「驚いたよねぇ。大丈夫よ、アリスちゃん。アリスちゃんにはお姉さんがついてるからね!」
「ぐぐ……、あぐっ」
にっこりと微笑むお姉さんは鬼で、桃色の髪、赤い角、ルビーのような瞳のお着物美女である。
そして現在進行形で鬼にヘッドロックをキメている。
「い……がら、……なせっ!!」
ゴソッ、ガバッ!!
「あ、逃げるなっ!!」
ヘッドロックから逃れた鬼は首を苦しそうにさすりながらお姉さんをキッと睨む。
「……ごほっ、がはっ!!……一体何をする!」
「何って……当たり前じゃないの、アンタ!女の子を契約花嫁にだなんて……!クズ鬼が!隔り世の面汚し!絶対に許さんんんっ!!!」
「いぃや、契約花嫁になんぞするかいいぃぃ――――――っ!アリスはこれからたーんと溺愛して執着しながら、ねこまみれにしてやるにゃんんんっ!!」
執着……?
……ってそれよりもねこまみれ……!それは、なりたいっ!語尾ににゃんつけてるの、何でなのか気になるけど……!
「ならばよし!」
そしてお姉さんから許可が出た鬼は……。
「ふんっ」
満足げに頷いた。――――――あれ?これ、私、契約ですらない花嫁になることに、ならないか……?気のせい……?いやいや、そんなことは。
――――――ない、はず?いや、ないはずないかもしれない!!私は最大の間違いをおかしたのかも、……しれないぃぃぃっ!!!
「さぁさ、アリスちゃん。行きましょうか」
「あの……、えとっ」
華麗にお姉さんに背中を押されて誘導される、私。
えぇと、どこへ行くのだろう?
「アンズって呼んでね」
「アンズさん」
こくこくと頷くと、アンズさんがにこにこと微笑んでくれる。
キレイだな……。私は毒のような美少女しか知らなかったから、アンズさんを見ていると心が洗われるようだ。これぞ、真なる美人。
しかしその時、鬼が叫んだ。
「待て、アンズ!何故アリスを連れていく!アリスは俺の花嫁だぞ……!」
鬼の手が伸びる……だが、
「ウオラアァァァッ!!お姉ちゃんでしょうがぁぁぁっ!!呼び捨てにしてんじゃ、ないわよっ!!」
「ぐほぁっ!!」
鬼が、アンズさんのエルボーでお腹を襲撃されたのだ。ヒイィィィッ!?
それに、お姉ちゃん……?この鬼の、お姉さん?
「ぎ、義理だろう!?」
義理……?
「それでもよ。あんたすぐ傲慢俺さまになるんだから」
……うん、それは否定できない。ついつい遠い目になってしまうのは、気のせいじゃない。
「とにかく、アリスちゃんの面倒は私がみるわ」
「いや、何故だ!俺の花嫁だぞ!」
「じゃあアンタ!お風呂にまでついてくる気!?アンタをそんな変態に育てた覚えはないわ!!」
「育てられた覚えはな……っ。うぐっ」
ぽた……
ぽた、ぽた……っ
「まぁまぁ、鼻血」
何故か鼻血を出して口元を押さえている鬼。すかさず猫耳お姉さんがハンケチを当ててくれていた。
いや、しかし何で鼻血出したっ!つーか何を妄想したんだ……!さすがの変態お兄ちゃんも、私のシャワーには触れなかったぞ……!?間違えても覗こうとはしなかったからな……!?
鼻血は流さなかったぞ!!
妹が寝たシーツをくんくんしてても、さすがにそこまでの変態はしなかったと言うのに……。この鬼……まさか、お兄ちゃん以上?
「さぁ、行きましょ」
アンズさんに腕を引かれて、中に通される。やっぱり……お風呂に行くのだろうか。
「あの、」
「アリスちゃんは何も心配しなくていいから!」
そして屋敷のド広い脱衣所に通されれば、そこにもお仕着せ和服女性がたくさんおり、角やケモ耳などの特徴からも分かる通り全て鬼や妖怪である。
しかし、私は彼女たちに歓迎されるだろうか。こう言う場合って、まず虐めが入ったりしないだろうか。
いや、アンズさんはそんなことするような鬼ではない気がするけれど。
「まぁまぁ、若い花嫁さん!かわいいわねぇ」
「主さまも隅に置けないわぁ。アリスちゃんって言うの?かわいいお名前ねぇ~」
「ちゃんと磨きあげないとねぇ。あらまっ!お肌のケアがなってないわ!!」
『ほんとねっ!!』
え、えぇと?私の腕を見て、声を合わせた女性たち。
「いいのよ、私たちに……」
『任せなさい!!』
いや、何をだ。
通常こう言うのって、歓迎されないと思ってた。
「あの、私が花嫁なのは……」
みなさんは、嫌ではないのかな。
髪を徹底的にケアされて、身体を磨かれながらアンズさんを見れば。
「おめでたいじゃない。あのこが花嫁ちゃん連れてくるなんて」
ふふふ、と微笑むアンズさんが嘘を言っているとは思えない。
「しかも磨きがいがあるわぁ~」
「もちもちぷるぷふお肌にするわよ!」
「ねこちゃんも大喜びね……!」
はうぅ……っ、ねこちゃんんんんっ!!!ねこちゃんが……喜んでくれるのなら……!
私は……おとなしく磨かれた。そして鬼のお屋敷のだだっ広い湯船は……。
「ふはぁ~~」
すごい……気持ちいい……。しかも何故か晩白柚風呂。ぷかぷかと浮かぶ晩白柚はちょっとかわいらしくもある。しかし晩白柚。今季節なのだろうか。よく分からないが……気持ちいいことには変わりない。
「気持ちいいでしょう?温泉を引いてるの」
まったりしていれば、私の腕をもみもみしながらアンズさんが教えてくれる。晩白柚な上に、温泉だなんて……!
……鬼は、ねこよりもこう言う方向で誘おうとは思わなかったのだろうか……。
いや、それなら私は来なかったかもしれない。やはりねこで釣ってきた鬼は……策士である。
それにしても……。
「ふにゃぁ――――……」
あぁ、温泉なんて小学校や中学校の修学旅行以来だ。
小学生の時は楽しめた。あの頃はまだ、みんな普通だったからだ。
でも中学に入って……白梅が現れてから変わってしまったのだ。
何もかもが、変わった。
白梅に嫌われていた私には友だちなんてできなかった。いや、友だちになれる意思も自由も彼らにはなかったのだ。
しかと修学旅行では温泉の入浴時間が決まっていたからなぁ。髪と身体を洗って、温泉に数秒入ったら即出なきゃならない。ゆっくり入ることもなかった。
たっぷりとお風呂を堪能した後は……。お風呂上がりの、エステ……。エステって……!
「どう?アリスちゃん!」
「はぁうぅ~っ、気持ちいぃ……」
こんなに気持ちいいの、初めて……っ。
こうしてアンズさんたちに完璧に磨かれた。