甘いケーキに魔法をかけて

「いただきます」
「いただきまーす!」

 江原が用意してくれていた、最初からホイップされている白いクリームを少し冷ましたホットケーキに塗って、僕たちは手を合わせた。フォークで切って口に入れると、優しい甘さがふわりと広がる。とても、美味しい。幸せだ。
 久しぶりの味に浸っていると、僕のことを江原がじっと見ていることに気付いた。僕は手を止める。

「どうしたの?」
「いや、美味そうに食べるなって思って」
「だって、美味しいから」
「まぁ、そうかもだけど……クリームついてる」
「え? どこ?」

 江原が手を伸ばす。

「ここ!」
「うぐっ!?」

 きゅっと鼻をつままれる。僕はじろりと江原を睨んだ。

「江原!」
「ぷは! ごめん、なんかいたずらしたくなった!」

 けらけらと江原は笑う。僕も本気で怒っていたわけじゃ無いので、すぐに表情を戻して食事を再開した。そして、ふと思ったことを口に出してしまった。

「……今度は、イチゴを乗せたいな」
「イチゴ? 好きなん?」
「まぁ……そんなとこ」

 僕は思い出す。初めてケーキにイチゴを乗せたクリスマスイブの日。魔法使いになりたかったあの日——。
 江原も、ケーキのデコレーションを経験したら、同じ気持ちになってくれるだろうか。同じ気持ちを共有したい。不思議と強く、そう思った。

「それじゃ、今度はクリスマスケーキを作ろうぜ!」

 勢い良くそう言った江原に、僕はどきりとした。まるで僕の心の中が読まれてしまったのかも……と、ちょっと心配になる。

「クリスマスケーキ……」
「そう! 今はイチゴって売ってるの見ないけど、十二月だったら普通に売ってると思うし! 約束な!」

 そう言いながら小指をずいっと差し出す江原に僕は戸惑う。

「でも、さ……江原は予定があるんじゃないの?」
「予定って?」
「その……彼女、とか」

 僕の言葉を聞いて、江原はぷっと吹き出した。

「居ないし、そんなの」
「でも、出来るかもしれないよ?」
「作らないし! だって、神崎との約束の方が大事だからな!」
「……っ」

 ああ、そうか。
 江原は、魔法使いなんだ。
 だから、僕の心を、こんなにもあたたかくしてくれるんだ——。
 僕は笑顔で自分の小指を、江原のそれにそっと絡めた。指切りげんまん。大事な約束。

「神崎の方こそ、裏切って彼女作るなよ?」
「うん。作らない。約束する」
「絶対、な」
「うん。絶対」

 僕たちは約束を交わしながら笑い合った。

 ありがとう、江原。
 江原が誘ってくれなかったら、こんな気持ちは取り戻せなかった。僕は心の底から彼に感謝した。
 もっと、江原といろいろなお菓子を作って、同じ時間を過ごしたい。そんな思いが芽生えた。来年、たとえクラスが変わっても、卒業して進路が変わっても、大人になって社会に出ても、ずっとずっと江原の魔法にかかっていたいな——。
 早く、十二月になれば良いのに。僕の心は、まるでサンタクロースのプレゼントを待つ小さな子供のように、どきどきと忙しなく高鳴り続けたのだった。
 
(了)