日曜日の午前十時過ぎ。
 僕は、駅前の美容室を訪れた。そこはカフェと間違えそうなくらいオシャレな建物で、天井からぶら下がっている照明が棒付きキャンディーみたいで可愛らしかった。
 店のドアを開けると、受付の女性が笑顔で頭を下げる。

「いらっしゃいませ!」
「あ、えっと……」
「ご予約の方ですか? お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、すみません……そうじゃなくて、江原君……智也君はいらっしゃいますか?」
「え?」
「あの、このお店の名前がエハラだったので彼と関係があるかな、と思って……間違っていたら、ごめんなさい」
「智也のお友達……?」
「あ、はい。一応……」
「ちょっとお待ち下さいね!」

 女性はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して素早く操作した。

「……もしもし? 智也? お友達がこっちに来られていて……家の住所? 馬鹿! もう良いからこっちまで来なさい!」

 女性は息を吐きながらスマートフォンをまたポケットにしまった。

「ごめんなさいね。あの子、家の住所を教えたんですって?」
「はい。けれど、僕はこの辺に詳しくなくて……地図アプリを見ても辿り着けそうになかったので、一か八かでこのお店に飛び込んでみたんです」
「細かいところまでは出ないわよね、ああいうアプリは……」

 女性は苦笑する。そして、店のドアを開けて外を見た。江原を待っているようだ。もしかしたら、ここから近いところに家があるのかもしれない。

「お店、とても素敵ですね」

 僕は「エハラ」と書かれた木目調のプレートを見ながら言った。女性は嬉しそうに微笑む。

「ありがとう! 三年前に改装して、思いっきりオシャレにしちゃったの! 前は、昭和の雰囲気がぷんぷんしていたから」
「そうなんですね。お姉さんが店内のデザインを考えたのですか?」

 僕の言葉に、女性は目を丸くする。

「ええ、一応は考えたけど……お姉さんだなんて……」

 僕は、はっとした。

「あ、違っていたらすみません。その……智也君との距離が近い感じで電話されていたので、つい……」

 その時、僕の言葉を遮るように、知った声が響いた。

「神崎!」

 江原だった。彼はぼさぼさの髪を揺らしながら、ベランダで履くようなサンダルをぺたぺたと鳴らしながらこちらに向かって駆けて来る。そして、女性に向かって顔を顰めて見せた。

「母ちゃん、神崎に変なこと言ってないだろうな?」

 母ちゃん?
 嘘だろ? この女性は、お姉さんではなくて、お母さん……?
 とんでもなく若く見える江原のお母さんは、とても機嫌が良さそうに僕の肩を軽く叩いた。

「別に? 仲良くお話をしていただけよ。ね、神崎君?」
「あ、はい……」
「うげぇ。若い男にべたべた触るなって!」

 江原は僕の手をぐっと引いた。その手は汗で少し湿っている。急いでここまで来てくれたんだと分かった。

「火を使う時は気を付けてするのよ!」
「分かってる! 神崎、行こう!」
「あ、うん……」

 火を使う? 花火でもするつもりなのか?
 江原のお母さんの言葉に首を傾げながら、僕は江原に手を引かれ、住宅街に向かってどんどん歩みを進めた。