「詩桜。これは、どういう状況だ?」
 聞き慣れた青年の声が聞こえ視線を向けると、保健室入り口のドアに灯真の姿があった。
 その視線に籠る殺気に気付いたのか、謎の吸血鬼も詩桜の首筋から唇を離す。

「……灯真、どうしてここに?」
「気付いたら、お前の姿がなかったから。クラスのやつに聞いて様子を見にきてみれば」
 不機嫌そうに言われた。

「……それは俺の果実だ」
 殺気立つ灯真の冷視線にたじろぐこともなく、謎の吸血鬼は、ぺろりと口端に付いた詩桜の血を見せつけるように舐めとり灯真を見る。

「ここまで甘美な娘は、初めてだ。たった一口で、こんなに渇きが癒されるとは……飲み干したなら、一体どんな力を手に出来るのだ?」
 噛み痕がついた首筋を指でなぞられ、詩桜は痛みと不快感でいっぱいになる。

「気安く触るな」
 言いながら短刀を取り出した灯真は、白波瀬家の家紋が刻まれる鞘を抜いた。使い手が力を籠めると普段は短刀に形を変えているそれが、誓い刀という真の形に変化する。

「ほう……守護者か。せっかく甘美な果実に出会えたというのに興ざめだ」
 ピリッと張り詰めた空気に、このまま戦闘が始まるのかと思ったが。

「今日は、星巫女候補がどんな娘なのか様子を見に来ただけ。争うつもりはない。今日は、な」
「待て!」
 含みを持たせるような言葉を残し、謎の吸血鬼は煙玉の煙と共に姿を消した。

「チッ、逃がしたか」
 灯真は舌打ちをしながらも、深追いはしなかった。
 だがまだ氷の術は消えていない。月嶋の意識も戻らぬままだ。

(……このままじゃ。月嶋くんが)

 灯真は詩桜を氷から解放するため、こちらに手を差し伸べようとしてきたけれど。

「わたしは大丈夫……だから、月嶋くんを助けて」
「月嶋……って、誰だ?」
 予想外の名前に珍しくきょとんとした灯真に詩桜が呆れる。

「クラスメイトの月嶋くんだよ!」
「……お前以外の顔と名前は、殆ど覚えてない」
「ひ、ひどい……」
「しょうがないだろ、腹が減りすぎて、お前のことしか考えられないんだ」
 それも偉そうに言うことじゃないと思うのだが。

「お前意外どうでもいい」
 そうは言いながらも詩桜の頼み事を無視できないのか、灯真は軽やかな刀捌きで月嶋の身体を氷の束縛から解放させた。

 が……月嶋はそのまま地面に叩きつけられ、再び、うぅっと呻き声をあげる。
 どうやら息はあるようだが、意識はもちろん戻らない。

「灯真、なにをするの!?」
「言われたとおり、助けてやっただろ。それともお前は、俺に抱きとめることまでしろって言うのか」
「言うよ! もし月嶋くんが怪我でもしたら」
「あいにく……俺は、お前以外抱きとめられない体質なんだ」
「どんな体質ですか!?」

 そんな会話を繰り広げながらも、灯真の刀により詩桜を拘束していた氷も亀裂がはいり、そのまま砕ける。
 解放された詩桜が真っ逆さまに落ちないよう、灯真は、先程とは打って変わって横抱きで受け止めてくれた。

「なにか言う事は?」
「……ありがとうございます」
 なにも出来なかった自分が悔しい。これじゃあ、役立たずのダメ巫女と言われても仕方ないと自分でも思う。

 もう、そんな風に詩桜を罵る者はいなくなったのに。つねに誰かにそう責められているような罪悪感は詩桜の中で消えないまま残っていた。





「あれ? なんで、おれがベッドに寝てるんだっけ。確か、春宮の具合が悪くなって……」
 その後、すぐに月嶋は目を覚ましたが、どうやら記憶があいまいなようだった。

「えっと……わたしを保健室に連れてきてくれた後、急に月嶋くんの具合の方が悪くなってしまって」
「そうだっけ……?」
「そう。念のため、今日は学校帰りに病院へ立ち寄ったほうがいいと思う」
「????」
 さりげなく伝えると、月嶋は不思議そうに首を傾げる。

 見た感じは大丈夫そうだが、意識を失っている間にも散々なめに遭わせてしまったので心配。とは、さすがに伝えられなかった。