あくる日。遥と話がしたいと詩桜は意気込んでいたが、実際に声を掛けようとすると、避けられているような気がしてなかなか上手くはいかなかった。

 そして、あっという間に昼休みを迎えてしまう。

「あの、遥ちゃん」
 授業終了後、すぐに教室を出て行ってしまいそうになった遥の右腕を掴み、詩桜はようやく話しかけることに成功したのだが。

「なに?」
「よかったら、あのお昼を……一緒に」
 言いかけた時、間の悪いスマホの着信音に遮られてしまう。詩桜はスマホを持っていないので遥のだろう。

「ごめん……ちょっと、呼び出しされたから。行くね」
「あ……うん」
 スマホの画面を見るや、遥は足早に廊下へと飛び出して行ってしまった。

「春宮一人なの?」
 振り向くと月嶋がいた。
 あんな張り紙が出回り、皆、詩桜を遠巻きに見てくるというのに、変わらず接してくれるのは、灯真と月嶋ぐらいかもしれない。

 かといって、昨日の一件以来、月嶋にも警戒してしまうけれど。

「遥ちゃん、呼び出しされたからって」
「えっ……つかぬ事お聞きするけどさ、呼び出しって男とか?」
「分からないです。スマホを見て行ってしまったから」

「えっ!? 河合さんの幻とも言われる連絡先を知っている奴が潜んでいたのか!?」
 よく分からないけれど、月嶋が頭を抱えて衝撃を受けている。
「遥ちゃんの連絡先って、他人が知っていては大変なものなの?」

「そりゃそうさ、大事件だって! 今まで、何十人の男にアタックされようと、彼女、口外してなかったんだよ! 今もしかして、これから告白タイムなのか? 河合さんの、心と唇が奪われるのか!?」
「えぇ!? なんかよく分からないけど、遥ちゃんの乙女のピンチなら……わたし、行ってくる!」
 本当によく分からない状況だけど、唇を奪われるとか不穏でしかないし、月嶋の反応を見るに放っておけない事態な気がする。

「行くって春宮、まさか邪魔しに行く気?」
「邪魔じゃないです! 助太刀致すの!」
「助太刀……そ、そうだよな! 河合さんが、変な男に騙されて、誑かされたら大変だもんな! よし、おれも手伝うよ! まだ近くにいるはずだ、手分けして探し出そう!」

「手伝ってくれるの? でも、月嶋くん、張り紙のこととかで遥ちゃんを疑ってたんじゃ」
「それはそれ、これはこれ! これはプライベートな行動だから、問題なし!」
「良く分からないけれど、じゃあ、現場を見つけ出したら、とりあえず不埒な男性に飛び蹴りね」
「ああ。そして、その後、背負い投げな!」





 月嶋と二手に分かれて走り出した詩桜は、校内中探し回り体育館裏へ。だが、遥はそこにもいなくて、なかなか見つからない。やがてグラウンドに面した校舎付近の花壇まで探しに出ると。

「どういうつもり? 学校の中で呼び出しなんて」
 人気のないそこで聞こえた遥らしき声に詩桜は足を止める。
 遥が困っているようだったら飛び蹴りを決める予定だったのだが、いつもよりトーンの低い彼女の声に躊躇してしまった。

 校舎の影からこっそり顔を出して覗いてみれば、赤レンガの花壇の脇で遥と……。

(なんで、あの人が……)

 遥と一緒にいた男の姿に息を呑む。詩桜の首筋にまだ残る噛み跡を付けたあの吸血鬼だったからだ。

「連絡が無いゆえ、こうして出向いたまでだ」
 なぜ遥が、あんな危険な吸血鬼と一緒に?
「大丈夫、上手くいってる。便りがないのは、良い報せって言うでしょ?」
「どうだろう。所詮人間。人の輪の中に紛れれば、気も絆されよう」
 艶やかな遥の長い黒髪へ、男は弄ぶように触れた。

「ククッ、その薄化粧も長髪も似合っているな」
 二人の距離が近くなる。詩桜はドギマギしてしまい視線を一度逸らしかけたのだが。

 ドカッ――といつも詩桜が灯真にくらわすものの、倍は威力がありそうな鈍い音に視線が戻った。

「気安く触らないでくれる? 気色悪っ」
 一層低くなった遥の声。そして彼女の腹蹴りは男に命中したのだが、彼は終始平然としている。

「冗談だ。誰が貴様など喰うか」
「どうだか。男って単純だからね。見た目が良いと、とりあえず寄ってくる生き物だって、最近つくづく実感してるよ」
 吐き捨てるような言葉。遥がこんなことを言うなんて、こんな話し方をするなんて知らなかった。

「貴様がそれを言えた立場か。ククッ、やけにご機嫌斜めだ。星巫女と守護者を引き剥がせずにいるのが、不機嫌の理由か」
「っ、馬鹿馬鹿しい」
「まあいいが、いつまでもは待てぬ。貴様でも……アカツキでもいい、早く終止符を打つのだ」

 アカツキ……その名に詩桜の表情が強張った。謎の吸血鬼だけではなく、遥はあのアカツキとも係わりがあるということなのだろうか。
 男は、どこか含みのある笑みを浮かべると、一瞬物影に隠れる詩桜と視線が合った気がしたが、例のごとく煙と共に姿を消した。

 遥は踵を返すと、ずかずかとした足取りでこちらへ近付いてくる。
 見つかってしまうと焦って、その場から離れようとしたのだがすでに遅かった。
 ばっちりと目が合ってしまったから。

「っ……盗み見? 悪趣味だね」
「ご、ごめんなさい」
「その様子だと、たいして聞こえてなかったみたいだけど、話の内容」

「あの、さっきの人は……」
「詩桜には、関係ないよね」
 遥は、前からどこかそうだった。自分のことはあまり話してくれない。入り込めないところがある。

 でも、詩桜にも人には話せない過去や秘密があったから。そういう関係が居心地よかった。
 けれど……結局それは、上辺だけの関係ということだったのだろうか。
 こんな風に、少し歯車が狂うと壊れてしまう程度の。

「わたし、話がしたくて。星巫女のこととか秘密にしてたから……それで信用してもらえなくなっちゃたのかもしれないけど。でもね、わたしは遥ちゃんのこと、大切な友達だって思ってる。この気持ちに、嘘や偽りはないの」

「……ふふ」
 遥は口元を押さえ、上品に微笑んだ。けれどそれが、今日の詩桜には、なぜか氷のように冷たいものに思えた。

「友達、友達って……くどいよ、詩桜」
「ご、ごめん」
「私は別に、詩桜が隠し事ばかりしてたから、距離を置きたいって言ったわけじゃない。お鈍さんには、はっきり言わなきゃ分からないか」
 遥は、ごめんねと微笑みを浮かべた。でも……

「私は、初めから、詩桜のこと友達なんて思ってなかったの」
「え……」
「友達、友達って言われるたびに、ムカムカしてくる」

 言われた瞬間、詩桜は頭が真っ白になった。