ねこ……。ねこ、だと。
ねこ、それはかわいいの代名詞?ふわふわ、もふもふ、つやふか。

そのふにふにお耳も、時おり触れるお髭も、お目目もお鼻とのバランスも!

そして胴体!!ねこならではのしなやかな身のこなし!それに加えてさわり心地よ。最高。撫でるのも好きだが、胴体すりすりしながら通りすがるねこちゃんのツンツンしてそうでデレてる仕草とか最高!

さらには吸える……!吸えるのだ……!あぁ、さわっても、撫でても、すりすりされても最高。さらに吸えるとか、素晴らしきねこ。
かわいいねこ。

しっぽもかわいい。さわると大抵いやがられるけれど、不意に身体に触れるしっぽの感触が最っ高なんだあぁぁぁぁ――――――っ!!!

あぁ……っ、ねこっ!!

「かわいいねこ妖怪たちだ。しかもにゃーにゃーしゃべるぞ」
鬼が誘惑してくる……!ねこで、誘惑してくるぅっ!!しかもねこ妖怪!

「……ねこ、ちゃん……っ」
私の口からはついつい、ねこが溢れていた。
とどめることなど、できはしない。だって、ねこなんだもの……!!

「ねこが、好きなんだな」
くすりと微笑む、鬼。
ぐっ。こうも簡単にバレるとは……っ!しかしねこを抑えることなんて私にはできないぃぃっ!!!

しかし私がねこ好きなのはすぐに分かるだろう。私の愛用のスクール鞄には古くなったねこチャームがついている。

まだお兄ちゃんがキモいシスコンだと気が付く前にもらったもの。大事にしすぎて古ぼけているから、お陰でお兄ちゃんシンパに奪われずに済んでいる、ねこ。

たとえ今やシスコン天国なお兄ちゃんが寄越したものだとしても、私には……

――――――ねこを捨てることなど、できなかった。

「もふふわねこたちが、アリスが来るその時を今か今かと待っているぞ!今もまさににゃーにゃーしながら待ち構えているのだ!」
うぐおぉぉっ!!卑怯だ。この鬼は卑怯すぎるのだ。いくら鬼だからって、やっていいことと、ダメなことがあるだろう!

――――――まさか……ねこを引き合いにだしてくるなんて……!

あぁ、ねこ、ねこ、ねこ!ねこを我慢するなんて、私には無理だあぁぁぁっ!!!

それに、しゃべるんだぞ?にゃーにゃーしゃべるとか、かわいすぎるだろ。想像しただけでにゃんにゃん萌え萌えだろう!にゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃ――――――んっ!!!

おのれえぇぇぇっ、私がどんだけにゃんこを飼いたくても、飼えなかったか知っているとでも言うのか……!?

いやお兄ちゃんにおねだりすれば、何とか……。でもあのキモいシスコンにおねだりなどしたら、絶対に調子にのる……!だめ……!シスコンにおねだりにゃんにゃんは絶対にしない……!明らかに危険である。これには私のプライドがかかっているのだ!

だからせめて、いつかねこカフェに行くことだけが夢だったと言うのに。

「ねこは、いいぞ……!最高だ!気まぐれなところもあるが、特出すべきは突然のデレだ。デレた時が素晴らしい。突如とたとた寄ってきて、すりすりしてくれる。おやつを差し出すと嬉しそうにちゅーちゅーするのだ。猫耳ふにふに、しっぽもふぁさぁ~~っ!甘えに来てくれた時のねこのデレに対する並々ならぬあの心の高揚感を、俺は他に知らない。なにより抱っこにゃんしてとせがんでくる!!あぁ~~~っ!かわいい!かわいすぎるねこを抱く腕の重みいぃぃっ!かわいいを体現するようなふかふかな程よい重みぃっ!その上頭なでなでにゃぁおねだりは……超萌えるにゃんんんんっ……!!」
そ……そこまでのねこ誘惑をそんないっぺんにいぃぃ~~~~~~っ!?

「うぐあぁぁっ!!」
完っ全にキャパオーバーである。
鬼の仁義なきにゃんにゃん萌え攻撃に思わず崩れ落ちる私を、鬼が優しく抱き締める。

普通のイケメン相手に夢見る女の子なら、ここで鬼にドキッとしただろうか……。しかし、私はしない。するものか!ねこを引き合いに、私を嫁に釣ろうとしている、この鬼などに!

