小学生の時、僕はパティシエになるのが夢だった。
小学校に上がった年のクリスマスイブの日、僕は母に連れられて近所の洋菓子店に、予約していたクリスマスケーキを取りに行った。とても寒い日で、雪がぱらぱらと散らついていた。本当は家のこたつの中で留守番をしていたかったが「一緒に取りに行こう」という母の言葉を無視したら、空から見ているサンタクロースに「あいつは親の言うことを聞かない悪い子供だ」と思われてしまい、プレゼントを貰えないかもしれないという恐怖に襲われたので同行することにしたのだ。あの頃の子供にとっては、サンタクロースの存在は神様よりも大きい。僕は空を気にしながら、そわそわと洋菓子店のドアをくぐった。
その洋菓子店は、高齢の夫婦が営んでいる小さな店だった。たまに学校の帰りに店の前を通ると、窓ガラス越しにおばさんが笑顔で手を振ってくれた。おじさんのことは良く知らなかった。後から知ったのだが、おじさんの方がメインでお菓子を作っていて、ずっと店の奥で働いていたのだという。今思えば、もっとおじさんと話をしておけば良かったな、と思う。
「あら、誠ちゃん。メリークリスマス」
おばさんは、にこにこと明るい笑顔で母から予約票を受け取ると、何かを思い付いたみたいに小さく頷いた。そして、店の奥にすっと消えて、しばらくしてから、何故だかおじさんと一緒に戻ってきた。おじさんの手には、真っ白なケーキがある。けど、ちょっと変だった。そのケーキはまだデコレーションがされていなくて、砂糖菓子のサンタクロースも、真っ赤なイチゴも乗っていなかったのだ。
おばさんは屈んで僕と目線を合わせて、優しい声で言った。
「誠ちゃん、一緒にケーキを飾り付けてみない?」
それから、僕はおじさんとおばさんに手伝ってもらいながらケーキを飾っていった。サンタクロースとトナカイの砂糖菓子、メリークリスマスと書かれたチョコレートのプレート、甘い香りのたくさんのイチゴ……。
クリームを絞るのは難しくて、それはおじさんにやってもらった。おじさんは、まるで魔法を使うみたいに素早くクリームを絞ってケーキを豪華に変えていった。すごいと思った。僕も「魔法」を使いたいと思った。あんなに心が躍ったのは生まれて初めてだった。
クリスマスが終わって、僕はサンタクロースがくれた車のおもちゃよりも、お菓子作りに夢中になった。母は驚いていたけど、一緒にホットケーキやクッキーを作るのを手伝ってくれた。
「僕ね、お菓子屋さんになるんだ」
「そう、素敵なことね」
あの頃、母は笑ってそう言ってくれた。だから、僕も本気でその道に進めるものだと思っていた。
甘い砂糖の匂い。
手についた溶けたバター。
余ったのをこっそり食べた粒のチョコレート。
今はもう、追いかけることは出来ない夢。もう二度と言葉にしてはいけない夢。今はただ、あの頃の思い出だけが、ふわふわと頭の片隅に残っているだけだ。
小学校に上がった年のクリスマスイブの日、僕は母に連れられて近所の洋菓子店に、予約していたクリスマスケーキを取りに行った。とても寒い日で、雪がぱらぱらと散らついていた。本当は家のこたつの中で留守番をしていたかったが「一緒に取りに行こう」という母の言葉を無視したら、空から見ているサンタクロースに「あいつは親の言うことを聞かない悪い子供だ」と思われてしまい、プレゼントを貰えないかもしれないという恐怖に襲われたので同行することにしたのだ。あの頃の子供にとっては、サンタクロースの存在は神様よりも大きい。僕は空を気にしながら、そわそわと洋菓子店のドアをくぐった。
その洋菓子店は、高齢の夫婦が営んでいる小さな店だった。たまに学校の帰りに店の前を通ると、窓ガラス越しにおばさんが笑顔で手を振ってくれた。おじさんのことは良く知らなかった。後から知ったのだが、おじさんの方がメインでお菓子を作っていて、ずっと店の奥で働いていたのだという。今思えば、もっとおじさんと話をしておけば良かったな、と思う。
「あら、誠ちゃん。メリークリスマス」
おばさんは、にこにこと明るい笑顔で母から予約票を受け取ると、何かを思い付いたみたいに小さく頷いた。そして、店の奥にすっと消えて、しばらくしてから、何故だかおじさんと一緒に戻ってきた。おじさんの手には、真っ白なケーキがある。けど、ちょっと変だった。そのケーキはまだデコレーションがされていなくて、砂糖菓子のサンタクロースも、真っ赤なイチゴも乗っていなかったのだ。
おばさんは屈んで僕と目線を合わせて、優しい声で言った。
「誠ちゃん、一緒にケーキを飾り付けてみない?」
それから、僕はおじさんとおばさんに手伝ってもらいながらケーキを飾っていった。サンタクロースとトナカイの砂糖菓子、メリークリスマスと書かれたチョコレートのプレート、甘い香りのたくさんのイチゴ……。
クリームを絞るのは難しくて、それはおじさんにやってもらった。おじさんは、まるで魔法を使うみたいに素早くクリームを絞ってケーキを豪華に変えていった。すごいと思った。僕も「魔法」を使いたいと思った。あんなに心が躍ったのは生まれて初めてだった。
クリスマスが終わって、僕はサンタクロースがくれた車のおもちゃよりも、お菓子作りに夢中になった。母は驚いていたけど、一緒にホットケーキやクッキーを作るのを手伝ってくれた。
「僕ね、お菓子屋さんになるんだ」
「そう、素敵なことね」
あの頃、母は笑ってそう言ってくれた。だから、僕も本気でその道に進めるものだと思っていた。
甘い砂糖の匂い。
手についた溶けたバター。
余ったのをこっそり食べた粒のチョコレート。
今はもう、追いかけることは出来ない夢。もう二度と言葉にしてはいけない夢。今はただ、あの頃の思い出だけが、ふわふわと頭の片隅に残っているだけだ。