甘いケーキに魔法をかけて

 ホットケーキミックスをボウルに入れて、続いて卵と牛乳を投入する。卵は江原に割ってもらった。

「うへぇ。殻が入ったかも……」
「ま、良いんじゃない? カルシウムだよ」
「黄身が綺麗な形じゃないし……」
「どうせかき混ぜるから、セーフ」
「大丈夫かなぁ……」
「きっと美味しいよ」

 ボウルの中身をゴムベラでかき混ぜながら僕は言う。江原は、けっこう心配性みたいだ。僕が大雑把なだけかもしれないけど。
 ボウルの中からは甘い匂いが漂う。懐かしい。ふわふわに、焼けるかな?
 僕は混ぜるのを止めて、フライパンに薄くサラダ油を引いた。そして、コンロを操作して火をつける。フライパンが油がぱちっと鳴ったら、ボウルの中の生地をそこに丸く流し込んだ。
 しばらく黙ってフライパンの中を見ていると、江原が遠慮がちに僕に訊いてきた。

「そろそろじゃない?」
「そろそろ?」
「ひっくり返すの」
「まだだよ。生地にぽつぽつがもっと出来てから」
「……もう良い?」
「まだ」
「……」
「……」

 そわそわする江原の姿は、まるで小さな子供だ。僕も昔はこんな感じだったのかな。
 そういえば……と、僕は前から疑問に思っていたことを江原に聞いた。

「なんで、クラス委員長になったの?」
「え?」
「一番に立候補してたから、前からすごいなって思ってて」

 昨年のクラスでは、クラス委員長を決めるのにものすごく揉めた。誰もがやりたくないと手を挙げないものだから、最終的にじゃんけんになったのを覚えている。春になって、クラス替えがあって、また今年も揉めるんだろうな、と思っていたが、江原が真っ先に立候補したのでスムーズに決めることが出来たのだ。
 僕の問いに、江原は照れくさそうに頬を掻く。

「いや、なんて言うか……俺、こういうキャラだし、そういうのやったらウケるかなって……内申点がゲット出来るかもって思ったのも事実だけど」
「それでもすごいや。まとめ役に向いてるもんね」
「神崎は? なんか入ってる?」
「僕は無所属」
「無所属」

 僕の言葉を繰り返しながら、江原は可笑しそうに口を開けて笑った。
 そんなやり取りをしている間に、そろそろひっくり返すタイミングがきた。僕はフライ返しを江原に渡す。

「もう、良いよ」
「あ、え? 俺がひっくり返すの?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……俺、お好み焼きをひっくり返すの、世界一下手だぜ? だから、こういうのは……無理だと思う」
「大丈夫だよ」

 僕は初めてホットケーキをひっくり返した時のことを思い出して微笑む。あの時は上手に出来なかったけど、楽しかった。だから、江原もきっと楽しいって感じると思う。
 僕が強く頷くと、江原は覚悟を決めたような表情でフライパンに向き合った。そして、フライ返しをぎゅっと握って——。

「っ……えいっ!」

 ぽふ、と綺麗な円がフライパンの中に出来た。色も良い感じに茶色い。空気も入って、ふわふわになりそうだ。

「あ……出来た! これマジで上手く出来たっぽいな!?」

 興奮気味に江原が言う。僕はぱちぱちと拍手をした。

「この調子で、どんどん焼いていこう」
「ヤバい! こういうの楽しいな! 次は神崎がやってみ!」
「うん」

 本当に、楽しい。
 僕の明るい気持ちは、フライパンの中のホットケーキみたいにどんどん膨らんでいった。