僕の事情を聞いた江原は、泣き出しそうな顔で僕に謝ってきた。

「……ごめん。嫌なことを話させてしまって……」
「気にしないでよ。もう、僕はきっちり諦めているから」
「諦めてるって……」
「もうお菓子は作っていないし、これからも作ることは無い。買った方が美味しいしね」
「……」

 江原が黙ったので、僕は話は終わったのだと思った。けど、違った。江原は勢い良くバン! と机を叩いて、僕に顔を近付けて言った。

「それは間違ってる!」
「え……?」
「神崎、日曜日って空いてる?」
「日曜日?」
「遊ぼう! 俺の家で!」

 江原は目を見開いて僕を見ている。薄いブラウンの瞳が、僕をじっと貫いている。

「えっと……江原の家、知らないし……」
「じゃあ、住所送るから! あ、連絡先って交換してないから……今、しよう!」

 江原に言われるがままに、僕は彼とメッセージアプリで友人同士になった。変な感じがする。直接話すのも、まだ数えるくらいしか無いクラスメイトと遊ぶなんて……。
 ぴろん、と僕のスマートフォンが震えた。

「今、俺の住所送ったから!」
「え……」
「それじゃ、日曜日、約束だから!」
「待って、江原!」

 江原はまだ埋まっていない僕の進路希望調査表をすっと奪うと、足早に教室から出て行ってしまった。残された僕はしばらくその場に固まっていた。

「日曜日……」

 どうして、江原は遊ぼうだなんて提案をしたのだろう。分からない。彼の意図が分からない。

「……」

 僕はスマートフォンの画面を見つめる。そこには江原の家の郵便番号と住所がしっかりと映し出されていた。

「……個人の家って、地図アプリで分かるのかな……」

 そう呟きながら、僕は江原に「了解」とメッセージを送った。すぐに彼から「待ってる!」と返信があって、その速さがなんだか江原らしいな、と思った。