「さて、お部屋に行きましょうか~」
湯上がり用の浴衣に着替えた私は、アンズさんに
食事とると言う部屋まで案内してもらっていた。
「あぁ、待っていた」
襖を開ければら部屋の中は畳のお座敷で、座卓で寛ぐ鬼がいた。
「座るがいい」
鬼がぽふぽふする座布団は……鬼の隣にしかない。けど、アンズさんも近くにいてくれるようだし。
少しドキドキしつつも、鬼の隣に腰かけた。
すると座卓の上に料理が乗せられていく。私の前には米とお味噌汁、焼き魚に煮物が並べられていくのだが……。
鬼の前には……。
――――――枝豆の大盛。
「……何だ、これは」
さすがに鬼も、枝豆の大盛皿を置いた猫耳しっぽのお姉さんに抗議する。
「主さまにはこちらと伺っております」
にこりと微笑むお姉さん。
「にゃん、にゃんっ!」
「ぐはっ」
そしてお姉さんのにゃんにゃんに鬼、陥落したぁ――――――っ!いや、まぁめちゃくちゃかわいかったけども……!気持ちは分からなくもないけども……!ねこにゃん、最高っ!!!
「だ……誰の指示だ」
そしてにゃん萌えしつつも悔しげに声を絞り出す。
「決まっているでしょう……!」
すとんと襖を開け放ち、部屋に入ってきたのは琉架さんであった。
「いいですか。今夜は予定されていた鬼の宴なのですよ!そう、宴!――――――で、ありながら、突然屋敷を抜け出して現し世にふらりと行ってしまうし!」
まぁ、それは私を拐いに来たのだけど。拐いに来たのは鬼とは言え、私も関わっていることには代わりないので、何だか申し訳なく感じてしまう。
「その上花嫁を連れてくる……!!……のはまぁいいです。アリスさんはお気になさらず」
「え……はいっ!」
そこは……いいんだ。てっきり責められるものだと……。いや、そもそもの原因はねこでつってきたこの鬼である。私を責められても困ると言うもの。琉架さんは……よく分かっている優秀なおひとだ。
「そしてちゃっかり夕食2人分用意させようとするんじゃありません!今夜、アンタは宴出席!しれっとお腹いっぱいだからと言う理由で、不参加は認められませんよ……!」
「……うぐっ、何故バレた……!」
まさかの欠席を目論んでいたとは……。しかし、そんな宴のある日に拐いに来るなんて……私の16歳の誕生日だったからって言うのもあるのだろうけど。しかし、そんなことを言っても……。
「あの、出掛けないといけないなら、私のことは別に構わなくても」
宴というからには、どこかの宴会場に行くのだろう。もう日が暮れている。
「いえ、出掛けませんよ。この屋敷の宴会場で行いますので」
悔しがる鬼の代わりに、琉架さんが答えてくれた。
「え……っ」
「本日は鬼の頭領のひとりが、人間の花嫁を迎えたことを長に報告するための宴ですから」
――――――【鬼の頭領】。
その言葉にびくんとする。
そして人間の花嫁って……まさか、白梅……?彼女は既に鬼の頭領に嫁いでいるはずだ。私の誕生日の少し前。
その結納の儀は何日もかけて現し世で盛大に執り行われたはず。
そこでは現し世でも影響力を持ち、現し世に滞在することが許される立場の鬼や妖怪、それから鬼や妖怪の存在を知り、そして彼らと特殊な関係を築いている一部の人間たち。みな、政財界にて絶大な影響力を持つのだ。
そしてその集まりのため、お兄ちゃんは退魔師協会所属の退魔師として派遣された。もしもの時の警備らしく、出張もそのためであった。
現し世での祝いはそろそろ終わる頃で、お兄ちゃんも終われば帰ってくるはずであった。
そして現し世での祝いが終われば、今度は隔り世で盛大に祝われるらしい。そうは聞いていた。まさか、この屋敷で行われる宴はその一部だったって、……ことなのか?