「アリス、俺の元に来い」

「ぐ……っ」
しかし、いい声だ。その声だけで一体どのくらいの女子を虜にするのだろう。顔も美しい。何この黄金比!やはり鬼はずるいと思う。

「……ねこ」
鬼が私の耳元で囁く。
やめろ。

「ねこ……!」
今度は力強く!
や……やめるんだっ!

「ねこ吸い~」
あぁ……そんなエレガントにぃ~~っ!

「うぐぐっ」

「にくきうぷにぷに!」
「あぁうっ!!」
最強の秘密ぷにぷにいぃぃっ!!

「ねこにゃんにゃ~ん」
「あぁぁぁぁ――――――っ!!」
ねこを、ねこを利用するだなんて……っ!なんたる鬼畜!さすがは鬼である。妖怪のドン、隔り世のドン、鬼である。

しかし……ねこ。

うぅ……ねっこ。

ねこなんだよ。
ねこねこ、にゃんにゃん。
にゃんにゃんワールド!

――――――私は決して、つられたわけじゃないんだ。だけど、ねこは。ねこは、かわいい。現し世にねこを愛さない人間などいない。存在しない。
※現し世の人間にも個人差があります。

そしてそれをよく掴んでいる……隔り世の鬼は狡猾な策士だ。決して油断ならない存在だ。お兄ちゃんもよく、鬼は群を抜いて危険だと言っていた。今ならその理由が分かる。

ねこを使ってまで誘惑してくるだなんて!あぁぁ、ねこおぉぉっ!!!鬼めぇ、おのれえぇぇっ。ねこをつかっておびき寄せようとするなんて!現し世の民が、いかにねこを愛し、ねこに心を奪われているか、それが分かっているのか!?これは紛れもない暴挙である!

「ねこが、待っているにゃー!」
あぁ、ねこ。ねこおぉぉ。
鬼めぇ。これは鬼の策略だあだぁっ!!
だけど、けれども……!

――――――ねこは……愛でたい。

「ねこ」
鬼はかくも誘惑してくる。その美しい顔で、イケメンボイスで私のねこLOVEハートをドッキドッキと誘惑してくるのだっ!!あぁぁ、ねこおぉぉっ!!!

「ねこだにゃ、にゃーにゃー」
うぐっ!明らかに見た目は鬼なのに、私の心を揺さぶるそのにゃーにゃー!にゃーにゃーを出してくるなんてえぇぇっ!!

こやつ、分かっていて言っているのか。やっているのか。

やはり鬼は私ひとりで太刀打ちできる存在ではないのだ。声をかけられる前に、せめてお兄ちゃん宛に携帯のコールを鳴らすべきだったか。

あのお兄ちゃんなら、嬉々として妹の元に飛んできたはずである。妹の誕生日に断れない退魔師の出張が重なって、泣いてやだやだと駄々をごねるお兄ちゃんだからこそ……!その可能性に、賭けるべきだったあぁぁ――――――。

「さあ、俺と共に来るがよい、アリス。隔り世へ共に……。俺の花嫁になるのだ。――――――いや、違ったな。嫁であることは確定しているのだからな……!もうそれは、変更不可!クーリングオフ不可である!そもそも隔り世にクーリングオフなど存在しないのだあぁ――――――っ!!!」
く……クーリングオフが存在しないだなんて……っ!隔り世では絶対に通販できない。訪問販売はマジで拒否。シスコンお兄ちゃんにお札たくさんもらっとかないとおぉぉぉっ!!

うぐぐ。もうその嫁だとか何だと言う話は、どうあっても覆らないのだろうか。でも、ねこ……。
うーん……ねこ。ねこだけは、譲れないところ。

「そしてねこ!」

「あぁ……っ!」
追い討ちをかけるように鬼の声が私の心を揺さぶるのだ。

「ねこがアリスを待っている!ねこねこにゃーにゃー!しかも……ちびねこである!」
それが決定打となった。

「あ゛――――――っ!!」
ちびねこちゃんが、かわいくないわけがないじゃないか。いや、おっきいねこちゃんもかわゆいけども。――――――その日私は、鬼に敗北した。