「お邪魔します」
「堅苦しいのはナシで!」

 江原は自分の家に着くなり、僕をリビングのソファーに座らせた。そして、自分はどこかに消えてしまう。ひとり残された僕は、そわそわと室内を見渡した。綺麗に整った室内には、所々に家族写真が飾られている。さっきお会いしたお母さん、それからお父さんらしき男性、そして、そのふたりの真ん中に江原が写っている。仲の良い家族。良いなぁ。

「何見てんの?」
「わ!」

 背後から声を掛けられて、僕は飛び上がりそうになるくらい驚いた。振り向くと、そこには髪を整えて、びしっとキマっている江原が立っていた。髪をセットするために姿を消していたんだな。僕はふわふわの髪を見てそう思った。

「その写真、中学生の時のだわ」
「中学生?」

 僕は驚く。何故なら、写真の中の江原の髪は赤に近い茶色だったからだ。

「中学生の時から、染めているの?」
「いや、まぁ……」

 江原はばつが悪そうに言う。

「……俺にだって、荒れている時期があったの!」
「え? 今は荒れてないの?」
「な……!」

 江原は声を大にして言う。

「今は超健全!」
「ふふ、そっか」
「ま、そんなことはいいからさ……ちょっとこっち来てよ」

 僕は立ち上がり、江原の背中を追った。江原はキッチンに入る。何をするんだろう、と僕は疑問に思いながらも彼に続いた。
 そして、調理台の上に並ぶものを見て目を見開いた。

「あ……」

 そこにあったのは、ホットケーキミックスと書かれた袋とボウル。それから、ゴムベラにフライ返しにフライパン……。
 僕は江原を見る。彼はにっこりと微笑んで僕の肩を叩いた。

「進学は無理でもさ……趣味でお菓子を作るなら、誰にも文句は言われないだろ?」
「……っ」
「俺、お菓子作りに詳しくないから……ホットケーキなら手伝えるかもって思って……嫌だったらごめん」
「江原……」

 僕はぐっと込み上げてくるものを感じながら、江原に礼を言う。

「ありがとう……その、ブランクがあるから上手く出来るか分からないけど……嬉しい。ありがとう……」

 僕の言葉に、江原は安心したかのように小さく息を吐いた。

「……それじゃ、さ。早く作ろう! 俺はなんか言ってくれればするから!」
「ん……ありがとう、江原」

 僕は渡されたホットケーキミックスの袋を握る。久しぶりに触れたそれは軽く感じて、重いと思っていたあの頃からの年月を強く実感させられた。