「あの、鬼の頭領って……誰ですか?」
頭領ならば、多分あの鬼では。まずは名前を確認しよう。私が認識している名前と、合っているのか。
「……ん?知らん」
……し、知らない?即そう答える鬼に思わず拍子抜けしてしまう。
「頭領なんぞたくさんいるから、そんな細かく覚えていない」
「たくさん、いるの!?」
それは初耳であった。
脳裏によぎる恐ろしい心当たりを確かめるために頭領を誰かとは聞いてみたが、さすがに複数いるとは思っていなかった。
頭領はひとり、だと思っていた。それが当たり前なのだと思っていた。
あの鬼が鬼の中で、隔り世で最も偉い鬼なのだと、思っていた。
「うむ、何人いた?」
鬼が琉架さんを見やる。そこも覚えてないんかい……っ!
「何で覚えていないんですか」
琉架さんが呆れたように漏らす。あはは……私もそれには苦笑するしかない。
「頭領は全員で8人です。今回、婚姻を結んだ挨拶に来るのはそのおひとり、金雀児さまでしょう」
金雀児……!その恐ろしい鬼の名前に、思わずふるふると身体が震え出す。
「アリスちゃん、どうしたの?顔が真っ青よ。身体も震えているみたい」
すかさずアンズさんが駆け寄ってくれて、肩を支えてくれる。そうでなければ今すぐ倒れそうである。
「む……?やはり、今夜はアリスが心配だから欠席……」
「だめ!」
ついつい叫んでしまった私を驚いたように見る鬼。私のことを心配してくれたのに……でも、相手はあの恐ろしい鬼だ。
「出席しなくちゃ、あなたが酷い目に遭うことになる!」
「それは……?」
鬼が首を傾げながら続きを言おうとしたのだが。
「酷い目、と言うのはよく分かりませんが、アリスさんならアンズさんたちが看るのでアンタは出席ですよ。欠席なんてできるはずがないでしょう。もっとご自身のお立場を自覚してください」
琉架さんのいう通りだ。あんな恐ろしい鬼を不快にさせたら……っ!
彼まだ出会ってばかりの鬼だけど、悪い鬼じゃないのかもしれない。
――――――だから、せめて。
「あの、その、頭領と花嫁に会ったら、きっと私のことを……嫌いになるかもしれません。離縁、したくなるかもしれません」
そうやってその花嫁は、……白梅は、私から全て奪おうとした。奪われなかったのはせいぜい、シスコンすぎて私以外の女性にまるで興味を持たないお兄ちゃんくらいだ。
この鬼もきっと奪われてしまう……。出会ったばかりなのに、こんな風に思ってしまうなんて……。だが、胸がぎぅっと締め付けられる感情があるのも、真実で……。
だけど相手は鬼の中でも強い鬼。権力を持つ鬼の頭領……。そして花嫁の白梅。
頭領がたくさんいる……と言うのは驚きだけれど、それでも確固たる地位を、あの鬼は、金雀児は維持していた。
現し世でその存在を知らない関係者はいないくらいに。
きっとあなたも金雀児と白梅を前に、懐柔されてしまう。
明日にはここを追い出されるかもしれない。それでも、この鬼が酷い目に遭うのは、どうしてか嫌だった。
「離縁などするわけがなかろう?」
しかしなんの躊躇いもなく告げる鬼は、私の頬にそっと手を添える。
「けど、相手は鬼の頭領と花嫁で」
「それが何だと言うのだ?たかだか頭領だろう?」
「たかだかって……現し世では一番の実力者で、権力者だよ……?」
「……そうなのか?それは知らんが……。別に臆することなんて何もない。まぁとっとと済ませてくる。俺は……ねこを愛でたい」
ね……ねこ……っ!
「そうね、アリスちゃんは一足先にねこ、愛でに行きましょっ!きっと癒されるわね」
と、アンズさん。
ふぇ……?
「あの……ごはん」
「大丈夫。後で食べやすいようにお粥にしてあげるから!ほら、行きましょうか」
そう、アンズさんに背中を押されるようにして立ち上がる。
「抱っこしてやろうか」
えっ!?またお姫さま抱っこ!?
「ダメです」
「ぐっ」
しかし抵抗虚しく、鬼は琉架さんに連れていかれてしまった。