、人の群れの隙間からこちらを見てきた灯真と視線がぶつかってしまった……気がした。
 詩桜は嫌な予感がして、ゆっくりと視線を逸らすが。

「一番好きなもの……詩桜」

 し~~ん。と、騒がしかった集団が静まり返る。
 詩桜は、女子たちの刺すような視線が居心地悪くて今すぐ逃げ出したくなった。

「白波瀬く~ん、そんなことより、和食と洋食どっちが好き?」
 すぐに女子たちの注目は灯真に戻ったようで、とりあえず肩を下ろしたけれど。

「……春宮さんって、白波瀬くんとだけは、妙に馴れ馴れしそうな時あるよね」
 ヒソヒソと、けれどわざとこちらにも聞こえる声で女子の一人が呟く。
「もしかして大人しいフリして、裏では白波瀬くんのこと狙ってるとか?」

 ある意味狙われているのはこちらのほうなのに、とんだ濡れ衣だ。
 周りからはそんな風に見えていたのかと、詩桜は軽いショックを受けた。
 けれど言い返すこともできず俯く。

「詩桜! 今日は天気もいいし、屋上でお昼にしようか」
 明るい声に顔をあげると、遥が笑顔でこちらにやって来た。こんな時、いつも助け舟を出してくれるのは遥なのだ。
 彼女の存在に、詩桜はいつも救われている。

「遥ちゃん、ありがとう」
 だから、いつか自分も役に立ちたい。遥が困った時は、たとえ誰を敵にまわしても、彼女の味方でいるんだって心の中でこっそり決めていること。





 放課後になると詩桜は灯真に絡まれないよう、そそくさと玄関へ向かった。
 一緒に帰ろうと人前で押し問答をしてまた噂になったら嫌だ。考えただけで気分がどんよりしてくる。

「あれ、春宮じゃん。今日は、一人で帰るの?」
「っ、月嶋くん……一人ですけど……」
 後ろには、いつの間にかクラスメイトの月嶋がいて、気配を感じなかった詩桜は驚いた。

「驚かせちゃったかな、ごめん。たださ、最近この村、結界の綻びからあまり治安がよくないだろ。一人じゃ危ないと思って」
「大丈夫ですよ、まだ夕方だし」

「でも、いつも河合さんと一緒じゃん? 今日はどうしたの」
「遥ちゃんは、用事があるからって、今日は一緒じゃないんです」
「用事……まさか、男と会ってたり」
「え?」

「い、いやいや、なんでもない。おれも、早く帰ろっと。春宮も気をつけて帰るんだぞ」
 元気な笑顔を見せ月嶋は玄関を後にする。それと入れ違うように、数人の女子たちのおしゃべりが耳に入ってきた。

「ねえねえ、今日、お茶して帰ろーよ」
「行きたいけど、最近、妖し風の事件が増えてるでしょ? だから、お母さんに寄り道しちゃだめって言われてるんだよね」
「怖いよね。星翔村は星巫女様の加護があるから、どこよりも安全な村だったはずなのに」

「今の星巫女様に、力がないからって噂だよね」
「星巫女かぁ。今の巫女様って公の場にも姿を見せた事もないって話だし、存在感ないよね」
「これも噂だけど、ものすご~く不細工だから、人前に出れないんだって」
「あはは、それ私も聞いたことある。守護者様に守られる姫君が、あまりにそれじゃあね」

「守護者といえば。本人に聞いたわけじゃないから、あくまで噂なんだけど、白波瀬君がこの村に来たのは、星巫女を守護する守護者に選ばれたからって話だよ」
「え〜、白波瀬君に守られるとか羨ましすぎ〜」
「実力のない星巫女なんか、白波瀬君に守られる資格ないじゃんね!」

 きゃっきゃと騒ぎながら、話に華を咲かせている女子生徒の会話が、グサグサと詩桜の心を抉る。
 だが仕方ない。様々な事情から詩桜が星巫女候補だということは伏せられている。さらに候補しかおらず正式な星巫女は現在不在だという事実も、もちろん住人たちは知らない。村人たちの不安を煽らないための配慮だ。

「もっと、がんばらなくちゃ……」
 早く星巫女として覚醒して村に平穏を取り戻したい。そうすれば、皆に認めてもらえるかもしれない。これからもここにいていいと、許してもらえるかもしれない。

 もう身近で詩桜を偽物だと責めるものはいなくなった。けれど、まだ星巫女とは名乗れない。そんな罪悪感が詩桜の中には消えず残っている。

 複雑な思いを振り切るように、詩桜は少しでも星巫女らしいことをするため、足早に目的の場所へと向かったのだった。