次の日、詩桜は義雄の命令により逃げ出さぬよう見張りを付けられ部屋で過ごした。
 どうせ通っていた高校は春休み中だったので予定なんてなかったけれど、友人に別れを告げることも許されないのは心残りだ。

 けれど、どこかでこんな日が来るのではないかと覚悟はできていて、詩桜の心の中は静かだった。辰秋と出会う前は古びた蔵に幽閉され、いつかくる終わりをずっと待っていたのだから。



 夜になりドアがノックされたので、夕飯を届けにお手伝いさんがやってきたのかと返事をしたが、入って来たのは新たな星巫女候補に選ばれた陽菜だった。
 おにぎりに豚汁、卵焼きをお盆に乗せ持ってきてくれたようだ。

「お待たせしました。夕飯の時間ですよ」
「あ……ありがとうございます」
 星巫女候補自ら夕飯を持ってきてくれるとは思っておらず、詩桜は少し戸惑いつつお盆を受け取る。

「村長さんには、星巫女であるわたくしがわざわざこんなことしなくていいって言われちゃったんですけど、誰もこの部屋には近づきたくなさそうだし、かわいそうだったので」
「そう、ですか……」

 特に彼女と話したいことはない。
 詩桜は俯き陽菜が出て行ってくれるのを待っていたのだが、彼女はじっとこちらを見ている。一向に部屋を出て行く気配がないので不思議に思い、ちらっと様子を窺ってみると。

「ふふっ」
 なぜか笑われた。それも、あまりいい気持ちのしない笑みだった。
「詩桜さんって、根暗なんですか?」
「え?」

「あ、ごめんなさい、つい……お手伝いさんたちが言ってたんです。前の星巫女候補様は、口数も少ないし少し気味が悪かったって」
「そう、ですか……」

 自分がよく思われていなかったことは知っている。内気なこの性格だけではなく、狂鬼を寄せ付けてしまう体質が主に気味悪がられている原因だということも。
 だから詩桜は陽菜からの言葉に言い返すつもりもなく、再び俯いてやり過ごそうとした。

「おかげで、次の星巫女が明るい人でよかったって、陽菜がニコニコしてるだけで皆に喜ばれちゃいます。詩桜さんのおかげですね」
 彼女は愛想がよく饒舌で、たしかに自分とは性格が真逆のようだ。

 陽菜は暫く一方的に話し続けていたが、詩桜が思った通りの反応を見せてくれないことに飽きたのか、やがてつまらなそうに立ち上がると。

「あ、そうそう。明日、儀式をするそうですよ。最後の晩餐楽しんでくださいね」
 となんてことないようにそう言い残し、笑顔で去って行ったのだった。

 明日、自分はこの世から始末されるのか。
 詩桜はぼんやりとそう思いながら、おにぎりを頬張った。


◇◇◇◇◇


「ねえ、村長さん。灯真様の到着はまだなんですか?」
 詩桜に夕食を届けた後、義雄の部屋に向かった陽菜は開口一番にそれを聞いた。

「ああ、白波瀬家のご子息は明後日到着予定じゃ。正式に首座と認められた灯真殿を、わしの孫がお迎えに行っておる……それまでに、邪魔者は始末しておかなくてはな」
「そうですか。早く会いたいなぁ」
 陽菜は目を輝かせ焦がれるような溜息を零す。

「灯真様が守護者の首座に着かれたと聞いた時から、陽菜ずっと星巫女になりたいと思ってて。でもまさか本当に叶うなんて夢みたいです」

 この国、日ノ本には狂鬼の元となる妖し風から人々を守る五芒星の大きな結界が張ってある。
 星巫女と共にそれを守護する役目を与えられた者を守護者。その中でもトップの力を認められたものが首座だ。

 守護者は各地で結界を守るのに対し、首座は本来星巫女と共にあるもの。
 つまり首座の灯真と星巫女となる陽菜は、共にあるべき存在となるのだ。

 白波瀬(しらはぜ)灯真(とうま)は、守護者五家の中でも元々権限を強く持っている純血種の吸血鬼一族白波瀬家の者。

 美しい程に力が強いとされる吸血鬼の中でも灯真の容姿はずば抜けていた。そこからも彼の潜在的な能力の高さが伺える。陽菜も人間の身でありながら、吸血鬼の灯真と一度夜会で顔を合わせてからというもの、ずっと憧れていた。しかし、白波瀬家に縁談話を持ち掛けても袖にされるだけだった。

(でも、星巫女になれればきっと陽菜を見てくれる。灯真様はかねてより、なぜか自分の妻となるのは星巫女と公言していたんだもの。これで誰にも文句は言わせない)

 早く明後日にならないかしらと気持ちがはやる。
 その前に、邪魔者である前任の星巫女候補を始末しなくてはならないのだけど。

 自分を溺愛している親と曽祖父に強請り、金を積ませて星巫女の地位を手に入れた。
 口裏を合わせてくれると言う義雄からの条件はただ一つ、前任の星巫女を高瀬家サイドで始末しろとのことだった。

 詩桜は星巫女候補でありながら、狂鬼を引き寄せる厄介者なのだと聞かされたので良心が痛む事もない。自分は悪を退治し真の星巫女になるべき存在なのだ。

 陽菜は高瀬の一族の中でも随一の霊力を持ち生まれてきた選ばれし娘ともて囃されていた。だから、詩桜より星巫女として上手くやれる自信もあった。

「わかっているな。明日の夜、失敗は許されぬ」
「ふふっ、もちろんです。陽菜に任せてください」

 陽菜は口元を隠し、薄い笑みを浮かべた。